「人材マネジメントポリシー」を策定し、事業推進を強化する方法とは

組織と人の関わり方やビジョンを示した「人材マネジメントポリシー」。その言葉や存在は知っていても、実際に策定し、事業を推進している会社は少ないのではないでしょうか。
そこで今回は、リクルートホールディングスにて働き方変革推進プロジェクトリーダーを歴任し、現在は株式会社ココナラのCHROも務める佐藤邦彦さんに、「人材マネジメントポリシー」の概要から作り方、事例に至るまでをお話を伺いました。
<プロフィール>
佐藤 邦彦(さとう くにひこ)/株式会社ココナラ 執行役員CHRO、法人代表
早稲田大学卒業後、株式会社リクルートにてHR領域での法人営業、事業企画、マネジメントを経験した後、株式会社リクルートホールディングスにてシェアリングエコノミーの事業開発、働き方変革推進のプロジェクトリーダーを歴任。その後一時退職し、家族で世界旅行を経験後に起業、株式会社リクルートキャリア社長直下プロジェクトとのパラレルキャリアを経験。2020年5月よりココナラに参画し現在に至る。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「人材マネジメントポリシー」とは
──「人材マネジメントポリシー」について、人事業務との関連性や位置づけも含めて教えてください。
「人材マネジメントポリシー」とは、自社の人材に対する考え方・方針・思想を言語化した“羅針盤”のようなものです。採用・配置・評価・報酬・育成・代謝など、すべての人事施策や取り組みがこのポリシーに則って策定されていく形です。例えば、成果主義の会社と終身雇用の会社では人材に対する考え方がまったく異なります。前者では成果に連動した評価・報酬となるのに対し、後者では短期的な成果よりも長期的な活躍を期待した年功序列的な処遇が為されます。
重要なのは、成果主義・終身雇用それぞれの正誤や良し悪しではありません。あくまでその会社が策定した「人材マネジメントポリシー」が、その会社の経営・事業目標を実現するために合理的であるかどうか。言い換えると、経営戦略を実現するための人事組織戦略であり、そこに一貫性を持たせるために策定されるのが「人材マネジメントポリシー」であるという位置づけになります。

「人材マネジメントポリシー」の目的や効果
──この「人材マネジメントポリシー」はどういった目的で策定されるものなのでしょうか。また、策定後に期待される効果についても教えてください。
「人材マネジメントポリシー」策定における最大の目的は、人事組織戦略・施策のすべてに”納得感”を醸成することだと私は考えています。当たり前ですが、情理・論理・倫理のすべてが複合的に混在する人事・組織運営には正解がありません。
また、経済の不確実性が高まり、価値観も多様化してきた現代社会では、全体最適だけでなく個別最適も踏まえた柔軟性のある事業運営が求められるケースも増えてきました。すると、人事組織戦略・施策の検討・実行においても常に経営戦略との整合性や個別事情も踏まえた打ち手が求められ、その説明責任が生じます。その際に、『これらの取り組みはすべて策定された人材マネジメントポリシーに則っている』と説明できるかどうかで、関係者の納得度や理解度、さらには運用時の注力度までが変わってくるという訳です。
なお、ポリシーに則って戦略・戦術が展開されることにより、人事のあらゆる取り組みに”一貫性”を持たせることもできるようになります。例えば、『従業員1人ひとりの意志を大切にすることで成果を生み出す』というポリシーを掲げている企業があったとします。その企業が、従業員の意見を聞く場を設けず、ただ経営からおろされた目標をこなす人を評価する運営をしていたとすれば、誰もがおかしいと気づけるはずです。現場のみならず、人事のメンバー自らが『この施策はポリシーに沿っているだろうか』と振り返り・見直す効果も期待できます。
「人材マネジメントポリシー」を作るためのステップ
──実際に「人材マネジメントポリシー」を自社に導入しようと考えた際、どういったステップで進めるべきでしょうか。
「人材マネジメントポリシー」を導入する上で最も重要なのは、『何を実現・解決したくてポリシーを策定するのか』の共通認識です。人事組織戦略に一貫性を持たせたい、生産性向上と柔軟な働き方を両立させたい、事業フェーズの変化に合わせて戦略方針を変えて組織風土を改革したい──それらの目的を経営陣全員と事前に目線合わせを行っておくことで、策定したポリシーが期待する効果に繋がるものかどうかを常に考えられるようになります。仮に経営陣それぞれの経営観が異なっていたとしても、思想論のぶつかり合いから脱却し、目的に立ち返った建設的な議論に繋げることができます。
この『ステップゼロ』とも言うべき工程がきちんとできれば、「人材マネジメントポリシー」策定の70%が終わったと言っても過言ではありません。この『ステップゼロ』を進めるためには、前提となる「人材マネジメントポリシー」がなぜ必要なのか?という疑念を解いておくことが重要で、経営陣がイメージしやすいように、他社の「人材マネジメントポリシー」、事業戦略コンセプト、人事施策の関係性をできれば2社くらい具体的に示し比較することができるとより良いと思います。それにより、『確かに人材マネジメントポリシーがあると整合性を持てる、説明ができる』とイメージを持ってもらうことが大切だと思います。
このようにして土台がしっかりと築けていれば、あとは以下4つのステップに沿ってポリシー策定・導入・運用を進めて行くだけです。
(1)ポリシーの言語化
(2)人事組織戦略テーマとのアラインメント確認
(3)各人事組織テーマのギャップの是正
(4)運用評価と改善活動
──このようなステップで導入を進める際に、注意すべき点や留意点があれば教えてください。
まず1つは、前述した『ステップゼロ』の工程を踏まずにその先のステップへと進んでしまうことです。結果的に手戻りが発生し、運用フェーズになって事業や各部門の納得感を得られずに頓挫するリスクに繋がります。
もう1つ、人事が陥りやすい落とし穴には『(1)ポリシーの言語化を進める中で、経営・事業戦略との整合性を見失ってしまう』点があります。基本的に、人事は誰よりも組織や従業員のことを考えられる素質を持った方々が担うことが多いポジションです。そのためビジョン・ミッション・バリューとの整合性やポリシーを掲げた際の従業員の反応などは感度高く反応できますが、一方で経営・事業戦略との整合性については見失うことも多いと感じています。
同様に、昨今のHRトレンドに流され、Howだけを取り入れてしまうことにも注意が必要です。リモートワーク、OKR、ティール組織などの注目施策も、すべては手段であり目的ではありません。自社にとってそれらの導入が目的実現において有効なのか、経営・事業課題を解決する方針となりうるのかを常に問い続けることが大切です。

「人材マネジメントポリシー」の企業事例
──リクルート社の「人材マネジメントポリシー」が有名ですが、それはどのようなものでしょうか。
リクルート社では、『価値の源泉は人』であるという人材マネジメントポリシーを掲げており、個人に求めるもの、会社が提供するものをそれぞれ以下のように設定しています。


複数事業で構成されているリクルートですが、それらをすべて含めたリクルートオールにおける戦略的な位置づけ・期待役割が存在し、その実現に向けた「人材マネジメントポリシー」として定義されています。またここに紐づく人事施策施策の考え方まで落とし込まれている点もポイントです。このリクルート社の取り組みが先進的だとして注目されている理由は、『会社』と『個人』それぞれに方針を打ち出している点にあります。「人材マネジメントポリシー」は、日本語に訳すと『人材管理方針』です。しかし、価値観が多様化し、会社と個人が対等となった(ならざるを得ない)社会においては、管理する・される関係ではなく、選ぶ・選ばれる関係へと変化しています。その流れにおいて、「人材マネジメントポリシー」をさらにブレイクダウンし、個人に求めるだけでなく、会社が約束することまで提示できているリクルート社の事例は、非常に学びの多いものだと言えます。
──佐藤さんがご経験された事例についても教えてください。
手前味噌ですが、私自身もこれまで複数社の「人材マネジメントポリシー」策定・改訂に携わってきました。身近な例を挙げると、現在CHROを務める株式会社ココナラにおける「人材マネジメントポリシー」の策定事例です。
ココナラで「人材マネジメントポリシー」を策定したのは、まさにIPO前後という事業ステージが変わるタイミングでした。また、企業規模も100人を超えてさらに拡大フェーズにあったため、元々制定していたバリューをリニューアルすることに。そのバリューを評価・報酬制度に組み込むことで、スケールする組織においてもバリューを体現する従業員が増えていく仕組みを作ることが狙いでした。
これまで一部の経営陣が人事組織を運営していた『個人商店的な組織』から『チームで運営する会社』へと変化させるためには、バリューのリニューアルや評価・報酬制度の改定だけでは足りません。他にもキャリアパスの策定など、さまざまな人事施策をアップデートさせる必要性があり、それらに一貫性を持たせるためにも「人材マネジメントポリシー」を策定したという流れです。
実際に策定したポリシーは、『ミッション実現にむけて、圧倒的な当事者意識をもって行動する人材をココナラはエンパワーメントする』というもの。これは、ミッション実現を目的としない行動をする人材は支援しない、受け身的で傍観主義な人材は支援しない、ということも明示した強いポリシーです。このポリシーに共感してくれた人材が集まっただけでなく、各種施策に一貫性を持たせる指針としても機能してくれています。
編集後記
世の中の急速な変化に対応するべく、あらゆるトレンドや施策を学び、自社に活かそうと奮闘されている人事の方は多いはずです。しかし、どれだけ『目的と手段が入れ替わらないように』と注意したとしても、日々大量の課題と向き合う中では徹底しきれないこともあるでしょう。そんな時にも拠り所となってくれるのがこの「人材マネジメントポリシー」なのではないかと、佐藤さんのお話からも感じることができました。