「トータルリワード」お金以外の報酬でもモチベートする方法とは

従業員の労働の対価として企業から支払われる報酬。一般的に報酬と聞くと金銭的なものをイメージしますが、金銭以外の報酬も含めて従業員へさまざまな価値提供をしたり、働くことの動機づけを考える「トータルリワード」の概念も広がっています。
今回は、人事として約20年もの経験を持つHRコンサルタントの久佐野 悠さんに、「トータルリワード」の概要から設計方法・運用時の注意点に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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久佐野 悠(くさの ゆう)/HRコンサルタント
人事として約20年の経験を持ち、@cosme(美容系ポータルサイト)、Eコマース、店舗事業等を展開するアイスタイル社にて採用から人事企画領域の責任者を務めた経験を持つ。
現在では50名から1000名強のクライアントと幅広いフェーズの企業に対し、人事制度設計や組織開発領域の支援に従事。
目次
「トータルリワード」とは
──「トータルリワード」の概要について教えてください。
「トータルリワード」とは、従業員に対する報酬(リワード)を総合(トータル)的に捉えた仕組みのことです。主に『金銭的報酬』と『非金銭的報酬』の2種類を設計した報酬マネジメント体系のことを指します。
金銭的報酬
直接報酬 | 給与、各種手当、賞与、退職金など |
間接報酬 | 社会保険などの法定福利、特別休暇や住宅支援などの福利厚生など |
直接報酬と間接報酬の2種類に分かれます。直接報酬は給与・各種手当・賞与・退職金などの仕事の種類や貢献度に応じて支払う金銭報酬、間接報酬は社会保険などの法定福利・特別休暇・住宅支援などの福利厚生などが該当します。
非金銭的報酬
仕事 | 満足感・達成感・成長実感、周囲からの承認・評価実感など |
仕事環境 | 人間関係や組織や会社の理念・文化に対する共感、ワークライフバランスなど |
仕事そのものと仕事環境の2種類に分かれます。仕事そのものでは得られる満足感・達成感・成長実感・周囲からの承認・評価実感、仕事環境では人間関係・企業理念や文化に対する共感・ワークライフバランスなど目に見えない価値のことを指します。
これらを踏まえると、「トータルリワード」は『従業員に提供する全ての価値』とも表現できます。
「トータルリワード」が重視される背景
──なぜ今「トータルリワード」を重視する傾向があるのでしょうか?
この背景には2つの時代変化があると考えています。1つ目は『価値観やライフスタイルの多様化』です。従業員・求職者が仕事や環境に求めるものが人によって異なるため、画一的な施策や報酬体系ではそれぞれのニーズに応えることが困難になってきました。2つ目は『人材獲得競争の激化』です。生産人口の減少とともに深刻な人材不足である昨今、従業員をつなぎ止めつつ会社が求める人材を獲得するには、求職者にとって魅力的な環境を構築し続ける必要があります。つまり、多様化するニーズに応え、魅力的な環境を構築するためには「トータルリワード」の設計が不可避なのです。
なお、『非金銭的報酬』の重要性を語る上では以下2つの理論がよく活用されます。
(1)マズローの欲求5段階説

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した説で、人間が持つ欲求は生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求の5つの階層に分かれているという理論です。 これらの階層はピラミッド状になっており、低い階層の欲求が満たされることによって次の段階の欲求を求めるようになります。
(2)ハーズバーグの2要因理論

アメリカの心理学/経営学者のフレデリック・ハーズバーグが提唱したもので、仕事における満足と不満足を引き起こす要因はそれぞれ異なるという理論です。衛生要因が不満足を招くもの、動機づけ要因が満足を招くものとして定義されています。
上記2つの理論を踏まえると、『金銭的報酬』はマズローの欲求5段階説の低次欲求を満たすことには繋がりますが、ハーズバーグの2要因理論における不満足を招く要因にもなりかねません。また、低次欲求が満たされて高次欲求を求める段階においては、『非金銭的報酬』である目に見えない満足感や達成感、成長実感などが重要になります。よって、従業員の仕事に対する意欲や能動的な姿勢を引き出すには『金銭的報酬』(目に見える価値)だけでなく、仕事のやりがいや成長実感などの『非金銭的報酬』(目に見えない価値)も含めて「トータルリワード」として総合的に作り上げる必要があるというわけです。

「トータルリワード」の設計方法
──「トータルリワード」を自社へ導入しようと考えた際、どのように設計を進めて行くと良いでしょうか。

「トータルリワード」の設計ステップは以下のような形になります。
(1)会社理念・ビジョンの言語化
理想としては、自社の掲げる理念から「トータルリワード」までつながる一貫したストーリーを設計することです。経営の視点に立ったときに「トータルリワード」施策が会社のビジョン・戦略実現にどのように繋がるのかが明確になることはもちろん、従業員の視点に立ったときには他社にある施策がなぜ自社にないのか(反対に他社にない施策がなぜ自社にあるのか)・自社が何を目指しどのような人材に何を提供するべく施策を構築しているのかが分かりやすくなるためです。
(2)組織文化・ビジョンの言語化
次に、会社理念・ビジョンを実現するために必要な組織文化・ビジョン・目指したい組織の状態を言語化します。組織文化は暗黙知に認識されている行動規範や規則・価値観を指しますが、組織風土とは意味するところが微妙に異なるため、意識して作ることが可能だと言われています。このような行動をとってほしい・組織がこうあってほしい・などの状態を言語化します。
(3)理想の人材像・求める環境の言語化
上記で検討した組織文化にフィットする人材はどのような人材なのか、会社が求める人材はどのような性質を持ち合わせているのかなど、すべての従業員に求めたい要素を言語化します。また、そうした人材はどのような環境を求めているのか、どのような状況であれば活き活きと働けるのかなど、求める環境も合わせて言語化します。
(4)ビジネスモデル・事業戦略
現状のビジネスモデルだけでなく、今後実現したいビジネスモデルやそれに伴う事業戦略についても言語化します。
(5)必要な仕事/人材タイプ別就業意識
前段で言語化したビジネスモデル・事業戦略の実現に必要な仕事と、各仕事に適する人材タイプを明確にします。例えば、クリエイティブな業務に従事する人材は裁量や自由を好む、オペレーティブな業務に従事する人材は自らの業務が誰の何に貢献しているのか見えることを好む、などのイメージです。
以下にイメージ図を掲載しますのでご参考にご覧ください。

なお、(3)では人材タイプすべてに共通する会社として求めたい要素を明らかにしますが、(5)では社内にどのような人材タイプが存在するべきなのかを明らかにするという違いがあります。この(5)を改めて定義する理由は、従業員1人ひとりのニーズにあった施策を積み上げていくために、大まかに人材タイプを捉えてニーズをタイプごとに仮説立てするためです。
(6)現状の組織風土の可視化
すでに従業員の間で共通の認識とされ定着した独自のルールや習慣を指します。現状の従業員に多く見られる行動や発言を言語化します。
(7)従業員の分析
現状の組織風土を踏まえた上で、現在の従業員の状態を分析します。(3)や(5)で挙げた目指す状態とのギャップから足りない要素や人材タイプがフォーカスされます。たとえば下記のようなイメージです。

また、会社が求める人材が現在の環境や状況をどう感じているのかを把握するため、理想の人材像やそれぞれの人材タイプに合致する従業員に求める環境をインタビューしたり、サーベイを活用したりするのも効果的です。どの人材タイプがどのようなモチベーション状態なのか・何を期待しているのかを立体的に可視化することができます。
(8)ポリシー策定・トータルリワード戦略
ここまでの要素を整理して、『会社は従業員に何を求め・何を還元するのか』をポリシーとして言語化します。また、そのポリシーに即してどのような人材の何に応えるのか・何をどこまで提供範囲として設計するのかを戦略策定します。具体例として、リクルート社の人材マネジメントポリシーがわかりやすいのでご紹介します。


リクルート社では従業員に対して自律・チーム・進化の3つを求めており、それに対して会社からは以下3つのPROMISEを掲げています。
・能力開発・チャレンジできる機会拡充
・安心安全を前提により柔軟に、よりクリエイティビティ高く個々人の働き方を選択しやすい環境へ
・Pay For Performance
(9)金銭的報酬設計 および (10)非金銭的報酬設計
いよいよ詳細設計に入ります。内容はここまでに言語化・可視化させてきたものによっても大きく変わるため、会社によってもさまざまです。先ほどご紹介したリクルート社では、上記のPROMISEに従い、個人・チームの進化を支える仕組みとしての人材開発委員会や組織開発施策、クリエイティビティを高める働き方としてリモートワークや働く日や時間を選べる制度、ペットのケアも可能なケア休暇などの独自の特別休暇や育児の両立を支えるシッター支援などの福利厚生を設けています。
(11)モニタリング・アップデート
「トータルリワード」の内容は、戦略・組織・従業員ニーズに応じて変化させていくことが重要です。導入した施策に対して従業員がどのように感じているのか、想定していたターゲットが施策により働きやすさ・働きがいを感じられるようになったのか、導入前後の組織成果を見比べて組織成果に影響があったのか、などをモニタリングします。結果に応じて施策の継続や見直しを検討します。このような継続的なモニタリング・軌道修正・改善(アップデート)により、従業員エンゲージメントとパフォーマンス双方の向上につなげられます。
「トータルリワード」運用時の注意点
──この「トータルリワード」を運用していく際に、どういった点に注意すれば良いでしょうか。
運用時の注意点としては大きく以下3つがあります。
(1)施策を点で捉えず、ポリシーに即しているか見極める
他社の施策を見るとつい魅力的に思えて取り入れたくなることもあるでしょう。ですが、他社でうまくいっているからといって自社でも同様にうまくいくとは限りません。その施策により自社に必要な人材が魅力的に感じ、会社にとっても良い影響があるのかを正しく見極める必要があります。そのためにポリシーを言語化するのです。
(2)矛盾が生じたら、既存制度そのものも作り変える
「トータルリワード」は従業員に提供する価値そのものであり、最終的には会社の理念やビジョン実現にも影響する本質的な仕組みです。「トータルリワード」を設計し運用するにあたってもともと導入していた既存制度や仕組みとの矛盾が生じたと感じたならば、既存のものも見直す必要があります。言語化したポリシーはここでも見直すための判断の軸になってくれます。
(3)運用のカギは『現場の管理職・マネジャー』
「トータルリワード」の仕組みが従業員1人ひとりの背景やニーズに必ずしもマッチするとは限りません。また、従業員が本当は何を求めているのか自分自身でも明らかになっていないケースもあります。だからこそ、1人ひとりと向き合える現場の管理職やマネジャーがメンバーの話を聞き、共に考え、会社にある選択肢を活用し、時に権限の中で応用していくという、柔軟な運用によって「トータルリワード」は初めて価値を生みます。現場の管理職・マネジャーが「トータルリワード」運用のキーマンとなることを理解してもらい、会社としてもマネジャーがうまく運用できるよう支援していくことが重要です。
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編集後記
ある人材会社が行ったアンケートによると、働く理由の第1位は『収入を得るため』が圧倒的でした。一方で、ベーシックインカムなどが導入されるなどで最低限の所得が保証されたとしても働き続けると回答した方が大半であり、スキルアップ・人間性向上・社会貢献・やりがいなどの理由がそれに続いていることを踏まえると、狙いを持って非金銭的報酬についても設計していく必要があるのではないでしょうか。