「ビジネスレジリエンス」を高めて環境変化に強い組織づくりを行う方法
昨今の激しい環境変化を受け、「レジリエンス」という言葉を耳にする機会が増えました。一般的には「変化にうまく適応できる力」を表す言葉として使用されているようで、最近では組織やそこで働く社員にもこの力(ビジネスレジリエンス)の重要性が叫ばれるようになってきています。
なぜビジネスレジリエンスが求められる状況になったのか、またどうすれば組織のビジネスレジリエンスを高めて環境変化に強い組織づくりをすることができるのかについて、マイナビで研修サービスの事業開発責任者および「HR Trend Lab」所長を務める土屋 裕介さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
土屋 裕介(つちや ゆうすけ)/
株式会社マイナビ 教育研修事業部 事業開発統括部長 /HR Trend Lab所長
1983年生まれ。大学卒業後、不動産デベロッパー、大手コンサルタント会社を経て、マイナビに入社。研修サービスの事業開発責任者および「HR Trend Lab」所長を兼任。ライフシフト大学特任教授。『楽しくない仕事は、なぜ楽しくないのか?』(共著、プレジデント社)、『タレントマネジメント入門』(共著、ProFuture出版)、『なぜ学ぶ習慣のある人は強いのか』(共著、日本経済新聞出版社)
▶パラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
ビジネスレジリエンスとは
──様々な場面で「レジリエンス」という言葉が使われるようになりましたが、その中でも「ビジネスレジリエンス」とはどういったものなのでしょうか。
「レジリエンス」には回復力・復元力・弾力などいう意味があり、元々物理学の概念として生まれた言葉です。ここから転じて心理学用語として「精神的な回復力・抵抗力」という意味でも使われるようになり、HR領域においてもその概念が広がっていきました。基本的には個人が困難やストレスフルな状態に適応する、若しくは、その状態から回復する過程やその能力を示すことが多いようです。
さらにそこから派生して「キャリアレジリエンス」など様々なレジリエンスが論じられています。その中で「ビジネスレジリエンス(人事/組織におけるレジリエンス)」も注目されており、社会セキュリティ(※1)について規定したISO22300(JISQ22300)では、「複雑かつ変化する環境下での組織の適応できる能力」と定義されています。
では「ビジネスレジリエンスの高い組織」とはどんなものか。例を挙げるとすれば、1990年代前半に起きたバブル崩壊や、2000年代後半に起きたリーマンショックなど、予見が難しい経済状況においても業態を変化させたり、リストラ(人員整理だけでなく成長分野への進出なども含む)などで柔軟に対応し早期に業績回復を果たした組織や、そのように対処できるような体制を構築していた組織などが該当します。
(※1)社会セキュリティとは、意図的及び偶発的な人的行為、自然現象及び技術的不具合によって発生するインシデント、緊急事態及び災害から社会を守ること、並びにそれらに対応すること。
ビジネスレジリエンスが重視され始めた背景
──このビジネスレジリエンスが重視されるようになったのは、やはり昨今のビジネス環境変化の早さからでしょうか。
おっしゃる通りで、近年はAIをはじめとする技術の急速な進化や、超少子高齢化やグローバリゼーションといった社会環境・経済環境の変化など、VUCAの時代とも言われる極めて先が読みづらい不確実性の高い世界に突入しています。そんな中でも企業が永続できるようなマネジメントが求められるようになり、どのような状況においても組織を適用・回復させるビジネスレジリエンスの考え方が重視されるようになったという訳です。
ただ、そうしたビジネス環境の変化だけが理由ではありません。東日本大震災や熊本地震などの自然災害や、2019年末からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行など、通常のBCP(Business Continuity Plan / 事業継続計画)では想定しえない事態が相次いでいることも、ビジネスレジリエンスの重要性をさらに高める要因となっています。
こうした「想定しえない事態」が起きた際に組織が柔軟に対応するためには、単にBCP等の作成や教育・訓練を行うだけでは足りません。
・業務プロセスの標準化やシステム化により災害に強い仕組みとする
・明確な指揮命令系統や適切な権限移譲等を行うことで従業員1人ひとりが自主的かつ主体的に行動できるようにする
などの組織体制自体を危機や環境変化に対し強めることが重要になってきます。
「自主的・主体的な行動や権限移譲」などは、日本型雇用慣行に慣れ親しんだ日本人は苦手とする傾向にあります。しかしながら、グローバリゼーションが推し進められた現在では諸外国企業との競争は避けられず、少なくとも彼らと同レベルで適応・回復できなければたちまち競争力を失うことにつながります。そんな背景もあり、特に日本企業にとってはビジネスレジリエンスを高めることは喫緊の課題であると言えるのです。
ビジネスレジリエンスの高い人材とは
──ビジネスレジリエンスの高い組織には、変化に適応できる人材が多く在籍している必要があると思います。そういった人材に共通する特徴や要素はありますか?
「ビジネスレジリエンスに適応できる人材」とは、平たく言うと「どんな状況になっても柔軟に対応することができる人材」です。そんな人材に共通する要素は大きく以下3つです。
組織のパーパス(存在意義)に共感している人材
答えがない意思決定を求められた時、その拠り所は組織のパーパス(存在意義)にあります。 例えば、世界的コンサルファームのマッキンゼーアンドカンパニーが調査した「真のレジリエントカンパニーとも言える世界17の会社(※2)」の中で、その17社に共通する要素の1つが「パーパスが明確であること」でした。つまり、組織のパーパスを理解し共感できていれば、どんな状況下においても軸がブレることなく意思決定をすることができ、結果的に変化に強くなるということです。
(※2)ハーバードビジネスレビュー2021年2号に掲載。日本企業からはトヨタ自動車・サントリーHDが選出されている。
セルフエフィカシー(自己効力感)が高い人材
セルフエフィカシーとは「自身の行動により結果を出せるという自信を持っている」ことであり、セルフエフィカシーが高い方には下記のような特徴があります。困難で先が見えない状況においても、臆さずに行動に移してくれることでしょう。
・新しいことに積極的に挑戦する
・実行に移すまでが早い
・ミスをしても過度に落ち込まない
・できない理由より、どうすればできるかを考える
・前向きな発言が多い
・周りから学ぶ姿勢を常に持っている
従業員エンゲージメントが高い人材
エンプロイーエンゲージメントには様々な解釈がありますが、簡単に言えば「組織に貢献したいという意思を持っているかどうか」ということです。そもそも組織に貢献したいという意思がなければ、明確なパーパスの元に行動しようとしても組織の変革が起こる前にガス欠になってしまうはずです。
人事として組織のビジネスレジリエンスを高める方法
──前項で回答いただいたような人材を増やし、組織のビジネスレジリエンスを高めるために、人事はどのようなことができるでしょうか。
ビジネスレジリエンスを体現するのは、役員や事業長クラスの上位レイヤーの社員であることが大半です。そのためまずはその層にターゲットを絞り、彼らを計画的に育成するサクセッションプランを考える事が重要になります。
具体的な方法論の例として、将来の経営人材の選抜をし、研修やジョブローテーションなどによる育成があります。その際、経営知識やビジネススキルの醸成が重要なのは言うまでもありませんが、それ以外にも数年~数十年かけて育成していく中で「パーパスを自らの言動を通じて表現できるレベルまで浸透させること」がなにより大切です。
そう考えると、ビジネスレジリエンスの高い組織づくりは「従業員エンゲージメントが高い組織づくり」と言い換えても良いかもしれません。実際にグローバルでも日本でも従業員エンゲージメントが高い組織は、業績や生産性が高いという調査結果が出ていることは有名な話です。
またエンゲージメントが高い職場の特徴として、業務に活力や熱意を持っていること、上司とポジティブな関係性にあること、心理的安全性が高いことなどがあります。このような職場では有事の際にも(もちろん通常時でも)従業員が組織のために自律的に柔軟な行動を取れる土台ができていると言えるでしょう。反対にエンゲージメントが低く土台ができていない組織では、想定外の事が起きた時に従業員の離職が拡がってしまうこともあるかもしれません。
人事としてエンゲージメントを高めることの第1歩は、「自組織のエンゲージメント状態を把握すること」にあります。そのためにも、まずはサーベイやヒアリングなどを実施して自社のエンゲージメント状態を把握し、エンゲージメントを下げている要因に対して手を打つことから始めてみましょう。
また、意思決定の経験値が少なければ、想定する事ができなかった有事などに柔軟に対応することはできません。なので、社員一人一人が組織から日常的に意思決定が権限移譲されている状態を作る事が必要です。小さいユニットのリーダーなど、小規模な組織の時から意思決定権を持たせ、その結果仮に失敗したとしてもトライ&エラーが許されるような組織運営をすることが望ましいでしょう。
組織マネジメントとしては、シェアドリーダシップなどの考え方を取り入れると良いかもしれません。
■合わせて読みたい「人事が活用する理論・用語」に関する記事
>>>「FFS理論」により人や組織の可能性を引き出し、他社がマネできない強い組織土壌を作る方法
>>>エフィカシーを高め、組織・個人の自走を促す方法とは
>>>「成人発達理論」を活用して、多様化する人材をマネジメントする方法とは
>>>「セムコスタイル」で社員の主体性と業績を引き出す本質的な取り組みとは
>>>「つながらない権利」を守る組織体制を作るには
>>>「ディーセントワーク」の解像度を上げ、組織エンゲージメントを高めるには
>>>「経験学習」のサイクルを組織に取り込むためには
編集後記
有事の際にまずその危機と直面するのは現場で活躍する社員です。その社員が日頃から指示待ち型でやらされ感たっぷりで仕事をしていては、変化に対処することはもちろん、その変化を好機と捉えて組織を成長させていくことはできません。
「組織のレジリエンスを高める」と聞くと、何か組織的な大きな取り組みが必要なように感じてしまうかもしれませんが、詰まる所は「最前線で活躍する人材の目的意識とエフィカシーを高め、自組織に貢献しようと思ってくれるかどうか」を考え続けることが、人事に求められることなのではないかと土屋さんのお話からも感じることができました。
▶レジリエンスに関しては、こちらの記事「【イベントレポート】レジリエンスを高める組織・制度とは?/corner day vol.1」もご参考にご覧ください。