「セムコスタイル」で社員の主体性と業績を引き出す本質的な取り組みとは

「セムコスタイル」という言葉をご存知でしょうか。これは著書『奇跡の経営』で注目されたセムコ社(ブラジル)を大改革したリカルド・セムラー氏(以下、セムラー氏)が実践したフレームワークで、ティール組織の代表例にもされる組織モデルとも言われています。
今回は、まだまだ聞き馴染みのない「セムコスタイル」について、セムコスタイルの認定コンサルタントとして組織開発を支援している佐藤 彰さんに、その概要・原則から導入事例に至るまで最新の情報を先取りして伺った内容をご紹介します。
<プロフィール>
佐藤 彰(さとう あきら)/株式会社RECCOO/SSI(SEMCO STYLE INSTITUTE Inc. )認定 セムコスタイル組織開発コンサルタント
大企業の労務人事戦略担当として、分社化、働き方改革、ダイバーシティ経営などの多数の制度企画を実施。その後、グローバルベンチャーの人事マネージャーとして、理念や人事戦略を整備し、ベンチャーの組織基盤を整備した後、人材育成・組織開発コンサルタントとなり全国の100社を超える大企業やベンチャーの組織開発や人材育成や、SDGs経営支援に携わる。現在は、セムコスタイルの認定コンサルタントとして、最先端の組織開発メソッドを活かし、企業のImpact・Performance・Happinessを高める組織開発を支援している。
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目次
「セムコスタイル」とは
──「セムコスタイル」の概要や発祥について教えてください。
「セムコスタイル」とは、ブラジルのセムコ社をたった6年で改革したリカルド・セムラー氏の経営哲学と手法を、2年間かけて構造化・体系化して多様な組織に取り入れられるようにまとめたものを指します。
リカルド・セムラー氏が21歳の時に父からセムコ社を継承した当時(1980年)は、製造業を営む倒産寸前の小さな会社でした。それまでバンド活動をしていたリカルド・セムラー氏は、初めて視察した工場を見てこう驚いたそうです。
『みんな、死んだ魚のような目をして働いているじゃないか』
こんな会社を経営したくないと思ったリカルドは、『どうしたらバンドマンがバンドをする時のように、働く人がイキイキと働く会社を経営できるだろうか?』と考えます。その後『Make Work Awesome!!』を合言葉に会社を改革。わずか6年で売上3,500万ドルから2億1,200万ドル、社員数は3,000名まで増加。過去20年の平均成長率も147%と高い水準を維持し、離職率が高いブラジルにおいて驚異的な離職率2%を記録。ブラジル大学生が就職したい企業1位にも選ばれるなど、業績拡大と働きがいの両立を実現させました。創業60年を超え、社員数が数千人規模になった今でも、スタートアップのように社員が生き生きと働く会社として広く認知されています。

さらに、その革新的な経営思想・手法はハーバードビジネススクールのケーススタディにも取り上げられ、世界中の経営幹部がリカルド・セムラー氏のもとを訪れて学んでいます。なお、著書『Maverick』の発行部数は世界で100万部を超え、今やセムラー氏は欧州を代表する組織学の権威となりました。
また、セムコ社は次世代の組織として注目されている『ティール組織』の代表例としても挙げられており、2021年に開催されたティール組織の世界カンファレンスでもリカルド・セムラー氏がキー講演を行っています。
──セムコ社の成功事例から生まれた手法だったんですね。具体的な内容としてはどのようなものなのでしょうか。
「セムコスタイル」では、1人ひとりの主体性が自然と発揮され、組織として人々の叡智を集めるために『Co-Creation(参画型の組織運営)』を大切にしています。その中で、組織のImpact(社会に与える影響/リピート率や満足度など)・Performance(組織のケイパビリティ/売上、利益など)・Happiness(エンゲージメント、離職率など)を最大化させるために、どんな組織にも重要かつ普遍な法則として『5原則』が定義されています。
この5原則については次項で詳しく説明しますが、これをベースとしてそれぞれの会社オリジナルのマネジメントスタイルを実現していきます。“オリジナル”という点がポイントで、その会社の業界・戦略・成長を踏まえてスタイルを確立させるため、セルフマネジメントシステム(自立分散型組織)の導入が必ずしも目的にはなりません。Impact・Performance・Happinessが最大化するなら、トップダウンスタイルでも良いのです。
また、リカルド・セムラー氏は主体性について以下のように述べています。
『多くの組織でメンバーの主体性、オーナーシップがないと言われている。しかし、人は本来主体性を持っているものだ。ヒエラルキーや官僚主義、多くの指示やルールが存在することでそれに従う構造ができ主体性は埋没する。だからこそ“主体性を育てる”ではなく、“主体性を奪わない”組織構造が必要なのだ。』
どんな組織にも重要な5原則がまとめられた「セムコスタイル」は、組織開発などの極めて抽象的でそれぞれの解釈が異なりやすいテーマにおいて、非常に有用なツールであると言えます。GoogleやNetflix、ザッポスなどあらゆる企業が参考にしたセルフマネジメントシステム(自律分散型組織)の代表例ともされており、複雑性が増しながらビジネススピードが加速化しつづける現代において、これからの組織に欠かせないエッセンスが詰まっているものとして世界中で注目を集めています。
「セムコスタイル」の5原則
──「セムコスタイル」の5原則について教えてください。

「セムコスタイル」は図にある様に5原則からなっており、それぞれの原則を実現するための要素が原則ごとに3つの柱にまとめられています(5原則15柱)。
この5つの原則について、リカルド・セムラー氏自身の言葉と共にご紹介します。
(1)信頼(大人を大人として扱う/フィルターをかけない情報の透明性/力の格差を縮小する)
『みんな、子供を育て、ローンを組み、交通ルールを守って生活している大人です。そう考えたら、組織の日々の中で、もっともっと一人ひとりに責任を与えていいはず』
“人生の経営者”として立派に責務を果たしている大人が、組織に入った途端に疑われ、信用されず、ルールで縛らないと過ちを起こすといった前提に疑問を呈し、社員を信頼することを第1原則として掲げています。また、こうした信頼関係はすべての戦略・施策実行の土台となるものとして、組織・個人間の信頼関係を何より重視視しているのです。
そもそも組織は『同じ目的に向かって一丸となり、目的を達成するための人々の集まり』です。それにも関わらず、多くの組織では社員同士がいがみ合い、さまざまな制限やパフォーマンスロスが生じています。本来の組織の可能性を引き出して1人では達成できないようなことを多くの人の力や知恵を使って達成できる関係性を実現すること、組織内にあるすべての叡智を結集させて目的やゴールに向かうことができる状態を実現すること、これらが第1原則の目的です。
(2)目的思考(自主自立/コントロールの分散/官僚主義を取り払う)
『既存の組織の多くに見られる“管理や統制”とは異なる形で、組織やチームが“制御できている(in control)状態”を実現したい』
メンバーがルールや役割に意識を向けて管理・評価されるのではなく、1人ひとりが目的意識を持ってそれに合わせて行動できる組織づくりを重視しています。
リカルド・セムラー氏はよく会議の冒頭で『なぜそれをしているのか?』と聞きます。2分以内に明瞭な答えが返ってこない場合は、その議案を一旦止め、『なぜするのか?』を再議論するようにしているそうです。『ルールや監視で人をコントロールすること』に注力するのではなく、『目的を中心に置き賢く組織運営をすること』によって柔軟な組織を作るためにある原則です。
(3)自主経営(同僚の力/コミットメントの文化/才能開発)
『誰もが柔軟にリーダーシップを発揮できるチームをつくる。各チームが自ら舵を取る事を可能にする』
自主経営(セルフマネジメント)とは、社会や顧客の変化に対して迅速に対応できるよう、チーム・個人が自ら目標・方法を決めて行動できるように促すマネジメントスタイルです。これにより、社員1人ひとりが主体的に考え行動し、顧客の成功と業績向上にコミットするようになることを実現させます。
(4)徹底的なステークホルダーアラインメント(外→内の視点/共通の土台を見つける/一貫性)
『“シンプル”で“明確”な、“目的”あるいは“水平線上の一点”についてのアライメント』
アライメントとは自動車業界の言葉で、4つのタイヤが同じ方向に向いている、整っていることを『アラインしている』と呼んでいました。タイヤが1つでも違う方向を向いていたら車がうまく進めないように、目標や目的に対しても全員の足並みが揃っていることは非常に重要です。
(1)〜(3)の原則は言わば小さく・多機能を備えたチームにできる限りの自由・スペースを与えるものでした。しかし、各チームに自由があることで各々の方向を向いてしまいやすくなり、組織として同じ目的に向かうことが難しくなります。だからこそ、このアライメントが重要になってくるわけです。なお、このアライメントは社内外すべての利害関係者に展開されます。
(5)創造的イノベーション(クリエイティブスペース/継続的実験/起業家精神)
『新しい製品/サービスを生み出すための、イノベーションが芽生える肥沃な土壌をつくりだす』
(1)〜(4)までの4原則が実現されると、組織にはイノベーションが生まれやすい土壌が整います。ここまで来れば、あとはより芽が出やすくなるようにするだけです。そのための具体的な取り組み方針として3つの柱(クリエイティブスペース/継続的実験/起業家精神)がまとめられています。
この「セムコスタイル」の5原則は、組織の状態を人間ドックのようにスキャンする役割も持っています。自組織の課題の本質を浮かび上がらせ、どんな組織を本当は実現したいのか、その実現に向けてどんな旅が必要になるのかまでを明らかにします。また、組織開発の長い旅においてもこの「セムコスタイル」が常に関係者一同の共通認識の醸成に一役買ってくれます。

「セムコスタイル」が活きる企業タイプ
──この「セムコスタイル」は、特にどんな企業・組織において活きるものなのでしょうか。
「セムコスタイル」最大の特徴でありパワフルな点は、『どんな企業にも適応することができること』にあります。先ほどご紹介した5原則も、どんな組織にも重要かつ普遍的な法則としてまとめられたものであり、けしてセムコ社のような組織を作ることを目的とはしていません。5原則を軸に、その会社が最もImpact・Performance・Happinessを最大化できるオリジナルの組織スタイルを実現できるのであれば、業界・業種・経営スタイルなども一切限定されないのです。
ただ、より「セムコスタイル」による効果を実感しやすい組織タイプや業界はあります。それは、社員1人ひとりのパフォーマンスが業績に直結しやすく、環境変化が激しい業界や企業(ITや不動産など)。理由は、「セムコスタイル」により個人の主体性が発揮され、目的に沿って柔軟に対応できるようになるからです。特に最近はハイブリッドワークなども進み、組織・社員間における関係性の希薄化が多くの組織課題となっています。その環境下では第1原則に挙げた『信頼』の重要性が非常に高まっていると言えるでしょう。

また、「セムコスタイル」を体感できるチェンジ・メーカー・プログラムを開催することも効果的です。2〜3日間のプログラム(体験ワーク、情報インプット、グループディスカッションなど)を開催するだけでも、参加したメンバーが主体的に自組織のことを考えるようになり、具体的なアクションプランも明確になっていきます。さらに、これらの体験ワークを通じて社内関係者が『共通体験』することにより、その後も組織内で『チェンジ・メーカー・プログラムで学んだ◯◯が今まさに起きているよね』といった会話も自然発生するようになることも期待できます。
「セムコスタイル」の導入事例
──この「セムコスタイル」を導入している企業事例について、佐藤さんが関わったものも含めて教えてください。
急速な人口減もあり、どの組織も優秀な人材の採用に苦労しています。それに加え、学生の価値観の変化(離職や転職をネガティブに感じていない)もあって、採用後の定着に課題を抱えている企業も少なくありません。特に優秀な人材ほどパフォーマンスを存分に発揮できる組織を求めており、従来のような指示命令による組織や、画一的な役割を担う組織は選ばれなくなってきています。

日本ではじめて「セムコスタイル」を導入したEnergize Group(エナジャイズグループ)も、導入前は8名の新卒採用者のうち7名が離職する状態でした。しかし、導入後は13名の新卒採用者のうち12名が定着(辞めた1名もポジティブな転職)し、働きがいに関する賞も受賞。さらには、新卒の価値創造(売上)が従来の2倍に高まり、経営者の意思決定負担も8割軽減するなど、業績にも大きな影響を与えました。

また、ある200名規模の企業では社長が組織を良くしたいと強く思うがあまり、武蔵野式経営やアメーバ経営などさまざまな手法を取り入れては頓挫を繰り返し、社員がうんざりしている状態が続いていました。モラルサーベイで『自分の大切な人をこの会社で働かせたいか?』への回答も圧倒的に低い状態で、実際に離職も相次いでいたのです。
しかし、導入後は社員が主体的に「セムコスタイル」に関する施策にも関与し、離職者は徐々に減少していきました。それだけではありません。これまでほとんどなかったリファラル採用が増え、そこから採用した社員がまたリファラルを行うなど、優秀な人材が優秀な人材を引き寄せる形の組織に変貌。それにより採用コストも従来の1/3まで減少するなど業績にも好影響を及ぼし、社内の雰囲気もがらりと変えることができました。
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編集後記
『どんな企業にも適応できるものパワフルなもの』『組織の状態を人間ドックのようにスキャンして課題や対策を浮き彫りにし、関係者一同の共通認識を醸成できるもの』これらの言葉から、「セムコスタイル」が持つ大きな可能性と汎用性を感じることができました。現状の組織に何かしらの課題を感じているものの、その特定や打ち手に難航している企業は、一度5原則に沿って組織の現状をスキャンしてみてはいかがでしょうか。