「ステルス残業」の発生要因を理解し、未然に防ぐ方法
働き方改革や組織へのエンゲージメント向上、優秀な人材の確保などさまざまな面において残業削減を行っている企業がある中、一方で「ステルス残業」という『見えない残業』の実態が問題視されています。
今回は、社会保険労務士の河本 紘一さんに、「ステルス残業」の発生要因から対処方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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河本 紘一(かわもと こういち)/社会保険労務士
大手鉄鋼メーカーの人事部門で労務管理、人事制度企画業務に携わった後、社会保険労務士事務所にて人事労務コンサルタントとして活動。現在は人事制度コンサルタントとしても活動しており、大手企業からスタートアップ企業まで幅広い規模・職種の企業の人事制度、労務施策の設計に携わっている。
目次
「ステルス残業」とは
──「ステルス残業」の概要について教えてください。
「ステルス残業」とは、社員自身が自主的に会社に隠れて残業をしてしまうことを指します。似た言葉にサービス残業というものがありますが、こちらは会社が社員に無償で残業を強制させるものです。一方、「ステルス残業」は『見えない残業』のため会社側も把握が難しい側面があります。
「ステルス残業」の具体例は次の通りです。
・タイムカードを打刻後に残って残業をする
・リモートワークで労働時間の過少申告をする
・自己研鑽をするために会社に残ると上司に嘘の申告をして残業をする
「ステルス残業」は社員が会社のためを思ったり、意欲や向上心があるために発生してしまうことも多いものです。しかし、当然ながらこの「ステルス残業」は労働基準法違反に該当し、会社にとっては社員の気持ちに感謝すれど、一概にありがたいこととは言えません。こうした「ステルス残業」が行き過ぎてしまうと、社員・会社双方に以下のようなリスクが生じてしまいます。
社員のリスク
・労働時間に対する適正な残業代が支払われない
・長時間労働によりうつ病の発病などの健康影響が出る
・長時間労働だったことを証明できないため、うつ病などの精神疾患にかかっても労災認定されない可能性がある
会社のリスク
・労働時間を把握できず違法な残業代未払いが発生してしまう(=法律違反・企業ブランド価値の毀損)
・社員の健康管理や業務負荷の把握ができず、適切な対策を適切なタイミングで実施できない
・「ステルス残業」が恒常化することで社員のモチベーションが低下する(=離職率の増加や生産性の低下など)
「ステルス残業」の発生要因・背景
──この「ステルス残業」が発生してしまう要因や背景にはどういったものがあるのでしょうか。
「ステルス残業」が発生してしまう要因の代表例には以下3つがあります。
(1)労働時間の規制
近年の働き方改革により時間外労働の上限に規制がかかり、残業時間を減らすように働きかける企業が急増しています。中には『ノー残業デー』など、会社独自の労働時間規制ルールを設けるところも多くあります。しかし、こうして残業時間が減っても1人ひとりの業務量や納期は変わらないケースも多いため、社員は短縮された時間内でアウトプットを落とさないためにも、会社に隠れて業務をやらざるを得ない状況に陥ってしまうことがあります。
(2)働き方の多様化
フレックスやテレワークなどが普及して働き方や働く場所が多様化したことにより、会社が社員の労働時間や業務タスクを厳格に管理することが難しくなってきています。それにより業務タスクを社員に自己管理させる企業もありますが、タスク内容や進捗具合の共有ができない状態で自己管理させることで、納期や業務量のコントロールがうまくできない社員が出てきてしまい、結果「ステルス残業」へとつながってしまうケースが多々あります。
(3)社員のやる気・熱意
社員自身のやる気や業務意欲の高さから「ステルス残業」が発生してしまうケースもあります。例えば、『会社や上司の期待に応えたい』『多くの成果を出したい』と考えて、会社の許可を得ずに業務時間外に自宅などで業務を行うなどの行動です。これは一見ポジティブに見えますが、残念ながられっきとした法律違反に該当してしまいます。会社のためにと思っての行動だとしても、結果的に会社・上司・本人が罰則を受けるリスクが発生してしまうのです。
「ステルス残業」発覚後の対処ポイント
──「ステルス残業」が発生してしまった場合、どのような形で対処していけば良いでしょうか。
残念ながら「ステルス残業」が発生してしまった場合には、その後の再発を防止することが非常に重要です。以下3つの対処を行うことをおすすめします。
(1)労働時間管理について会社ルールを共有する
労働時間の管理や申告方法について会社ルールを改めて周知してください。その中で「ステルス残業」は許されない行為であり、社員・管理者ともに懲戒の対象にもなり得るということも明言しましょう。その際、自主的に「ステルス残業」を行った社員のモチベーションを下げないよう、仕事のやり方やタスク管理を上司と共有するなど前向きな指導をセットで実施することが重要です。
(2)目標設定を実現可能なレベルにする
評価にMBO(目標管理制度)を採用している場合は、社員の目標設定が量・質ともに現実的であるかを再点検しましょう。量・質が通常の業務レベルや勤務時間内では達成不可能な高度なものになっていると、必然的に「ステルス残業」が発生しやすくなってしまうためです。
なお、実現可能なレベルを見極めるためには以下2つのアクションで実施します。
①等級や部署での役割などから到達目標の設定を明確に行う
②部下の現状とアクションプランの整理を行い、到達目標とのギャップを確認する
(3)勤怠管理システムの導入・アップデート
日々の勤怠管理方法についても見直しを行いましょう。パソコンの他にスマートフォンやタブレットなどの端末でもログインができて、正確な入力を社員がしやすいように、多様な働き方に対応しているシステムの導入を行えるとベストです。
「ステルス残業」が発生しにくい組織とは
──そもそも、「ステルス残業」が発生しにくい環境にしておくことが重要だと思います。どのような組織・環境であれば発生率を下げられるでしょうか。
「ステルス残業」が発生しない組織を作るためには、『労働時間の過小申告は経営課題である』とトップが認識して掲げる必要があります。「ステルス残業」防止に向けて人事部門があれこれルールやシステムを導入したとしても、部署や上司の考え方次第で取り組みにも大きな温度差が生まれてしまうからです。また、ルールやシステム作りのみではその抜け道をついて「ステルス残業」を行う社員も出てくるなど、本質的な解決にはつながらないケースがほとんどです。
つまり、「ステルス残業」は社員・会社の双方にとってリスクの大きい事象であり、絶対に発生させてはならないと会社全体で認識しなければ「ステルス残業」を予防することはできないということです。そのためにも経営トップの社長や人事責任者からメッセージを発信し、覚悟を持って推進していく必要があります。
同時に、社員のモチベーションを下げないようにすることも忘れてはいけません。日々上司とのコミュニケーションを取り、タスクを共有し、業務プロセス改善などを実施することで「ステルス残業」をしなくても業務が円滑にまわるような組織を作っていくことが重要です。
また、部下が良かれと思って「ステルス残業」を行ってしまっているパターンもあります。その際は頭ごなしに怒るのではなく、しっかりとまずは部下の意見やなぜこうした行動を取ったのかを聞き、会社や業務への思いには感謝をしましょう。その上で「ステルス残業」ではない手段を一緒に模索したり解決策の提案(単純作業を効率化する)などの対話を行うことが非常に大事だと考えます。
なお、「ステルス残業」が発生する前には以下のような『兆候』が見られるため、これらにいち早く気づくことができるかどうかもポイントになってきます。
・収益偏重主義な組織風土がある(例:成果を上げられれば何をやっても良い)
・一部の優秀な社員に業務が偏っている
・残業の実態を管理部門が掴めていない
こうした兆候が見られる場合は、以下のような予防策を講じて早めに対策をしておきましょう。
・収益偏重主義からプロセスやベーシックな能力にも着目する評価方法を導入する
・業務プロセスの改善や一部社員への業務負荷の偏りを改善する
・管理部門が労働実態をモニタリングし、異変をすぐに察知できるようにする
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編集後記
「ステルス残業」は、その実態がなかなか表面化しないこともあり企業が課題として認識しづらいものです。ただ、気づかず放っておくと社員・企業ともに大きな問題に発展しかねません。『うちはたぶん発生していないから関係ない』と思う方も、今一度組織環境をチェックして予防策を講じておくと良いのではないでしょうか。