「時短ハラスメント」の原因や背景を知り、未然に防ぐ方法とは
『嫌がらせ』や『いじめ』と訳されるハラスメント(harassment)。このハラスメントは30種類以上にも及ぶと言われており、中でも「時短ハラスメント」は、働き方改革の流れや就業環境の変化に伴い、注目を集めています。
そこで今回は、現在150名規模のIT企業にて採用・労務を担当している人事パラレルワーカーの方に、「時短ハラスメント」の概要からその発生原因・対策などについてお聞きしました。
<プロフィール>
大山 夏実(おおやま なつみ)/IT企業 人事採用労務担当
コンサルティング会社での中途採用や、事業会社での人事労務を経験し、現在は150名規模のIT企業にて採用労務業務に従事。一貫して人事のプロフェッショナルとしてのキャリアを構築。
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目次
「時短ハラスメント」とは
──「時短ハラスメント」の概要について教えてください。
「時短ハラスメント」(通称:ジタハラ)とは、職場において労働時間の短縮を強要するハラスメントのことです。例えば、以下のようなものが該当します。
・『業務時間内に終わらせろ』とプレッシャーをかけ、できない場合に叱責する
・定時内だけで終わるはずのない仕事量を押し付けた上で、絶対に残業をさせない
・残った仕事を終業後に自宅に持ち帰らせる
など
なお、『デパートの営業時間を短縮したため就業時間が短くなった』などのケースは、単なる労働時間の短縮であるため、「時短ハラスメント」には該当しません。しかし、実際の業務量や労働時間を会社側が的確に把握しようとせず、何も対策を行わずに労働者に見かけ上の労働時間減少を強制している行為は「時短ハラスメント」に該当すると言えます。
このような「時短ハラスメント」が発生してしまうことにより、社員の実際の労働時間が把握できにくくなるため、残業時間の未払いや労働災害など、大きな労務リスクを抱えることになってしまう可能性がありますし、もちろん社員の心身の健康に悪影響がでてしまう可能性もあります。
「時短ハラスメント」が発生してしまう原因・背景
──「時短ハラスメント」が発生してしまう原因や背景にはどんなものがあるのでしょうか。
「時短ハラスメント」が発生してしまう背景には、昨今の『働き方改革』が大きく影響していると考えています。労働基準法の改定により、36協定を締結し管轄の労働基準監督署に提出している場合でも時間外労働時間は月45時間・年360時間が上限と定められました。以前にも増して残業時間に関する管理が厳しくなったことを受け、会社としても『残業を上限内に収めるように』と現場へ指示を出すようになりました。しかし、業務量削減や生産性向上施策が行われずに労働時間だけを減らしてしまうと、随所にそのしわ寄せが来ます。それがタイムカードを打刻せずに働いたり、持ち帰り仕事という形になって表面化してしまっているのです。
もう1つの観点に『人件費削減』があります。昨今の急激な環境変化による経営難や人件費の高騰などを理由に、実際は残業しているにも関わらずその残業時間をカウントしないという事象も発生しています。また、働き方改革の一環として2023年には月60時間超の時間外労働においては残業手当の割増率が50%以上に引き上げとなるため、今後さらに見かけ上の残業時間を意図的に減らそうとする会社が増えてしまう可能性があります。
これらの原因に共通して言えるのは、ミドルマネジメントや管理職の境遇が影響しているという点です。ここ数年のコロナ禍や戦争による物価高などの影響によって、残念ながら大きく業績が悪化している企業も増えているようです。そういった背景もあり、会社かや経営層からミドルマネジメントや管理職が、より効率的に高い成果を求められ、メンバー社員との間で板挟みになってしまう傾向が多いようです。そうしたプレッシャーや負荷により、メンバーマネジメントの際に残念ながらパワハラに繋がる言動をとってしまうこともあるようです。
「時短ハラスメント」と見なされた過去事例
──「時短ハラスメント」と見なされた具体的な事例には、どういったものがありますか。
公に発表されているものから2つほどご紹介します。
極度の残業制限・叱責により郵便局内で配達員が命を絶った事例
2019年3月5日午後2時ごろ、関西の郵便局内で20代の男性配達員が自ら命を絶つという痛ましい事件が発生しました。この男性配達員は同日午前の配達中に車との接触事故を起こし、その報告を上司から求められ、その後姿を消し、局内の片隅で亡くなった状況で発見されたようです。直接的には接触事故についての叱責がトリガーとなってしまったと推察できますが、同僚の証言によると男性配達員はこれまでもその上司から残業時間の多さなどを何度も叱責され、次にミスをしたら進退を考える旨の念書まで書かされていたそうです。
これはインターネット通販の普及などで宅配業者のニーズが高まり負担が大きくなる一方、残業時間だけが抑制され、そのしわ寄せが現場に集中してしまった事例ではないでしょうか。上司からの厳しい指導が男性配達員を追い詰めたことは間違いありませんが、その上司も幹部から残業時間抑制と配達期限厳守の相反するミッションを押し付けられていたことを考えると、1人のメンバー要因ではなく組織的な問題だったのではないかと考えられます。
※参考:ひずむ郵政(3)時短圧力 限界の配達員 相次ぐ休退職 自殺者も
教職員の半数が“闇残業”をしている実態
県高校教職員組合が行ったアンケートによると、県立学校の教職員の2人に1人がタイムカードの打刻なしに仕事や休日出勤をしている、いわゆる“闇残業”が常態化しているという実態が明らかになりました。『早く帰れと言われるが、仕事量が減っていないので打刻時間を調整している』『休日も家に持ち帰り仕事をするか、学校に出てきて仕事をしないと平日の業務が回らない』などの記述もあり、上司からの時短要請を個々人がごまかしながら吸収している様子が垣間見えます。
※参考:「早く帰れと言われても仕事が…」 教職員の半数が“闇残業” 県高校組合アンケート
これらの事例は氷山の一角で、ニュースや大きな事件になっていなかったり、表に出てきていないだけで、多くの類似した状況が発生していると考えられます。
人事ができる「時短ハラスメント」対策・防止方法
──「時短ハラスメント」を防ぐために、人事ができることにはどんなものがあるでしょうか。
業務量の適正化や生産性向上などに現場側から取り組むことはもちろん重要ですが、人事側からも行える対策は多くあります。例えば、以下3つの対策はどんな組織にも共通して実施できるものです。
(1)上司と部下のコミュニケーション活性化
長時間労働の是正を適正に行うためには、まず上司が現場の状況をよく知る必要があります。上司と部下間でしっかりとコミュニケーションが行える状態でなければ、従業員それぞれの能力や適正な業務量、人員配置の見直しの必要性などを見極めることはできません。そのためにも上司と部下の間に健全な信頼関係や、心理的安全性が担保されていることが重要です。そうした関係性を構築させることを目的として、上司側へのマネジメント研修、メンバーコミュニケーション研修、1on1ミーティング制度導入などの取り組みを通じて、日ごろからコミュニケーションが円滑に行われる支援をすることが重要です。
また、リモートワークの促進により、顔を合わせたコミュニケーションが減少している企業も多いと思います。そういった場合のコミュニケーションの支援として、バーチャルオフィスの導入や、部活動などの業務外で気軽に集まれるコミュニティづくりもいい方法です。弊社でもバーチャルオフィスを利用することによって、リラックスして気軽にコミュニケーションが取れ、1分や5分など業務の隙間時間を使った「ちょっと話したい」という、小さなコミュニケーションを取ることができるようになりました。
(2)就業時間の見える化を通したオープンな就業環境の構築
「時短ハラスメント」に限らず各種ハラスメントを防止する上で効果的なのは、『その状態を見える化すること』です。当事者である上司・部下の間だけではなく、その他の同僚や仕事仲間との間での状況にも着目し、誰から見ても適正な状態で勤務できているかに気づける環境を構築できれば、大きな抑止力となります。就業時間や残業時間を見える化をする際には、可能な範囲でシステムの導入などを行うと良いと思います。簡単に社員の就業時間をデータとして確認でき、導入前よりも見える化がしやすくなるためです。このようなデータを基に上司と部下でコミュニケーションを取ったり、どのような指導やカイゼン策を行ったのかなどの経緯もログとして残して見える化することも大事です。
とはいってもなかなか自社の社員だけでは判断軸が偏ってしまう可能性もありますので、社外のスペシャリストに意見を求めるという方法も有効です。例えば、毎月の衛生員会の際に、集計した残業時間をチェック・考察し、産業医の見解やアドバイスをもらうという方法も良いのではないでしょうか。産業医面談が必要な社員がいると判断された場合に、その場でスムーズに必要なケアについてのディスカッションが実施できるのもメリットです。
(3)管理職・メンバーに対する『時間管理意識』の醸成
組織の人事として社員全体の業務量と残業時間などのバランスを管理することは当然の役目だと言えます。その中で、メンバーの勤怠を管理する責任を持つ管理職自身が時間管理に関する知識やマインドを適切に持てている状態であることが必須となります。上述のように、彼らのような管理職もまたその更に上から同様なプレッシャーを受けている可能性もあるため、間に立つミドルマネジメントだからこそ、適切な知識とマインドセットを身に着けてもらうことが大切です。
そのためには研修やワークショップなどを通じてインプットを行っていく方法が良いでしょう。その際のポイントとしては、『部下に残業をさせないこと』を目的にするのではなく、『必要な業務量と組織の生産性を踏まえ、現状の残業量が適正なのかを把握させること』を目的に設定し、研修を行うことが肝要です。
また、管理職だけではなくメンバーに対しても会社として社員の正しい勤務時間を把握することや社員の心身の健康を重要視している点などを定期的に発信し、その上で『勤務時間を適正に打刻する』ことを指導していくことも大切な取り組みの1つです。
(4)業務の分業化
社員が担当している業務にどういったものがあるのかを分析し、1人あたりの労働負荷を軽減できる方法のひとつです。エンジニアポジションの様に工程や作業(役割)にて分業する方法もあります。もちろん全ての職種で分業はまだまだ難しいとは思いますが、業務が俗人化してしまっていたり、特定の社員に偏って負荷が大きくなっていないか、検討してみても良いかもしれません。
業務量が適正なのかを把握するためには、業務工数の見える化も大切です。就業時間はわかっていても、その中でどの業務にどのくらい時間がかかっているのかなど、詳細はわからない人は管理職でもメンバーでも多いのではないでしょうか。
業務工数の見える化には様々な方法がありますが、弊社では定例ミーティングの中で、チーム全員共有シートを基に、作業工程の洗い出しから担当者のアサイン、スケジュールの設定、進捗やステータス確認などのタスクマネジメントを行っています。この方法を取ることによりタスク毎の時間配分がわかると同時に、作業工程を分業することで特定のメンバーに仕事が偏らないようになり、メンバーそれぞれがどの程度の作業量ができるかを判断することができるというメリットがあります。お互いの業務内容がわかっているので、急なお休みの時など、メンバー間でサポートしあえるのもいい点ですね。
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編集後記
「時短ハラスメント」は、残業時間削減などの目的だけが先行してしまい、そのために必要な対策(仕事量の調整・生産性向上につながる施策の実施など)が抜け落ちてしまっていることで起こる事象です。ということは、目的に合わせた対策さえ実施できれば適切な働き方改革につなげられるはず。現場のリアルな状態を把握した上で、目的と対策がちゃんとセットで考えられているかを振り返ることが重要だと今回の話から学びました。