「30人の壁・50人の壁・100人の壁」を越える組織づくりとは
スタートアップやベンチャーなどにおいて組織規模の拡大時に直面する課題を「30人の壁・50人の壁・100人の壁」と表すことがあります。こうした壁が立ちはだかる理由、その壁(課題)の内容、人事が取りうるべき対策にはどのようなものがあるのでしょうか。
今回は、組織急拡大に伴う制度再設計などに携わった経験を持つ株式会社iCARE 取締役 CPO(Chief People Officer)の中野 雄介さんに、組織が拡大するタイミングで直面する課題や、事前にできる対策などについてお聞きしました。
<プロフィール>
中野 雄介(なかの ゆうすけ)/株式会社iCARE 取締役 CPO(Chief People Officer)
株式会社ネオキャリアに新卒入社後、2015年11月に株式会社iCAREに第一号社員としてジョイン。企業向け健康経営支援サービス「Carely(ケアリィ)」の立ち上げおよびグロースに従事。2019年9月に執行役員CRO(Chief Revenue Officer)、2020年7月より取締役CROに就任。2022年7月には事業側から人事側へと転身し、CPOとして事業成長を支える。
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目次
組織拡大でぶつかる「壁」とは
──「30人の壁・50人の壁・100人の壁」が発生する原因にはどのようなものがあるのでしょうか。また、組織規模がスケールすることで現れる事象についても段階ごとに教えてください。
事業を成長させるためには組織をつくる必要があり、事業成長に併せて組織が脱皮をするかのように階層を増やしていく必要も出てきます。そのタイミングとして30人・50人・100人という目安があるのが、よく耳にする「壁」シリーズの正体です。
それらの「壁」にぶつかると、面白いくらいにそれぞれの人数規模を超えていけない現象が発生します。具体的には、30人・50人・100人の直前で採用者数と退職者数が拮抗してなかなか社員数が増えていかない、ようやく壁を超えたかと思いきや退職者が相次いで再度元に戻るなどの現象が起こります。その場合、何かしら組織の異変が起きていると考えるのが妥当です。
また、その「壁」が発生する原因はフェーズによっても異なり、原因も複数存在します。主にはそれぞれ以下の要因が影響すると考えています。
・30人の壁……成長ポテンシャルのある事業がつくれるか
・50人の壁……組織を率いることのできる経営陣を揃えられるか
・100人の壁……経営陣に負けずとも劣らない部長・事業責任者クラスを揃えられるか
「30人の壁」を乗り越えるためのポイント
──最初に組織が経験するであろう「30人の壁」について、想定される課題とその対策を教えてください。
「30人の壁」として直面する課題は、『成長ポテンシャルのある事業がつくれるかどうか』です。誰の・どんな課題を・どのように解決するのかをサービス・プロダクトに落とし込んで事業をつくりこむことはスタートアップにとっての最優先課題と言えます。そこできちんと成長する事業さえつくることができたら、大概のことは解決していけるはずです。仮にあなたの役割が人事であっても、その役割や固定概念を捨てて成長する事業づくりに協力する覚悟は求められるはずです。
一方、人事としては以下3つの観点から対策をしておくと良いでしょう。
(1)MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定
(2)採用
(3)組織文化形成
(1)MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定
自組織が目指すべき世界観や大切にしたい価値観を、誰にでもシンプルでシャープに伝わり、共感を生み出せる形で表現することが肝要です。なお、MVVは組織規模が30名を超えた後も組織づくり・採用などにおける求心力の“核”となってくれるものなので、できるだけ早期に策定し磨き上げていくのが良いです。
そもそもの話ではありますが、私はまずMVVやパーパスといったものの策定は、経営者こそが行うべきものと考えてます。「自分たちが本気で目指したい、命を懸けてまで叶えたい世界観や理想、そこに向けて大切にしたい行動・言動はなんなのか?」という命題に対して、具現化・言語化はしておく必要があります。採用や企業文化といった『手段』を意識するのではなく、いつ何時も熱狂できるほどのMVVを産み出すことは、経営者として先決といえるでしょう。この時点で人事ができることは、その必要性の喚起に限られるともいえます。
腹落ちできるMVVが完成した上で、そのMVVをいかに伝達・浸透させて共感を生んでいくか、あるいは採用・企業文化浸透側面でどのような方策があるかを経営者とともに検討していくことこそが、この段階における人事の役割になるでしょう。
(2)採用
組織規模がごく少数のうちは、採用コストが潤沢にあるわけではないため、どうしてもリファラル採用がメイン手法になりやすい側面があります。しかしながら組織規模が30名を超える頃には、より広く採用の間口を取るためにも、リファラル以外の採用手法からも人材獲得が行えるようにしておく必要があります。チャネルの拡大を行うためにも、必要な人材の要件定義、獲得のためのソーシング活動、選考フローづくりなどを前もって進めておかなければなりません。特に、エンジニアなど一般的に採用難易度が高いポジションについては事前の対策がその後を左右します。
(3)組織文化形成
『文化は戦略を食う』という言葉を経営学者のピーター・ドラッカーが残している通り、組織規模の拡大に合わせて組織文化の重要度もどんどん増していきます。前述したMVV策定はもちろん、日頃のコミュニケーションや態度、意思決定の仕方によっても滲み出るカルチャーは変わってくるため、細部に至るまで経営陣含めて意識する必要があります。
「50人の壁」「100人の壁」を先読みした体制作り
──「30人の壁」をようやく越えたと思っても、その先に50人・100人の壁が待っています。こうして続く課題に対して、人事はどのような対策を先読みして行っておくと良いでしょうか。
「50人の壁」と「100人の壁」では取るべき対策も異なるため、それぞれでポイントをご紹介します。
50人の壁
このフェーズでは、『組織を率いることができる経営陣を揃えられるか』がメインの課題となります。CEO1人でスパン・オブ・コントロールを行うには50名規模が上限となることが多く、意思決定のスピードやクオリティ低下がどうしても発生してしまいます。また、50名にもなると機能別組織がはっきりとしてくるため、マーケティング・営業・顧客サポートに開発と、全てにおいて精度の高い意思決定をすることは相当優秀なCEOでない限り、ほぼ不可能といえるでしょう。
事業成長スピードを低下させることなく、むしろ加速させていくためには、各領域で組織牽引や意思決定を任せられる陣営が必要になります。そのため、このタイミングで「組織を率いることができる経営陣を揃えられるか」は非常に重要なポイントです。
内部登用だけではタレントを揃えられない場合は、外部から採用を行う必要もあります。その際の要件定義や採用戦略も事前に検討しておくと良いでしょう。
また、事業もある程度軌道に乗り始めて成長スピードをさらに加速させていけるか否かの岐路でもあります。その中で、人事には経営陣が戦略策定・実行をスムーズに行い、事業をけん引するリズムを生み出す支援を行うことが求められます。他にも、評価・等級・報酬に関する人事制度づくり、部長・責任者格の採用・育成も人事として対策しておきたいトピックスです。
100人の壁
このフェーズでは、『経営陣に負けずとも劣らない部長・事業責任者クラスを揃えられるか』が一番の肝です。経営陣と現場の間に一階層が加わることになるため、そこを託せる部長・事業責任者クラスの人材を採用・育成していくことが人事には求められます。
また、部署によっては20~30人を率いる部長・事業責任者も出現することになります。すると、その部署では「30名の壁」を追体験する状態にもなるため、経営陣の分身とも呼べるほどに強いリーダーシップを持った人材が必要になります。
私自身が他社の人事と会話をする中でいつも感じるのは、『どんな業種・文化・人材の会社であっても、不思議と組織規模ごとに同じ課題に直面している』ことです。これは裏を返せば、いずれの「壁」においても起きうる課題を前もって認識し対策を打つことが可能だということでもあります。これらを知ってるのと知らないのとでは準備内容にも大きな違いが生まれてくるため、注意が必要です。
「壁」を打破した実例紹介
──中野さんがこれまでに経験された事例の中で、それぞれのフェーズごとに「壁」にぶつかったと感じた瞬間と、その「壁」に対してどんな対策を行ったかについて教えてください。
実際に私が携わった、iCARE社の組織拡大事例についてご紹介します。
「30人の壁」事例
このフェーズの中で体感したのは、『いかに良い組織をつくっても、事業が伸びないと結果的にすべてが上手くいかない』ということです。そこに気づいた私は、まず原点に立ち戻って自分たちのビジネスをゼロベースから見直していきました。ユーザーのペインポイント(コストをかけてでも解決したい問題・悩み)は何か、それを取り除くために何ができるか──自社都合を一切排除して、そこにだけ考えをフォーカスして再度事業づくりを行ったところ、その後の事業成長曲線をぐんと上げることができました。
「50人~100人の壁」事例
部長・責任者クラスの人材を外部採用したものの、思うように活躍できないケースが多々ありました。会社側の環境整備やオンボーディング支援が弱かったことで上手くパフォーマンスを上げられなかったり、そもそも採用する人材要件にバラつきがあったことが原因で短期離職が増えてしまったり……。加えて、既存社員とハレーションが起きてしまい、既存社員側までも退職してしまうなどの状況だったのです。
その要因の1つが、iCARE社の採用文化。『採用はスタートに過ぎず、その後の活躍こそが目指すべき到達点。それを自分ゴト化するためにも各部門が採用責任を持つこと』といった文化を統制しきれず、各部門がそれぞれ採用を進めたことで、スクリーニングが甘くなっていたことが組織サーベイなどの結果からも明らかになりました。そこで採用チームが主導し選考フローの再設計を全社統一で実施。短期離職者をほぼゼロにすることに成功しました。
一方で、大幅にアップデートした人事制度が社員にとってわかりづらいものになってしまっており、社内からは問い合わせや不満が殺到します。その課題を調査した上で半年後には再度大幅アップデートを行い、現在は安定運用につながっています。
これはどのフェーズでも感じることなのですが、事業成長と組織づくりのスピードをアジャストさせるのは本当に難しいなと。なぜなら、組織づくりは基本的に時間が掛かることだから。人材を採用してから第一線で活躍するまでには早くても3カ月程度は掛かりますし、1+1が3にも4にもなるようなチームをつくるにはそれ以上の時間が掛かります。
そうして組織づくりを進める間にもベンチャー・スタートアップであればあっという間に事業が成長してしまい、つくってきた組織が“時すでに遅し”なんてこともしばしば。ここは永遠の課題にも近い部分かもしれませんが、事業成長を阻害しないためにも事前に想定できること(採用や組織づくりの計画策定など)は入念に行っておくに越したことはないでしょう。
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編集後記
『どんな業種・文化・人材の会社であっても、不思議と組織規模ごとに同じ課題に直面している』という中野さんの言葉が非常に印象的でした。人の集まりである組織だからこそ、業種や文化を超えた本質的な共通課題があるのかもしれません。来るべき未来に向け、そこを事前に理解し準備を進めておくことは、経営陣はもちろん人事にも求められることなのではないでしょうか。