経営と人事を結ぶ「社員の育成・配置」とは

リレーインタビュー企画の第10弾は、前回記事の森 麻子さんよりご紹介いただいた宮武 宣之さんの登場です。
新卒で人材営業として活躍された後、人事に転進してソーシャルアプリケーションプロバイダー、メーカーなど大手からベンチャーに至るまで幅広く経験されてきた宮武さん。2019年1月からはデジタルマーケティング事業を手掛けるソウルドアウト株式会社に執行役員本部長として参画し、人事部門を管掌されています。
今回はそんな宮武さんに、「経営と人事を結ぶ社員の育成・配置とは」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
宮武 宣之(みやたけ のぶゆき)/ソウルドアウト株式会社 コーポレートディビジョン 人事管掌
1978年生まれ。大学卒業後、人材サービス会社、起業を経験し、株式会社リクルートエイブリック(現:株式会社リクルートキャリア)に入社。 営業、営業企画、営業マネジメントを経験し、主に”戦略的な採用を可能にするための営業人材育成”に従事。 その後 「人と組織の課題解決」を軸に人事職へ転身し、ソーシャルアプリケーションプロバイダー、メーカーなど大手からベンチャー企業まで幅広く経験。採用・人材開発・タレントマネジメント・人事企画などの人事およびマネジメント業務を手がけ、2019年1月より執行役員本部長としてソウルドアウト株式会社に参画し人事・広報領域を管掌。2021年4月より現職。
目次
事業側だけを見ていた人材紹介時代
──33歳で人事に転身された宮武さん。そのきっかけは何だったのでしょうか?
人事になる前はずっと人材紹介業に関わっていました。特にスタートアップのITベンチャーが投資家と共に成長していくアーリー期をメインで担当し、社員ゼロの状態からわずか3カ月で100人体制を作るなど、今振り返ると相当な無茶をしていたように思います。「たった3カ月で企業価値を10億円にまで上げられた!」みたいなことがやりがいだった時期です。
しかしその後、自分が採用支援を行いスタートアップに入社した方々から相当数のクレームを受けることになります。その内容は「求人内容と実状が全然違う」というものでした。
ある日、そのうちの1人へお詫びの気持ちも込めて転職支援に取り組みました。ただ、その方のご年齢や、これまでのご経験が限定的だったことなどから支援は難航。必死にその方の価値観や魅力を引き出しながら、それを作文にしたためて紹介先企業へ送るなどのアピールを繰り返し、最終的には年収もアップする形で転職先を見つけることができました。
この経験を通じて、いかにこれまで自分が事業ばかりを見て、「人を見る」ことをおろそかにしていたかを痛感したように思います。この気づきが人事へのキャリアチェンジを決意するきっかけとなりました。
経営を知り、現場を知り、教育を考える
──前職の大手メーカーでは、1万人を超える組織全体の教育体系の刷新されたと聞きました。どのようなお考えでこの大きなプロジェクトを進めてこられたのでしょうか。
私が入社した頃にはすでに社員数1万5000人規模になっていたそのメーカーでは、いわゆる「大企業病」的な症状に危機感を感じていました。「戦略こそが経営理念」と言い切るほど戦略リテラシー教育に力を注いできた会社で、ビジネスプランや予算承認も1年掛かりで行うほどのストイックさがありました。それ故に戦略教育に関してもかなり徹底していたのですが、組織が肥大化するに合わせてその教育も隅々まで行き渡らなくなってきており、自ら事を起こすマインドも限りなく薄まってきていたんです。そんな時に新しく後継者となった社長から呼ばれ、「教育体系をもう1回新たにしたい」と相談を受けたことが始まりです。
まずは、社長が今感じている問題意識や、これから組織をどうしていきたいのかを理解するところから始めました。今振り返るとこれが最も重要なポイントだったと思います。教育を通じて人を育てるのは確かに大事ですが、それが文化として定着しなければ継続していきません。ましてや「戦略こそが経営理念」という考えを持つ組織ですから、教育にもそのエッセンスを取り入れなければ、この会社らしさがなくなってしまいます。「教えるとは何か」「育つとはどういうことか」といった哲学的なことから、「何を教えることがこの会社にとっての正義なのか」を、社長の考えを踏まえた上で禅問答しながら言語化していきました。
そうして生まれたのが、所属企業が過去対峙した経営変革を行った事例をベースに、経営のフレームワークを適応して考えることが可能な「ケーススタディ」を用いた戦略研修です。これまでの成功・失敗をすべてケーススタディにして、それを研修の中で伝えていくことで歴史や文化を伝承できるようにしたものです。さらには「育てたものが最も育つ」という考え方のもと、育成者が次世代候補の若手を教え育て、いわゆるタレントマネジメント施策と連動させることや新たな戦略教育のあり方を企画した方も評価されるような指針を設けることで、そうした教えが継続されるような仕掛けを取り入れました。
──経営戦略が、教育からも浸透するように体系を考えられたのですね。
文化というものは「言語化してPRすれば定着する」ものではないと思っています。社内施策の隅々までに考え方やそのエッセンスをまぶしていくことで、少しずつ蓄積するように形成されるものだと思います。例えば、「人を大事にする」文化を組織に根付かせたいのであれば、異動施策の中に本人の意志を尊重できるような取り組みを入れたり、マネージャーの役割の中にその価値観を混ぜ込んでみたりといった調整が必要なはずです。
このようにそれぞれの施策の中に思いや狙いを入れ込んだ上で、「本当に社員に伝わっているか」を確認するまでがワンセット……だと考えているのですが、意外とその確認をないがしろにしている人事は多いのではないでしょうか。とにかく現場に出て、社員に会って、彼らが悩んだり直面したりしていることを理解して、それをどう解消できるかを考える──そうした行動が結果的に各施策に血を通わせることになるわけで、テクニックや手法みたいな話ではないんですよね。
とはいえ人事も万能ではありません。むしろ「人事は万能だ」という前提に立ってしまうと、なんとか目の前の相手から信頼を得て、本音を教えてもらわなければいけないといった発想になりがちです。現場を理解するための情報は、その本人以外からでも十分にうかがい知ることができますし、あえていろんな人を頼って情報収集した方がより多角的・立体的に現場のことを理解できるようになります。昨今は人事に関するデータを元に判断するケースも増えましたが、それも現場を理解するための視点の1つに過ぎません。社長や経営陣の考えていることを知り、現場で起こっていることを知り、その2つがうまく交わって望む未来へと進んでいけるようにする──それこそが人事の役割であると考えています。

異動・配置からも組織文化は醸成できる
──現在在籍しているソウルドアウト社でも、経営体制の変更に合わせて大掛かりな人事人事の変革を行っているそうですね。過去のご経験とはどのような部分が共通、あるいは異なりますか?
ソウルドアウトも現在は連結で400人を超える規模にまで成長してきましたが、まだまだ成長過程にある組織です。しかし、事業と社員の双方を理解した上で教育や各種施策を編み直していくという進め方は共通していると思います。
今私が取り組んでいるのは、創業社長から2代目社長へバトンを受け渡しするタイミングに合わせた組織カルチャーやグループ像の再定義、ならびにそこに必要な教育・評価制度の改定や異動・配置施策の検討などです。
ソウルドアウトには、創業者であり現会長の荻原が大切にしてきた価値観や文化がDNAとして根付いています。「会長大学」という場を設けて社員との交流を定期的に行っているのですが、そこに初めて参加した時に会長と社員の距離感の近さを目の当たりにしたことを今でも覚えています。驚いたことに、社員1人ひとりが抱くWILL・CAN・MUSTを会長がちゃんと理解していたのです。これには本当に感服しました。
こうした傾向は会長に限ったことではありません。幹部陣も皆がこの“個人を活かす”という考え方を受け継ぎ、今やまさに会社の文化として根付いていたのです。これは社長が変わったとしても残していくべきものだと感じました。戦略や戦術に合わせて人事を変革する中でも、このエッセンスだけは随所に散りばめて継承していかなくてはいけない──そこを起点に、さまざまな施策を編み直して行きました。
その上で考えたのが、半年に1回行う異動検討会議「ミイダス会議」です。これはちょっと珍しい施策なのですが、社員から出た異動・兼務希望に対して、全役員が「その社員個人のwill」を起点に該当者のキャリアを考えていくというもの。こうした意見交換により最適な異動や配置が行えるだけでなく、「全役員がメンバー1人ひとりを個としてしっかり考え、尊重している」というソウルドアウトならではの文化を社員に共有・発信することにも繋がっています。
さらにその際、人事側でもFFS診断というアセスメントツールを導入し、「この上司・部下の組み合わせが最適な配置ですよ」と定量面からも提案できる体制を整えました。また、この異動施策に合わせて社員全員から半年に1回willを聞く「MY WILL」という取り組みもスタートさせたことで、組織規模が拡大しても社員1人ひとりのwillを聞き続けられるようになりました。
「戦略人事」としてビジネスを把握する重要性
──事業を成長させる人事に必要な要素とはなんでしょうか。
事業への関心を高く持つということだと考えています。簡単に言えば、事業が儲かっているかどうかに興味を持つということです。PLや会計を通して、会社がどのようなビジネスをやっているのかを知っておくことは重要です。たとえば部門長に挨拶に行くときでも、あらかじめビジネスを把握しておくことで、そのビジネスを伸ばす上での課題を聞けるようになります。人事の課題は育成や採用などになりがちですが、たとえば部門長からビジネス課題を聞くと、「やっぱり粗利がね」や「1人あたりの生産量がね」なんて話になってくることが多いように思います。そういった質問を掘り起こして一緒に考えていくことで、人事がメンバーから頼れるパートナーとして見てもらえるようになるのではないでしょうか。
私が人事として活動してきたのは12年ほどですが、その前に取り組んでいた人材ビジネスについては、「経営がよくならない人材ビジネスなどあり得ない」とほぼ経営目線のみに振り切って行っていました。ですが、前述した失敗から「人」を見ることの重要性を改めて感じるようになったんです。
最初から人事としてのキャリアを積んでこなかった分、私は自分のことを人事のプロフェッショナルにはなり切れていないと考えています。だからこそ、自分が立てた仮説が正しいかどうかについては、社内外にいるプロの意見をなるべく聞きながら進めるようにしています。
自分なりの仮説を持って意見を聞きに行く。こうしたこまめなコミュニケーションで、ビジネスと組織と繋がっていくことが、事業を促進させるために人事ができることだと考えています。
編集後記
「これからの人事は経営戦略の実現を担う戦略部門へと転換すべきだ」といった戦略人事的な考え方、社員のキャリア自律に寄り添う世の中的な流れ──今の時代の人事には、さまざまな役割や要素が求められるようになったように思います。その中で「結局は目の前の人を元気にできるかどうか」という宮武さんの言葉は、人事の担うべき役割をよりシンプルに捉えさせてくれました。迷い壁にぶち当たった際に立ち戻る言葉として、頭の片隅に残しておきたいと思います。