エフィカシーを高め、組織・個人の自走を促す方法とは
心理学用語としても知られているエフィカシー。「効力」や「効能」を示す英単語で、近年は組織開発や人材開発の文脈でも注目されている考え方です。しかし、エフィカシーという言葉は知っていても、その高め方や活用方法などの明確なイメージを持っている方は少ないのではないでしょうか。
そこで今回は、エフィカシーの定義からその高め方、組織に与える影響や取り組みに至るまでを、グロービスや個人事業として組織開発に関わってきたMIKATA BALANCE代表の吉岡 恵さんにお聞きしました。
<プロフィール>
吉岡 恵(よしおか めぐみ)/MIKATA BALANCE代表、株式会社ヒューマンスキル・アカデミー パートナーコンサルタント/ヒューマンスキル・アカデミー認定ストレスゼロ・トレーナー
システムエンジニアでプロジェクトマネージに従事したのち、株式会社グロービスに入社。グロービスでは人材・組織開発コンサルタントとして企業の人材育成・組織開発の支援やリーダーシップ講師などに従事。現在は個人事業主として、心理学や脳科学・人間科学をベースとしたアプローチを活用し、組織コンサルタントや人材育成を行う。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
エフィカシーとは
──エフィカシーとは何でしょうか? エフィカシーという言葉の定義について教えてください。
エフィカシーは「自己効力感」と訳され、「それをやり遂げられるという自分に対する自信」と定義されています。つまり、本当にできる能力があるかどうかは別として、本人が「できる」と認識している状態のことを指します。
ただ楽観的に「できる」と思っているというよりは、「自分ならやり遂げられる」という自分への信頼・想いが強くあると私は捉えています。困難な目標に立ち向かう時は、誰もが途中で必ず難所にぶつかり、上手く行かないことも出てきます。それでもあきらめることなく、目標を達成するまでやり続けられる人が「エフィカシーの高い人」です。
また、自分に対する信頼を持とうとすると、自己肯定感(自分自身の存在を肯定的に捉えられていること)は高いことが前提となります。つまり、エフィカシーを高めることは自己肯定感を高めることでもあるのです。
エフィカシーを高めていく上で重要な要素の1つは「目標・ゴールの設定」です。人はやりたくないことに対しては何かと理由をつけて行動しません。しかし、目標・ゴールが本当にやりたいことであれば、達成するために何ができるかを自発的に考え行動に移していきます。だからこそ「本当に成し遂げたい目標・ゴールを見つけること」は、エフィカシーを高める上で非常に重要な要素なのです。
エフィカシーを高めると人や組織はどうなる?
──エフィカシーを高めると、社員や組織にとってどんな影響があるのでしょうか?
社員と組織、それぞれの観点から解説します。
社員にとって
先ほど「本当に成し遂げたいビジョン・目標を見つけること」がエフィカシーを高める上で重要だとお伝えしました。それを社員に置き換えた場合、中長期的なキャリアビジョンや目標を考えることが社員のエフィカシーを高める第一歩となります。ビジョンや目標が定まれば、その実現に向けてどのような経験や知識を身につければ良いかが具体化します。そのため取るべきアクションが明確になり、成長スピードは急激に加速します。
組織には本人がやりたい業務ではないものも多くあります。しかし、本当に達成したいビジョンや目標を持っていれば、与えられた業務がそこにどのようにつながるかを「意味づけ」できるようになります。こうした意味づけにより、やらされ感は払しょくされ、業務にも自発的・主体的に取り組めるようになっていきます。
主体的に行動することでパフォーマンスが上がることはもちろん、よりポジティブな状態で業務にあたることで学びも深まる傾向があり、良いスパイラルが生まれやすくなります。
組織にとって
社員個人のビジョン・目標が明確であれば、その実現につながる業務へのアサインも検討できるようになります。それぞれの社員に必要な機会を与え、主体的な行動促進を引き出すことによって、1人ひとりのキャリア開発を最大限支援できることはもちろん、ひいては組織パフォーマンスの最大化につながります。
エフィカシーを高く持ち続ける方法
──社員のエフィカシーが高い状態をキープし続けるにはどうすれば良いでしょうか?反対に、エフィカシーを下げてしまう要因などもあれば合わせて教えてください。
エフィカシーを高く持ち続けるためには、以下3つのアクションが有効です。
(1)「フォーカス」をポジティブな方向に保つ
(2) 上手く行かなかった原因を、自分の存在に紐づけない
(3) 意味づけをする
(1) 「フォーカス」をポジティブな方向に保つ
人間は世の中にある情報のすべてを顕在意識として認識できるわけではありません。そのため、さまざまなフィルターを使って情報を取捨選択しています。そのフィルターの1つが「フォーカス」です。人間は、自分がフォーカスした情報のみを拾います。
例えば、通勤中にある場所が更地になっていることに気づいたが、元々何の建物があったか思い出せない……といった経験はないでしょうか。本当は毎日見ていたにも関わらず、元々そこにあった建物にフォーカスしていないことで、建物情報を認識できていなかったのです。もしその更地が、自分が好きで良く通っていたお店だったらどうでしょうか。すぐに気づきますよね。こうして人間は無意識に情報を取捨選択しているのです。
話をエフィカシーに戻しましょう。「できる」にフォーカスすると、実現に向かうために必要な情報を無意識に拾うようになります。反対に「できない・ムリだ」にフォーカスしてしまうと、無意識にできない根拠や情報ばかりを拾うようになってしまい、エフィカシーは低下していきます。だからこそ、常にポジティブな方向にフォーカスを保つ行動・言動が必要になるのです。
ポジティブな方向にフォーカスを保つ方法の1つに「言葉のリフレーミング」があります。例えば、何かがうまく行かなかった場合に「失敗した」と捉えるか、「うまくいかない方法を1つ学んだ」と捉えるかではまったく異なることが理解いただけるはずです。このように、ある事象に対してネガティブなフレーム(表現)で捉えている場合は、ポジティブなフレームに置き換えることでエフィカシーを保つことができます。
(2) 上手く行かなかった原因を、自分の存在に紐づけない
「ニューロ・ロジカル・レベル」というものをご存知でしょうか。これはロバート・ディルツ氏により体系化された、人間の意識を階層分けした理論のことです。人間は外部の情報を認識する時に、無意識に以下6つの階層に分けて認識しています。
① 環境(When&Where/いつ・どこで)
自分が置かれている環境(場所や日時など)
② 行動(What/具体的に何を)
具体的に何をするのかという行動
③ スキル(How/どのように)
能力やノウハウなど
④ ビリーフ(Why/なぜ)
価値観や信念、思い込みなど
⑤ ID/アイデンティティー(Who/誰が)
自分らしさ、自分の本質
⑥ ビジョン(For Whom/誰・何のために)
自分の外の世界との関わり
例えば、「うまくいかなかった」という事象をニューロ・ロジカル・レベルで見ると、本来は①環境 ②行動 ③スキルのレベルに要因があるはずです。つまり、達成を阻害する環境があった(もしくは必要な環境が整っていなかった)か、何かの行動が不足していたか、能力が不足していたか、のどれかです。
しかしながら、その原因をIDに紐づけて捉えてしまう人が多くいます。「自分はダメだ」「自分はできない人間だ」「自分はその役割に不適切だ」と捉えてしまうことで、自分に対する自信を失い、エフィカシーが低下します。
こうしたエフィカシー低下を防ぐためには、周囲の方もIDにつなげて受け取ってしまうような表現は避けるべきです。たとえば「もっと頑張れよ」という励ましのつもりで言った言葉も、受け手が「私は頑張ってないと言われた」「私は怠け者だと言われた」とIDに紐づけて受け取ってしまうリスクがあります。昨今ハラスメントに敏感な組織が増えたこともあり、そういった言い回しをすることも減ってきましたが、常に意識して注意することが必要な領域だと言えるでしょう。
もしも自身が何らかがうまくいかなかった原因をIDに紐づけてしまいそうになったときは、すぐさまその捉え方を①環境 ②行動 ③スキルのいずれかで捉えなおすことが効果的です。行動が不適切なら行動を変えればいいし、スキルが不足しているなら学べばいい。こうした対処により、自分自身に対する信頼を低下させずに済みます。
私自身も、昔は何か高い目標や役割を与えられると「私にはムリだ」と捉える傾向が非常に高く、今振り返ればエフィカシーが低い状態でした。しかし、ニューロ・ロジカル・レベルで捉えるようになってからは自己肯定感も高まり、困難な目標に対しても「まずはやってみよう」と考えられるようになりました。
(3) 意味づけをする
組織の中には「やりたくないけれど、やらなければならない業務」もあるはずです。そのような業務を担当する際にも、自分にとってどのような意味があるのか、成し遂げたら自分のビジョン・目標にどのようにつながるのかを自分なりに意味づけすることで、その仕事は「やらされ仕事」から「自らの意思でやると決めた仕事/やりたい仕事」に転換されます。一度「自分のビジョン・目標の達成につながる仕事」と捉えることができれば、成し遂げたいという想いも強まり、無意識のうちに達成させる方向へと思考や行動が向いていくようになります。
社員のエフィカシーを高め、キャリア開発や成果につながった取り組み
──これまでに行った取り組みの中で、特に成果が出た取り組みについて教えてください。
今回は大きく以下2つの取り組みについてご紹介します。
■ 本当にやり遂げたいビジョン・目標を見つける取り組み
■ 自分に対する自信を高める(取り戻す)取り組み
本当にやり遂げたいビジョン・目標を見つける取り組み
(1) 本質的にやりたいことを見つける方法
「何がやりたいか」から考え始めると、表面的にやりたいことや、やらなければならないことの延長線上の目標が出てくることが多いものです。そのため、自分が本質的にやりたいことを明確にするためには、まずは自分を深く理解する必要があります。
たとえば私はコンサルタントとして、自分の大切にしている価値観を深く掘り下げ、自分らしさとは何かを具体的に捉える取り組みをしています。価値観や自分らしさを明確にした上で、世の中のニーズや課題とそれらを統合し、自分が中長期的に成し遂げたい目標やビジョンを考えていくのです。すると、本気で成し遂げたい目標が徐々に明らかになってきます。
この取り組みの参加前には「そんなことできない。周りでやっている人は誰もいない」と言っていたものの、取り組み終了後すぐに行動に変化が現れ、周囲からも想像以上の良い反応が返ってきたことで目標に大きく近づいたという方もいらっしゃいました。
また、この取り組みを企業向けにアレンジした取り組みもあります。将来のリーダー候補向けに自身のキャリアを考えてもらうために、まずは自分が大切にしている価値観の明確化を行ってもらう。その後に会社のありたい姿を描き、それを実現するために自身がどんな人材になっていきたいかを自身の価値観をベースにしながら考えてもらいました。
この取り組み開始当初、参加者の9割以上が「リーダーにはなりたくない」という意見でした。しかし取り組み終了時には「自分らしいリーダーを目指したい」「自分がロールモデルになりたい」といった声が多く聞かれ、実際にその後数年で何名もの方がリーダーポジションに昇格しました。
(2) 五感を使って長期ビジョンを描く
これは実際に私自身も経験した内容で、「10年ビジョン(長期ビジョン)を描く」という取り組みです。10年後を考える際、頭で考えるのではなく、実際に10年後の世界に浸り、何が見えるか・聴こえるか・感じるか、など五感をフルに活用してビジョンを描きます。
五感を使うことが重要な理由は、頭(論理)だけで考えるとどうしても現状の制約条件や実現性を考えてしまい、結果として現状の延長線上のビジョンになりがちだからです。五感をフルに使うことで無意識に置いていた制約条件などが取り払われ、本当に自分がワクワクするビジョンを描くことができるようになります。
10年後の世界に五感たっぷりで浸かった後は、そこから現在まで遡りながら10年後のビジョン実現に向けたステップを具体化していきます。その結果、私の場合は頭で考えていた時とは全く異なるビジョンが描けた上に、2年前倒しで計画を実現できています。
自分に対する自信を高める(取り戻す)取り組み
前項でご紹介した通り、物事がうまく行かなかった際に「自分はダメだ」「自分はできない人間だ」とIDに紐づけて認識してしまうと、自身に対する自信がなくなり、エフィカシーも低下していきます。
私はコンサルティングや企業向け研修を行う際、「ストレスゼロ・コミュニケーション」として、相手を傷つけない伝え方、自分が傷つかない受け取り方をお伝えしています。これはニューロ・ロジカル・レベルをベースにしたプログラムです。
たとえば仕事がうまくいかなかった時や、上司を含む他社から厳しいフィードバックを受けた際、本来はニューロロジカルレベルで言えば「環境」「行動」「スキル」のいずれかに原因があります。成果を出すための環境が整っていないのか、成果を出すために必要な行動を知らないのか、必要なスキルを持っていないのか。いずれにしろ、先述した3つのレベルで受け取ることができていれば、IDが傷つくことはないはずです。しかしながら、厳しいフィードバックを受けて落ち込んだり、傷ついたりしてしまう方は、これをIDに紐づけて認識してしまうため、自信をなくしてしまいます。特に日本語の場合には、コミュニケーションを伝える側と受け取る側、双方が意図していないにも関わらず、受け手側が傷ついてしまうことが他の言語よりも起こりやすいといわれています。これは、日本語の言語体系自体にも原因があるものです。特にネガティブな状況に陥った際にIDに紐づけない認識の仕方を学ぶという内容が含まれており、エフィカシーを高めるために有効です。
こうした「IDに紐づけない」認識の仕方を身につけることで、物事がうまく行かなかった時や周囲の人から厳しいフィードバックを受けた時でも無駄に落ち込み・傷つくことがなくなり、どうしたら上手くいくか・改善できるかといった方向へ思考が向くようになります。
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編集後記
不確実性の高く、解がない今の時代では、このエフィカシーが組織や社員の実行力や成果に大きな影響を与えます。それ故に各社がこの言葉に注目し、社員に対してどのように働きかけていくかを模索しているのだと思います。
具体的な解や方法論を教えるのではなく、本人の価値観や才能を見つけ、エフィカシーを高めて自走を促すコーチング的な関わり方は、今後より人事にも求められるスキルになっていくのではないでしょうか。
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