「FFS理論」により人や組織の可能性を引き出し、他社がマネできない強い組織土壌を作る方法
採用や組織開発において適性検査や性格診断が用いられることはありますが、最近「FFS理論」が人事の間で話題に上がることが増えました。その背景には、「それぞれの強みや個性を知るだけでなく、その活かし方を知ることで強い組織作りができる」ことにあるようです。
しかしながらネット上でもまだまだ情報が少なく、その具体的な導入・実践事例を知ることは簡単ではありません。
そこで今回は、大手人材会社の組織・人材開発に携わり、現在は島根県であらゆる組織の次世代経営者候補・組織風土づくり・人材育成事業に携わる長島 威年さんに、「FFS理論」の詳細と導入・実践事例に至るまで話をお聞きしました。
<プロフィール>
長島 威年(ながしま たけとし)/株式会社風と土と 取締役
2006年、パーソルキャリア株式会社に新卒入社。営業・広告制作・編集・CRMマーケティングと様々な領域にて経験を積んだのち、パーソルホールディングス株式会社にて研修や組織・人材開発を中心に経験を積む。経営企画部と兼務で社内新規事業起案プログラムを運営。2020年、島根県にある海士町へ移住をし、株式会社風と土とに取締役として参画。官公庁、地方自治体、大手・中小企業と幅広い領域で次世代経営者候補、組織風土づくり、人材育成事業に携わる。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
静的な適性検査と、動的なFFS理論
──まず「FFS理論」の基本的な概念や発祥について教えてください。
FFS(Five Factors & Stress/5つの因子とストレス)理論は、一言で言うと「チーム編成理論」のことです。もう少し詳細にお伝えすると、「チーム編成にあたり、個々のメンバー特性を理解した上でそれぞれのメンバーが持つ強みや弱みを客観的に把握し、活かし合う手法のこと」を指します。
この理論を提唱したのは、モントリオール大学国際ストレス研究所で「ストレスと性格」を研究していた小林恵智博士(経済学博士・教育学博士・組織心理学者)です。米国国防機関から依頼を受け、1979年から組織生産性を上げる目的で研究が進められ、8人で12人分の生産性を上げた(株式会社ヒューマンロジック研究所資料より抜粋)ことで一躍注目を浴びました。
※小林恵智博士は現在、FFS理論を広めている株式会社ヒューマンロジック研究所 相談役も務めています。
そのFFS理論のユニークなポイントは以下3点です。
① 人には特性(=個性)があり、強み・弱みは表裏一体の関係である
② 強み・弱みはかかるストレスによって出方が左右される(適度なストレスが良い)
③ 本人は自分の強みが弱みになることを認識し、他者はその人の弱みが強みになることを理解する
FFS理論を現場で活用しようと考えた理由は、「机上の空論を押し付けない」点にあります。「最適な編成が出来ればチームの生産性は高まる」というのは当然の話ですが、現実の組織では人材バランスに限界があり、編成を最適化できないことが大半です。FFS理論はその前提に立って提唱された理論であるため、実際の現場で活用しやすいものになっています。
考えるステップとしては下記5つの順番となります。
① 組織は人間関係で成り立っていることを認識する
② 人と人の関係を知り、良好にする重要性を知る
③ 人を知る(自分と他者)
④ 関係を知る(同質/似た特性か異質/似ていない特性か)
⑤ 相手の強みが活きるように関わり方を変える
ポイントは、「自分や他人の特性(=個性)」は変えられないものだから、「関わり方=スキル」を変えることで対処しようと言っている点にあります。人は「変えられる」ことに抵抗を示します。なぜなら「変える=(無意識に)過去を否定する」ことにつながるからです。「あなた自身は変わらなくて大丈夫。ただし、関わり方は変えてくださいね。」というスタンスが、このFFS理論の基本的な考え方です。
── 一般的な適性検査やアセスメントツールとはどう違うのでしょうか。
この質問はよく聞かれるのですが、個人的には180°違うものだと捉えています。
一般的な適性検査やアセスメントツール
【一般的な適性検査やアセスメントツール】
「あなたはこういう人です」と個人を“静的”にラベリングするもの。
活用方法によっては、その人の可能性を制限したり狭めてしまったりすることにもつながりやすい。
【FFS理論】
自分・もしくは相手の関わり方によって、その人の特性(=個性)が強みにも弱みにもなる“動的”なもの。
人の強みを活かす関わり方を周囲が意識することができれば、相手の可能性を大きく広げることができる。
FFS理論が組織・個人にもたらす変化とメリット
──「FFS理論」を導入すると、企業や社員にどのような変化やメリットがあるのでしょうか。
下図に、FFS理論導入により得られるデータやその活用方法を整理しました。目的に応じて活用方法が幅広くあることを理解いただけると思います。
よりイメージが湧くように、2つほど具体的な事例も紹介しましょう。
事例①/新卒入社者と配属先上司とのマッチング
新入社員の成長スピードは、その配属先上司との相性に大きく左右されます。その相性を踏まえて人事が丁寧に配属を決められていればミスマッチは起こりませんが、実際には1人ひとりを正しく理解した上で組み合わせを考えていくことは簡単ではありません。
そこである企業においてFFS理論を新人と配属先上司とのマッチングに活用したところ、離職率は大幅に低下。さらに新人の目標達成率も大幅に上がるという変化が起きました。
事例②/メンバー間のチームビルディング
「メンバー1人ひとりが当事者意識をもって、指示待ちではない自律自走型のチームを作りたい」多くの人が理想をこのように語ります。裏を返せば、このようなチームを作れていない方が大半だということです。
その要因は様々ですが、FFS理論で解決できることとしては「個人の自己認知向上」と「他者の強みを引き出すスキル向上」の2つです。
「個人の自己認知向上」
チーム内における自身の役割が明確になり、居場所ができる。
「他者の強みを引き出すスキル向上」
相手の役割を知り、強みを活かす関わり方をチーム全員で共通認識を持てる。
自身・相手の役割が明確になると、「どのような場面において・誰が・どのように力を発揮すると個人・チームにとって最も良いか」が分かるようになり、具体的な行動につながりやすくなります。結果メンバー間のコミュニケーションも増え、当事者意識が芽生え、それぞれが自律的な行動をするようになります。
「管理職向け」に実際に取り組んだ具体的な事例
──先ほど2つほど導入事例を教えていただきましたが、「管理職向け」の事例もあればぜひ教えてください。
私が管理職向けに行った「チームパフォーマンス向上研修」についてご紹介します。まず最初に管理職の現場ヒアリングを行った中で、以下2つの大きな課題が見えてきました。
① 【対個人】多様な個人の特性に合わせたマネジメントができていない
② 【対チーム】チームへの当事者意識を醸成するマネジメントができていない
その背景には「多様なメンバーマネジメントの必要性」がありました。社会が急速に変化したことにより、時短勤務・派遣社員・契約社員・パート・アルバイトなどの雇用形態はもちろん、ジェネレーションギャップのある世代の入社なども重なり、同じような価値観を持った方ばかりをマネジメントしていればよかったこれまでとは違う状況が生まれたのです。
また、生産性向上が叫ばれる中で管理職1人あたりに見るメンバー数が増え、1人ひとりに目を配れない状況もありました。加えて、管理職は孤独な立場であることも忘れてはいけません。
上からは数字のプレッシャー、下からも様々な要求があるその板挟みの中で、多忙かつ相談相手もいない。さらには1対nのファシリテーションを学んでいないため、チームMTGを上手く回せない、という状態も少なくありません。
そこで私は、FFS理論を活用した解決を試みました。以下がその整理図です。
人事(組織開発)の中でもファシリテーションやワークショップのエキスパートが事務局を担いました。
また管理職を「チームメンバーの伴走者」と位置づけ、人事は「伴走者である管理職の伴走者」という役割で4カ月の研修プログラムを実施したのです。
10名以上の管理職とそのチームに伴走した結果、大きく2つの変化パターンがありました。その内容を以下図にまとめています。
「内発的動機による自律自走」「チーム主語の言動が増える」という、まさに自律自走型チームが続々と生まれました。これまで企業内研修は「個人向け」のプログラムが多かったですが、「チーム向け」のプログラムを実施することで大きな変化をもたらした良い事例だと言えます。
導入時の注意点&アドバイス
──「FFS理論」を自社で導入する際、どういった点に注意すべきでしょうか。また、それに対する準備・対処方法も合わせて教えてください。
実際に、私が2年ほどプログラムを運営する中で感じた注意点を3つ記載します。
中期(3ヵ月以上)でプログラムを考える
主に関係性を扱う場合には、単発で成果を出すことはほぼできないとお考え下さい。関係性構築には「同じ釜の飯を食う」のような、共通体験からくる信頼の積み重ねが必要です。初対面の人をいきなり信頼して本音を言ってください、と言われてもなかなか難しいですよね。
プロジェクトや一緒に仕事をする中で、その人の言動を見ながら少しずつ信頼関係は作られていきます。
現場での実装を心掛ける
「FFS理論」の肝は「現場での実装」です。理由としては「現場のことは現場の中からしか変えられない」という考え方があるからです。
あくまでも「伴走」という形で「本人たちの成長をサポートする」という前提がないと機能しません。実際に、FFSデータを見るシステムは非常に見やすく誰でも使える仕様となっていることもその思想があるからです。
1対nの高度なファシリテーションを学んで実践する
チーム向けにプログラム実施をする場合には、知識と場数から来る経験が必要不可欠です。例えば「チームで議論中に全く意見を出さない(興味すらなさそう)」メンバーがいたらどう対応するでしょうか?「議論に入って話してください」と言っても、やらされ感満載では効果がありません。
じっくりと観察すると、その人の姿勢から、なんらかのヒントやメッセージが発せられているはずです。上司が嫌いなのかもしれませんし、過去に意見を出して馬鹿にされたからかもしれません。言語・非言語で発せられる1人ひとりのメッセージを敏感に感じ取り、その人が心を開くまで向き合う必要があります。
ここでは3つだけご紹介しましたが、細かくお伝えしようと思えばまだまだたくさんあります。
ただ、最もお伝えしたいことは「小さく始めて成功体験・失敗体験をなるべく早く積む」ことが重要だということです。
FFS理論に限らず、どんな理論もツールも万能ではありません。また、理論を分かっていても肌感覚がなければ相手が納得する言葉にはなりません。組織作りは畑作りと似ています。根を張れるように土を耕し、種を撒く。日々、雑草を抜いて水をやる。芽が出る最初は水を多くあげますが、大きくなり始めたら水をあげ過ぎると根が腐ります。ようやく実がなったとしても、虫や鳥に食べられてしまうかもしれません。収穫しても洗わないと口には入れられません。つまり「組織作りに近道はない」のです。
しかし、それを逆の視点から捉えると「日々のメンテナンスを積み重ねていけば、簡単には真似できない強い土壌(組織)を作ることができる」とも考えられます。そのためにもまずは1歩を踏み出す必要があります。その勇気をこの記事で後押しできていたら、大変嬉しいです。
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編集後記
「個人の特性(=個性)」を変えるのではなく、「関わり方=スキル」を変えることで強い組織を作る。FFS理論のこの基本スタンスは、いろんな状況下にある企業や組織の現状を否定することなく、そこからどうすれば良いのかに着目できる良い手段だなと感じました。
「うちにはこんな人材ばかりだから」と、変えられないことばかりに着目して悩むのではなく、今あるリソースを正しく理解し関わり方を変える
──これはFFS理論に限らず、人事として大切にするべき基本スタンスなのではないでしょうか。