「インポスター症候群」を知り、人事の観点からできる対処法を学ぶ
実績・実力があるにも関わらず、自身を過小評価しすぎてしまう「インポスター症候群」。深刻な状態になると仕事に支障を来たす恐れもあるようです。
今回は、そんな「インポスター症候群」に陥ってしまう要因から、人事ができるサポート方法に至るまでを、人事系フリーランス&キャリアカウンセラーとして活躍されている平井 圭子さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
平井 圭子(ひらい けいこ)/人事系フリーランス&キャリアカウンセラー
大手コンサルティングファームで10年以上人事業務に従事。妊娠・出産を経て人事系フリーランス&キャリアカウンセラーとして独立。現在は中小企業の人事システム導入支援、ベンチャー企業の人事業務支援、ダイバーシティ&インクルージョン推進支援、大学でのキャリア相談業務に携わる。
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目次
「インポスター症候群」とは
──「インポスター症候群」の概要と、その特徴について教えてください。
「インポスター症候群」とは、自分には能力があると思えず、優秀な人材に“なりすましている”ように感じる心理状態のことを指します。1978年に心理学者のポーリン・R・クランスとスザンヌ・A・アイムスによって命名されました。言葉の由来が英語で『詐欺師』『偽物』の意味があるインポスター(Imposter・Impostor)から来ていることもあり、『詐欺師症候群』と呼ばれることもあります。
「インポスター症候群」にある人は、非常に自己評価が低い傾向があります。仕事などで成功を収めても自分に能力があるからではなく、『成功したのは運が良かっただけ・周りの力のおかげ』と考えてしまうのです。『本当は無能なのに、みんなを有能だと欺いてしまっている…』という罪悪感に襲われる方まで時にはいらっしゃいます。「インポスター症候群」は病気ではなく、あくまで心理傾向や気質に過ぎません。しかし、行き過ぎるとうつ病や不安障害の原因にもなり得ます。なお、この状態に陥った方には以下のような行動傾向が見られます。
・失敗や批判を恐れてチャレンジしない
・自信が持てず、自分を過小評価してしまう
・昇格や昇進の打診を受けたのに見送る
など
ちなみに、アメリカIT企業経営者のシェリル・サンドバーグ氏、映画『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役で有名なエマ・ワトソン氏、屈指の名女優ジョディ・フォスター氏も「インポスター症候群」であると言われていますが、みなさんご存じのように、乗り越えて素晴らしい実績を出されています。
「インポスター症候群」に陥ってしまう要因
──過度に自身を過小評価してしまうなど、こういった「インポスター症候群」に陥ってしまう要因は、どんなところにあるのでしょうか。
「インポスター症候群」の要因は、心理的または文化的背景によるものがほとんどだと言われており、大きく以下3つに分類できます。
(1)周囲からの見られ方を気にし過ぎてしまう
自分が昇進したら周囲からどう思われるだろうか、周りの人から嫌われないだろうか、といった恐怖感や周りからの見られかたなどを気にしすぎてしまいすぎると「インポスター症候群」になりやすいです。他者からの評価が変わることを恐れるがあまり、『失敗も成功もしないように目立たない存在に徹する』ことを選択肢し、結果的に昇進機会を避ける行動へと繋がります。
(2)責任を重く感じ過ぎてしまう
責任に対する捉え方が人よりも深刻であるがゆえに、役職に就くことや責任あるミッションを任されることを避ける傾向があります。中には、上司から褒められたことを苦痛に感じてしまう方もいらっしゃるようです。『褒められる=期待されている』と認識することで過度に責任を感じ、重荷となってしまうためです。
(3)完璧を求め過ぎてしまう
何事にも完璧にやらないと気が済まないタイプの方は、自分自身に大して求めるレベルや質も高くなってしまう傾向があります。周囲の人から見れば『十分やっている』『問題ない』と感じていても、本人は満足できていないどころか自分自身が求めるレベルとのギャップに落胆してしまうことさえあります。
なお、これらの背景には幼少期の環境や人間関係の影響も大きいようです。例えば、『あなたはダメな子ね』と言われ続けて育った方は、その長年の蓄積により『自分はダメな人間だ』という自己認識を深めていきます。そしていつしか自分のことを残念ながら肯定的に捉えられなくなってしまうのです。
また、何かうまくできた時も、褒められるどころか『次はもっと頑張りなさい』とけしかけられるような環境だった場合、否定的な自己認識はより強く刷り込まれていってしまいます。これらはある意味”呪い”のようなもので、本人も気づかぬうちに「インポスター症候群」に陥りやすい状態になってしまっているのです。
なぜ女性に「インポスター症候群」が多いのか
──「インポスター症候群」は女性の割合が多いと聞きます。それはなぜなのでしょうか。
『女性は女性らしく』という従来の考え方や文化、歴史が女性に求めてきた期待役割が大きく影響しているためです。例えば、女性にこれまであまり求められなかった要素(知性、権威、役職、肉体的・精神的強さ)に関わるものについては『周りのおかげ』、これまでも女性に求められてきた要素(家庭的、おしとやかさ、奥ゆかしさ)に関わるものは『できて当たり前』と捉えやすくなってしまうことが根本にあると感じています。
他にも、女性に対するイメージや期待役割が時代と共に変わってきたことで、以下のような要因も生まれています。
(1)女性の社会進出が進んだこと
日本の夫婦共働き世帯は2018年には68%を突破しました。とはいえ、未だに非正規社員の女性割合は高く、正社員だったとしてもその社内における地位や役職はまだまだ限定的です。そのため男性と比べても成功時に『私はラッキーだっただけ』という考えを持ちやすい状態だと言えます。
(2)『女性だから優遇された』と思いやすい環境
近年、女性管理職比率を高めようとする動きが日本にもあり、『2020年までに指導的地位に占める女性割合を30%にまで引き上げる』という目標を政府が掲げていたこともありました。結果、2021年で8.9%と未達成に終わり、『2020年代の早期達成』へ目標修正が為されています。そういった背景もあり、女性が管理職に昇進した際にも『これは自分の実力ではなく、女性だったから優遇されただけだ(≒ポジティブアクション)』と考えてしまいやすい環境があります。
(3)モデルケースとなる人材がいない
女性管理職の割合が2021年時点でも8.9%しかないことからも明らかですが、女性が昇進していく上でそのモデルとなる人材が限りなく少ないのが現状です。そのため自身の未来をイメージすることが難しく、それが自信のなさとも相まって『昇進・昇格は辞退しよう』という心理状態になりやすいのです。
「インポスター症候群」を乗り越えるために人事ができること
──この「インポスター症候群」に陥ってしまった方をサポートし乗り越えてもらうために、人事ができる施策にはどのようなものがあるのでしょうか。
いわば“呪い”のように刷り込まれている否定的な自己認識を解くことが「インポスター症候群」を乗り越える上では重要です。そのために人事ができるサポートとしては、以下3つが特に効果的だと考えています。
(1)メンター・アセッサー制度
なんでも相談できる先輩的な社員をメンター・アセッサーとして任命し、その方から第三者的な立場から褒めたり励ましたりを継続することで自分に対する自信を取り戻していってもらう方法です。心理的な安心・安全の場が職場に用意されていることになり、メンタルケアの側面においても効果があります。
メンター・アセッサーを担当してもらう人には、最低限の傾聴スキルのトレーニングを行ったり、目的をしっかりと伝えるなどが必要となります。また、同じタイプ・境遇の人だから必ずしもいいメンバー・アセッサーになれるとも限らないので、担当アサインには注意をしましょう。
(2)グループコーチング(≒1on1)
似た立場の仲間(ピア)で悩みを共有したり、自分の目標や現状について話したりすることでセルフマネジメントしながらみんなで成長していける場を作る方法です。『悩んでいるのは自分1人だけではない』『自分と同じ悩みを持っている人がいる』と感じられるだけでも、心の拠り所が増えて精神安定性が高まります。
この様なピアな関係性を作るためにも、グループコーチングの場ではグラウンドルールを設定すると良いでしょう。例としていくつか以下にあげます。
・アドバイスや評価をすることはせずに、感想をシェアすることまでに留める
・全員が同じ持ち時間を分配され、均等に話せるようにする
・相手の話しはどんな内容でも肯定することを基本として聞く
・他者との違いを歓迎するスタンスで聞く
(3)中長期観点の育成(適切なアサイン)
当事者の上司を巻き込み、その方の成長のためにどんな育成やアサインが効果的かを考え計画します。少しずつストレッチをかけた目標を設定しながら、それを達成することで『小さな成功体験』を積み重ねてもらう形です。
また、状況に応じてヘルプ要員を加えた、適宜アドバイスをしたりしながら丁寧に育成をしていきましょう。昇進・昇格に対してネガティブになっている場合には、先輩社員との座談会や、モデルとなる人物と直接話をする機会を設けることも有効です。
出産・育児により仕事への自信をなくしていた方の改善事例
──これまでに平井さんがご経験された「インポスター症候群」の事例について、その前提から改善に至るまでの過程を教えてください。
ある非常に能力が高い女性が、ライフイベント(出産・育児)を繰り返し経験する中で徐々に自信を無くしていってしまいました。具体的には以下のような流れです。
出産により産休・育休を取得
↓
同期に差をつけられないよう勉強しようとするも、育児で思うように時間を取れない
↓
復帰後もスキルに自信が持てず、新しいことや大きな仕事にチャレンジする勇気がない
↓
失敗を恐れ、安全策として軽度な仕事ばかりを引き受ける
↓
スキルが磨かれないまま年齢を重ね、体力にも自信がなくなる
↓
定年まで会社にいたいと思うものの、実力主義の会社ではUP or OUT(昇進できなければ退職となる外資系によくある文化)の可能性もあり毎日が不安の連続
こうした負のループから抜け出すきっかけとなったのは、グループコーチングでした。その中で、似た境遇にあっても自分の興味関心分野を新たに開発してチャレンジしている方の話を聞き、その方は大きく心を動かされます。次第に『自分にもできることがあるのではないか』と考えるようになり、自分の興味関心と向き合えるようになっていきました。
また、グループコーチングの中で『全部完璧にできなくてもいい』という考えを聞いたことも大きなポイントだったようです。もともと完璧主義な一面があったことを自覚し、小さくてもいいからまず1歩を踏み出してみようと決意。その後、興味があった新しい分野で小さなチャレンジと成功を繰り返し、それが積み上がることで自信を取り戻すことができるようになりました。最終的には昇進も実現し、今では自信を持って自分らしいキャリアを歩まれています。
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編集後記
謙虚な姿勢は自身を成長させる上で必要なものですが、それも過度になるとさまざまな問題が発生します。「インポスター症候群」もその1つ。社員1人ひとりの感情や育ってきた背景にまで思いを馳せ、その方の自己肯定感を高めていくことは簡単なことではありませんが、組織パフォーマンスを最大化するためにも人事にとって避けては通れない領域であることは間違いないでしょう。