「成功循環モデル」で組織をグッドサイクルに導く方法とは

組織が成果を出すためのフレームである「成功循環モデル」。リモートワークの普及など働き方の多様化などを背景に、そうした環境下でどのように組織として成果を出していくかに悩む企業が増えたことで注目を集めている考え方です。
今回は、実際に「成功循環モデル」を活用して組織力強化に取り組んでいる森 清明さんに、「成功循環モデル」の概要から具体的な実例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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森 清明(もり せいめい)/ITシステムインテグレーション業界企業 人材育成部門部長
SE経験を経て、社会保険労務士資格取得を契機に転職しHR領域を約20年経験。人事労務、パフォーマンスマネジメント、海外子会社立ち上げ、会社統合、次世代経営育成プログラム立ち上げ、HRBPなどを担う。現在は技術者など専門職の人材育成部門で部長職を担う。「成功循環モデル」を活用した組織力強化などを実践中。
目次
「成功循環モデル」とは
──「成功循環モデル」とはどういったフレーム(考え方)なのでしょうか。
「成功循環モデル」とは、組織が成果を出すために必要な4つの要素(関係性の質・思考の質・行動の質・結果の質)の『連鎖的向上』を目指す枠組みです。MIT(マサチューセッツ工科大学)組織学習センターの共同創始者であるダニエル・キムさんが提唱したモデルであり、組織には『グッドサイクル』と『バッドサイクル』があると唱えています。

グッドサイクルは成功している組織、バッドサイクルは成功していない組織です。それぞれサイクルは、どちらも4つの要素(関係性の質・思考の質・行動の質・結果の質)から成り立っており、この4つの要素をどう繋げていくかが「成功循環モデル」のポイントになっています。
各要素の内容については以下の表をご参照ください。
項目 | 解説(好ましい状態例) |
関係性の質 | 挨拶をする。週末の過ごし方などの雑談ができる。感謝や謝罪ができる。過去の経験や未来への思いを対話できる。 |
思考の質 | 相手への関心が広がる。情報共有の在り方や課題解決案が思い浮かぶ。視野の変化、探索や探求。 |
行動の質 | 笑顔が出る。会話のキャッチボールが続く。新しい発言・提案を行う。フォローやリカバリーを自主的にする。 |
結果の質 | KPIを達成する。課題を解決する。チームが成長する。 |
なお、グッドサイクルとバッドサイクルの大きな違いはどの要素からスタートするかにあります。グッドサイクルでは『関係性の質』からスタートすることで『思考の質』にいい影響を与え、それが『行動の質』を向上させ、最終的には『結果の質』が向上します。一方、バッドサイクルは『結果の質』からスタートすることで他の要素も下がってしまい、結果的に負のスパイラルに陥ってしまうことが各種研究から分かっています。
バッドスパイラルに陥ってしまう流れにはれぞれの質のレベルにもよって微細な違いがありますが、いくつか例を紹介します。例えば、『結果の質』が悪い状況(目標に対して結果が悪い)の場合、リーダーはなぜ結果が悪いのか、結果が出るために何をすべきなのかを問いかけ、行動の改善を要求します。その際に、場合によっては問い掛けではなく問いつめや叱責に聞こえてしまう事もあるでしょう。上記の図の流れの中で、『結果の質』が『関係の質』や『思考の質』を無視してしまいがちになってしまうという事です。受け取った側は、『関係の質』や『思考の質』であるプロセスが無視されてしまったと感じ、リーダーに対しての信頼が落ちてしまうことになりかねません。
反対に、仮に『結果の質』が良い場合でも、『関係の質』や『思考の質』を軽視し、結果だけに注目したフィードバックに終始してしまうと、社員によっては『自分の努力が本当に正しく認められているのか』『頑張って成果を出したがまだ頑張ってやり続けなければいけないのか』といったような、『関係性の質』の低下(=不信感の醸成)や、『思考の質』の低下(=モチベーションの欠如)を招いてしまいかねません。これらがバットサイクルの流れの一例です。
ちなみに、世の中にはこうしたモデルや理論が山ほどあり、中には理解することが難しかったり、実際に活用しづらかったりするものも多くあります。しかし、この「成功循環モデル」はある種当たり前のことをわかりやすく解説してくれているモデルであるため、多くの方に活用してもらいやすいものになっています。組織やチームが何となく元気がない、ばらばらで統率されていない、結果がいつまでも出ない──などの問題意識を持たれている方は、本記事を一読いただくことでその解決の糸口を見つけることができるかもしれません。
──具体的にどんな事象が「成功循環モデル」なのか、例を教えてもらえますか。
例えば、チーム内に納期が遅れてしまっている人がいると仮定します。その方に対してリーダーが発する言葉に注目しながら、どちらの事例がグッドサイクル・バッドサイクルなのかを考えてみてください。
■事例①
リーダー:「なぜ納期が遅れているのですか?」
メンバー:「それはお客様からの急な仕様変更があったためです」
リーダー:「それならば、なぜすぐにそのような報告を私にしてくれなかったのでしょうか?」
メンバー:「はい、すみません、、、」
■事例②
リーダー:「〇〇さん、最近元気がないようですがなにかありましたか?」
メンバー:「実は、決められた納期が守れていない状態です」
リーダー:「はい、それには気づいていました。いつもはあなたから事前に報告があったと思うのですが、今回はまだ報告をもらえていないのは何か理由があるのですか?」
メンバー:「実は、最近子どもの体調が悪く、業務に手がつかない状況でした」
いかがでしょうか。正解は、事例①がバッドサイクル、事例②がグッドサイクルです。
事例①のようなコミュニケーションであっても、すでに信頼関係が醸成されている上でのやりとりであれば問題はないのかもしれません。しかし、そうでなかった場合メンバーは委縮して真実(子どもの体調が悪いこと)を伝えることに抵抗があり、思考や行動がますます悪い方向へ行ってしまうことが想像できます。
一方、事例②においてはメンバーの状況が確認できたリーダーが、何らかの措置を講じることでメンバーの思考や行動の改善に寄与し、結果としてリカバリーをすることもできるようになります。リーダーが信頼関係を築くアプローチを取ったことが、結果として納期遅れの回避やリカバリーにつながった形です。
ビジネスの世界において、私たちが普段見ている組織の多くは事例①のような『結果の質』からコミュニケーションをスタートさせるパターンが多いのではないでしょうか。もちろん、このような場合でも成果を出し、成功している組織はゼロではありません。しかし、事例①のやり方でうまく行っていないと感じている方は、ぜひ事例②のように『関係性の質』からコミュニケーションをスタートさせてみることをオススメします。

「成功循環モデル」導入前に行うべきこと
──特にどのような組織でこの「成功循環モデル」を活用できるものなのでしょうか。
「成功循環モデル」は、あらゆる組織・チームにおいて活用が可能です。特に、以下のような特徴を持つ組織・チームにおいては効果を発揮しやすいと考えます。
■指示待ち型の組織
上位者の指示に従ってそつなくこなすものの自ら提案することは少ない、いわゆる指示待ちが常態化している組織は、『思考の質』や『行動の質』に課題がある可能性が高いです。ただ、よくその組織を見てみると『関係性の質』が真の課題であることも多々あります。こうした前例踏襲が当たり前になっている組織においても、「成功循環モデル」を適用してグッドサイクルを作り出すことにより、主体的集団に変えていくことが可能です。
■リーダーが組織活性化に課題意識を持つ組織
「成功循環モデル」が一番活用できるのは、組織やチームリーダーが『このチームを活性化させたい』『もっといい組織にしたい』と考えている場面です。もっと具体的に言うと、会社都合の結果を出すだけの組織ではなく、そこに所属するメンバーたちの成長ややりがいも合わせて達成したいと考えている組織に「成功循環モデル」は最も効果を発揮します。『組織の結果=目標達成+所属メンバーの成長』の図式を理解できるリーダーがこのモデルを活用すれば、自ずとグッドサイクルを作り出すことができるからです。
■退職率の高い組織
転職が当たり前になってきている昨今では、退職者が一定数出るのは至って普通のことです。しかし、退職者が急激に増加したり、その理由がネガティブなものばかりになっていたりする場合は、組織内に何らかの課題が発生しているケースがほとんどであり、その主な理由は人間関係に端を発しているものが多い傾向があります。つまり、「成功循環モデル」のサイクルにおける『関係性の質』がネガティブになっている状態です。これをポジティブなものに転換し、グッドサイクルを回すことにより、現状の不満を解消していくことができるようになります。
──上記のような組織に対して人事担当者が「成功循環モデル」を導入しようと考えた際、まずどのようなことから取り組むと良いでしょうか。
「成功循環モデル」を導入する前に対応しておきたいことには、以下のようなステップがあります。基本的には課題解決をするための一般的なステップと同様のステップです。

ここでは以下2つについて解説します。
(1)組織の現状把握
まずは、「成功循環モデル」を導入しようとしている組織・チームの状態の確認からスタートしてください。具体的には、以下のような取り組みを通じて現状把握を行います。
・従業員満足度などのアンケート
従業員満足度を測るアンケートは世の中に多くあります。それらを活用している企業も多いと思いますので、そのアンケートの中でも上司・同僚・メンバーなどの『関係性』に関する項目に着目し、そこに何らかのネガティブなデータがないかを確認します。
・従業員から出てくるセリフ
職場内を巡回するなどの方法で、その組織の従業員が普段どのようなコミュニケーションを取っているかを確認します。その際の確認ポイントは、『関係性に関するセリフが出ているかどうか』です。例えば、挨拶や雑談がまったくなかったり、職場内で上司の声しか聞こえなかったりなどする場合は改善が必要です。
・幹部から出てくるセリフや各種資料の言葉づかい
大勢が参加する会議などで幹部から最初に発せられる言葉や、そこで使用される説明資料などに使われている言葉づかいに着目します。そこで出てくるセリフや資料の内容が会社の業績にまつわることばかりだったり、メンバーへの感謝や激励などがない場合は『結果の質』からコミュニケーションがスタートしており、バッドサイクルに陥っている可能性があります。
上記のようなアクションで組織の現状把握を行った後は、どの階層とどの階層の関係性に課題があるのかを把握しにいきます。具体的には、上司とメンバー間の関係性に課題があるのか、経営層と部長層の関係性に課題があるのか、などの確認を行います。そうして現状と課題をより明確に捉えたあとは、その組織におけるキーパーソンを確認することにより、その後「成功循環モデル」の導入を進める上で連携すべき人物を特定します。
(2)リーダーの意志を確認する
前述した通り、「成功循環モデル」を導入して最も効果が出る組織は『リーダーが組織活性化に課題意識を持つ組織』です。このままではいけない、何とかもっと良い組織・チームにしたい、この状態に陥っている責任は私にもある──そのように自責で考えられているリーダーがいると、「成功循環モデル」の導入も比較的スムーズに進みます。導入を検討している組織・チームのリーダーがどんな意志を持っているかは、導入前に必ず確認するようにしましょう。
ちなみに、「成功循環モデル」を導入しやすいタイミングは外的変化が起きた・起きるときです。例えば、上司が変わった、目標が変わった、メンバーの異動が発生した、新しいプロジェクトが始まった、などです。これらのタイミングに合わせることにより、リーダーのコミュニケーションスタイルに変化があってもメンバーも自然と受け入れやすくなります。
実例①:『関係性の質』を高めて組織エンゲージメントを改善した事例
──森さんがこれまでに経験された「成功循環モデル」の導入事例について教えてください。
現場に新しく着任したリーダーと協力し、『関係性の質』を高めたことで組織エンゲージメント改善に成功した事例について紹介します。
■導入背景
対象は200~300名規模の事業部門で、拠点が複数存在していました。各種変化に対応するために定期的に組織再編が行われていたのですが、その再編後には組織エンゲージメントが低下してしまう問題が発生していたのです。具体的には、以下のようなネガティブな声が挙がっていました。
・組織再編の理由が理解できていない
・幹部に対する信頼感が希薄
・業務過多で手が回らない
こうした問題に対して、幹部はこれまでも対話会やタウンホールミーティングを開催して対処してはいたのですが、実際には忖度が横行し効果的なコミュニケーションには至っていなかったのが実状でした。
■課題
この部門のトップが交代することになった際、新しくリーダーになった方がこの組織をフラットに観察した結果、以下のような課題が浮き彫りになってきました。
・ミドルマネジメント層のエンゲージメントが他の層と比べ著しく低い
・業務過多と人員不足が幹部に対する不信感の要因
・これ以上改善が進まなければ、組織の崩壊に繋がりかねない状態であること
これを受け、私とこの課題を提言してくれた新しいリーダーは、各種データの確認と状況の精査を開始しました。
■具体的なアクション
まず、過去のエンゲージメントサーベイやアンケートの分析から、ミドルマネジメント層が抱える課題の全体像を把握するところからスタートしました。その後、データと現場の実態を照らし合わせるため、ミドルマネジメントのキーマン数名と1on1ミーティングも実施。その結果、データの正確性を裏付けることができました。
次に、新しいリーダーとミドルマネジメントの1on1ミーティングもセッティングし、信頼関係構築に注力しました。どちらも多忙な状況のため、以下のような工夫を加えて1on1ミーティングを推進しています。
<実施概要>
・各ミドルマネジメントと15~30分の個別対話を実施
・対話内容は業務進捗ではなく、個人の背景や課題にフォーカス
・事前アンケートで健康、家庭状況、人間関係などを把握し、リーダーの負担軽減
・1on1ミーティングの進め方自体はシンプル(挨拶→双方の自己紹介→アンケートに基づく対話→お礼という流れ)
・対話終了後は短いチャットで感謝を伝える
■結果
1on1ミーティングの実施によりリーダーの負荷は一時的に増加したものの、結果的にミドルマネジメント層を中心としたエンゲージメントが向上し、最終的には組織全体で十数ポイントの改善を達成することができました。キーマンであるミドルマネジメント層との『関係性の質』が向上したことで、それが良い形でメンバーにも伝播した形です。これにより組織再編の効果を引き出し、持続可能な成長に向けた土台を築くことができました。
実例②:『思考の質』を高めることで『行動の質』も向上した事例
──もう1つ、別の質に着目した事例について教えていただけますか。
私自身が率いていたチームにおいて、『思考の質』を高めることで『行動の質』を向上させられた事例について紹介します。
■導入背景
当時、私が率いていたチームには十数名のメンバーが在籍していました。私以外のメンバーは前年度からこのチームに所属しており、『関係性の質』については新しくマネジャーに着任した私以外は良好。挨拶はもちろん、業務上必要な場合にはお互いに声を掛け合うこともできており、エンゲージメントサーベイの結果も平均値並みと目立った問題のないチームでした。1つ特徴があるとすると、長年同じ業務を続けている特定メンバーの専門性が、他のメンバーと比較して抜きんでていたことくらいです。また、ちょうど前年度に3カ年の中期計画が策定され、今年度がその初年度となっていたタイミングでもありました。
■課題
新しくこのチームのマネジャーに着任した私は、まずチームの状態把握に努めました。すると、一見問題のないように見えるチームにも以下のような課題が浮かび上がってきたのです。
・上位者(上司や専門性の高いメンバー)の指示に従って運用することが多く、提案が少ない
・特定メンバー(専門性が高い方)の発言力が強く、議論についていけないメンバーがいる
・中期計画は策定したものの、社内状況の分析をベースにしたものになっており、社外状況の視点が弱い
■具体的なアクション
上記課題の改善に向け、大きく3つのアクションを実施しました。
(1)役割ごとの視野・視座・視点を明確にする
・担当顧客の役職層を分ける
・社内で連携する先の幅を広げる
・情報収集する先を社内から社外に広げる
これらを期の初めに明確に打ち出し、まずは私とメンバーの対話を通じて問いかけを続けていきました。
(2)勉強会を全員で実施する
チームメンバー全員を対象に、同じ時間・同じ場所でインプット(学び)とアウトプット(自チームや自社でどのようにその学びを活用できるのか)を実施しました。具体的には、1回あたり2時間(1時間インプット・1時間アウトプット)の勉強会を月に1~2回、これを3カ月に渡って実施した形です。なお、勉強会のテーマにはリーダーシップ・イノベーション・キャリア自律・過去~現在のトレンドなどを設定しています。
(3)いつもの会議を2つに分ける
これまで毎週実施していたグループ内会議(主にスケジュールや進捗共有など)を、進捗を確認する会議体と上記勉強会でアウトプットしたテーマを中期計画に反映させる対話会の2種類に分割しました。そのうち、対話会ではメンバーが持ち回りでテーマを持ち寄り、答えのないようなそもそも論を中心に対話を実施するように工夫しました。
■結果
これまで発言が少なかったメンバーからも徐々に発言が出るようになり、またこれまで発言の多かったメンバーからも『答えのないものをみんなで考えることで、本質的なことも対話することの重要性がわかった』などの意見もあり、そこから出た意見により中期計画がブラッシュアップされるなどの成果につながりました。また、意図的に競合他社などの社外情報をチームにインプットしたことで、自社の立ち位置をより客観的に捉えられるようになった結果、『私たち(自社)がやっていることはこんなにも先進的だったのか』という発見にもつながったようです。これにより、『あれをもっとこうしたい』『これをこうしよう』という主体的な発言や行動が、上位者からの指示を待つことなく生まれるようになりました。
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編集後記
日々忙しく仕事をしていると、つい『結果の質』にフォーカスが行きがちになっていることに森さんの話からも気づくことができました。仕事におけるパフォーマンスは、あくまでそれを生み出す人の状態や、その方との『関係性の質』から生まれてくるものです。結果が気になるところをグッとこらえ、まずは目の前にいる人にフォーカスして、その方との『関係性の質』を高められるようなアクションを心掛けたいものです。