「ライフキャリアレインボー」で従業員の“人生”からキャリアを捉えて支援する方法とは
働き方が多様化する中、ライフキャリア(キャリアを仕事だけでなく家庭や地域社会なども含めて考える)の概念を従業員のキャリア支援に取り入れる動きが広がっています。そのライフキャリアを考える手法に「ライフキャリアレインボー」という考え方があります。
今回は、ライフステージに応じたキャリア開発経験を豊富に持つ吉本 明加さんに、「ライフキャリアレインボー」の考え方・構成から人材育成への活用方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
吉本 明加/法人代表
社外取締役・顧問・社外CHROとしてパラレルキャリアを体現しながら、各社の人事全般を支援。大学において学部招聘教授としてキャリアに関する授業、7,000人以上のキャリア相談から開発したタイムデザインして理想を叶えるタイムノート(商標登録済)講座を開講。女性従業員向け社外メンター対応。
得意分野:DEI経営推進、両立支援、女性活躍・管理職登用支援、ライフステージに応じたキャリア開発を通じた持続的に成果を上げる人材育成など。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「ライフキャリアレインボー」とは
──「ライフキャリアレインボー」とはどのような理論でしょうか?
「ライフキャリアレインボー」の解説に入る前に、『ライフキャリア』について説明します。
『ライフキャリア』とは、キャリアを単なる職場における昇進の積み重ねなどとして狭く捉えるのではなく、人生全体を通じて果たす多様な役割や経験の総体として理解する考え方です。仕事だけでなく、家庭人・親・地域社会の人といった役割すべてが個人のキャリアを形づくります。この『ライフキャリア』の視点では、仕事とプライベートを切り分けず、限られた時間の中で複数の役割をどう調整し、どのように設計するかがキャリア形成上の鍵となります。『どうありたいか』の理想に向け、役割調整の際に意思決定するプロセスこそがライフキャリアの核心です。人生の各段階に応じてバランスを図りながら、自己実現を追求することが重視されます。
この『ライフキャリア』を考えるための手法が「ライフキャリアレインボー」です。人のキャリアを『仕事』に限定せず、人生全体の中で多様な役割を果たしながら形成されていくプロセスとして捉える枠組みであり、1950年代にこの理論を提唱したアメリカのキャリア心理学者ドナルド・E・スーパーは、キャリアを『ライフ・スパン(生涯発達)』と『ライフ・スペース(人生における役割空間)』の2つの視点で説明しています。

■横軸(虹の外縁):ライフ・スパン=年齢(時間軸)
幼少期から老年期までの発達段階のこと。成長期・探索期・確立期・維持期・衰退期といった5つのステージに分けて構成されている。
■縦方向の帯(虹の層):ライフ・スペース=人生で果たすさまざまなロール(役割の多様性)
子ども・学生・余暇を楽しむ人・市民・職業人・配偶者・家庭人などの9つのライフロールで構成されており、それぞれの比重はライフステージによって変化する。
「ライフキャリアレインボー」のレインボーは、この『時間軸』と『役割の多様性』を視覚的に表したものになります。
また、ドナルド・E・スーパーはキャリアを『自己概念』を実現する過程だとも位置付けています。自らの価値観や興味・能力を踏まえて『自分らしい生き方』を模索し、その実現手段として職業を選び、役割を調整していくという考え方です。したがって「ライフキャリアレインボー」は、『仕事』に限定した狭義のキャリア観を超え、『人生全体を通じたキャリア形成』を捉えた理論だと言えます。
そのため、「ライフキャリアレインボー」は、従業員の多様なライフロールを踏まえた対話や制度設計を通じて、個人の自律的なキャリア形成と組織の成長を両立させるために活用できます。
「ライフキャリアレインボー」の構成と作り方
──「ライフキャリアレインボー」を構成する5つのステージ(成長期・探索期・確立期・維持期・下降期)と、9つのライフロールについて、それぞれの内容をわかりやすく説明してください。
「ライフキャリアレインボー」における5つのステージと9つのライフロールについて改めて解説します。
■5つのライフステージ
(1)成長期(0〜14歳)……自己理解をして成長
(2)探索期(15〜24歳)……進学や職業選択を通じて自分の方向性を模索
(3)確立期(25〜44歳)……スキルや経験を積み、職業上の安定や専門性の確立
(4)維持期(45〜64歳)……自分に合った生き方や仕事で立場を確立し、成果を維持
(5)解放期(65歳以降)……これまでの役割から解放され、次の人生役割へ移行
■9つのライフロール
(1)子ども……親子関係における子ども
(2)学生……小学校・中学校・高等学校・大学までの学校教育や、学業に取り組む役割
(3)職業人……正社員やアルバイトなど雇用形態にかかわらず、すべての働く人
(4)配偶者……パートナーがいる場合の役割
(5)親……子に対する養育者としての役割
(6)家庭人……家族の一員として家庭生活を維持するための役割
(7)市民……社会の一員として、地域活動やボランティアなど社会活動の役割
(8)余暇人……自分の好きなことや趣味を楽しむ役割
(9)年金生活者……年金を受け取りながら生活をする役割
9つのライフロールすべてを経験する人もいれば、一部だけ経験する人もいて、訪れる順番も個人によってさまざまです。同時に複数を担うことも多く、人生の時期によって比重が移り変わります。
──実際に「ライフキャリアレインボー」を作成する際、どのように図式化して考えるのが良いでしょうか?
「ライフキャリアレインボー」を実際に作成する際には、いきなり虹型で書き込むよりも、まずは表形式で整理する方が理解しやすく進めやすいためオススメです。以下に6ステップに分けて作成方法を記載します。

(1)5つのライフステージを横軸(列)に並べる
0〜14歳(成長期)・15〜24歳(探索期)・25〜44歳(確立期)などの区切りを列として並べます。
(2)9つのライフロールを縦軸(行)に並べる
子ども・学生・職業人・配偶者など、9つの役割を行として並べます。
(3)現状から記載する
現年齢に該当するライフステージを現状として、9つのライフロールの役割に今まさに費やしている時間を記載し、役割比率を把握します。
(4)過去を振り返り記載する
ライフステージの過去について振り返り、9つのライフロールの役割に費やしていた時間を記載します。その際、転機となった出来事や成長につながった経験などを挙げておくと自身の価値観に気づきやすくなり、将来予測もしやすくなります。
(5)将来を予測し記載する
理想のライフロールバランスを考えて記載していきます。ライフステージに応じて、できるだけ立場や目標などの理想を具体的に想定できると目標を叶えるプランを立てやすくなります。
(6)虹の図に展開する
最後に、ここまでに作成した表をもとに虹の図を展開します。横軸にライフステージ、縦軸にライフロールとすることで「ライフキャリアレインボー」が完成する形です。
このように表で整理してから図に落とし込むことで思考の整理がスムーズになり、役割配分の変化もより実感できます。なお、厚生労働省の『平成29年度労働者等のキャリア形成における課題に応じたキャリアコンサルティング技法の開発に関する調査・研究事業』の中にあるジョブ・カード様式1作成ワークシートも「ライフキャリアレインボー」作成時に活用できるので、ぜひ参考にしてみてください。
「ライフキャリアレインボー」を人材育成に活用する意義
──企業が「ライフキャリアレインボー」を人材育成に取り入れる意義やメリットにはどのようなものがあるでしょうか?
「ライフキャリアレインボー」を人材育成に取り入れることは、人的資本経営を実践する上で大きな効果をもたらします。
従業員を親・配偶者・市民・学習者など多様なライフロールを担う存在として捉えることで、個人の人生全体を基盤としたキャリア形成を支援でき、会社へのロイヤリティ向上、エンゲージメント向上につながり、組織として人的資本の最大化につながります。さらに、管理職や人事部門は従業員のライフステージや価値観を把握することで、1人ひとりに合ったキャリア支援や配置を行いやすくなり、人材のポテンシャルを最大限に活かすことができます。これらは『人的資本への投資』として企業価値の向上に直結するものです。
ちなみに、本来「ライフキャリアレインボー」は従業員が自らの生き方や価値観を整理して人生全体のバランスを考えるために活用するものであり、組織がその内容を把握することを目的とするものではありません。そのため、すべての内容を共有するのではなく、従業員本人が『組織と対話したい部分』だけを抽出し、本人の同意のもとで必要な範囲を対話の場(キャリア面談や上司・外部メンターとの対話の場など)に活かすことが前提です。社内でいきなり「ライフキャリアレインボー」を描く場を設けてしまうと『組織にすべてが共有されてしまうのでは?』と不安に感じる従業員が多いため、外部からファシリテーターを招いて組織と対話したい部分をうまく抽出するなどの工夫は必要になります。あくまで個を尊重し、個々のキャリア観を尊重しつつ、そこから得られる知見を制度設計や育成方針に反映していく姿勢が重要です。
また、「ライフキャリアレインボー」は育児や介護、自己学習など多様なライフロールを前提にキャリアを設計するため、企業の柔軟な働き方の導入や両立支援といった働き方改革の推進にも寄与します。こうした取り組みは、DEIを強化し多様な人材が活躍できる基盤づくりにもつながります。加えて、従業員同士や上司部下間の相互理解が進むことで心理的安全性や協働の質が向上し、組織全体の生産性が高まる効果も期待できます。
さらに、従業員が自身のライフキャリアを可視化し、人生における仕事とプライベートのバランスを考える機会を持つことで自律性が高まり、それに伴い仕事へのモチベーションやエンゲージメントも向上します。結果として、従業員一人ひとりの成長と企業の持続的成長を両立させ、投資家への人的資本開示においても説得力のある説明が可能になります。

「ライフキャリアレインボー」の具体的な活用方法
──若手層・ミドル層・シニア層といった年代ごとで「ライフキャリアレインボー」の活用方法は変わってくると思います。その効果的な活用方法と、企業として特に重点を置くと良い年代があれば教えてください。
「ライフキャリアレインボー」は、従業員が年代ごとに直面する課題や価値観の変化を可視化し、それに応じたキャリア支援を可能にする枠組みです。人的資本経営を進める上でも、単に職業人としての側面だけではなく、多様なライフロールを踏まえた支援を行うことが求められています。
若手層はキャリアの『多様な役割を認識すること』と探索の機会、ミドル層は『役割の統合と変化への対応』と専門性深化やマネジメント、シニア層は『多様な役割の整理と再構築』と知識継承や再キャリア設計を、それぞれ意識して活用することにより、多様な世代が活躍し続けられる基盤が整います。以下に年代別で解説します。
■若手層
若手層は『探索期・確立期』にあり、数年後起こるかもしれないライフイベント含め自身の将来に漠然とした不安を持っています。「ライフキャリアレインボー」を用いて多様な役割を認識しつつも、自分を正しく深く理解し、自社での多様な経験を積むことが早期離職防止やエンゲージメント向上に直結します。
■ミドル層
ミドル層は『確立期』に入り、家庭人や親としての役割も増える中で、管理職や専門職としての責任も重くなります。また、ライフイベントの変化に伴い役割やライフスタイルの見直しが必要となる場合が多く見られます。仕事と家庭・育児のバランスを保ちつつ、キャリアを再設計したりリスキリングしたりすることが不可欠です。この層への支援は、組織の中核人材の安定確保に直結し、企業の競争力を左右します。柔軟な働き方の導入や両立支援といった働き方改革を進めながら、持続的に力を発揮できるよう支援することが重要です。
■シニア層
シニア層は仕事からの引退、育児からの卒業、家族構成の変化などに直面する時期です。「ライフキャリアレインボー」を通じてこれまでのライフロールを整理し、人生後半に向けて新たな役割や活動の再構築を考える時期でもあります。ポストリタイア後を見据えた働き方を柔軟に選択でき、(企業にとっては)豊富な経験と知見の継承や社内教育で貢献してもらえるような機会提供が効果的です。
上記年代の中でも、特に企業が重点を置くべきは『ミドル層』です。なぜなら、キャリア停滞感や家庭との両立課題によって最もモチベーションが揺らぎやすいからです。この層を的確に支援することで人材流出を防ぎ、世代間の知識循環を促し、人的資本の最大化に直結します。結果として、多世代が活躍し続ける基盤を整えることが人的資本経営における企業と従業員の持続的成長の要となります。
──「ライフキャリアレインボー」を個人の人生設計に留めず、組織・事業の成長に結びつけるためにはどのように活用するのが効果的でしょうか?
「ライフキャリアレインボー」を効果的に活用するには、個人の人生設計を深めるだけでなく、組織の成長や事業戦略と結びつける仕組みが重要です。例えば、以下のようなパターンが考えられます。
■キャリア面談において
従業員のライフステージやライフロールを従業員と一緒にキャリア面談者が整理することで、仕事と家庭・地域活動・自己成長のバランスを可視化でき、課題も見えやすくなります。面談内では、本人が描いたライフロールの変化や優先順位を再確認し、実際の業務経験とのギャップを言語化します。これらは上司が行うよりもキャリア支援を理解した人事やキャリアコンサルタントが対応する方が本音が話しやすく、今後の意向を組織方針に橋渡ししやすくなります。『このライフロールは経験した人でないとわかってもらえないのではないか』などの思い込みや、上司との関係性によって話しづらいことも多いためです。なお、このキャリア面談時に組織の人事制度や風土の課題が顕在化した場合には、組織側が課題解決することで組織の成長につなげられます。
■研修やワークショップにおいて
「ライフキャリアレインボー」を研修内で用いて、将来の役割変化を予測しながら(ライフイベントを不安に思うのではなく)楽しく乗り越えるテクニックの習得をすることも大切です。これにより従業員の主体的なキャリア形成を促し、リスキリングへの意欲も高めることができます。
■業務アサインにおいて
単なるスキルマッチングではなく、個人が果たしたいライフロールやキャリア志向を考慮することで、挑戦意欲やエンゲージメントを高められる配置転換に繋げることも可能になります。例えば、『今は家庭を優先したい』といったライフロールの重視度に応じて、短期的な役割調整やチーム再編を検討するなどの方法です。また、子の成長に合わせて親のロールに変化が生じることが従業員も想像できるので、女性の登用時期検討においても「ライフキャリアレインボー」は有効です。なお、「ライフキャリアレインボー」は描いたときだけでなく、中長期的人材ポートフォリオ管理にも活用できるよう、人事データベースにキャリア志向やライフロール情報を反映できるようにしておきましょう。
他にも、「ライフキャリアレインボー」を効果的に活用する上では『ファシリテーターの選定』も重要です。一般的に、社内では『職業人』以外のライフロールは近しい人にしか話をしない傾向があり、人事や上司に知られることに抵抗する従業員も多いです。そのため、ライフロールを開示しやすい風土でない場合は、従業員が安心して自己開示できる外部人材が関与して環境を整える必要があります。キャリア面談や研修などの場を設けられると、従業員も自身のライフロールで抱えがちな問題を会社に伝えやすくなるのでオススメです。
また、個々のキャリアビジョンが『職業人』であるからこそ、所属する組織のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や事業目標に接続する工夫は必要不可欠です。例えば、『親としての役割』や『学習者としての役割』が事業成長にどう活きるかを一緒に考えることで、キャリア支援が組織貢献へとつながります。また、1度きりの施策で終わらせず、ライフイベントや事業環境の変化に合わせて柔軟に対応し、定期的にアップデートする仕組みを組み込むことで風土改革に繋げることが肝要です。
このように、「ライフキャリアレインボー」を個と組織の双方に結びつけて運用することで、従業員の自己実現と組織の持続的成長を両立させることが可能になります。
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編集後記
『キャリア』という言葉はラテン語のcarraria(荷馬車や四輪荷車の轍)に語源を持ち、職業上の地位などよりも豊かで深い意味があります。つまり、キャリアという言葉にはそもそも人の経歴や生涯をも含む意味を持っているのです。年間10万人以上が介護を理由に離職したり、第1子出産時に約30.5%の女性が離職したりと、特に女性においてはライフロールによる離職が多い現状があります。女性に限らず、いろんなステージ・ロールを視野に入れた支援を行っていきたいものです。









