「不活性人材」を生まない組織の在り方と、具体的な人事施策について

もともとは熱心に仕事に向き合って活躍していたのに、いつしか成果もやる気も低下してしまった──そんな人材を「不活性人材」と呼ぶことがあります。
従来はミドル・ベテラン社員が多く該当する傾向だったのですが、近年はリモートワーク環境などの影響もあってか、若手社員にもその傾向が見られるようになりました。
今回は、株式会社トイファクトリーで総務人事を担当している安田英樹さんに、「不活性人材」が生まれてしまう理由やその解決策についてお話を伺いました。
<プロフィール>
安田 英樹(やすだ ひでき)/株式会社トイファクトリー 総務部人事課
約20年以上、倉庫・運輸会社、システム開発会社、不動産会社での人事に携わった後、キャンピングカーの製造・販売を行う株式会社トイファクトリーの変革期に関わる。創業社長のオーナーシップ経営から中間管理職層のリーダーシップ組織運営への移行を目指し、「社内の組織化」や「リーダーシップ人材の育成」「マネジメントの仕組み化」に取り組む。またインターンシップを通じて学生が本気な挑戦と失敗を経験できる場の提供にも奮闘中。
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目次
「不活性人材」とは
──「不活性人材」について、その定義や概要を教えてください。
「不活性人材」とは、様々な理由で組織内で適した仕事がなかったり割り振られない状態になってしまった人材のことを指します。あまり良くない言い方ですが、古くは『窓際族』などと揶揄されていたこともあったかと思います。

(データ元)総務省「労働力調査」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、経済産業省「鉱工業生産指数」、内閣府「国民経済計算」
内閣府ではこうした「不活性人材」のことを『雇用保蔵者数(企業が労働者を採用したものの、その労働者に能力に見合った生産を挙げられるだけの業務を任せずに保蔵している数)』と定義しており、データとして推計しています。少し古いデータですが、平成21年の調査では合計528万人~607万人が雇用保蔵者、すなわち「不活性人材」とされています。
なぜ「不活性人材」が生まれてしまうのか
──「不活性人材」はどういった要因で発生してしまうのでしょうか。
最も大きな要因は、従来の大量生産時期における社員に求める能力(同じ作業を安定的に・正確に・早く処理するなど)と、昨今のVUCA時代に求められる能力(変化に対応して柔軟にやり方を変えていくなど)に大きなギャップがあることだと考えます。私が新卒で就業していた頃を思い返すと、様々な仕事が過去の経験や慣習を手がかりに行われ、蓄積された教えに従って仕事を見て覚えていました。ですが、今日の様に変化の激しい環境の中では従来の経験や慣習を踏襲するだけでは乗り越えられなくなってきたことにより不安を生じさせ、その結果のひとつとして「不活性人材」を生んでいるのではないでしょうか。
この様な要因をもう少し具体的に見ると、以下3つがあると感じています。
会社や配属先組織が担う事業の業績悪化
仮に、残念ながら業績が悪化して業務ボリュームが減り仕事が割り当たらなくなった場合、必然的に「不活性人材」の予備軍が生まれてしまいます。この時、その「不活性人材」の予備軍や組織が新しい仕事に適応できる柔軟さがあれば問題無いのですが、前述のように多くの企業が過去の経験や慣習を重視し終身雇用を前提としてきた経緯から、新しい仕事にうまく適応することができず「不活性人材」となってしまうことがあります。
実際にこの要因により生まれた「不活性人材」に対するリストラ(希望退職制度の利用を含む)は、1990年代初頭のバブル崩壊以降の雇用調整施策として頻繁に行われるようになりました。
担当する仕事で必要な技術や環境の変化
IT業界など、業務で利用する技術の進歩が著しく速い業界では良く発生するパターンです。
また直近ではコロナ渦で働き方がリモートに急速に変わったことにうまく適応できない社員や、希望しない社内異動で新しい仕事に馴染めない社員なども、これと同様のパターンに該当します。ミドル・シニア社員が「不活性人材」になりやすい傾向もこのパターンに当てはまる事が多く、過去に身につけたスキルや経験のみに頼って仕事を進めていることがその原因になっています。


(データ元)OECD Education at a Glance (2017)(諸外国)及び 「平成27年度学校基本統計」(日本)
※日本以外の諸外国の数値については、高等教育段階別の初回入学者の割合
※日本の数値については、それぞれ①短期大学、②学士課程、③修士課程及び専門職学位課程、
④博士課程として算出(留学生を含む)
こうした問題への解決策として「リスキング教育(今後新たに発生する業務で役立つスキルや知識の習得)」や「リカレント教育(学び直し教育)」が注目されています。確かにこれらは有効な取り組みであり、国際競争力の高い国ほど各教育機関において積極的にリカレント教育を推進しているとのデータ(上図)もあります。
一方で、再教育プログラムを用意しても、ミドル・シニアな方々ほどオープンマインドになる事に慣れていなかったり、これまでの実績への良い意味での自信が障壁となり、積極的に参加されない、という問題も指摘されるなど、対象となる方々への動機付け(自分にとって意味があると思えるか)が大きな課題になっていると思います。
上司との相性
経験則上、実は結構多いパターンなのが、上司との相性です。1人の感情を持った人間同士、時には理性ではなく感情で判断したり動いてしまうことも多いものです。
以前ある企業にて退職勧奨制度を導入した際、ある事業部責任者から「〇〇さんを退職勧奨できないか」との相談がありました。理由はスキル不足。そこで実際に対象者の過去評価を確認したところ、この方より悪い評価を受けている方が事業部全体の1/5程度もいることが分かったのです。その事実を事業部責任者に伝え、改めて理由を深くヒアリングしたところ、「配属チームのリーダーとの関係が悪く、そのリーダーから大変に困っているとの相談を受けた」ことが直接的な理由だったことが判明しました。
このように、上司や部下の双方におけるコミュニケーション能力(上手く関係を築く力)が影響して、意図せず「不活性人材」にしてしまっている可能性もあるのです。

全従業員が活性化している組織とは
──反対に全社員が活性化している組織とはどういった組織だと思いますか?
『市場環境の変化に合わせて、顧客の趣向の移り変わりに適用できる組織』という組織だと考えています。もう少し詳しくお伝えするためにも、組織・個人の双方からそれぞれの状態を整理してみました。
組織の状態
(1)組織のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)が共通認識として根付いている
「自分たちはこういったお客様にこういった価値を提供します」といったように、組織としての目的が明確で、顧客理解にも熱心な組織です。こうした組織は顧客の趣向の移り変わりに敏感で、気付いたニーズの変化に対して全力投球する風土があることで「不活性人材」を生みにくい状態を築いていると言えます。
(2)心理的安全性が高い
単純になんでも許される、といった組織ではなく、必要なことは忖度なく本音で対話でき、指摘しあえる、褒め称えあえるといった組織を指します。
私自身も経験がありますが、自分を変えようと思うきっかけとなるのは、周囲と比べて自分の力不足に気付かされた時である事が多いのではないでしょうか。そんな時、もし心理的安全性が低い環境に身を置いていた場合は周囲への妬みの気持ちが邪魔をして自分を変える行動を取らない事があるかもしれません。心理的安全性が高い組織には、自分を変える必要性を素直に受け入れて行動を起こす環境が整っていると言えます。
(3)個々の違いに対して柔軟かつ一定のラインが守られている
いわゆる「ダイバーシティ&インクルージョン」の観点です。社員に対する扱いの多様性は、組織における応用力にも繋がります。
例えば、会議においてとある方が出した粗削りで前例のないようなアイデアに対し、周囲が頭ごなしに否定してしまうような場面があると、その組織には『前例が無い事は言ってはいけないのかもしれない』という雰囲気が形成されてしまいます。そうすると、変化や多様性よりも慣習が重視される風土が生まれてしまい、結果として「不活性人材」を生みやすい環境となってしまいます。
そうならないためにも、様々なアイデアを歓迎したうえでアイデアを望ましい方向に議論して収束できる組織をつくり、慣習よりも変化や多様性が重視される風土を作ることが重要ではないでしょうか。
▶ダイバーシティ&インクルージョンに関しての記事はこちら
個人の状態
(1)キャリアに対しての目的意識がある
「自分はこうなりたい」「これを実現したい」といった志があり、そこに向かって能動的に行動・活動できている状態です。こうした方は組織に依存し過ぎることなく、自分と組織の合意点を常に意識しています。さらにこうしたキャリア意識がチャレンジや新しい学びの動機付けになり、自らを変化・進化させられることにも繋がっていきます。
(2)コミュニケーション能力が高い
前述のとおり変化の激しい今日のVUCA環境では、既存の考え方に沿って同じことをやっていればいい、という時代ではなくなりました。そのため、適切なタイミングでのコミュニケーションによって相手のニーズを理解したり、自分の考えを伝えたりすることの重要性がさらに増しています。また、そのコミュニケーション能力を使ってカウンターパートナ―との人間関係をうまく構築していくことで、問題や誤解を生みにくくすることができ、自身にとっても周囲にとっても心地の良い環境を作ることに繋がります。
(3)応用力が高い
仕事環境や業務内容が日々変化していく中では、初めて取り組む業務やタスクも多くあると思います。そういった業務であっても、過去の経験やこれまでに蓄積された情報などから共通点を見い出し応用することができれば、変化にも抵抗感がなくなり、対応しやすくなります。
組織の活性化のために人事が取り組めること
──全社員が活性化している組織の状態を作るために、人事ができる施策や取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか。
いろいろな方法があると思いますが、ここでは「採用」「人事制度」「雇用調整」のそれぞれの視点から考えてみました。
採用
・個人のキャリア・プランと組織の提供できるキャリア・パスのマッチングを意識した採用プロセスの設計、採用判断基準の設定
人手不足を解消するために、求める要件を兼ね備えているかどうかだけを重視してしまう採用活動は意外と多いのではないでしょうか。しかし、そうした会社視点のみで個人視点を軽視した採用は、その場は良くても後々になってギャップが浮き彫りになり、結果的に「不活性人材」を生み出す可能性を高めてしまいます。
そのため、採用段階でキャリア・プランを意識させるプロセスや基準を設けることは長期的な視点で非常に重要です。また、採用業務に関わる社員(採用するポジションの上司や事業部責任者、人事)に対しても、キャリア・プランへ目を向けさせることにも繋がります。
以前、とある事業部責任者から採用をしたいという相談をされた時、『その採用ポジションの数年先にどんなキャリア・パスがあるのか』『そうなるためにどういうフォローをしていくのか』という点を採用リクエストシートに書いてもらう仕組みを導入しました。すると、数年後にその事業部自体が無くなる予定だったことが判明したケースがありました。これはまさに近い将来、「不活性人材」を生みかねない採用だったのです。
人事制度
・役職制度と等級制度を分けて設定
ビジネスマーケットや労働環境の変化に合わせて、事業計画や組織体制、さらには役職・役割もどんどん変化していく環境下では、人事制度もそれに合わせて柔軟性を持たせておく必要があります。とは言っても、最近注目されているジョブ型制度などをそのまま適用させてしまうと、役割が変わるたびに給料が上下することになってしまうなど、社員に漠然とした生活不安を与えてしまう結果にもなりかねません。
そのため、事業計画や組織の変化に合わせて役割が変化する事を前提とした『役職制度』と並行して、長期に渡って変動がなく保証された給与を定める『等級制度』も検討することが必要です。
・評価者の評価運用力を上げる
評価の基準が上司の個人的な感情ではなく、その組織で求められる要件などに基づいていれば、「不活性人材」を生み出す可能性を下げることができます。さらに、その評価結果や評価の傾向から不活性リスクのある方を事前に察知することができたり、その対処方法についても検討することができるようになります。
ただし、評価基準として明確なものが用意されていても、評価面談の運用方法次第では期待した効果が得られないことがあります。実際にある会社では『賞与の額を決めるため』『給与の査定を行うため』だけに評価面談が行われており、結果的に賞与の額を見ながら評価の判断を変えてしまうといった本末転倒な状態になっていました。だからこそ基準を設けるだけでなく、運用者である上司の運用力も同時に高める必要があるのです。
雇用調整
・退職勧奨や異動調整
人間である以上、相性があわなかったり、時に怠け心が生じてしまうのは避けられません。そのため「不活性人材」になってしまうことを抑制する意味合いも含めて、『組織やチームに貢献できなくなると、居場所がなくなってしまうかもしれない』といったある種の緊張感も必要です。
ただ、このような退職勧奨や異動調整の判断を、直属の上司などだけに押し付けることは良くないと思います。私の経験でも、部下の雇用を守りたいと必死になったあまり精神的な負荷が大きくなり、その上司の方自身が病んでしまった、というとても悲しい事例がありました。そうした状況を防ぐ意味でも、上司からのSOSや相談を受け付ける窓口を人事部内に持ち、状況によっては社員の対応を引き継ぐなどの体制やルールも合わせて必要になるでしょう。
今回ご紹介したような施策以外にも、とても小さなことですが、「トップのちょっとした声かけ」が社員の活性化に一役買っていた、ということも実は多々あります。
私が今在籍している企業では、社長や専務が頻繁に社員やパートさんに声掛けをしています。挨拶はもちろん『最近どう?』といった他愛もない雑談まで。あまりの忙しさにそうした時間すら取れなくなった際には『最近話ができてなくてごめんね』と謝ってくるほどのこだわりようです。
こうした姿勢をトップが見せると、それに続く役員や管理職メンバーが出てくるようになります。それがいつしか社内の文化になり、自然とコミュニケーションが促進され、「不活性人材」の発生確率を下げる結果となっていると考えます。
大々的な制度改革や取り組みだけでなく、こうした身近なひと手間からも社内の活性度は上げられるのです。
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編集後記
すべての社員がイキイキと活躍することは、人事の最終ゴールといっても過言ではありません。「不活性人材」を理解し対策することは、そのゴールに近づくためにも避けては通れない道のりです。「不活性人材」からヒントを得て、身近なひと手間からスタートすることが、全従業員の活性化への第一歩になるのではないでしょうか。