「トランジションモデル」を活用して役割転換を促す人材育成方法とは
組織内にはさまざまな役割があり、環境やフェーズによってどの役割がどれだけ必要かは変わってきます。そうした役割転換を意図的に設計するための指針として、リクルートマネジメントソリューションズ社が提唱する「トランジションモデル」があります。
今回はこの「トランジションモデル」について、ツクルバのCHRO 藤田 大洋さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
藤田 大洋(ふじた たいよう)/株式会社ツクルバ 執行役員CHRO
立教大学社会学部産業関係学科(現:経営学部)卒業。グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(研究テーマ:変革のリーダーシップ)。新卒で株式会社アイルに入社し、人事採用チームの立ち上げ、マネージャーとしてIPOを経験。その後、2009年に株式会社アシストに参画。経営企画室マネージャーとして創業社長引退に伴う全社経営・組織変革プロジェクトを主導した後、2017年より株式会社ツクルバに参画し急拡大する組織をリードしIPOへ。人事総務部長などを経て、2019年11月より現職。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「トランジションモデル」とは
──「トランジションモデル」の概要と定義について教えてください。
トランジション(transition)とは日本語では『移行、変遷、変化、過渡期』などと翻訳されます。「トランジションモデル」とは、企業における期待役割のステージとその役割転換(トランジション)をリクルートマネジメントソリューションズ社が体系化したものです。その中で日本企業を中心とした調査結果から、企業や業界を超えて共通する役割には10のステージがあると特定されています。具体的には以下図のような役割ステージです。
このトランジションを意図的に推し進めていくことで、ビジネスパーソンならびに組織の成長にもつながっていきます。一方で、このトランジションが進まないと役割転換の不全が起こり、成長が滞ってしまうのです。
「トランジションモデル」における10の役割ステージ
──10の役割ステージについて、特にポイントとなる部分の説明と成長課題について教えてください。
10の役割ステージの中には転換度合(差分)の大小が多少あります。例えば、PlayerからMain Playerへの変遷は、変化はあれどPlayerという期待役割の中での差異になります。ですが、Leading PlayerからManagerへの変遷は、そもそも期待される役割が変わるため、大きな転換が求められるということです。
その観点で、特に転換度合(差分)が大きくなると言われているトランジションは以下3つです。
(1)Starter/学生から社会人へのトランジション
(2)Manager/メンバーからマネジメントレイヤーへのトランジション
(3)Business Officer/ミドルマネジメントからマネジメントレイヤー
よくあるのが、スタートアップ企業などの事業成長に組織や個人の成長が追い付かなくなるケースです。『30人・100人の壁』などと呼ばれるものもそれに該当します。これらの状態に陥ってしまう理由は、大きく以下3つの不足が原因です。
(1)理解不足(新たな役割ステージにおいて自分の期待されている役割が理解できていない)
(2)意識不足(役割は理解しているが、役割遂行の難しさや責任の重さから役割を担いたくない)
(3)スキル不足(新たな役割を担おうとする意識はあるが、実行するための力量が足りてない)
など
こうして各所でトランジションが進まないことが、事業や組織成長を阻害するボトルネックになっているのです。
「トランジションモデル」を人材育成に活用する上でのポイント
──この「トランジションモデル」を人材育成に活用していく上では、どんなポイントに注意しておけば良いでしょうか。
「トランジションモデル」を人材育成指標として組み込むにあたり重要なのは、『統合的な人材育成・活用を中長期目線で実現していこうとする経営方針』です。
なぜなら、役割転換を伴う成長を実現するためには人材配置も変えながら一定の“修羅場体験”も含めて継続的にチャレンジさせるスタンスが必要になるからです。
実際に、職場での経験が最も成長に影響を与えると言われており、これをいかに業務の中でデザインできるかが役割転換のキーポイントだと言えます。
特に、スタートアップ企業など事業成長に組織や人の成長が追いついていない状況においては、採用だけですべてのポジションを充足させることは困難です。よって、かなり早いタイミングからメンバークラスにリーダー(Leading Player)やマネージャー(Manager)の役割認識を意識させながら、周囲もトランジションを促す体験を与えていくことが必要になってきます。
また、人材育成と対の関係になる人事制度の等級(グレード)は、企業が社員に対して求める期待役割や能力・職務についてのレベルを指し示すものになります。同様に、人材育成の「トランジションモデル」も、各期待役割をステージごとに示すものになるため、相互参照ができる状態にチューニングししていきましょう。
より上位の等級やグレードに転換していけるよう人材マネジメントシステム全体が設計されることで、トランジションもさらに活発に行われるようになります。
「トランジションモデル」の導入・運用ステップ
──実際に「トランジションモデル」を活用していくにあたり、どのようなステップで導入・運用を進めていくのが良いでしょうか。
導入目的や企業の状態によっても進め方は多少変わってきますが、大きな流れとしては以下5つの流れで導入・運用を進めていくのが一般的です。
(1)人材マネジメントポリシーの確認
「トランジションモデル」を導入する前に、まずは自社の人材育成や活用の基本方針『人材マネジメントポリシー』を点検(なければ策定)しましょう。ミッション・ビジョン・バリューに紐づく人材マネジメントポリシーは、人材育成・活用を実践・検討する上での基盤となるものだからです。
▶人材マネジメントポリシーについてはこちら
(2)自社に合わせた「トランジションモデル」の設計
「トランジションモデル」の10の役割ステージをベースにしつつ、自社に必要な期待役割(ステージ)を定めていきます。その際、必ずしも10ステージにする必要はありません。事業規模やフェーズ、モデルや職種特性なども考慮しながら、必要なものだけ設定していけば大丈夫です。例えば成長期のベンチャー企業の場合、人数や階層が少ないことも多いため、PlayerとMain Playerとを分けずに運用するなど、組織のサイズに合わせて適用していきましょう。なお、検討する際には前項でも触れたように、人事制度との連動や関連性も考慮しましょう。
(3)各メンバーに対するステージ設定
自社に必要な期待役割(ステージ)を設定できたら、対象となるメンバーが現状どのステージにいるのかを確認します。その上で次に目指す期待役割に転換・成長していくにあたって、どんな経験や行動が求められるかのすり合わせ・整理を行うことで、ネクストアクションを明確にしていきます。
(4)職場実践(OJT)と振り返りの機会(Off-JT)を作る
前項で定めたネクストアクションが職場の中で実践できるよう、OJTなどを企画・実施します。また定例の1on1や節目のOff-JT研修などで振り返りやフィードバックを行うことにより、メンバー自身の行動を点検しつつ役割転換が加速するサポートを行います。
(5)適切に次の役割ステージを提示して向かわせる
トランジションの転換度合を定点的にチェックしながら、次の役割へとシフトするタイミングを見計らいます。この際、人事制度の評価サイクルなどに合わせるだけでなく、育成観点でタイミングを見極めることも重要です。
ツクルバ社の「トランジションモデル」活用事例
──藤田さんがCHROを務めるツクルバ社では、どのように「トランジションモデル」を活用されていますか?
現在、私が所属するツクルバ社においても、初期から「トランジションモデル」を意識して人材育成や人事制度との連動を行ってきました。「トランジションモデル」の良いところは、人材育成を“動的”に捉えているところです。各期待役割(ステージ)に対して『入口』と『出口』、さらには『伸ばす意識や行動』と『抑える意識・行動』などが明確に示されており、職場でも実践的な形で活用することができます。
それに対して一定期間で評価・振り返りを行う人事制度は、比較的“静的”なアプローチと言えます。さらに、報酬などの調整とセットになることで人材育成観点がぼやけてしまう側面もあることを考えると、そこを補完する意味でも「トランジションモデル」活用により得られる効果は非常に大きいと感じています。
実際に、ツクルバ社でも人事評価のタイミングでグレードや等級が変わるメンバーに対してトランジションを促進するOff-JT研修を行っています。また、前述した成長ベンチャーで課題になりやすいマネージャーへのトランジション(Leading Player→Manager)については、積極的にトランジション研修を進めています。
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編集後記
社員一人ひとりのビジネスパーソンとしての成長はもちろん重要ですが、いかに自社の事業を前に進められる人材を育てられるかどうかは人事施策と現場マネジメントの両輪が必要不可欠です。人材マネジメントポリシーを軸としながら、目的に応じた社員の成長・育成をデザインするための指標のひとつとして、「トランジションモデル」を参考にしてみてはいかがでしょうか。