「ストライキ」の日本における現状と、予防・対処法について解説
海外ではよく従業員による「ストライキ」の影響で、公共交通機関が止まったり、サービス提供が滞るなどのニュースが話題になります。一方、近年日本においては、「ストライキ」が起こる件数も減っており、「ストライキ」が起こっているのを目にしたり経験したりすることはあまりなく、身近なものではないかもしれません。とはいえ、ストライキが起こる可能性がないわけではありません。そして、ひとたびストライキが起こった時には、企業経営に非常に大きな影響が及ぶ可能性がありますので、万が一に備えておくべきポイントの1つと言えるでしょう。
そこで今回は、この領域に詳しい弁護士の協力・監修のもと、「ストライキ」の概要から日本における現状、予防・対処法に至るまでをコーナー編集部が解説していきます。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/賢誠総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より賢誠総合法律事務所に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「ストライキ」の概要と現状
──まず、「ストライキ」の概要について教えてください。
「ストライキ」とは、争議行為の一手段であり、労働条件の改善などを要求するために、労働組合が主体となり集団的に労務提供を停止することです。一般的には立場の弱い労働者が個人で改善を要求することは難しいものです。そこで労働者が集団で会社に圧力をかけ、対等な交渉ができるようにするわけです。「ストライキ」を含む争議行動を行う権利(争議権)は労働者の基本的な権利(団体行動権)として日本国憲法28条で認められており、団体行動権と団結権・団体交渉権とを合わせて『労働三権』と呼ばれています。
──「ストライキ」は権利として認められているということですが、どのような法律上の効果が認められているのですか。
正当性のある「ストライキ」については、刑法上の違法性が否定されて刑事罰が科されません(労働組合法1条2項)。また、使用者は正当な「ストライキ」に対しては、労働組合及び組合員に対し損害賠償請求を行うことができません(労働組合法8条)。さらに、正当な「ストライキ」を理由として組合員に対し解雇や懲戒などの不利益取り扱いを行うこともできません(労働組合法7条1号)。
──「ストライキ」が正当なものとして保護されるのは、どのような場合ですか。
この点は大きく分けて、「ストライキ」の目的、手続、手段の観点から検討されることになります。まず基本的に「ストライキ」は団体交渉において目的となる事項に関して行われる必要があり、これと無関係の目的のために行うことは正当とはいえません。また、団体交渉を経ずにいきなり「ストライキ」を行うことについても正当性が認められません。また、暴力を振るったり経営者の私生活上の平穏を害するような態様で行うことにも正当性が認められません。
──「ストライキ」には、どのような種類がありますか。
「ストライキ」の種類としては、例えば以下のようなものがあります。
(1)全面ストライキ:労働組合員全員が参加するもの
(2)部分ストライキ:一部の労働組合員のみが参加するもの
(3)指名ストライキ:参加する組合員を労働組合が指名するもの
──「ストライキ」以外の争議行為の種類について教えてください。
サボタージュ(怠業)などがあります。「ストライキ」が業務を完全停止するのに対し、サボタージュは業務の能率を落とす形で抗議することを指します。仕事や勉強を怠けることを意味する『サボる』の語源とも言われています。
──「ストライキ」は、企業内に労働組合がない場合でも起こる可能性がありますか。
企業内に労働組合がない企業でも「ストライキ」が起こる可能性はあります。例えば外部のユニオン(さまざまな会社の労働者が集まって結成される合同労働組合)に入れば、「ストライキ」を行うことができるからです。
日本における「ストライキ」事例
──日本ではあまりなじみのない印象がある「ストライキ」ですが、実態としてどれくらい発生しているのでしょうか。
厚生労働省の『労働争議統計調査の概況』によると、平成23年以降に発生した国内の労働争議(ストライキ・サボタージュなど)件数は以下図の通りです。
『争議行為を伴う争議』の大半は「ストライキ」であり、約半分が半日以上、もう半分が半日未満のものとなっています。上図にはありませんがリーマンショック時(2009年)の総争議数は780件・争議行為を伴う争議数は92件だったことを考えると、総量は年々減少傾向にあることが見て取れます。
なお、令和3年における労働争議の主要要求事項は以下の通りです。
・賃金に関する事項……150件(総争議件数の50.5%)
・組合保障及び労働協約に関する事項……137件(同46.1%)
・経営・雇用・人事に関する事項……96件(同32.3%)
──実際に日本で発生した「ストライキ」の事例について教えてください。
少し古いものも合わせて3つほど紹介します。
全国港湾労働組合連合会/2019年4月
全国の港湾労働者で組織される全国港湾労働組合連合会(約1万6千人)が平日の48時間に渡って行った「ストライキ」の事例です。2019年春闘で定年延長や最低賃金の引き上げなどを求めて交渉してきたものの隔たりが埋まらず、「ストライキ」に踏み切りました。これにより全国の港でコンテナの積み下ろしなどができなくなりましたが、事前に各所へ通告されていたことから荷主や船会社が事前に対応していたとみられ、大きな混乱はなかったようです。その翌月のゴールデンウイーク中にも再度「ストライキ」を行うことを示唆していましたが、雇用主側が団体交渉を申し入れたことを受け2度目は回避されました。
<結果>
定年延長は決定され、それに合わせて港湾年金の支給要件も改定されました。しかし、最低賃金の引き上げは行われない形に着地しています。
両備バス労働組合/2018年4月
岡山県南部を主要エリアとする両備バスの労働組合が、バスは運行するものの運賃を徴収しない『集改札ストライキ』を実施しました。当初はバスの運行そのものを休止する予定でしたが、乗客への影響を考慮してこのような形になったようです。発端は格安バス会社の新規参入。それにより両備バスを含めた既存の老舗バス業者が反発し、『集改札ストライキ』以外にも赤字31路線の廃止届を出すなどの抗議を行いました。
<結果>
競合他社の新規参入の許可取り消しに向けて裁判を起こしたものの、第一審で敗訴。第二審も東京高裁より『訴訟を起こす資格がない』とされ、訴えを却下した一審判決が支持される形となりました。
日本プロ野球選手会/2004年9月
経営不振が続いていた近鉄がオリックスとの合併を発表したことが発端となり起こった「ストライキ」です。さらに、球団オーナー間でダイエーとロッテも合併し10球団1リーグ制に移行する構想があることも明らかになったことを受け、選手会側は12球団2リーグ制の維持を求めて日本球界初の「ストライキ」を実施。2004年9月18日~19日の2日間で計12試合が中止されました。
<結果>
3度の団体交渉の末、最終的に2球団2リーグ制を維持する形で合意されました。
「ストライキ」を予防するためには
──「ストライキ」を未然に防ぐためには、どんな方法があるでしょうか。
「ストライキ」につながる原因は賃金アップ・福利厚生の向上・労働条件の改善などの経済的問題が主です。その観点から「ストライキ」につながりそうな要因を事前に把握し、予防措置を企業のリスク管理システムに組み入れることが最大の予防法だと言えます。具体的には、労務管理を適切に行ったり、競合他社などと比べて相対的にバランスの取れた賃金設定を行ったりなどの取り組みが挙げられます。それ以外にも公平性のある評価制度など、適切な人事制度を構築することなども「ストライキ」予防には効果的です。
また、上記のとおり、「ストライキ」をはじめとした争議行為は前提として団体交渉が決裂した場合に実施されるものです。つまり、この団体交渉において誠実に対応し双方の合意を取り付けることができれば「ストライキ」への発展を防ぐことができます。
一方、どれだけ誠実に交渉に応じたとしてもやむを得ず賃金カットや解雇などを行わなければならないこともあるでしょう。こうした「ストライキ」に発展しやすいシーンではより慎重に労使間での協議を行い、不測の事態に備えることが重要になってきます。
「ストライキ」が発生してしまった際の対処ポイント
──図らずも「ストライキ」に発展してしまった場合、企業はどのように対処すれば良いでしょうか。
考えられる対処法としては、以下の対応が挙げられます。
(1)団体交渉の継続や第三者機関を利用することで、解決の糸口を探る
発生後も団体交渉は継続されます。会社側は労働組合と粘り強く団体交渉による話し合いを行って、問題解決につなげていくことが基本となります。ただし、この話し合いが平行線をたどってしまい解決の糸口が見いだせないことも多々あります。そのようなときには第三者機関を活用するもの1つの方法です。具体的には労働委員会に対し労働争議のあっせんや調停などの申請を行うなどの対応が考えられます。
(2)ロックアウトを行う
ロックアウトとは、争議行為に対抗して会社側から相手方である労働者に対して労務の受領を集団的に拒絶したり、事業場から労働者を集団的に閉めだす行為をいいます。ロックアウトの正当性が認められれば、会社は労働者に対する賃金支払義務を免れることができます。ただし、ロックアウトの正当性が認められるケースは限られており、会社側から先制的にロックアウトを行うような場合には、正当性が否定されます。
※「ストライキ」に対するロックアウトの正当性が認められた例としては、安威川生コンクリート工業事件の判例(最三小判平18年4月18日)が挙げられます。この事案では、労働組合による短時間の時限ストが繰り返された結果、会社は事実上休業状態にせざるを得ず、労働者の提供した労務がストライキにより就労しなかった時間について減額がされた後の賃金にも到底見合わないものとなったなどの事情がありました。
(3)「ストライキ」の正当性が認められない場合には、損害賠償請求などを行う
前記のとおり「ストライキ」が法律上保護されるためには、その正当性が認められる必要があります。そして正当性が認められない「ストライキ」に対しては、会社としては警察に対し刑事告訴・告発を行う、労働組合や組合員に対し損害賠償請求を行う、組合員に対し懲戒処分や解雇を行うなどの対応を取ることが考えられます。
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編集後記
「ストライキ」を含む労働争議の発生件数は近年減少傾向にあるものの、昨今の不安定な情勢を受けて再度増加していく可能性はあります。労働組合がない企業でも起こりうることから、どの企業も例外ではありません。また、「ストライキ」の対処法を知り予防に取り組むことは、従業員が安心して働ける環境づくりにもつながります。他人事にせず取り組みを進めていくことが大事なのではないでしょうか。