「非生産的職務行動」を減らして、公正性ある組織を作るには
ハラスメントやいじめ、虚偽の報告など、組織や社員に悪い影響を及ぼす「非生産的職務行動」。組織内のこうした行動は、なるべく起こさせないようにしたいものです。
今回は、組織内公平性を考える人事パラレルワーカー 五十嵐 祐幸さんに、「非生産的職務行動」が引き起こされる要因や、そうした行動を減らすための工夫について伺いました。
<プロフィール>
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五十嵐 祐幸(いがらし ゆうこう)/エス・エー・エス株式会社 HRコンサルティング部 部長
ハウスメーカーにて営業として勤務したのち、人事の世界にキャリアチェンジ。組織人事のコンサルティングファームで人事制度設計・運用支援、人材開発を専門領域としてコンサルティングを実施。その後は事業会社の人事を複数社経験。本間ゴルフや串カツ田中ホールディングスでは人事責任者を歴任し、それぞれ人事組織の立ち上げから携わった。「人の心に火をつける」を信条に、現在はエス・エー・エスにてHRコンサルティング事業を立ち上げてその責任者を担う。特に、中小企業の組織課題・人事課題に対して伴走型のコンサルティングサービスを提供している。「組織コンサルの会」所属。プロティアンキャリア協会認定ファシリテーター。国家資格キャリアコンサルタント。
目次
「非生産的職務行動」とは
──「非生産的職務行動」とはどのようなものでしょうか。
「非生産的職務行動」とは、組織や社員の利益に反する非協力的な行動のことです。具体的な例としては、各種ハラスメント・いじめ、遅刻・ずる休み、法律・法令違反、不正の隠蔽などがあります。1990年代以降、米国の組織心理学や経営科学などの分野で盛んに研究されるようになりました。
組織は人の集合体であり、定められたルールやモラルを守ることで一定の秩序が保たれているものです。これらを逸脱する行為、つまり「非生産的職務行動」が発生すると、遵守している側の社員をとても不快な気持ちにさせます。また、該当社員への信頼がなくなることはもちろん、それを発生させてしまった組織に対する信頼(≒エンゲージメント)の低下にもつながりかねません。その結果、悪影響を受けた社員が離職を考えてしまうことも容易に想像できます。特に、ハイパフォーマーが離職してしまうことの影響は甚大です。
そのため、「非生産的な職務行動」は個人の問題として捉えるのではなく、組織として毅然とした対策を取っていくことが必要です。その際、対処療法的な対応に留めず、未然防止策も併せて検討することが重要です。
「非生産的職務行動」に該当する5つの行動
──「非生産的職務行動」にはどのようなパターンがあるのでしょうか。職場における具体例と合わせて教えてください。
「非生産的職務行動」には大きく以下5つの行動があります。
(1)反社会的行動
(2)機能不全行動
(3)逸脱行動
(4)攻撃行動
(5)不作法
(1)反社会的行動
組織やその構成員、もしくは管理者へ害を及ぼす(もしくは害を及ぼそうと意図された)すべての行為を指します。5つ行動の中で最も幅広い概念であり、放火、恐喝、贈収賄、差別、強要、詐欺、対人暴力、訴訟、虚偽、怠業、セクシャル・ハラスメント、窃盗などが該当します。
(2)機能不全行動
社員あるいはその集団による動機付けられた行動で、他人や自分の権利を害する行為(身体的・心理的暴力、ハラスメント、アルコール・薬物乱用、喫煙)や、組織に対する有害な行動(財産の窃盗・破壊、法律違反、機能不全にする印象操作)などが該当します。
(3)逸脱行動
組織の規範に著しく背くもので、組織・メンバーの福利(幸福と利益)を脅かす行為を指します。例えば、備品の破損や盗難、勝手な早退、わざとゆっくり仕事をすること、言葉の暴力や職場の噂話などもここに含まれます。
(4)攻撃行動
前述した逸脱行動の中でも、特に『誰かに危害を加えようと意図して行われる』行為を指します。誰かを傷つけようと試みることが攻撃性で、実際に傷つけることが暴力と区別されています。
(5)不作法
対象に危害を与えようとするハッキリとした意図はなくても、単に対人的な配慮を欠いた言動を指します。しかし、不作法が連鎖することで攻撃性をはらんだ行為へと発展していくこともあります。
「非生産的職務行動」を引き起こす要因と対策
──「非生産的職務行動」を引き起こしやすい要因について教えてください。
「非生産的職務行動」を引き起こす環境と、実際に行動を取ってしまう社員側の2点からお伝えします。
環境側の要因
該当社員としっかりと向き合う覚悟が欠けている職場では「非生産的職務行動」を生み出しやすくなります。また、管理職の役割・あるべき姿がそもそも明確でない職場では、「非生産的職務行動」に対する指摘・指導が個人任せになってしまい、対応に一貫性がない状態となりがちです。そういったことを避けるためにルールを定めることも大事ですが、その対応を最前線で行う管理職に対して行動基準や方向性の統一を行っておくことも合わせて検討ください。
社員側の要因
社員が「非生産的職務行動」を取ってしまう要因は、その社員が有する以下のような思考に起因します。
・自分さえよければそれでOK
・将来のことは考えられず、目の前のことがクリアできればそれで良い
・積極的に人と関わることはせず、自分の好きなことだけをやっていたい
・間違いがあっても自分の非を認めない など
こうした要因は『幼児性』と表現することもできるでしょう。これらは何歳であっても持ち合わせている可能性があるもので、若いから高い・ベテランだから低いとは限りません。また、こうした幼児性が出てきてしまう理由には『社会人として働きだす前に、克服すべきタイミングで克服してこなかったこと』があります。ここで言うタイミングは人生に3回あると言われています。
(1)幼児期(自我が芽生えたタイミング)
(2)学生時代(特に中学生頃)
(3)社会人になるタイミング
いずれかのタイミングで人は『他人は自分の思い通りにならない』ことを理解し、その経験を通じて『自分と他人は違う』ことを理解します。それを逸すると『なぜ自分のことを認めてくれない・分かってくれないんだ』『なぜ自分だけこんな思いをするんだ』と、他者や環境に責任を転嫁するようになるのです。組織としては(1)(2)に直接関与することはできませんが、(3)あるいはそれ以降で社員の幼児性を見極める必要はあります。
──「非生産的職務行動」が起きてしまった際は、どのように対応を進めて行くのが良いでしょうか。
まず必要なのは、『事実関係を確かめる』ことです。「非生産的職務行動」を起こしたとされる対象者に確認することはもちろん、情報源の社員や周囲の社員から情報を多角的に集めた上で、対象者に事実認定をさせる形です。なお、その際は感情をできる限り排除し、事実確認・認定に集中しましょう。また、後のトラブルを回避するためにもその場の会話は録音しておくことをオススメします。
事実認定された後は、『就業規則のどの部分について問題だと判断しているのか』の根拠を対象者に示すことが重要です。なぜなら、どこにも記載のない個々人で認識の異なる『あるべき姿』を説いてもここでは意味がないからです。その後に処分等が決定されますが、ここで重要なのは一事象として片づけるのではなく、そこからの学び・気づきを次に活かすことです。
「非生産的職務行動」を未然に防ぐためには
──「非生産的職務行動」を未然に防いで組織内公平性を保つためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。
前述した「非生産的職務行動」に該当する5つの行動は大きく2つに分別されます。
1つ目はルールとしてNGであるものです。これは就業規則に「懲戒の種類、程度、事由」として定められているものを指します。ルールは事後的な対処にのみ用いるものではありません。事前に防止するために「何をどこまでやったらダメなのか」といった具体例を用いつつ、定期的に社員に周知していくことをお勧めします。
2つ目は道徳的にNGであるものです。就業規則に記載されているケースもありますが、あらかじめ行動規範等を用いて「望ましい行動」「NGとなる行動」をきちんと明記しておく必要があります。また、1つ目のルールとしてNGに定めづらい内容については、評価制度と連動させておくことが有効です。特に下位等級においては、望ましい行動、それに紐づくNGな行動も評価基準として明記しておくことで、評価時および評価期間中に何かしら気になる行動があった場合は、即時フィードバックを行うことで「その行動は良くないことだ」と社員に認識させることができます。社員に何かしらの問題行動の予兆があった際、それを放置してしまっては後々事態が大きくなりかねませんので、この対応は非常に重要です。
また、そもそも論にはなりますが、『入社時にフィルタリングをかけて、そのような社員を入社させない』ことが最重要です。それを実現するためには複数の目で選考を進めることや、リファレンスチェックを取り入れることも効果があります。
入社前には『社員に求めること』『逸脱行為があった場合の処遇』についても伝えておきましょう。1人ひとりの言動が周囲に好影響も悪影響も与えることを十分理解してもらえるように努めた上で、もし入社後にそれらの行動や予兆があった場合には即座に対応していくことが求められます。
しかしながら、どうしても入社時に見抜けない幼児性もあるのが実状です。そのため、あとは教育で補完するしかありません。教育は各階層別に実施する研修に合わせて、この「幼児性の改善」といった要素を盛り込んでいきます。
私が教育として実施している一例をご紹介します。まずは新入社員向けの研修として、「社会と会社の歩き方」と称したものを行ないます。ここでは学生から社会人へのトランジションを意識させ、今後の社会人・組織人としての在り方を理解してもらうとともに、自らの中に残っている幼児性にも気づいてもらいます。
次に気づきの機会として設けているのが、入社5年目向けの研修「28歳の壁」です。転職可能性が高まるこの年代に向けて、より自らを高めるためのヒントを伝えるともに、組織や上長のマイナス面ばかりに目を向けてしまう志向について考えてもらう機会を持ちます。
さらに新任管理職研修「プレイヤーからリーダーへ」では、管理職としてのあるべき姿を深く考察するとともに、メンバーの幼児性への対応の仕方を理解します。一見他人事のように思えるかもしれませんが、実はここでは新任管理職自らに残る幼児性とも向き合ってもらう研修となっています。
幼児性というワードは受け取り側からすれば面白くない言葉かもしれません。ただ、今後のキャリアやあるべき姿を考えていく上では『自分の中にも幼児性の一部が残っているかもしれない』と自覚することは非常に重要な工程だと言えます。こうした教育をメンバー・管理職に実施すると社内で『幼児性』というワードが認知されて、上長が以後指摘しやすくなるなどの効果も期待できます。
最後にお伝えしたいのは、『対処療法的な対応ばかりでは管理職や人事への負担が大きくなってしまう』点です。それを防ぐためにも、一度起こってしまったケースについては組織内で共有し予防策を事前に検討しておくなどの対応は進めておく必要があります。事が起こってから対応するのではなく、なるべく未然に防げるよう事前にアクションできるよう心がけましょう。
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編集後記
先日行われたCORNER DAY Vol.11でも、多くの人事担当者が集まって「非生産的職務行動」に対する対応方針や予防策について議論が進められていました。そこでも注目が集まっていたのが、『未然に防ぐための“自浄作用”をどう組織に持たせるか』という観点。人事としても対処療法に留まらない本質的な対策が求められていることを念頭に置いておく必要がありそうです。