「労務トラブル」を未然に防ぐ方法と起こってしまった際の対応策

人事の中の労務領域に関して、大企業では専門領域のチームや担当者がいるところもありますが、スタートアップ企業や中小企業などでは1人の人事担当者が労務管理を含めた全般を担当したり兼務するケースも多くあります。
「労務トラブル」はゼロであることが望ましいものの、残念ながら100%抑えることは難しいことが現状です。実際に「労務トラブル」が発生してしてしまった場合、冷静に対処することは事業運営としてはもちろん人事としても非常に重要となります。
そこで今回は、社労士として人事・労務コンサルティングを手掛けている株式会社AXIAパートナー 代表の竹内 雅史さんに、「労務トラブル」の予防策や起こってしまった際の対策、そもそも発生しないための組織づくりに至るまでのお話を伺いました。
<プロフィール>
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竹内 雅史(たけうち まさし)/株式会社AXIAパートナー 代表
金融機関在籍中に社労士を取得。社労士事務所を経て、みらいコンサルティングにて人事・労務コンサルティングを経験。評価システムの開発実績あり。現在は南大阪総合労務事務所に所属しながら、株式会社AXIAパートナーを設立。通常の社労士業務をベースにしながら、人事・労務コンサルティングやシステムなど『人』に関する総合サービスを広範囲に展開中。
目次
「労務トラブル」とは
──「労務トラブル」の概要とその種類、また発生頻度の高いトラブル事例について教えてください。
「労務トラブル」とは、会社と社員間での認識相違から発生する労務関連のトラブル全般のことを指します。一度問題が発生してしまうと、会社は大きな労力を費やすだけでなく、場合によっては高い代償(解決金など)を支払う必要性が生じ、リスクとなる可能性もあります。
なお、「労務トラブル」と一言で言ってもさまざまな種類があります。私が実際にお客様から相談を受けた中から、頻度の高いトラブルについて3つご紹介します。
(1)休職関連
最近、最も多いのが休職に関連する相談です。特にメンタルヘルスを起因とした休職は、人事部の担当者も判断に迷いやすい傾向があります。社員も『会社のみに責任がある』と認識しているケースが多く、トラブルに発展する確率が高いのもこのテーマの特徴です。主な論点には休職の発令、休職中の連絡、復帰、休職満了時の対応などがあり、その際は就業規則に沿った対応が求められます。
(2)不当解雇関連
不当解雇とは労働基準法や労働契約法等の法律で規定された事柄や就業規則の規定を守らず、企業側のみの都合で一方的に社員を解雇することを指します。該当する例として、性別のみを理由にした解雇や解雇予告を行わない解雇、経営層が感情的になり無理やり解雇してしまった場合などが挙げられます。このような不当解雇は大きなトラブルに繋がる可能性があります。日本の慣習上は解雇が非常に難しく、正しいステップを踏まないと不当解雇とみなされるケースが多いのが現状です。具体的な対応策としては、就業規則の整備(特に解雇に関連する条項)を実施する、解雇前に専門家に相談するなどが考えられます。
(3)ハラスメント関連
各種ハラスメントの中でも最近は『パワハラ』を受けたと主張されるケースが増えており、特に若手社員に多い傾向です。パワハラには認定基準があり、それに照らし合わせるとパワハラとは認定できないケースも多いのですが、社員から主張されると会社は何らかの対応を迫られることがほとんどです。その際の対応を怠ると大きなトラブルに発展したり、社員のモチベーションが下がったりと悪影響が出てしまいますし、信頼関係を構築する上でも会社として誠実な対応が求められます。具体的な対応策としては、相談窓口の設置、対応フローの作成、ハラスメントに対する研修実施、専門家への早めの対応などが考えられます。
ここに挙げたものは「労務トラブル」の中のごく一部で、これ以外にもさまざまなケースが発生する可能性があります。
【参考】ハラスメント関連のパラれる記事
▶時短ハラスメントを未然に防ぐ方法について
▶2022年4月に強化されたマタニティーハラスメントについて
▶2022年4月からすべての企業に義務化されたパワハラ防止法について
「労務トラブル」の予防方法

──「労務トラブル」を予防する上で、人事ができる対策にはどんなものがあるでしょうか?
「労務トラブル」は、大前提として発生してから対策を考えるのではなく、そもそも発生させないように対策することが何より重要です。そのために人事ができる具体的な対策として、以下に3つご紹介します。
(1)就業規則の明文化
「労務トラブル」へと発展してしまう一番の要因は、会社と社員が感情や感覚でお互いの意見を主張してしまう点にあります。こうした際に解決の道しるべとなるのがしっかりと明文化された就業規則です。どんな「労働トラブル」が発生した場合でも、まずは会社の就業規則に立ち返って会社と社員が感情ではなく理性的に同じ土俵に立ち、どういった対応をすべきか確認をすることができるためです。
その際、就業規則に曖昧な表現があったり、組織の実態や実際の対応との乖離があったりするとトラブルにつながりやすいため正確で適切な内容を明確に記載されているかどうかを定期的に見直す必要があります。就業規則の作成は繊細な業務となるため、つい世間一般にあるひな形などを流用したくなることもあるかと思いますが、必ず自社の実態に落とし込んで考え、会社と社員の中立の内容になっているかどうかなどを踏まえて作成していきましょう。
(2)法改正情報など正しい労務の知識をつけておくこと
労務はさまざまな法律に関連することが多く、労働法に関しても頻繁に改正が実施されているため、情報のキャッチアップが後手に回ってしまうことにより、知らない間に法律違反をしてしまい社員へ不利益を働いてしまったりトラブルに発展してしまう場合もあります。会社と社員双方が正しい情報をタイムリーに収集し、アップデートを重ねることが重要になりますので、定期的な情報収集の仕組みや役割を設定するなどの工夫をしておくことが重要です。労働法はニッチな分野のため、労務関連情報を専門に扱っている新聞やインターネットメディアなどにて、有料の情報も含めて収集すると良いと思います。また、なかなか自分で調べる時間がない場合は、社労士などの専門家に頼ることも良い選択肢です。定期的に社内研修を実施し、会社だけではなく社員全体に対しても正しい情報を提供し、共通の認識を常に持てているようにすることも効果的です。
(3)普段から会社と社員の信頼関係を構築しておくこと
会社や組織の運営において、予期せぬ「労務トラブル」は残念ながらゼロにすることは非常に難しいものです。ただし、会社と社員の間で信頼関係が構築されている場合は、そもそもそのような「労務トラブル」が起こりにくく、仮に発生してしまったとしても協議の上で双方の納得の上で穏便に解決できることが多い印象があります。普段から社員へ正しい情報を公開したり、社員から何か声が上がった時に迅速に誠実に対応したり、誰か特定の人物をひいきすることなく毅然とした態度で接する──こうした会社や人事の公平公正なスタンスが垣間見れる行動の積み重ねが「労務トラブル」を予防する1番の対策と言えます。このような信頼関係は日々の積み重ねで、例えば賃金規定を改定した時に、きちんと社員に説明したり、採用を募集した際に既存の社員の給与より高い水準で募集していないかチェックしたりと、良い関係を構築するために誠実に丁寧に対応する必要があります。

「労務トラブル」が起きてしまった際の対応方法
──事前に対策していたにも関わらず、それでも「労務トラブル」が発生してしまった際には、具体的にどのように対応すれば良いでしょうか。
具体的な対処方法としては、大きく以下4つのステップがあります。
(1)まずは客観的事実を確認する
社員から「労務トラブル」に関する主張や通報があった場合には、感情や感覚で決めつけたり判断したり、ましてや否定してしまうのはNGです。必ず公平な観点でしっかりと耳を傾けて客観的事実を収集することが重要です。例えば、ハラスメントのヒアリングにおいては、『暴言があった』という事実確認だけではなく『誰が、いつ、どのような言葉を発し、その時の周りの状況はどうだったか』というふうに、解釈だけでなく誰が見ても事実だと認定できるように細かくヒアリングを実施することが大切です。なお、この時点ではその主張が正しいかどうかを判断するのではなく、とにかく正しく客観的な状況を詳細に把握することに意識を集中しましょう。
(2)社内ルール(就業規則など)や過去事例を確認する
「労務トラブル」が発生した時には客観的に根拠のある対応が必要なため、先ほどもお伝えしたようにまずは就業規則を確認することから始めましょう。
また、過去に類似した「労務トラブル」が発生した事例が存在しないかも確認しましょう。事例があった場合には、その際にどのような対応を取ったのか、どのような結果になったのかなども確認し、今回の対応の参考に活用しましょう。
(3)論点を整理し長期的視点で方向性を検討する
これまでご相談をいただいたクライアントの中で、『とりあえず大事にしたくないので、無難かつ社員有利になるようにコトを運びたい』と相談を受けることがありました。しかし、このような短期的な視点で考えてしまうことは、該当の社員に対してはもちろんですが、他の社員に対しても不誠実な考えになってしまうことに注意が必要です。「労務トラブル」が発生した場合、他の社員も会社の対応を見ています。その時しのぎの対応では今回は有効に働いたとしても、後々同じような事例があった際に同様の対応ができず整合性が取れなくなったり、それにより更なる不信感を招いたりすることに繋がってしまうためです。会社の状況は変わることはもちろんありますが、少なくとも今後2~3年先を見据えての対応を心がけましょう。
(4)法律的な論点の検討漏れがないか、社労士・弁護士に相談する
先ほどもお伝えしたように、「労務トラブル」は専門的な法律などが複雑に関連することが多くあります。それらを1人で全て把握することは現実的に難しいことがほとんどです。また、社内だけで検討していると思わぬ論点の落し穴があり、中立な判断ができなくなってしまうことがあります。「労務トラブル」は一定の経験則も重要な世界でもあるため、社労士や弁護士などの外部機関や専門家をうまく活用することも、ぜひご検討ください。
その際に注意したいのは、社労士・弁護士それぞれに得意・不得意がある点です。例えば、社労士は裁判前の対応や労働基準監督署との対応が得意であることが多いです。一方、弁護士は裁判になった時の対応に強いためその観点からのアドバイスを得ることができます。もちろん両方へ相談できればベストですが、そうもいかない場合はどちらに対応すべきかをケースごとに検討する必要があります。
「労働トラブル」を組織改善に繋げる方法

──「労務トラブル」は避けたいものの、発生してしまった場合にはそれを組織改善へ繋げられたらいいですね。そのためにはどのようにすればいいのでしょうか。
会社を取り巻くビジネスの環境や事業運営のスピード、関連法案の動きも非常に速くなってきているため、「労務トラブル」が発生してしまうリスクは会社であればゼロに抑えることは非常に難しいのが現状です。発生してしまった場合には、先ほどお伝えしたような方法で迅速かつ誠実な対応が重要ですが、そこから更に組織改善に繋げることができれば会社にとっては大きい成長に変えられる可能性があります。
(1)確認・相談・問い合わせがしやすい体制づくり
社員自らが就業規則を確認、閲覧したり、人事部に気軽に相談したりできる体制を作っておくと、大きなトラブルになる前段階で問題や課題を把握することができます。また、このような体制があることにより、客観的な事実を収集しやすくなるため、仮に何か「労務トラブル」が発生してしまったとしてもスムーズに物事を進めやすくなります。
(2)エスカレーション・対応フロー図の作成
よくある失敗例として『決められた労務トラブル対応フローに沿って進めなかったことで、より一層話がこじれてしまった』ということがあります。「労務トラブル」として上司からのハラスメントを報告した社員に対して、当該の上司である部長がその社員(部下)に対して独断でヒアリングを実施してしまい、上下関係や利害関係から客観的な情報収集ができなくなってしまったことなどがその具体例です。こうしたケースを防ぐためにも、「労務トラブル」が発生してしまった場合の対処フロー図を事前に作成し、全社員に浸透させておくことが必要です。そうすることで、誰もがどんな時に「労務トラブル」と直面した時でも、スムーズな対応を再現できるようになります。
(3)発生した「労務トラブル」を共有し 組織開発に活かす
大前提として「労務トラブル」に関連する当事者に配慮し、事前に了承を取得したり匿名にするなどということは必要ではありますが、可能な範囲で社内で発生した「労務トラブル」は会社全体に共有しましょう。そのひとつひとつがそのままケーススタディとなり、社員全体への啓蒙活動にもなり、今後の予防やトラブル解決につながるためです。会社の透明性をもって真摯に対応している姿勢を表すこともできます。
また、事案に応じた研修を実施するのも効果的です。最近では「労務トラブル」に関するeラーニングも充実してきてはいますが、できる限り自社の文化・風土・事例に合わせた形で研修をオーダーメイドすることをオススメします。
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編集後記
会社を運営する上で避けては通れない「労務トラブル」。中小企業の人事担当者として労務管理も兼務している方はもちろん、人事だけを専任で担当している方も『従業員との信頼関係づくり』など頭に入れておくべきことが多くあると竹内さんのお話からも感じました。トラブルが発生する前から各種想定・対策を進めておけるようにしましょう。