「ジョブ型人事制度」で直面する壁とその乗り越え方
昨今、多くの企業が導入を検討していると言われる「ジョブ型人事制度」。政府が発表した『ジョブ型人事指針』の後押しもあり、導入の流れは一層加速しています。
本記事では、「ジョブ型人事制度」の概要から制度設計のポイントに至るまで、複数の大手企業で人事として制度改定を経験し、現在は組織人事コンサルタントとしてジョブ型人事制度導入を始めとした多数の企業の人事制度構築・改定支援経験をお持ちの田中 幸之助さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
田中 幸之助(たなか こうのすけ)/ 法人代表
大学卒業後、外資系企業で人事業務全般について幅広い経験を積んだ後、国内製薬会社に転職。人事部門の責任者として組織改革および人事制度改革を主導。その後、独立して人事コンサルティング会社を立ち上げ。組織開発や人事制度に強みを持ち、多くの企業に対して規模や文化に適した人事制度の提案・構築支援を行っている。
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「ジョブ型人事制度」とは
──「ジョブ型人事制度」とはどのような人事制度なのでしょうか。
「ジョブ型人事制度」とは、『職務』を基準に採用、報酬の決定、評価を行う人事制度のことです。ジョブ型の採用では、職務ごとに必要なスキルや経験を備えた人材を選考し、固定の職務内容で採用されます。また、入社後の異動も基本的には同職種内で行われるため、特定分野の専門性を高めるスペシャリスト型のキャリア育成を進めることが可能です。
報酬は職務責任の重さに応じて設定します。具体的には、個々の職務毎に定められた目標や行動基準の達成度に基づき評価され、昇給に反映されます。昇格は上位ポジションの職務要件を満たし、実際にそのポジションに就くことで実現します。仮に、評価や能力が高くても担当職務が変わらない限りは昇格できません。
──似た制度に『メンバーシップ型人事制度』がありますが、これと「ジョブ型人事制度」はどう違うのでしょうか。
『メンバーシップ型人事制度』は、従来の日本企業の多くが選択してきた『人』を基準にした人事制度です。新卒一括採用がメインであり、個人の適性に応じて配置を決定します。その後は、ジョブローテーションを通じてさまざまな職務を経験させる形でジェネラリスト型の人材育成を行います。
報酬は年功や能力に基づいて決定します。能力向上度を評価の基準とし、昇給に反映させる形です。職務内容が変わらなくても能力が高まれば昇格できますが、客観的な能力評価が難しいため実質的には昇給・昇格も年齢に依存する仕組みとなっています。
ここまでの話を踏まえて「ジョブ型人事制度」と『メンバーシップ型人事制度』の違いを整理すると、以の下図のようになります。
「ジョブ型人事制度」が注目される背景
──「ジョブ型人事制度」が近年注目されているのには、どのような背景があるのでしょうか。
※引用:ジョブ型人事制度に関する企業実態調査/株式会社パーソル総合研究所
パーソル総合研究所が発表した調査データによると、57.6%もの企業が「ジョブ型人事制度」の導入を検討または導入済みであり、『導入しない方針』と回答した企業は28.5%となるなど、多くがジョブ型人事制度に関心も持っていることが伺えます。この結果からも、「ジョブ型人事制度」に対する国内企業の注目が集まっているのは間違いないでしょう。
その背景にあるのは、昨今の劇的な時代変化です。各企業は今、グローバル競争の激化、経済状況の不確実性の高まり、急速な技術革新に直面しており、これまで以上に迅速かつ柔軟な対応が求められています。このような状況下で事業競争力を維持するためには、各ポストに適切なスキルや専門性を持つ人材を配置することが必要です。しかし、従来の『メンバーシップ型人事制度』では年功が重視されるため、適所適材の配置がしづらい点が課題となっています。
また、デジタル技術の急速な進展に伴って業務が以前に比べて複雑化・高度化してきている点も要因の1つです。特定分野で高度な専門知識やスキルを持つ人材への需要が高まった結果、そうした人材の市場価値も上昇しています。年功序列型の賃金体系では、これらの専門性を持つ人材に対して魅力的な報酬を提供することは難しいため、社内に定着させることも外部から採用することも難しくなってきているのが現状です。
そこに追い打ちをかけるように転職市場が活性化し、転職が当たり前になってきたことを受け、より高いポジションや報酬を求めて転職する人が増えてきています。特に、若手社員においてはその傾向が顕著で、年功序列型の人事制度では有能な若手社員を社内に留めておくことが困難になってきていると感じます。
こうした背景もあり、2024年8月28日に経済産業省が『ジョブ型人事指針』を発表し「ジョブ型人事制度」に対する注目度をさらに高めました。この『ジョブ型人事指針』の中では、「ジョブ型人事制度」の導入を進める理由についてこう述べています。
『日本企業の競争力維持のため、ジョブ型人事の導入を進める。従来の我が国の雇用制度は、新卒一括採用中心、異動は会社主導、企業から与えられた仕事を頑張るのが従業員であり、従業員の意思による自律的なキャリア形成が行われにくいシステムであった。従来の制度では、
ⅰ)最先端の知見を有する人材など専門性を有する人材が採用しにくい
ⅱ)若手を適材適所の観点から抜てきしにくい
ⅲ)日本以外の国ではジョブ型人事が一般的となっているため社内に人材をリテインすることが困難
との危機感が日本企業から提示されている。日本企業の競争力維持のため、対応を図る必要がある』
なお、この『ジョブ型人事指針』の中には20社もの導入事例がまとめられているため、ぜひ参考にしてみてください。
「ジョブ型人事制度」の導入メリット
──実際に「ジョブ型人事制度」を導入することで得られるメリットにはどのようなものがありますか。
「ジョブ型人事制度」の導入により得られるメリットには、大きく以下4つがあります。
(1)適所適材の実現
「ジョブ型人事制度」では各ポストの職務内容や必要なスキル・経験が明確に定義されているため、その職務に適した人材を採用・配置しやすい点は大きなメリットです。同時に、社員の得意なことや専門性を活かせる職務内容にアサインすることによって、生産性も高めやすいといった効果もあります。
(2)公正な評価と報酬
職務内容に基づいた評価基準で実績や能力評価を行うことができるようになるため、評価時にも曖昧な部分が減り透明性が大きく向上します。結果、評価に対する社員の納得度も高まるため、エンゲージメントや生産性向上も期待できる点が魅力の1つです。また、職務内容に応じて報酬が決定されるため、社員は自分の貢献度に見合う報酬を得ることができ、それがモチベーション向上にもつながります。
(3)高度な専門スキルを持った人材の確保
職務の責任や難易度に応じた報酬設定が行われるため、高度な専門スキルを持つ人材であれば年齢に関係なく高い報酬を得られるようになります。そうなると、社員も今まで以上にスキルアップに積極的になってくれますし、結果的にスキルが向上し組織ケイパビリティにも広がりが生まれます。さらに、職務に応じた適切な報酬を準備できることが前提条件にはなりますが、外部から優秀な人材を獲得しやすくなる点も大きなメリットです。
(4)若手社員の離職率の低下
職務が明確なため社員自身もキャリアパスが描きやすくなり、よりキャリアを自分ゴトとして捉えて考えていけるようになります。また、年齢に関わらず実力に応じて責任あるポストに就くことも可能になるため、『優秀だが上が詰まっていて昇格・昇進できない』などの問題も解消でき、結果として若手を中心とした次世代人材の離職を防ぐ効果も期待できます。
以上のようなメリットを考えると、ジョブ型人事制度は以下のような課題を抱えている企業に有効な制度だと言えるでしょう。
・外部から優秀な人材を採用したくても、年功序列型の給与制度のため職務内容に見合う報酬を提示できず、採用が困難になっている。
・給与水準の高い中途採用者が増えて年功序列による給与体系で逆転現象が発生し、従来の人事制度が機能しなくなってきたので、制度の改善を図りたい。
・年功重視の人事制度に対して若手社員の不満が高まり、モチベーション低下につながっている。
・年功序列による安定的な給与制度に社員が満足し、新たな挑戦を促す風土を醸成することが難しい。
まとめると、社内外を問わず積極的に人材を確保したい企業や、年齢に関係なく有能な人材を抜擢したい企業はジョブ型人事制度が適していると言えます。一方、新卒採用を重視する企業や、年功を重んじる風土が強い企業には適さないのではないでしょうか。
「ジョブ型人事制度」を運用する上で直面する壁
──「ジョブ型人事制度」を導入したものの、運用に苦戦する企業も多いと聞きます。そこにはどのような壁があるのでしょうか。
「ジョブ型人事制度」は『導入して終わり』といった類のものではありません。効果を発揮するには、下記の状態で運用がされることが必要です。
・事業戦略に基づき組織設計、職務ポジションが適切に配置されていること
・それぞれの職務内容が明確になっていること
・ジョブディスクリプションが常に最新な状態に保たれていること
・その上で、各ポジションの人材要件に最も適した人材が配置されている状態にあること
しかしながら、導入後の運用方法次第では、せっかく導入したのに期待した効果が得られなかった──といったことも十分に起こりえます。実際に、運用する中で多くの企業が直面する壁には以下のようなものがあります。
(1)ジョブディスクリプションの運用負荷
ジョブディスクリプションとは、担当業務についての職務内容を詳しく記載した文書のことです。この作成と更新には想像以上に大きな労力が伴います。よくあるケースとしては、導入当初は詳細なジョブディスクリプションを作成するものの、業務内容が変化しても更新が追いつかず形骸化してしまうケースです。これにより実際の業務内容とジョブディスクリプションが乖離し職務内容が不明確となった結果、「ジョブ型人事制度」の運用が適切にできなくなってしまいます。
(2)経営陣や管理職の意識改革の遅れ
経営陣や管理職が『人ありき』の考え方に固執してしまい、『ポストありき』である「ジョブ型人事制度」の運用が浸透しないケースが散見されます。そうしたケースでは、主に以下のような問題が生じています。制度上はジョブ型を謳っていても、実質的にはメンバーシップ型の運用となってしまっている形です。
・評価や昇格に年功的な要素が残ってしまう
・職務内容が変わっていないのに昇格昇給させようとしてしまう
・職務を果たす能力が不足しているにもかかわらず、給与を下げたくないためポジションに留める
(3)配置転換による給与減額への抵抗
これまで年功序列で人材配置が行われてきた組織が「ジョブ型人事制度」に移行すると、現職務において不適合と判断され別のポジションへの配置転換が必要になる場合があります。しかし、配置転換先の職務内容によっては給与が減額されることもあるため、社員の反発やモチベーション低下のリスクがあるのも事実です。不利益変更(会社が一方的に社員にとって不利益になる労働条件などの変更をすること)とみなされて訴えられる可能性もありますので、そこを恐れるがあまりに職務に適した人材配置が進みにくくなることはよくあります。
「ジョブ型人事制度」の設計ポイント
──前述いただいたような壁を乗り越え、適切に運用できる「ジョブ型人事制度」を設計・構築するには、どうしたらよいでしょうか。
先ほどご紹介したような運用上の壁を乗り越えるためには、「ジョブ型人事制度」を設計する時からそれらに留意して検討を進めておくことが重要になります。特に、以下3つの点については必ず念頭において設計を進めることをおすすめしています。
(1)ジョブディスクリプションのシンプル化
職務の本質を捉えた必要最低限の項目に絞り、複雑化を避けることが重要です。なぜなら、業務内容やスキル要件を過剰に記載すると更新作業が増えて形骸化のリスクが高まってしまうからです。具体的には、基本的なテンプレートを用意して統一感を持たせるなど作成や更新にかかる負担を軽減する必要があります。また、ジョブディスクリプションの定期的な見直しスケジュールを設け、柔軟に対応できる体制を整えることも忘れてはいけません。
(2)経営層・管理職層への制度理解促進
前述の通り、「ジョブ型人事制度」の運用には経営陣や管理職の理解と協力が不可欠です。そのためにも、以下のジョブ型の仕組みやメリット、運用時の留意点について繰り返し説明し、理解を深めてもらえるように導入前から働きかけましょう。
・人材配置を考える際には、「人」を起点に考えるのではなく、そのポジションに求められる要件を起点に考え、その要件を最も満たしている人材を選定すること
・ 事業戦略の実行に必要のないポジションを新設しないこと
・ 業績が伸びていないのにポジションが増えると、人件費の増大により会社の利益が損なわれるというリスクを理解してもらい、むやみにポジションを増設しないこと
こうしたことを説明し『ポストありき』の考え方への転換を図り、制度の理念や適材適所の意義を明確にして従来の『人ありき』ではなく職務を基準とした配置や評価を行う意識改革を促進していくとよいでしょう。
(3)配置転換による給与減額の移行措置検討
現職務への不適合などによる配置転換で給与減額が必要となった場合、一定期間の給与据え置きや、2〜3年程度かけて段階的に減額するなどの移行措置を導入して、急激な給与変化を緩和できるように設計してください。これにより、社員の反発やモチベーション低下リスクを低減することが期待できるからです。また、不利益変更と見なされるリスクに対しては、配置転換前に社員への十分な説明を行って同意を得ておくことで回避できます。
■合わせて読みたい「人事制度全般」に関する記事
>>>キャリアの多様化に対応する「複線型人事制度」とは?メリット・デメリットと導入ステップ
>>>「ハイブリッド型人事制度」で、ジョブ型とメンバーシップ型の良いとこどり!具体的な導入方法とは?
>>>「ポストオフ」制度を活用して、かけがえのない人的資本を最大限に活かす方法とは
>>>「役職定年制度」の導入と廃止を解説。現組織に最適な制度を考える
編集後記
日本政府も後押しし、名だたる大手企業も導入を進めている「ジョブ型人事制度」。ですが、他社もやっているから、などの安易な考えで導入を進めてしまうのは考えものです。ジョブ型人事指針にも『日本企業といっても、個々の企業の経営戦略や歴史など実態が千差万別であることに鑑み、自社のスタイルに合った導入方法を各社が検討できることが大切である』と書かれている通り、自社に合った設計・導入方法を検討していきたいものですね。