「20%ルール」の時代に合わせた変化と意外な現状とは
Google社が取り入れた施策として有名な「20%ルール」。勤務時間の20%は自分の担当業務や普段と異なる業務に充てて良いとする制度で、多くのユーザーがいるGmailサービスもこの「20%ルール」を使って社員から生まれたとのことで、イノベーションを生み出す源泉とも言われていました。しかし、昨今ではそのあり方も変化しているようです。
今回は、Googleにて採用に従事した経験を持つ株式会社スマートドライブ 執行役員人事責任者の永井 雄一郎さんに「20%ルール」の意外な現状についてお話を伺いました。
<プロフィール>
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永井 雄一郎(ながい ゆういちろう)/株式会社スマートドライブ 執行役員 人事責任者
セントラルフロリダ大学大学院カウンセリング修士課程卒業。筑波大学MBA-IB卒業。人材業界でコンサルタントとして働いた後、2010年にGoogleに入社。5年間に渡りアジア・パシフィックのエンジニアリング採用に従事。2015年2月にスマートドライブに入社。人事全般を統括。
目次
「20%ルール」の現状
──Google社が取り入れた施策として有名な「20%ルール」ですが、現状について教えてください。
「20%ルール」とは、勤務時間の20%を自分の担当業務以外の取り組みに充てて良いとする制度で、私がGoogleに在籍していた2010年〜2015年においては、「20%ルール」はコア業務と直接関係がないようなことでも、ある程度柔軟性を持って社員が自由にテーマを選び、それを上司もマイルドに許可していた印象があります。しかし、現在では直属の上司の許可を受けるためには、基本的には他部署・チームなどにおけるリソース補填のようなプロジェクトにほぼ限定されてきているという状況にあるようです。
主な理由としては、近年の複数回におけるグローバル規模での人員整理の影響もあり全社的なリソース不足が否めない状況の中、同時に既存社員におけるキャリア開発の機会も提供していきたいという意向もあるため、より現実的な取り組みとして「20%ルール」を残してきたという経緯になります。文字通り考えるならば、「20%ルール」を実践すると、コア業務に割く時間は80%となります。その場合、80%の勤務時間で期待値以上のアウトプットを出すことが求められるため、実質それは簡単ではなく、結果としてハイパフォーマーたちの多くは100%の上に20%を積み上げて120%という形(またはそれ以上)で行っていたという実情がありました。
こうして、『クリエイティビティのアウトレット、新規アイデア/プロダクト製造施策』としての「20%ルール」は、その目的をコロナ禍を経て大きく変化させることになったわけです。上述の通り、Googleではコロナ禍以降、グローバル全体でヘッドカウントを抑えるトレンドが続いており、複数回に渡ってリストラが行われていました。また、グローバルレベルでのフルリモートの浸透が会社全体のアウトプットを低下させる要因にもなり、会社として過去になかったレベルでのリソース不足が発生したものと思われます。一方で、ある意味でGoogleを象徴する「20%ルール」を廃止するわけにもいかなかったのだと想像しますが、前述ように形を変えて、より目の前の課題解決に即した形で存続させるという手を打ったのだと思います。
つまり、「20%ルール」の目的が以前の『イノベーション推進』という形というよりは、『社内的にWin-Winなリソース調整・キャリア開発の枠組み』へと変化してきていると言えるのではないかと思います。
「20%ルール」が形骸化してしまう理由
──Google社にならって「20%ルール」を取り入れたものの、残念ながら形骸化してしまった企業も多いようです。その理由について永井さんの意見を教えてください。
結果的にGoogleにおいても「20%ルール」の目的そのものが変化してきたように、イノベーション推進を後押しするという文脈で「20%ルール」を導入・運営するのは難しいと考えています。 実際に、会社として意義のある・有用なものを生み出す社員は「20%ルール」があろうがなかろうがイノベーティブなアウトプットを実践するものです。
一方で、現在のコア業務に何らかの不満を抱えていたりパフォーマンスが低い社員ほど、「20%ルール」を使って本業以外のことをやりたいという欲求が高まる傾向にあります。その結果、直属の上司も『まずはコア業務でパフォーマンスを出してほしい』と考えてしまうため、「20%ルール」で他の部署やチームの業務に携わるようなことにも許可しづらい心境が生まれてしまいます。そこで許可しないということになると、上司と部下との確執が強まる結果にもなりやすく、元々不満がありパフォーマンスも低かった部下社員がさらにパフォーマンスが落ちるという悪循環につながるケースもままあります。
そういった意味では、「20%ルール」が認められるのはコア業務で一定以上のアウトプットを出した人に限るというようなルール決めをした方が、現実的に運用しやすいのではないでしょうか。ただし、その場合においても、ハイパフォーマーのリソースを他部署に20%も引き渡すことにはなりますし、その経験を経て異動意向などを持つ可能性も増えるため、限られたマンパワーで業務を推進している上司としては内心歓迎・推進できない状況に陥ってしまいかねません。どのような運用にするにしても社内的な賛否両論が出やすいシステムではあるので、そういった要素が「20%ルール」の形骸化を生む一因になっていると考えられます。
もう1つの形骸化してしまう要因に効果測定・評価の難しさがあります。他部署の業務を手伝う形であれば、その領域を管掌するマネジャーが在籍元のマネジャーと連携して定量・定性評価を行うことができるので、そこまで問題はありません。一方、個人が考えた自由でクリエイティブなアイデアを発露する機会として「20%ルール」を活用するとなった場合、それを事業的に評価する際に誰が・どのように評価するのかという点を事前にクリアにしておかないと、『大人の自由研究』のような活動で留まってしまうリスクがあります。これでは残念ながら本人以外には誰も心から喜べない結果となってしまうため、許可する前にその活動の目的を明確化し、会社と個人両方に利するものであるという確認作業が重要になります。
「20パーセントルール」以外の手法
──「20%ルール」以外の手法で社員のクリエイティブやイノベーションを促す方法はありますでしょうか。
Google在籍時代からあり、今も行なわれている取り組みの1つに『ハッカソン(※)』があります。これは制度というよりは、社員の有志によるボトムアップな取り組みで、これを作ったら面白いのではないかというものをハッカソンの主催者が企画し、それに興味を持った社員が自ら手を挙げて参画する、自然発生的なプロジェクトです。直近ではChatGPTを使って何か作ってみるとか、Gemini(Googleが開発した生成AIモデル)を使ってプロトタイプを作るなど、エンジニアたちにとっての『クリエイティビティの発露の場』として今でも実施されているようです。
※ハッカソンとは、アプリケーションやシステム開発を担当するエンジニア・デザイナー・プログラマーなどが集まり、集中的に開発を行うイベントのこと。
これまでビジネスサイドの人たちはコーディングなどの知識や経験がないためにハッカソンに参加しにくいなどといったハードルが一定程度ありましたが、生成AIの登場によってプロンプトが書ければ対応できることも多くなったので、以前よりもエンジニア以外の職種の参加ハードルは下がっています。また、企画やプロジェクトマネージャーとしての役割を担うことでも貢献はできるため、ビジネスサイドの人たちにとってもエンジニアたちと協力してクリエイティブなインプットとアウトプットを行える場として有用だと考えています。
他にも、社内におけるビジネスコンテストのようなものからクリエイティブな施策や取り組みが生まれる可能性もあると考えています。これは広く世間一般で行われている手法ではありますが、筋の良いものは社内出資を受けられる可能性もありますし、事業として昇華させられれば会社としても嬉しいことなので、社内研修やトレーニングなどを実施するよりも効果があるのではないでしょうか。
一方で、交換研修会や単発の座学で終わってしまうようなセミナーや研修は、なかなか具体的な成果やリテンションにつながらなかったという印象があります。
「20%ルール」の難点を克服した事例
──形骸化してしまう理由を乗り越えて「20%ルール」をうまく運用している事例はあるのでしょうか。
Google以外で「20%ルール」の難点を克服した企業は、個人的には過去に目にしたことがありません。それに、Google自体も前述したような課題があったため、それに対応してきた過程で目的自体が変化していったという経緯があったので、完全に克服できたというよりも『適応させていった』という状況だと考えます。ただ、様々な要因によっての変化であったものの、過去にないレベルでのリソース不足から、社内公募制の『20%社内副業』が広がり、他部署に実質的な貢献をする・未経験領域の新しい知見やスキルを得られる機会になる取り組みが生まれ、現在でも運用できているというのは、1つの良い事例とも言えるのではないでしょうか。
ある種自由にクリエイティビティを発露する場としての「20%ルール」ではなく、『20%社内副業』としてこの制度を運用するのであれば、その際に検討すべきはハイパフォーマーのリソース減や他部署からの引き抜きを懸念するマネジャーや管理職へのフォロー対応です。現実的にこの問題を完全に解消することは難しいかと思いますが、この制度をきっかけに自チームのメンバーが異動してしまった側の組織に対して、会社側が何らかの形でその補填をするなどのインセンティブは必要になると思います。
また、大前提としてトップが『何のために20%社内副業をやるのか』について社員全体にメッセージを発信することも欠かせません。社員のキャリア開発やリテンションは会社としても非常に重要であり、同時に会社視点での事業や経済的合理性もないとサステナブルな取り組みにならないため、このような制度を導入する際は丁寧な説明が必要だと思います。
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編集後記
「20%ルール」はGoogle社のイノベーションを底支えする取り組みとして長く・広く認識されていましたが、時代変化もあってその目的が大きく変わっていることに非常に驚きました。Google社の取り組み経緯から学びを深め、自組織にも活かしていきたいものです。