人事と事業開発の双方を経験して見えてきた「事業を加速させる人事のあり方」
HR領域におけるスペシャリストがバトンをつなぐ形式で体験談を紹介していく「リレーインタビュー企画」。今回は吉村 卓郎(よしむら たくろう)さんにお話を伺いました。
2005年に三菱重工業株式会社に新卒入社した吉村さんは、キャリアのほとんどを人事領域で過ごしてきた一方で、MBA取得をきっかけに新規事業部門にて事業開発にも取り組まれるようになりました。
今回は、吉村さんが事業開発と人事を兼務することになった経緯、双方を経験することで見えてきた「事業を加速させる人事のあり方」について詳しくお話をお聞きしました。
<プロフィール>
吉村 卓郎(よしむら たくろう)/三菱重工業株式会社 HRマネジメント部 HRDX推進グループ グループ長 兼 成長推進室 事業開発部 主席部員 兼 HR改革推進室 タレントマネジメント計画グループ 主席部員
2005年に三菱重工業株式会社に新卒入社。事業所の人事労務総務からスタートし、ジョブローテーションで調達業務を経験しつつも、海外人事、事業部門人事などキャリアのほとんどを人事領域で過ごしてきた。2013年より2年間アメリカに駐在し、米国現地法人における化学プラント建設プロジェクトにて人事兼アドミ業務を担当。帰国後はグローバル人事としてグループ全体のタレントマネジメントプロセスの設計・構築・運用などに携わる。2022年MBA取得。現在は、HRマネジメント部 HRDX推進グループ グループ長を務めつつ、さまざまな役割を兼任している。
目次
事業が分からないと、本当の意味での人事が分からない
──吉村さんはHR領域を専門領域としながら、事業開発にも携わるなど幅広い経験をお持ちです。また、2022年にはMBAも取得されていますが、まずは取得を決意した背景から教えてください。
MBA取得を考えたのは、人材育成の仕事に携わったのがきっかけです。経営幹部育成業務の一環で、研修プログラムの設計を担当していたのですが、外部へ完全に委託するのではなく、自社でイチから企画・運用することになりました。国内外の大学の教授や研修機関と一緒にプログラム作成を行っていたのですが、その際に自分の知識不足を痛感させられたのです。
自社の中期経営計画を説明したうえで、将来を担う人材に提供する研修プログラムに協力してほしい。こんな目的で、こんな内容を学べるプログラムを一緒につくってほしい。こうした会話をさまざまな専門領域の有識者としていったのですが、企業経営などの専門的な話になると深い議論ができないことに危機感を抱きました。
また、幹部育成ということで社内の選抜人材とやりとりする中で、彼らが本当によく勉強していることにも気づきました。そんな彼らにプログラムを提供する立場である自分が学んでいないのは恥ずかしいことじゃないか。「学びたい」というより「学ばなければ」という焦りからMBA取得を決意しました。
──MBA取得の過程で印象に残っていることはありますか?
大きく二点あります。一点目は、リーダーシップについて改めて考えさせられたことです。私が選んだ「大学院大学至善館」は、欧米のMBAスクールとは一線を画しており、リーダーシップ教育にかなり力を入れているんですね。そんな環境で学ぶ中で、「リーダーシップとは、自分自身をリードするところから始まる」ということを教わりました。リーダーシップと聞くと、一般的には「ビジョンを示す」や「組織を方向づける」といったイメージを抱きます。しかし、本当に大切なのは、自分自身をリードし、変革し、アップデートし続けられるか。その姿を見て周りの人もついてきてくれる。そんな状況を作り出せるかが、最初にして最大の難しさだと思いました。
二点目は、ゼミの教官であり、リクルートキャリア初代代表取締役であった水谷智之さんからの言葉です。大学院2年次に修士論文のテーマを決めることになった際、私自身が人事領域での経験が長かったことから、当初は人事に近いテーマを考えていました。それを水谷さんに相談したところ、「お前は事業をやれ。今、事業のセンスを身につけないと、お前がこの先学べるチャンスは一生ない。事業が分からなければ、経営が分からない。経営が分からなければ、本当の意味での人事は分からないぞ」と突き付けられました。私自身は人事の仕事が非常に好きで、人事の仕事をさらに深く追求したいと考えていましたが、そのためには事業を理解し、経営を理解することが必要だと。その気づきは私の中で人事の捉え方が変わる重要なターニングポイントとなり、それからは事業のことを必死で学ぶようになりました。水谷さんの言葉は、私のキャリアや人生を大きく変えてくれたと感じています。
人事領域でマネージャーを務めながら、事業開発にも挑戦することに
──ここからは、現在のミッションについてお伺いしていきます。今はどんな部署で、どんなポジションや業務を担当しているのでしょうか。
現在は、3つの部署で複数のミッションを兼務しています。メインはHRマネジメント部 HRDX推進グループのグループ長として、自社の人事領域におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しています。三菱重工グループはグローバル全体で8万人の従業員がいるのですが、共通の人事システムを導入・運用することで、より良い成果につながるタレントマネジメントを実現するのが狙いです。人事システムの導入フェーズが完了し、現在は当社グループ全体の経営や個別の事業部門におけるデータの利活用を推進する段階へと移っています。
二つ目は、HR改革推進室 タレントマネジメント計画グループの一員として、2030年に向けたHR戦略をつくるプロジェクトに参画しています。MBA取得前にタレントマネジメントや幹部育成に携わっていたことからこのプロジェクトに加わることになりました。そして三つ目が、成長推進室 事業開発部での仕事です。事業開発部に所属している約50名の組織のHRBPを務めながら、私自身も新規事業開発に取り組んでいます。
──人事領域でマネージャーを務めながら事業開発もやるというのは、かなり珍しいケースだと感じます。どういった経緯から事業開発にも挑戦することになったのでしょうか?
事業開発に取り組むことになったのは、大学院で執筆した論文がきっかけです。「事業をやりなさい」という水谷先生からの言葉もあり、持続可能なエネルギーシステムに関するテーマで論文を書いたのですが、それを社内で立ち上げる機会をいただいて。人事部門の社員が新規事業開発を担うというのは異例ですし、私も聞いたことがありませんが、上司にも理解を頂き、人事と事業開発を兼務することになりました。
事業に貢献できなければ、人事としての意味がない
──MBA取得をきっかけに人事と事業開発を兼務することになったわけですが、MBA取得を通じて学んだことは実際の業務でどのように活かせているのでしょうか?
ビジネスリテラシー、マネジメントリテラシーは上がったと感じています。例えば、以前は中期経営計画の資料を読んでも、正直なところあまりピンとこないところもあったのですが、今ではかなり意味を理解できるようになりました。また、計画がどんな経営プロセスを経て実現されていくのかもイメージできるようになりました。ビジネスパーソンとしてのベースとなるような力がついたと思います。
また、人事として日々の業務に向き合う中で、事業に貢献できなければ意味がないというマインドになりました。人事にはさまざまな仕事がありますが、一つひとつがどう事業につながっているかを考えるようになったんです。
例えば目の前で起こっている課題をただ解決するのではなく、そもそも事業戦略がどうなっていて、その戦略に照らし合わせたうえで現状がどうなっているのかをまずは把握する。データやシステムで可視化したうえで、自分たちの仮説を検証し、取るべき打ち手を考えていく。人事に限らず事業開発を進めるうえでも、そういった思考プロセスで進めるようになったことは大きな変化だと思います。
──事業開発を経験したことで得られた気づきは何でしょうか?
事業を創出する上での覚悟や、周囲から共感を得ることの重要性を学びました。
これは私の経験談ですが、論文執筆の過程で構想した事業を社内で進めたいと考え、大学院時代のメンターであり、事業開発部門の責任者の方に相談した際、「この事業をやりたいなと思っている」と伝えたところ、「“やりたいな”なんてゼロだ。その程度のコミットではすぐに心が折れる。“これは俺のプロジェクトで、俺をプロジェクトリーダーにしてタスクフォースを組ませてほしい”くらいのコミットメントがないと、他にもたくさんの案件がある中で、あなたのプロジェクトにリソースは割けない。事業をやるというのはそういうこと」とガツンと指導してもらいました。
当然ですが、事業は一人ではできませんので、周囲を巻き込む必要があります。その際、周りが見ているのは、その案件を進めようとしている人の志や熱量です。それに共感することで初めて信頼が得られます。メンターの言葉でそれに気づかされてからは、事業推進のキーマンとなる方に自分の言葉で自身の想いを語り、共感の輪を広げるために努力してきました。
一方で、経営というものの難しさも強く感じました。お客様にニーズがあり、自社にそのニーズを叶える技術がある場合でも、さまざまな事情からビジネスとして成立しないことがあります。また、複数の事業部がある場合、他の事業部への影響なども考慮し、バランスを取って進めていくことも必要です。一つひとつの事業をどう成立させ、利益を出していくのか。仮に一時的にバランスを崩す場合も、長い時間軸で見ることでうまく成立するような、そういう絵を描くことが求められます。こうした点は人事としてだけでは理解できず、事業開発などを経験したことで肌感覚として理解できたと思っています。
事業開発と人事の双方を経験して見えてきた「新しい人事のあり方」
──ここからは、事業開発と人事の双方を経験してきた吉村さんだからこそ感じる「新しい人事のあり方」を伺っていきたいと思います。改めて、人事として大切にすべきことは何でしょうか?
事業を正しく理解することが、人事としてやるべき最初のステップだと考えます。ビジネスモデルや事業戦略を理解すれば、いろいろなことが見えてきます。なぜこの事業をすべきなのか。対象となる業界でどうシェアを伸ばしていくのか。商流はどうなっていて、どこで価値を発揮するのか。自社の強みは何なのか。これらの理解が進んでいくと、会社としてどこに投資すべきかも見えてくるでしょう。自社の部門の人数を増やして内製化すべきなのか、コスト重視で外部と連携して進めてもいいかなども分かってくるはずです。
事業を正しく理解できれば、より効果的な打ち手を取れるようになっていきます。逆に理解する力が弱いままだと、依頼された仕事に取り組むだけになってしまうなど、人事としての価値も発揮しにくいでしょう。人事を含むコーポレート部門は“事業を支援する”という言い方をする人がいますが、支援という言葉はどこか当事者じゃない感じがして、私は好きではないんです。支援するのではなく、自分たちも当事者として“事業をリードする”という意識で仕事に取り組むべきだと考えています。
こうした動きを推進していくためにも、事業部門の社員に人事部門へ入ってもらったり、人事部門から事業部門に出ていったりすることが有効だと思います。私自身、グループ長を務めるHRDX推進グループでは、海外人材を含む様々なバックグラウンドを持つメンバーに社内異動や転職で入ってもらったり、副業の方に入ってもらったりすることで、部署にいろいろな視点を入れることを大事にしています。多様性を持たせることで、より効果的な打ち手を考えられると考えています
──人事領域の方が事業を理解する力を養うにはどうすればいいのでしょうか?
やるべきことが明確に一つありまして、それが事業部門へ定期的に足を運び、現場の社員と会話をすることです。「今、何をやってるんですか?」といった世間話でも全然構いません。相手が忙しそうな場合でも、配慮はしつつも遠慮はしないこと。事業部門で何が起こっているのか。そこにいる社員が何を考え、何に困っているのか。こまめにコミュニケーションを取ることで、部署の状況を肌で理解していくことが重要だと思っています。
最近も、私がHRBPを担っている事業部門の社員と「このポジションの採用、なかなかできませんね」という何気ない会話から、「ちょっとポジション要件を見直してみようか」「採用でなく、いっそ外部の企業と組むのもありだよね」といった話に発展していくことがありました。事業戦略の資料や採用計画のエクセルをいくら見ていても、こうしたリアルな情報は入ってきません。現場社員との会話を増やし、事業に対する解像度を上げることで、人事としても最適なソリューションができるようになる。コミュニケーション量を増やすことが、事業理解のセンスを高めることにもつながるでしょう。
こうした話は、自部署のメンバーにもよく伝えています。事業部門に足を運び、その事業部門特有の課題を見つけ出し、それを解決していこうと。その際は、個別最適でも全然構わないと伝えています。一般的には全体最適が重要だと言われますが、全体最適を重視しすぎると、全体でのバランスばかり気にして何も動かなくなってしまうことも多々あります。逆にある事業での個別最適を実現できれば、他の事業に横展開できることもあるかもしれません。だからこそ、自身が担当する目の前の事業と向き合い、事業を正しく理解したうえでの打ち手を取れるようになってほしいと考えています。
個別の事業に対する理解が進んでいくと、その事業戦略を実行していくにはどうすればいいのかも見えてくるようになります。そうなると目の前の事業だけが良ければいいとはならず、他の事業もうまくいくにはどうすればいいかも自然と考えるようになります。つまり、事業が分かるようになれば、経営も分かるようになっていくのです。これからの人事に求められる視点ではないでしょうか。
編集後記
「人事を含むコーポレート部門は“事業を支援する”と言われますが、どこか当事者じゃない感じが引っかかるようになったんです。今では“事業をリードする”という言葉を使うようになりました」吉村さんにお話を伺った際、「事業を加速させる人事」であることを感じた言葉です。「三菱重工は事業を通じて世の中をより良くするというカルチャーがあり、ダイレクトに社会貢献できる会社だと感じています。また、人事としてまだまだ変えていける会社だとも感じています。人事の力を通じて、会社をより良くし、さらに社会をより良くしていきたいですね」そんな意気込みを抱いている吉村さんから、人事としてのあるべき姿を感じました。