「マタハラ防止対策」が2022年4月よりさらに強化。その内容と対策を解説
2017年1月施行の『男女雇用機会均等法』『育児・介護休業法』によって義務付けられたマタニティーハラスメント(以下、マタハラ)防止対策。2022年4月からは、改正『育児・介護休業法』が順次施行され、育児休業を取得しやすい雇用環境の整備や、妊娠・出産の申し出をした労働者に対する個別の周知・意向確認措置が義務付けられる中で、「マタハラ防止対策」についてもさらなる強化が求められています。
そこで今回は、この領域に詳しい弁護士の協力・監修のもと、「マタハラ」の概要とその発生原因から対策にいたるまでをコーナー編集部が紹介していきます。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人伏見総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人伏見総合法律事務所に移籍。
主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「マタハラ」とは
──まず「マタハラ」について、その定義や関連する法律を教えてください。
「マタハラ」は、妊娠・出産・育児を理由に、あるいはこれらに関する制度・措置の利用等を理由として、女性労働者が職場で不利益な取り扱い(解雇・減給など)や嫌がらせを受け、就業環境を害されることを指します。
「マタハラ」の防止に関しては、主に以下の2つの法律により定められています。
男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法では、第9条で『妊娠・出産を理由とする不利益取り扱いの禁止』が定められています。具体的には、妊娠・出産、産前産後休業の取得を理由に、解雇や不利益な取り扱いをすると男女雇用機会均等法違反となります。
<第9条>
①事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
②事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
③事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
④妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
また、11条の31項では、妊娠・出産、産前産後休業の利用等に関する言動により、女性労働者の就業環境が害されないようにするための措置や体制整備が企業に義務付けられています。
<第11条の31項>
①事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
②~④(略)
育児・介護休業法
育児・介護休業法では、第10条で『育児休業の申出・取得等を理由とする不利益取り扱いの禁止』が定められています。
<第10条>
①事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
また、同法第25条1項では、育児休業の申出・取得等に関する言動により、労働者の就業環境が害されないようにするための措置や体制整備が企業に義務付けられています。
<第25条1項>
①事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
② (略)
──「マタハラ」を取り巻く現状はどのようになっているのでしょうか?
2020年度の厚生労働省による2019年『都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況』によると、男女雇用機会均等法に関する相談は25,109件、育児・介護休業法に関する相談は71,975件と、どちらも前年度より増加しています。
また、労働局などへの相談に至るケースは一部にすぎないため、こうしたデータ上には反映されていないケースも相当多くあると予想されます。「マタハラ」の問題は、女性労働者の保護という点のみならず、女性活躍推進の文脈からも、各企業は優先順位高く取り組むべき問題であると言えるでしょう。
なお、近年では男性が育児休業等を取得することも増えたことで『パタハラ(パタニティーハラスメント)』(※)という言葉も聞かれるようになりました。また、妊娠・育児中の女性がその立場を利用して自分勝手に振舞う『逆マタハラ』というケースもあるようです。
(※)パタハラ(パタニティーハラスメント)とは・・・Paternity harassment。育児休業等の申出・取得を行う男性社員に対して行われる不利益取り扱いや嫌がらせ行為のこと。パワーハラスメントの一種でもある。妊娠した女性社員に対する嫌がらせ行為をさすマタハラに対し、父性を意味するパタニティという言葉とハラスメントを組みあわせた和製英語。
「マタハラ」に該当する具体的な言動
──では、具体的にどのような言動が、「マタハラ」に該当するのでしょうか。
厚生労働省から示されている、「マタハラ」に関する指針(平成 28 年厚生労働省告示 312 号)では、「マタハラ」を以下の類型に分類しています。
(1)制度等の利用への嫌がらせ型
(2)状態への嫌がらせ型
(1)は、具体的には、妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置や、産前休業、軽易な業務への転換などの法定の措置・制度の利用に関する言動により、女性労働者の就業環境が害されるものであり、典型的な例として、以下の例が挙げられます。
・女性労働者が、上記の制度等の利用をしたい旨を上司に相談したところ、上司が当該女性労働者に対し、解雇や降格などの不利益な措置を示唆すること。
・女性労働者が、上記の制度等の利用を請求したところ、上司が当該女性労働者に対し当該請求等をしないように言うなど、制度等の利用の請求や制度等の利用を阻害する言動を行うこと。
・女性労働者が、上記制度等の利用をしたことにより、上司又は同僚が、繰り返し又は継続的に、嫌がらせ的な言動や、業務に従事させない又は専ら雑務に従事させることなどの嫌がらせを行うこと。
(2)は、具体的には、妊娠や出産、産後休業をしたことや、妊娠又は出産に起因する症状により労務提供ができないことなどに関する言動により、女性労働者の就業環境が害されるものであり、典型的な例として、以下の例が挙げられます。
・女性労働者が妊娠等したことにより、上司が当該女性労働者に対し、 解雇その他不利益な取扱いを示唆すること。
・女性労働者が妊娠等したことにより、上司又は同僚が当該女性労働者に対し、繰り返し又は継続的に嫌がらせ等をすること。
なお、上記指針では、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的に見て業務上の必要性に基づく言動によるものについては、職場における妊娠、出産等に関するハラスメントには該当しないとされています。
ただし、例えば、妊娠中の軽易な業務への転換を契機に、降格など、一般に労働者に不利な影響をもたらす処遇を行う場合、原則として、当該処遇は男女雇用機会均等法9条3項で禁止される不利益取り扱いにあたると解され、事業主側で、不利益取り扱いに当たらない「特段の事情」があることを証明する必要があります(最高裁平成26年10月23日判決)。
なお、東京海上日動リスクコンサルティング株式会社の『職場のハラスメントに関する実態調査報告書』では、上記の「マタハラ」に該当する言動のうち、どのような言動が実際に問題となっているかの調査結果がまとめられています。その内容について、回答の多かった項目から以下にご紹介します。
上司による、制度等の利用の請求や制度等の利用を阻害する言動 | 24.3% |
繰り返しまたは継続的な嫌がらせ等(嫌がらせ的な言動、業務に従事させない、もっぱら雑務に従事させる) | 24.0% |
同僚による、繰り返しまたは継続的に制度等の利用の請求や制度等の利用を阻害する言動 | 16.7% |
上司による、解雇その他不利益な取扱いの示唆 | 15.6% |
不利益な配置変更 | 13.7% |
退職の強要や、正社員を非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要 | 12.5% |
減給または賞与等における不利益な算定 | 11.0% |
昇進、昇格の人事考課における不利益な評価 | 10.6% |
雇い止め | 4.9% |
解雇 | 4.6% |
自宅待機命令 | 4.2% |
労働者が希望する期間を超えた、意に反する所定労働時間の制限、時間外労働の制限等の適用 | 4.2% |
降格 | 3.4% |
契約更新回数の引き下げ(あらかじめ更新回数の上限が明示されている場合) | 2.3% |
なぜ「マタハラ」は発生するのか
──法律で禁止されているにも関わらず、なぜ「マタハラ」は発生してしまうのでしょうか。
さまざまな要因が考えられますが、大きく2つに分類して考えてみましょう。
環境要因(社会・組織)
「マタハラ」が起こりやすい組織の背景として、『男性は仕事、 女性は家庭』という固定的な性別役割分担意識が残存していることがあります。また、人手不足や、長時間労働が前提の働き方になっているような職場では、育児休業などにより働き手が失われたり、妊娠・出産にともない労働時間が制限されると、従来通りに事業を進めることが難しくなってしまうという企業の現状もあると思います。特に従業員の少ない中小企業は影響が甚大で、他社員にその負担が生じるなどの問題・不満から「マタハラ」につながってしまうケースも考えられます。
知識・経験要因(個人)
妊娠・出産・育児に関わる機会や期間が限定的なことから、「マタハラ」そのものを経験したり、目にする様な実体験がない方も少なくありません。それゆえの理解・知識不足から、『妊娠・出産・育児をしながらでも仕事はできるはず』『仕事との両立は不可能だから会社を辞めるべき』などの考えを持つ方も一定数いるのが現状です。
また、実体験があったとしても、それぞれの経験が必ずしも他者にそのまま適用されるわけではありません。『私のときはこうだった』という自身だけの偏った経験を押し付けることで、それが「マタハラ」につながってしまうケースも考えられます。また、特に出産を希望・経験しない方からすると、育児休暇などを取得する方が優遇されているように映ってしまうこともあり、理解や協力が得られないこともあるようです。
企業が取るべき「マタハラ防止対策」
──法律は企業に「マタハラ防止対策」を求めていますが、具体的にはどのような対策をすれば良いのでしょうか?
前記の厚生労働省の指針では、事業主が講じるべき主な措置として、以下の4つが挙げられています。
(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
企業は「マタハラ防止」についての方針等を明確化するとともに、これに関する情報(「マタハラ」に該当する言動・利用できる制度・違反者への処置など)を、社内報・パンフレット・自社Webサイトなどを使って社員に周知する必要があります。
(2)相談(苦情を含む・以下同じ)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
企業は社内に相談窓口を設置&周知して、「マタハラ」に対処する必要があります。また窓口の担当者が相談を受けた際、その内容や状況に応じて人事部門と連携を図ることができる仕組みをつくること等が求められています。
(3)職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
「マタハラ」が発生してしまった際、企業は事実関係を迅速かつ正確に確認し、速やかに被害者に対する配慮の措置ならびに行為者に対する措置を行い、再発防止に向けた措置も合わせて講ずる必要があります。
(4)職場における妊娠、出産等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置
企業は、「マタハラ」の原因や背景要因を解消するために、妊娠等した労働者の周囲の労働者への業務の偏りを軽減するよう、適切に業務分担の見直しを行うなど、企業や妊娠等した労働者その他の労働者の実情に応じ、必要な措置を講ずる必要があります。
■合わせて読みたい「ハラスメント・コンプライアンス」に関する記事
>>>社員の「コンプライアンス教育」を進める上で必要な知識と考え方
>>>「時短ハラスメント」の原因や背景を知り、未然に防ぐ方法とは
>>>「ケアハラスメント」に対する行政の動きと、予防・対処法について解説
>>>「セカンドハラスメント」の種類・発生原因・適切な対処方法を解説
編集後記
「マタハラ防止」は全企業に課せられた責務です。それに加え、「マタハラ」を含めたハラスメントに対する世の中的な注目度は年々高まりを見せており、その違反企業は社会的な信用を大きく失います。今回ご紹介したような正しい知識はもちろんですが、従業員同士の相互理解・コミュニケーションが「マタハラ防止」に大きく貢献します。すべての従業員が安心・安全に業務に臨めるよう、企業や人事担当者が旗振り役として仕組みを整えていきましょう。