【イベントレポート】経営戦略・事業戦略に基づいたタレントマネジメントとは?/CORNER DAY Vol. 10
前回開催されたCORNER DAY Vol.9の参加企業にアンケート結果から、「異動・配置の最適化」「サクセッションプラン」などタレントマネジメントに関する声が多く上がりました。また、昨今の潮流でもある人的資本経営(※1)でも「人材を活かす仕組み」に注目が集まっています。
※1:人的資本経営とは、人材を経営上の最も重要な『資本』と捉え、すべての人的資本を活かし、その価値を持続的に向上させる人材戦略の実践を通じて、経営目的の実現と企業価値の向上を図る経営のあり方のこと
参考記事:「人的資本の情報開示」の世界情勢と「ISO 30414」出版に伴う日本企業の対策と未来
そこで「CORNER DAY vol.10」(2022年8月3日実施)では、「経営戦略・事業戦略に基づいたタレントマネジメント」を大テーマとし、参加者は以下2つのディスカッションテーマに分かれて議論しました。
<ディスカッションテーマ>
チームA・B・C:「事業戦略の遂行」と「自律的なキャリア形成」の双方を満たす配置・異動とは
チームD・E:組織を強くするためのキーポジションの外部・内部登用のバランスについて
今回は、本イベントに参加した人事責任者・担当者・スタートアップ経営者(計16名)のディスカッションのハイライト、各社の取組事例などをご紹介します。
目次
「事業戦略の遂行」と「自律的なキャリア形成」の双方を満たす配置・異動とは
チームA・B・Cでは、まず各社で行っている「配置・異動の目的」と「異動者の選定基準」について共有し合い、その後ディスカッションによって「企業・個人の双方を満たす配置・異動のあり方」について考えを深めて行きました。
各社が考える「配置・異動の目的」と「実際の取り組み」
まず「配置・異動の目的」「実際の取り組み」については、大きく以下3つのポイントに話が集まりました。
(1)組織・個人パフォーマンス向上のため
どちらかというとマイナスやミスマッチ解消の意味合いが強く、上司との相性や環境を変えることによるパフォーマンス向上を目的に配置・異動を行う企業が多くありました。ただ、その現状に課題感を持っている企業もあり、「今以上にパフォーマンスに上げるには?」という観点からの取り組みを検討中の企業も見受けられました。
一方で、将来の中核人材候補として抜擢人事を行ったり、キーパーソンのリテンションを目的として取り組みをスタートさせたりしている企業もあるようです。「異動こそが人材開発」という考え方があることも共有されるなど、異動により組織・個人パフォーマンスを意図的に向上させる重要性についても議論されました。
(2)経営戦略や環境変化に合わせた人員数調整のため
コロナ禍もあって、複数事業間での調整やリソースの再配分を目的として配置・異動が行われているようです。これらは事業戦略ベースで動くことから、個人希望の観点がないがしろにされやすいこと、育成の観点があまり含まれていないことがデメリットとして挙がりました。
また、人材を引き抜かれる側からの反発への対処法(人事が間に入り、その人が抜けた穴を採用含めどう埋めるかをすり合わせて納得を得るなど)や、異動までのリードタイム(トップダウンだと早く、ボトムアップだと長めなど)についても各社それぞれのカラーや特徴が垣間見えました。
(3)人材育成・キャリア開発のため
この観点で配置・異動を検討しきれていない企業もある中、実際に取り組みを進めている企業の共有には多くの関心が集まっていました。具体的には以下のような取り組みが共有されています。
・新規事業プログラム、経営幹部候補育成プログラムなどを拡充し、サクセッションプランを狙って進めている
・異動によるギャップを最小化するために、個人の個性などをデータ化した上で本人と配属先マネージャーに共有し、事前に接点を持ってもらう形でオンボーディングを実施。配置後も人材タイプによってその後の異動タイミングや方法を検討している。
(例)同じことをやり続けたくないといった志向を持つタイプはジョブチェンジや新規事業へのアサインを積極的に。一方で馴染みやすいタイプはある程度そのままの状態で見守るなど。
・個人データは定期的なパルスサーベイや1on1などから収集。データドリブンで配置や異動を検討しているが、「ハイパフォーマーを手放したくない」などの現場意向も強いため、そこに対しては「人材は全社資産である」という考え方を定期的かつ繰り返し伝えることで理解を促している。
・「立場が人を育てる」という考え方が社内にあるため、ポテンシャルがある方をあえて要職に据える「抜擢人事」を意図的に行っている。選定基準は現状ではなくポテンシャル要素を重要視している。
・特定の専門領域でスキルを持つ方(エンジニアなど)は、どうしても異動が少なくなる。この層のキャリアについては考えて行く必要があるが、現状は1on1でヒアリングや対話を進めている。
またそれ以外にも、「企業フェーズによる目的や取り組み内容の違い」や「異動後の成果をどれくらいの時間軸で測るべきか」についても意見が集まりました。
特にスタートアップではどうしても視点が短期的になりやすいため、人材育成・キャリア開発の観点では配置・異動を行いづらい側面があるという意見には共感が集まっていました。一方で、大手企業のように規模が大きくなってからでは仕組みや文化を変えることが難しいと感じる方も少なくないようです。規模感が大きいほど人材育成・キャリア開発の観点から配置・異動を検討しやすくはなるものの、その導入方法については工夫が必要だという議論がなされていました。
今まさに感じている「課題」
課題は「人材育成・キャリア開発の観点で配置・異動をまだ行えていない企業」と「すでに行えている企業」で大きく二分される形となりました。
まず「人材育成・キャリア開発の観点で配置・異動をまだ行えていない企業」からは、以下のような課題が共有されていました。
・そもそも組織戦略が後手になっており、場当たり的な判断が多い
・個人視点を踏まえた配置・異動の設計になっていない
・日本型雇用が染みついており、キャリア自律を促していく難しさを感じている。
・マクロ環境によって大きく左右されるキャリアへの対応が難しい
・短期育成目線とのトレードオフ
・異動・配置に関する長期的な仕組みへのnon-HRに対する理解
次に「人材育成・キャリア開発の観点で配置・異動をすでに行えている企業」からは、以下のような課題が共有されていました。
・全社横断的な人材開発の機会づくり
・キーパーソンの育成、リテンションのための意図的な配置・異動の検討
・会社がどこまで個人のキャリアに踏み込むべきか
・一定規模以上の組織にキャリア自律を促す難しさ、また世代別でのキャリアに対する考え方の理解も必要
・配置や異動を自社や自部門に閉じ過ぎず、なるべくオープンにすることでより自由なキャリア形成を実現できるようしたいが、トレードオフとしての人事管理コスト増加への対応が難しい
・データに基づいた客観的かつ最適な配置を行うこと
・異動による成果をどれだけのスパンで見据えるか
・異動を投資として意思決定できるか
どうすれば「企業・個人の双方を満たす配置・異動」が実現できるか
大前提として「企業が個人のWILL・CAN・MUSTをどこまで理解できているかが重要だ」という意見には多くの共感が集まっていました。人事が個々人のそれを理解し、その人のWILLに対して今回の配置・異動の意味付けを行うことが、パフォーマンス向上や人材育成・キャリア開発のキーとなるようです。その方法論としては1on1などが有効だという共有もありました。
ただ、緊急度によっては丁寧に意味付けをしている時間がなかったり、対象者自身に明確なWILLがなかったりすることもあるようです。相手にWILLがない場合は人事側から伝えられる情報を増やす、啓蒙活動を通じてWILLを知るきっかけをつくるなど、地道な取り組みが進められている様子が感じられました。
また、データ活用の重要性についても引き続き議論がなされていましたが、反対に「異動にはアートな側面もある」という意見も飛び出しました。アート(感性的)な側面とサイエンス(定量的)な側面のバランスをどう取るのか、経験則とデータをそれぞれどれだけの比重で活用するのかなど、議論を通じて参加者には多くの発見があったようです。
<参加者の声>
「タレントマネジメントには近道がないということを再認識できた。またデータ活用の観点では発見も多くあったので、自社の取り組みに早速活かしていきたい。」
「配置・異動は組織規模、事業フェーズ、個、組織、環境などが入り組んでいる領域。さらには事業と同時にキャリアの複雑性も増している。そんな環境下では最適解よりもハズレをひかないことが大事。どうしたらハズレではなくなるのかなど、みなさんの話で勉強になった。」
「組織カルチャーによって配置・異動もカラーが異なることを実感できた。自社の人を見て、どういうカラーがあるのかを踏まえて、コミュニケーション設計をしないといけないなと。教科書的な理解で終わらず、会社のフェーズやカルチャーを踏まえて配置・異動を設計していきたい。」
「異動やポストオフがもっと柔軟にできるようになってもいいのではと感じた。またその範囲を限定せず別事業部やグループ会社なども含めたり、社内副業的な関わりからスタートさせたりなど、試しやすい方法を導入するのも効果的かもしれない。」
組織を強くするためのキーポジションの外部・内部登用のバランスについて
チームD・Eでは、最初に「各社のキーポジションの定義」や「外部・内部登用の比重や基準の違い」について共有し合い、その後のディスカッションでベストな内外バランスや理想とするあり方について考えを深めて行きました。
各社が定義している「キーポジション」
参加者の在籍企業の業界・領域・フェーズが異なることもあり、キーポジションもさまざまでバラエティ溢れる形となりました。
・各カンパニー長
・部門長以上のレイヤー
・CxO(CTO、CMO、など)
・プロダクト/事業責任者
・営業マネージャー
・本部長、部長、店舗営業マネージャー
・海外事業責任者
・グループ経営企画
など
一方で、キーポジションを明確に定めていない企業も複数見受けられました。特に新卒主体の典型的な日本企業では、キーポジションについて明文化されていないことも多いようです。中には、今まさにキーポジションを検討中の企業も。会社の存続(中長期)・事業成長(短期)など何を優先するかによっても異なるため難しいという声も聞こえました。
また、「キーポジション」と「キーパーソン」の違いについても言及されました。その中で皆の納得度合が最も高かったのは、「未来必要なポジション=キーポジション」「今必要なポジション=キーパーソン」という考え方です。本来、人事が注力すべきは「未来必要なポジション」であるため、中長期事業計画から逆算する形でキーポジションを定義・配置・育成していく必要性が議論されました。
そこで重要になるのが「人事の事業理解レベル」です。キーポジションは経営陣・事業責任者と人事が密にコミュニケーションを取りながら議論し決めて行く形が一般的なようですが、現場側は「現在」を、経営側は「未来」を考えがちなため、目線のズレが発生しやすいようです。そこに人事が介入しバランスを取るためにも、人事が事業全体を理解していなければなりません。そこで「人事が事業理解を高めるために」という観点から、それぞれが実施している取り組みの共有も進みました。
(例)イントラの資料は全て読む、一番カスタマーに近い職種の話を聞く、マネジメントと日常的に会話する、個人的なネットワークを強化する、比較的長く在籍し理解が深いメンバーと意識的に会話する、ビジネスサイドの経験を積む、副・複業で他社のリアルなビジネス構造に触れる、経営者と話す機会を増やす、など
キーポジションの「外部・内部登用の比重」や「基準の違い」について
まず「外部・内部登用の比重」について。部長職以上のハイレイヤー層においては外部登用割合が高い企業が今回のディスカッション企業では多かったです。その理由としては内部人材の育成が追いついていないこと、そもそも物理的な内部人材数が足りないことが挙げられました。特にプロダクトを複数もつ企業や組織規模が急拡大した企業においては、その傾向が顕著なようです。
次に、ミドルマネージャークラスにおいては外部・内部登用が半々くらいのようです。マネージャークラスの人材についてはなるべく内部登用できるように抜擢人事も含めて対応している企業もありました。中には入社2年目でマネージャーへ抜擢した例もあり、その後本人が相当に苦労している様子も合わせて共有されていました。
また、新卒メインでやってきた企業では転職で入社した方に対して「お手並み拝見」的な空気感がどうしても残ってしまったり、「現場を経験せずに管理職についてはダメ」といった考え方が染みついていたりすることから、定着率に課題を感じている企業もあるようです。加えて、既存事業には内部登用が、新規事業では外部・内部のハイブリット登用が良いのではなど、フェーズや事業内容による比重の良し悪しについても言及されていました。
次に「基準の違い」について。基準を定量面にまで落として検討できている企業は少なく、定性面(期待役割を果たせそうか、成長ポテンシャルがあるか、など)を軸に検討している企業が多い印象です。ピープルアナリティクスが徐々に浸透する中でも、キーポジションの基準にまではデータ活用が進んでいない様子が垣間見えました。また、何度か定義しようとしたものの失敗している企業や、社内人材とのハレーションから採用難易度が高まってしまった企業もあり、どう基準を設計していくかについては議論の余地がありそうです。
外部・内部登用の成果をどこで測るか
「何がどうなると外部・内部登用が成功と言えるのか」という問いかけから、議論はさらに深まりを見せました。それを考える道筋の1つに「評価制度との連動」がありそうです。
ある企業では直近2~3年で組織規模が2倍になり、ミドルマネジメントの重要性が急激に増したという事例が共有されました。「マネジメントする人間は自分で学べ」という経営者の考え方からマネジメント研修などは存在せず、スタイルもバラバラ。上司によって組織環境がガラッと変わるという課題に対して、人事がマネジメントの役割を言語化したものを評価に組み込み、役職登用にも活用するための基準を作っているそうです。
また別の企業では、ミッショングレード(役割等級制度)を導入し、360度評価と成果を合わせたもので評価をしているとのこと。評価がばらつく部分については全部長が参加する評価委員会にて整合性をとることで、マネージャー・メンバー共に納得度の高い評価となっているという共有もありました。
<参加者の声>
「結論、事業成長がすべての起点になると感じた。事業成長ができていればポジションも生まれるし、給与も上げられる。」
「外部登用を増やしたいとなっても、そもそも中途採用力が弱い。その強化の必要性を再認識できた。また現状は店舗社員を中心に採用を進めているため、本部に入社するキーパーソン採用も今後進めていきたい。」
「評価の観点でアイデアをいただけたのが良かった。また自社と違う成長企業の観点で物事を考えることができ、新たな視点や情報を吸収することもできた。」
「今関わっている会社がプロパー中心から外部登用に舵を切ろうとしているところだったので、ヒントをたくさんもらえた。また外部・内部登用を考える上では事業視点は欠かせないため、事業理解の必要性はより高まってくると感じている。」
まとめ
今回のCORNER DAY Vol.10ではテーマを2つに分け、それぞれのテーマについて各グループが議論をするスタイルで実施しました。実施後には議事録が全参加者に共有され、議論しなかったテーマについても学びが深まったようです。当社コーナーは、今後もCORNER DAYを通じて先駆的な人事課題を解決するきっかけを作り、事業と組織の連動性の向上に貢献していきます。
<CORNER DAYとは>
“経営と人事のレジリエンス”を探究するコミュニティイベントとして、株式会社コーナーが定期開催しているイベントです。第一線で駆け抜けている経営者や人事の方に多く参加いただき、毎回白熱した議論が交わされています。
<CORNER DAY Vol. 10:参加者一覧)※50音順
大西 剣之介氏(バリュエンスホールディングス株式会社)
金澤 元紀氏(シミックソリューションズ株式会社)
上林 遼氏(株式会社カウシェ)
木元 豪氏(株式会社NALU)
小金 蔵人氏(株式会社ZOZO)
杉本 皐氏(株式会社DCG Entertainment)
杉元 将二氏(株式会社I-ne)
高橋 真寿美氏(ヘイ株式会社)
茅根 孝太郎氏(ハウスビジネスパートナーズ株式会社)
中野 雄介氏(株式会社iCARE)
平岩 力氏(株式会社人的資産研究所)
平山 鋼之介氏(Sansan株式会社)
藤田 大洋氏(株式会社ツクルバ)
他、大手外食企業、大手アプリ開発企業、ベンチャー人材領域企業の人事責任者
<過去イベントレポート>
corner day vol.1 :レジリエンスを高める組織・制度とは?
corner day vol.2 :MVVをベースとした自律的な組織の作り方
corner day vol.3 :人的関係資産が薄れる中でのミドルマネジメントの人材開発
corner day vol.4 :採用後の早期戦力化
corner day vol.5 :経営・事業に貢献する最適なエンゲージント施策の効果測定
corner day vol.7 :コロナ禍におけるミドルマネジメントの新たな課題と可能性を探る
corner day vol.8:リモートワーク環境下のメンタルヘルス不調を未然に防ぐために
CORNER DAY vol.9:人的資本経営にも大きく影響する「ミドルマネジメント」の人材開発とは