「成人発達理論」を活用して、多様化する人材をマネジメントする方法とは
大人になっても人間は成長をし続けることが可能だと考える「成人発達理論」。VUCA時代と例えられる急激な社会の変化に適応し続けて価値創出が求められる現代において、組織開発・人材開発・マネジメント面などの観点から注目を集めている理論です。
この「成人発達理論」を組織開発や社員自身の成長に活かすにはどのようにすれば良いのでしょうか。今回は、Gift&Share合同会社の代表 佐藤 彰さんに「成人発達理論」の概要や具体的な活用方法についてお話を伺いました。
<プロフィール>
佐藤 彰(さとうあきら)/Gift&Share合同会社 代表
「誰もが強みを贈り物のように共有される社会を実現する」をビジョンに掲げ、SDGsコンサルティング、組織開発コンサルティング、人材開発などを組織に提供しており、また個人向けにコーチングやセルフリーダーシップ開発の場作り、コミュニティ運営など多様な活動を実行。
人と組織のプロとして、アドラー心理学、成人発達理論、ポジティブ心理学、U理論などの理論と実践を通じて、ハードドリブンな個人と組織の実現に尽力。昨今ではウェルビーイングが専門分野。(ウェルビーイングな人生の実現、ウェルビーイング経営の実現等)▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「成人発達理論」とは
──マネジメントの質を向上させると言われている「成人発達理論」。まずはその概要について教えてください。
「成人発達理論」とは、成人になってからでも、知識やスキルを発動させる根幹部分の知性や意識そのものが、一生かけて成長・発達を遂げていく、という考えのもと、人の発達プロセスや発達メカニズムを解明する学問(発達心理学に該当)のことを指します。発達に関する理論には100年以上の歴史があり、数多くの発達論者が存在しています。
その中でも人事の方にとって馴染みのある発達理論の身近な例にマズローの5段階欲求説があります。この説について聞いたことがあっても、『部下は一体どこに欲求を抱えているのか』『その欲求を満たされるためにどう関わっているのか』というような具体的な事例に落とし込んで深掘りすることが難しいがゆえに、部下の内発的動機付けやパフォーマンスを引き出せていないことも少なくありません。
この「成人発達理論」の特徴の1つに『様々な視点を獲得することで取り巻く環境・物事・自身を俯瞰して見られるようになり、それに伴って世界観が変わっていく』というものがあります。ここで言う世界観とは、『自身がどういった眼鏡をかけて世界を見ているか』ということです。
この世界観(眼鏡)を構成するものに、「意識構造」と「意識段階」の2つがあります。意識構造は、いわば眼鏡レンズの度数や機能(どれだけ広角かなど)といった質的なものを指します。そしてその質的なものに影響を与えるのが意識段階(レベル)です。この意識段階が発達していくにつれ、物事を広く・深く捉えられるようになっていきます。
しかし、この意識段階(レベル)は高ければ良い・低ければ悪いというものではなく、あくまで質的な違いに過ぎません。木全体を見たいときに顕微鏡の様なレンズや解像度が適さないように、それぞれの発達段階にそれぞれの適性や特徴、良さなどがあります。『意識段階が高くなれば個人・組織のパフォーマンスも自ずと高くなる』と誤解されがちですが、そうとは限らないのです。
もう1つ、「成人発達理論」に触れる上で欠かせない心構えがあります。それは、人の成長・発達が分かりやすくモデル化された非常に強力な理論であるがゆえに、ひとたび誤用されてしまうと大きな悪影響を及ぼす可能性があるということです。
「成人発達理論」は、『人間の可能性を解放するため』『健全な成長や発達を促すため』に用いられるべきものです。しかし、人間をコントロールする対象として捉え、格付け(ランキング)するための道具として利用されてしまうと、それは悪影響を及ぼす道具へと姿を変えてしまいます。実際にこうした倫理観を抜いて「成人発達理論」について触れたために、『お前は発達しろ』『お前は〇〇段階だからこうだ』と安易に人を評価判断する道具として用いてしまう『発達理論ハラスメント』が発生してしまっているという話しもあります。
昨今、人材開発や対人支援の場で「成人発達理論」に注目が集まっており、社員の成長と好業績の両立を果たす『発達指向型組織』を導入する企業も増えました。だからこそ成人発達理論に触れるにあたっては、倫理的に運用するための素養を育むことがとても重要なのです。
「成人発達理論」が注目され出した背景
──昨今、人材開発やマネジメントの場で「成人発達理論」が注目されているようですが、その背景にはどういった理由があるのでしょうか。
現代はVUCAという言葉に代表されるように、急激に環境が変化する時代。加えてSDGsをはじめ、会社が価値観の多様化に適用することが求められる中では、単に既存の知識や技術を継承するだけではなく、主体的に課題抽出や仮説立て、それに対しての解決策のための新しい知識や技術を吸収するなどの探求をしていくことが求められています。こうした従来のPDCAが通用しない世界を前提とした企業・組織運営が求められているのです。
また、価値観やキャリア、働き方の多様化が進むことで、組織やマネジメントに求められる課題はより高度化・複雑化しているのが現状です。ティール組織(※1)をはじめとした次世代型組織の注目度が高まっていることも、「成人発達理論」について触れる機会が増えたことに繋がっているのではないでしょうか。
(※1)ティール組織とは、人の意識の発達段階を分けて考える組織マネジメント論です。『ティール組織』の筆者であるフレデリック・ラルー氏は、ティール組織のことを「存在目的」「自主経営(セルフマネジメント)」「全体性(ホールネス)」といった3つの特徴を持っており、階層や役職もなく、組織図も肩書もないい、信頼に基づく組織だと述べています。
▶ティール組織を導入する具体的な事例についてはこちら
ちなみに、『持続可能な世界を実現するために、私たちの内面の成長(Development)が必要不可欠だ』という考えから開催されたオンライン・カンファレンス『MindShift(マインドシフト)』には、世界中から約1700名もの人が参加しました。そこでは内的成長目標をSDGsと連動できるようInner Development Goals(IDGs)と称しており、誰にとっても有効な成長の羅針盤となること、特に影響力を持つリーダーには不可欠な成長目標となること、が意図されています。
これらの動きはスウェーデンのストックホルム大学、カロリンスカ研究所、NPO『29K』が主導し、民間企業(イケアやエリクソン)、ハーバード大学、MITの学者やリーダーたちの協力を得て立ち上がりました。また日本で知られている『心理的安全性』の概念を世に送り出したエイミー・エドモンソン博士、成人発達で知られるロバート・キーガン博士、『学習する組織』や『システム思考』を提示したMIT上級講師のピーター・センゲ、『U理論』のオットー・シャーマーなども応援者として名前を連ねています。
こうした時代の変化の文脈の中で、対人支援・能力開発・組織開発などの観点が、「成人発達理論」が注目を集めている背景ではないでしょうか。『何をしていくか(Doing)』だけに着目するのではなく、『どうなっていくのか、どうあるべきか(Being)』にも着目し、人間の成長や発達を支援しようとするものが「成人発達理論」であり、変化の激しい時代においては機能的能力の基盤となる人格そのものを視野に収めたアプローチが価値を持つことになるのは明らかです。
各意識段階の特徴と必要な支援例
──「成人発達理論」について、どういった構造の論理なのか、その詳細についても教えてください。
「成人発達理論」の発達段階についてはさまざまなモデルがあります。今回は著名で日本でも馴染みがあるロバート・キーガン氏が提唱しているモデルをベースに、各発達段階の特徴と該当する社員へ必要な支援例を紹介していきます。
このモデルにおいては以下3つの発達段階があります。
(1)環境順応型
(2)自己主導型
(3)自己変容型
環境順応型
環境順応型の段階とは、確固たる自分自身の考えや意思を持つことが苦手な状態のことを指します。
<特徴>
・価値観、判断基準を他者に依存し、所属集団への順応を重視する
・社会や企業の決まりごとを忠実に守る
・所属欲求を満たすことが安定性のカギ
・周りの気持ちを察することに長ける一方で、空気を読んで自分を押し殺したり、周りの考え方や風土から抜け出したりすることができない
<必要な支援例>
・自律的に考える必要性が生じた際に、組織の価値観の中で考えようとすることから一歩引かせて、自分の考えを引き出すことを促す。
・指示ではなく、自身はどのように考えているのか、どんな状態を実現したいのか、そのために何ができるのか、をコーチングや問いかけによって引き出す。
この時に、決して自分の意見を持っていないと決めつけるのではなく、独自の考え方や思いに気づいていないだけだ、というスタンスで、気付きを与えることを重視する。
自己主導型
自己主導型の段階とは、自分なりの考え方を持ち仕事を推進できる人材のことを指します。仕事におけるモチベーションや意味付けなど、仕事を進めるべき方向性を把握できている状態です。
<特徴>
・価値観や判断基準を自分の中に構築し、自身のアイデンティティーが確立されていく(既存の情報を鵜呑みせず、自分の頭で咀嚼して自分なりの意味を再構築できる)
・既存のモノの見方や権威の主張に対して、疑いの目を持つことができる
・他者を競争関係に置き、比較の上で自分自身の価値を定義していく(成長意欲が強くなる)
・成果にコミットメントする一方で、自分自身の考えが強固になりすぎて独善になりやすい(自身が信じる成果に向けて他者をうまくマネジメントできるが、他者の価値観まで受容しているわけではない)
・走り続けるため、バーンアウトするリスクもある
▶「バーンアウト」の予防策についてはこちら
<必要な支援例>
・自身の考えを客観視してもらう時間や場を設けて、『その考えは本当に適切か?』と、本質を問い直し、振り返りを行う(ダブルループラーニング(※2))
・他者からのフィードバックを受ける機会を設ける。(他者の視点から自分を捉え受け入れる土台を作る機会を提供する)
・今までの価値観と異なる環境への越境学習(※3)などにより、多様な価値観に気づく体験を提供する
(※2)ダブルループラーニングとは、問題に対してこれまでの目的や前提条件そのものを見直し、それらを含めた軌道修正を行うことです。
(※3)越境学習とは、ビジネスパーソン等が組織の枠を越えて今までとは違う新しい視点を培うという学習スタイルのこと。例えば、社会人大学院やビジネススクール、副業、社内・社外留学、ワーケーション、プロボノなど。
▶越境学習を人材育成に活用するポイントについての記事はこちら
自己変容型
自己変容型の段階とは、学ぶことによって課題を発見できる能力があり、且つ矛盾を受け入れる度量を持っており、変化に強いリーダータイプの状態です。
<特徴>
・自分が今まで積み上げてきたもの、確立されてきたものが虚構であることに気づける。また、それにより今までの価値観が大きく揺るがされ、自分自身を見つめ直し、本当に大切にしたいことを探求していく段階(自身の今までの価値観や人生の意味付けを喪失する)
・自分の価値体系そのものにも疑いをもち、自分の性格や個性、さらには自分の歴史も客観的に捉えることができ、それらが社会や時代の文脈の中で形成されたものであると認識できる
・他者の価値観やそれを生み出している背景も理解することが可能となり、他者をありのまま受容する人格の器が形成される
・問題が起きた際、多くの場合は相手を変えようとすることが多いが、この自己変容型においては自己と他者の価値観を理解した上で自分はどう導けばいいのかを考えられる
<必要な支援例>
・自分の今までの価値観や動機は虚構の産物という認識を持つようになったことで、精神的な混乱を生じるケースもあるため、精神的なフォローが必要。
・今まで囚われていた枠組みから解放され、人生を通じて成し遂げたいことの探求が始まる
・仕事以外にも熱中できる趣味や様々な体験機会を設けることを促す
・自分のマインドに向き合い、メンタルモデル(自分の世界観の信念)やメンタルブロック(過去の経験によって生じた思い込み)に意識を向ける機会を設ける
このように、それぞれの段階に応じて様々な特徴がありますが、あくまでこれらは傾向論であり、1人1人の性格など多様なパターンがあることが大前提です。
ちなみに、ビジネスパーソンの約7割が環境順応型段階にあるとされており、そこから自己主導型段階に移行する人は約3割程度と言われています。
「成人発達理論」をマネジメントスキルとして導入する方法
──「成人発達理論」をマネジメントスキルとしてマネジメント層が活用するために、人事にはどういったことができるでしょうか。
「成人発達理論」には自分よりも上の意識段階を理解することはできないという特徴があり、これが経営者・管理者とメンバー間のコミュニケーションのすれ違いを生んでいる要因の1つにもなっています。つまり、まず行うべきなのは「成人発達理論」を理解し、こうした意識段階の違いに意識を向けられるようになることです。それにより相手のことを尊重・傾聴できるようになり、適切なコミュニケーションが取れるようになっていきます。
また、重要なのは相手を尊重することです。心理的安全性の確保と傾聴のスタンスを取ることは前提として、『何を実現したいのか』『どういった組織にしたいのか』という原点に立ち返り、社員ひとりひとりと向き合い、成長力を高めていくことがポイントになります。マネジメント層へ「成人発達理論」をスキルとして身に着けてもらうためには、まず大前提となる、こういったことをしっかりと説明し、理解をしてもらうことが必要です。
そして、具体的にマネジメント層が自チームの社員に対して、前述のようなそれぞれのタイプの特徴や違いを理解してもらうことももちろん重要です。以下の様にタイプに応じて具体的に有効な施策も伝えることにより、マネジメント層にとって現実的なイメージを持つことができ、行動に移しやすくなると思います。
■環境順応型に有効な施策の例
1on1(コーチング)、複数のスキル教育(自己を確立させる専門性の獲得) など
■自己主導型に有効な施策の例
360度フィードバック、越境学習 など
■自己変容型に有効な施策の例
セルフリーダーシップ開発(スキルではなく内面の変容)、リベラルアーツ、カウンセリング など
なお、社員の大多数であることが推察される環境順応型は、リスクテイクや環境変化による恐れから心理的安全性を毀損しやすく、パフォーマンスダウンや変革へのブレーキを強化してしまう点に注意が必要です。また、自己主導型はマイクロマネジメントがモチベーションの低下要因になることが多く、裁量を与えることが重要な要素になります。
──佐藤さん自身はこれまでどのように「成人発達理論」を活用してきたのでしょうか?
私自身も「成人発達理論」を学ぶ過程で人に対する理解が深まり、人事施策の検討やマネジメント・人材育成などにおいて意識と行動の変化が生じました。
例えば、大企業(数万人規模)の労務人事戦略担当者として組織の働き方改革を担当していた際にはマズローの5段階欲求説(※4)を活用しました。『働く』という抽象的なものの本質はどこにあるのか、この改革を通じて何を実現しようとしているのか、といった考察を進めていたのです。
『主体性ある社員の創出』や『自己実現する組織』といった言葉を目にする機会も最近多いですが、そもそも『自己実現の欲求』を実現するためには、その下の4つの欲求が満たされている必要があります。自社の組織はいったいどの段階の欲求が満たされていないのか、そこに意識を向けて今求められている人事戦略は何なのかを考えて、制度企画などを行っていきました。これは組織開発コンサルティングでさまざまな組織課題に向き合っている今も大切にしているポイントです。衣食住に関わる生理的欲求が満たされていない組織には労働条件などにおけるサポート施策を、ハラスメント等で安全が脅かされる組織であれば心理的安全性が確保できる施策を企画する。こうした視点で考えることで、その組織が何に向き合うべきかを感じとりやすくなります。
(※5)マズローの5段階欲求とは、心理学者のアブラハム・マズローの提唱した、人間の欲求には5つの段階があるとする心理学理論のこと。図のようなピラミッド階層になっており、下から上の優先順位で並んだ欲求は、低いものから順番に現れ、その欲求がある程度満たされると、次の欲求が現れるとされています。そして、どの階層の欲求に取り組んでいるかと、その人の健康度は比例します。
マネジメントや人材育成の観点でも、「成人発達理論」はパワフルな理論です。なぜなら、メンバーがどういった世界観・視野にあるのかを理解しやすくなるためです。例えば新入社員や転職して中途入社した社員に関して、まずは情報をわかりやすい構成で整理したり、ナレッジの共有化を進めたり、同僚同士を深く知る機会を創出したりして、可能な限りストレスなく順応できる仕組みを設けます。
その後、環境に順応してきたメンバーには、主体性を引き出すために裁量を広げてもらえるようなコミュニケーションを行います。具体的には、『自ら考え、その決定に自己責任を負ってもらう』機会を増やしていきました。個々人の状況を尊重して着実に成長してもらえる機会を設けることで、本人の成長意欲が働きがいに結びつき、結果として自発的なチームを醸成することができました。
このように「成人発達理論」により多様な視点を持つことでチームの複雑性に対する理解も増し、個々人を尊重できるようになったことは、その後経営者になる上でも自身のリーダーシップ像を構築することに大変役立っています。
ただし、「成人発達理論」を踏まえたマネジメントや組織運営は一朝一夕に身につくものではありません。1人ひとりとの関わりが大前提であるため成果が出るまでに時間が掛かりますが、多様化する現代の組織においては非常に有効な方法なのではないでしょうか。
「成人発達理論」を学びたい人にオススメの書籍
──「成人発達理論」をより深く学びたいという方々にオススメの書籍があれば教えてください。
以下の3冊の書籍が役立つと思いますのでオススメです。
組織も人も変わることができる! なぜ部下とうまくいかないのか 「自他変革」の発達心理学/加藤 洋平 (著)
なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践/ロバート・キーガン (著)、リサ・ラスコウ・レイヒー (著)、池村 千秋 (翻訳)
人が成長するとはどういうことか/鈴木 規夫(著)
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編集後記
マネジメントへの負担が増加している、という声がよく挙がるように、多様化する人材のマネジメントや組織運営は多くの管理者が悩むポイントです。「成人発達理論」を理解し活用することは、それらの問題解決の助けになるはず。佐藤さんが教えてくれた「成人発達理論」の活用における心構えや倫理観を念頭に置き、この分野において学びを深めてみてはいかがでしょうか。