「不正のトライアングル」を理解して、組織の不正を未然に防ぐ方法とは
いつの時代もあとを絶たない企業の不祥事や不正行為。こうして人が不正をしてしまう仕組みをモデル化した「不正のトライアングル」という理論があることをご存じでしょうか。
今回は、「不正のトライアングル」の概要から組織において不正を未然に防ぐための方法に至るまでを、複数社においてコーポレート機能のハンズオン支援を行う長野 文紀さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
長野 文紀(ながの ふみのり)/株式会社ログラス HRBP、社会保険労務士
会計事務所、上場企業の子会社にて会計領域の経験を積んだ後、ソフトウェア会社にて人事として参画。人事部長を経てCOO兼子会社取締役に就任。M&A・PMIなどを経験後、スタートアップなど複数社においてコーポレート機能のハンズオン支援を行う。
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目次
「不正のトライアングル」とは
──「不正のトライアングル」の概要について、不正が発生してしまう心理的な原因と合わせて教えてください。
「不正のトライアングル」とは、人が不正をしてしまう仕組みをモデル化した理論のことです。組織犯罪を研究する米国の学者ドナルド・R・クレッシーが犯罪者調査を通じて導き出した理論を元に、W・スティーブ・アルブレヒトがモデル化しました。
具体的には、以下3つの要素が結合したときに人は不正行為を働くとアルブレヒトは示しています。
(1)不正を行うことができる『機会』
(2)不正を行うための『動機・プレッシャー』
(3)本人が不正を『正当化』できる
(1)不正を行うことができる『機会』
不正ができてしまう環境・制度があることを指します。例えば、特定の1人に業務が集中していることで誰の目にも触れずに実行できてしまう環境や、不正が表面化する可能性が合理的に想定できない環境などが該当します。
(2)不正を行うための『動機・プレッシャー』
やむなく不正をしなければならない理由があることを指します。例えば、経済的に困窮していてすぐに現金が必要であるとか、過酷な労働環境に晒されて高ストレスの状態に置かれている状況などが該当します。
(3)本人が不正を『正当化』できる
不正を行う本人が自ら納得するための理由があることを指します。例えば、『頑張っている自分を適切に評価しない会社が悪い』『周りのみんなもやっている』『影響は小さい』など、事実かどうかに関わらず不正を行う自分を正当化できる理由がある状況です。
組織内で不正が起こってしまう2つの理由
──組織内で不正が起こってしまう要因にはどういったものがあるのでしょうか。
組織内で発生する不正には、大きく2つの発生要因があると考えられています。
(1)人的要因
会社への不満、人間関係によるストレス、人事評価(待遇)への不満など
(2)技術的要因
不正を可能にするシステム上の脆弱性や内部管理の杜撰さなど
技術発展とコロナ禍における就労意識の変化により、場所・時間を選ばない働き方を選択できるようになってきました。それにより人的・技術的要因ともにこれまで以上にリスクが高まっているように感じます。リモートワーク導入が推進されたことにより利便性は上がった一方で、以前の様にオフィスで対面で業務を行っていた環境とは変わり、物理的に離れていることにより目が届きにくくなったり、社員の不審な言動やPC操作があっても発覚しにくくなったという側面もあるようです。
また、オンラインコミュニケーション用のツールが普及しているものの、出社時と比較すると雑談機会などが減少し、社内全体におけるコミュニケーション総量は低下しがちです。結果、言動・態度・服装などが普段と異なることに周囲のメンバーが気づきにくくなり、悩みやストレスを個人が抱え込みやすい環境になってきています。
他にも、リモートワーク環境下では社外ネットワークを使用する機会が必然的に生じるため、アクセスや操作記録が残らない環境が生まれてしまうことも不正が発生しやすい要因となっています。
不正対策を検討する際にまず確認すべきこと
──不正を未然に防ぐための対策を考える上で、人事はどのような点に留意すべきでしょうか。
特に以下3つのポイントを確認しておく必要があります。
(1)適切な職場環境を提供できているか
(2)職務・権限集中の程度や社内ルールの曖昧さ
(3)社内コミュニケーションの活性度
(1)適切な職場環境を提供できているか
健康経営(※)を実践することによって、適切な職場環境を提供しようとする会社も増えていることからもわかるように、社員にとって『働きやすさ』が確保できているかはとても大切です。コンプライアンスは最低限として、各種ハラスメントや過度なノルマの発生など、社内のストレスレベルを把握しましょう。特に社内でパワハラが常態化している場合、コンプライアンスよりも上司の指示や同調圧力が優先されてしまい、組織的な不正に繋がりやすくなるため注意が必要です。
(※)健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。参考:経済産業省ホームページより抜粋
(2)職務・権限集中の程度や社内ルールの曖昧さ
職務や権限が1人に集中し牽制が効いていない状況は、前述のとおり不正の機会に繋がります。仮に職務分掌や権限が定められていたとしても、抽象度が高すぎて多様に解釈ができてしまう場合は、不正を働く者にとっての都合の良い悪意的な解釈(正当化)が生じる余地となります。
(3)社内コミュニケーションの活性度
風通しが悪い組織では問題点の指摘がしづらく、組織の自浄作用が低下して不正行為の温床となり得ます。
以上3つのポイントをそれぞれ確認し、課題が見つかれば随時改善施策を打っていく形です。ただ、不正を防止することは『目的』ではなく、あくまで会社が掲げるミッション・ビジョン・バリューを実現するための『手段』に過ぎません。その本質が誤解されないよう、取り組みの背景や意図の説明は社員感情にも配慮した上で丁寧に進めて行く必要があることを念頭に置いておきましょう。
不正を未然に防ぐための具体的な施策
──組織内で不正を未然に防ぐための具体的な施策にはどういったものがありますか?
先ほどご紹介した「不正のトライアングル」(機会、動機&プレッシャー、正当化)に則って、不正を防止する具体的な施策を考えていきましょう。
(1)機会
機会を減少させる施策としては、『業務を分割する』と『長期間同じ社員に特定業務を担当させない』ことが有効です。まず、一連の業務を前工程と後工程に分割してそれぞれに担当者を置くことで、1人の権限では不正が不可能な業務フローを構築します。業務担当者が複数になると相互牽制効果も期待できます。さらに、計画的にジョブローテーションを行うことで業務を特定メンバーに偏らせず、誰の目も届かない状況を回避することができるようになります。
(2)動機&プレッシャー
動機やプレッシャーを減少させる施策としては、『定期的な社員サーベイによるモニタリング』と『良好なコミュニケーション環境の構築』が効果的です。社員サーベイにより組織の満足度や問題点における全体感を把握し、1on1などで個別状況の解像度を上げる形の取り組みです。特に、リモートワーク環境では雑談などの偶発的なコミュニケーションや、様子そのものの変化を把握することが難しいため、1on1などを通じて人事が意図的にコミュニケーションの場を創出することが求められます。
(3)正当化
できる限り公平な人事評価制度を構築して運用し、本人に対する評価の説明責任を上司がきちんと負うことが必要です。仕事に対するフィードバックを定期的に行わず、指導・育成の仕組みが成立していない職場では正当化を防ぐことはできません。仕事の振り返りをテーマに互いの認識齟齬の言語化・共有を通して、正しい自己認識や職業倫理の獲得を支援することが、正当化への対策となります。
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編集後記
『とにかく不正を防ごう』とやみくもに取り組んでしまうと、必要のない監視を増やすなどで社員の不安や不信感を高めてしまうことにもつながりかねません。「不正のトライアングル」を正しく理解し、機会・動機&・正当化のどこに課題があるのか、人的・技術的要因には何があるのかを明確にすることから始めると、ポイントを絞った取り組みを行えるようになるのではないでしょうか。