営業、HR、経営企画を経験して見えてきた、コーポレート部門のこれから
HR領域におけるスペシャリストがバトンをつなぐ形式で体験談を紹介していく「リレーインタビュー企画」。今回は高林 宏弥(たかばやし こうや)さんにお話を伺いました。
2009年に三菱重工業株式会社に新卒入社した高林さんは、事業所の人事や大型舶用ディーゼルエンジンの営業などを経験した後、2017年11月に人事としてパナソニック株式会社に転職されました。入社後は事業部のHRBPを担当した後、経営企画などへキャリアの幅を広げています。
今回は、そんな高林さんが現場や人事、経営企画を経験する中で考えるようになった、「これからのコーポレート部門のあるべき姿」というテーマでお話を伺いしました。
<プロフィール>
高林 宏弥(たかばやし こうや)/パナソニック ホールディングス株式会社 経営戦略部門経営企画グループ中期戦略ユニット 主幹
2009年に三菱重工業株式会社に新卒入社。長崎造船所の人事部門にて採用や人材開発を担当。2012年10月にジョブローテーションで当時の原動機事業本部(神戸造船所)の営業部門に異動し、大型舶用ディーゼルエンジンの新規営業、アフターサービス営業を担当した。2017年11月、パナソニック株式会社(現:パナソニックホールディングス株式会社)に転職。ハウジングシステム事業部(現:パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社)のHRBPを経験した後、2022年4月の持株会社制移行のタイミングでパナソニック ホールディングス株式会社の経営企画部門に異動。全社中長期戦略の企画、主要事業部の経営数値分析などを担当する。2022年12月より社内エグゼクティブ付きの政策スタッフとして、社外・社内活動の企画等を担当している。2020年に国内MBA取得。
目次
営業現場での経験から、経営戦略の実現には人事が重要だと感じた
──高林さんは、新卒入社した会社で営業として現場を経験した後、人事として転職を決意されました。まずは、キャリアの変遷からお伺いできますでしょうか。
2009年に三菱重工業に新卒入社し、最初に配属されたのが長崎造船所の人事部門。約3年半、新卒・中途の採用企画、研修の企画・運用をする人材開発業務などを担当しました。その後、ジョブローテーションのタイミングで、グローバルな仕事に携わりたいという希望から大型舶用ディーゼルエンジンの営業部門に異動したんです。
営業部門では、新造船向けの新規営業から就航船向けのアフターサービス営業まで幅広く担当しました。世界中の船主、運航管理会社を相手に提案を行うなど、希望通りグローバルな仕事ができていました。海外営業という仕事にはかなりやりがいを感じていました。
──そんな状況から、なぜ転職を考え、人事へのキャリアチェンジを決意したのでしょうか?
一番の理由は、経営戦略の実現には人事が重要だと感じ、人事として事業成長をドライブさせるような人づくり、組織づくりがしたいと考えるようになったからです。
営業担当として世界中の企業と折衝する中で、企業ごとに人的リソースの配分に大きな違いがあると感じました。自分たちがいくらより良いソリューションを提案しても、欧州やアジアなどの各地域においてより多くの人的・物的リソースを配置している企業には負けてしまうということがありました。事業成長を加速させるには、質と量の両面で人、組織をどう作っていくかが肝心ではないかと。こうした経験から、経営戦略はリソース配分が極めて重要であると実感し、中でも人的リソースをいかに適切に配置していくかが重要だと考えるようになり、人事の仕事により一層関心を持つようになったのです。年齢も30代に差し掛かるタイミングだったことから、人事としてキャリアを築いていこうと転職を決意しました。
パナソニックへの入社を決めたのは、多岐にわたる事業を展開していたことに加え、会社としても構造改革に取り組むタイミングだったからです。会社が変化していくフェーズでチャレンジングな仕事ができそうであり、ここで成果を出せれば人事としても大きく成長できるのではないかと思ったんです。
HRBPは、事業責任者と同じレベルでの事業戦略の深い理解が求められる
──パナソニック入社後はHRBPとしてキャリアをスタートされましたが、どういった組織で、どういった役割を担っていたのかを教えてください。
入社後は、ハウジングシステム事業部(現:パナソニック ハウジングソリューションズ株式会社)への配属となりました。当時3つあるビジネスユニット(BU)のうち1ユニットを担当し、約150名の社員のHRBPとして働いていました。ビジネスユニット長(BU長)の専属スタッフとして、タレントマネジメントの運用、人員計画の策定、人材の配置や異動、組織改編のデザイン、など人事に関する業務を幅広く担当。組合の職場委員と共同で風土改善のプロジェクトを企画・推進したり、構造改革を行う際は労働組合と処遇面等のセンシティブな交渉も行っておりました。
いずれの業務についても、BUの事業戦略の実現に向け、BU長と毎日のようにコミュニケーションを取りながら、HRBPとして事業に対してどう貢献できるかを考えていました。事業成長における組織課題を発見し、その課題に向き合いながら試行錯誤を続ける日々でした。こうした経験を通じて、「事業戦略の実現には人事の戦略・施策が極めて重要である」と確信めいたものを感じるようになりました。
──HRBPでの経験を通じてどういったことを感じたのでしょうか?
難易度は高いですが、HRBPは、事業責任者と想いを共有し、事業戦略を深く理解することが重要だと感じました。事業を成長させていくには、重点投資領域を決めて、ヒト・モノ・カネのリソースを適切に配分していくことが必要です。そこで「ヒト」というリソースに関わる人事は、事業そのものや事業が進むべき方向性を、事業責任者と極めて近い視点で理解していなければなりません。そうしないと、無意識のうちに事業の成長スピードを止めてしまうことにもなりかねません。
そのためにも人事は、事業責任者はもちろん、経営企画・経理/財務・営業・設計開発・品証・製造など、その事業に関わる部門と人や組織の課題について本音で語り合うことが重要であると感じました。事業状況や組織課題を把握するという目的もありますが、例えば業界ならではの商習慣を知ることで、事業サイドとHR間の認識のズレに気づけたりすることもあるからです。人事異動や組織改編はあくまで手段。その手段をより有効に機能させるためにも、事業戦略や事業実態の深い理解が欠かせないと感じています。
──HRBPとして活躍されていた2020年、高林さんはMBAを取得されています。MBA取得を決意した経緯について教えていただけますでしょうか?
MBAを取得しようと思ったのは、事業責任者とやりとりする際に、経営に関する絶対的なインプット量が足りないと気づかされたからです。また、経営層などハイレイヤーの方々と会話をする際、議論のスピードについていけないことがありましたので、「議論の瞬発力を上げたい」と感じていたことも大きな理由です。こうした状況からブレイクスルーをするには何か仕掛けが必要だと考え、MBAを取得しようと決意し、神戸大学MBAに進学いたしました。
経営企画に求められる役割は、トップの思考環境を整えること
──2017年11月から2022年3月までHRBPとして活躍された後、2022年4月より経営企画への異動となりました。異動後はどういったミッションを担うことになったのでしょうか。
経営企画へ異動した2022年4月は、パナソニックが持株会社制へ移行するタイミングでした。移行により、自主責任経営として、各事業会社に大幅に権限を委譲し、経営をしていくことになったのですが、各事業会社の状況を把握するため、事業部単位で経営数値を分析するのが経営企画としての最初の仕事でした。
単に財務3表の数字を纏めて終わりではなく、分析結果(自社・競合企業比等)を経営企画部門や財務部門と議論したり、議論した内容をもとに経営トップへ提言したりする役割も担っていました。非常に難易度は高いですが、常に経営トップが適切な意思決定をするための有益な情報を提供することを心掛けていました。
2022年12月からは、当社エグゼクティブ付きの政策スタッフとして、社外・社内活動の企画などを担当しています。その他、2023年4月からは、パナソニックホールディングスの戦略人事部門も兼務しており、グループ人事機能ガバナンス策定の役割を担っています。
──経営企画やエグゼクティブ付きの政策スタッフなど、より経営に近い部署に異動したわけですが、MBA取得を通じて学んだことはどのように活かせたでしょうか?
MBA取得にあたって考えていた、「数字で会社経営を理解できるようになる」「議論の瞬発力を上げる」という初期の目標は達成できたように思います。経営企画で事業の分析を行う際にはMBAで学んだ財務的な知識が活かせましたし、質の面ではまだまだレベルアップしていかなければなりませんが、社長や会長などの経営トップや専門性の高いホールディングスの各部門とも臆せず議論できるようになりました。
また、MBAという学位を取得したことそのものよりも、MBAでの学びの過程において大きく成長できたことが一番の財産です。修士論文の執筆過程では指導教官をはじめ周囲から、時に辛辣なフィードバックも受けましたが、「無知の知」の重要性に気づいたというか、自分自身が予想以上に無知であるとともに、知らないことは決して恥ずかしいことではなく、何事にも背伸びせず、素直な気持ちで向き合うことが重要であると実感しました。また、ゼミでは臆することなく質問したり、自分の意見を述べることを心がけていたのですが、その積み重ねが議論の瞬発力を上げることにもつながっていったと感じています。MBAでの学びから経営的な知識が深まっただけではなく、仕事への向き合い方も変わっていきました。
コーポレート部門間の壁を取り除くこと、意見がある場合は納得いくまで議論すること
──現場、HR、経営企画と、これまで高林さんはさまざまな職種を経験されてきました。このように幅広い経験を積む中で、考え方の変化などはあったのでしょうか?
振り返って考えると、事業部でHRBPをしていたときは、所属する組織だけに目を向けて業務に取り組んでいたと感じています。事業成長を実現するには何をすべきなのか、どんな人事戦略が最適なのか、という観点で物事を考えていました。しかし、ホールディングスの経営企画に異動して、パナソニックグループとして、企業価値をいかに高めていくか、或いは企業価値をいかに毀損しないか、という観点で物事を考えることが重要だと考えるようになりました。例えば人事においても、採用、人材開発、タレントマネジメント、人的資本開示などさまざまな取り組みがありますが、全て経営戦略を実現し、企業価値を恒常的に向上させるための手段の一つであるという意識がより強くなりました。こうした考え方を身につけられたことは、今後どの職種やポジションに就いても活きるだろうと感じています。
──さまざまな職種を経験し、考え方が変わってきたからこそ感じる、コーポレート部門の一員としてのあるべき姿についても教えてください。
経営企画、経理・財務、法務、人事などの役割を超えて、コーポレートアジェンダに対して、一枚岩で取り組んでいくことが理想的だと感じています。経営企画や経理・財務のテーマだから、人事は知らんと。逆に人事のテーマだから経営企画や経理・財務は知らんというスタンスでは、「経営者の思考環境を整える」ということが難しくなってきます。
その上で、グループの方向性に意見がある場合は経営者や関連する部門にその想いをぶつけ、納得いくまでディスカッションをすることが大切だと感じています。会社が大きくなればなるほど難しくなるかもしれませんが、一人ひとりが経営に参画する意識を持つことが重要ではないでしょうか。そうでなければ適切な課題形成もできないですし、トップから指示されたことをやるだけになってしまいますから。
当社エグゼクティブが話していることですが、どんなに優秀な経営者でも万能な人はいないと。だからこそ、一人の経営者に無自覚に責任を押し付けたり、スタッフが思考停止になったりしないこと。経営者が何を実現したいのか、何を期待してくれているのかを考え、そこに対して自分の意見を持つこと。そうすることで経営者と自分自身の想いにどんなギャップがあるのかもわかり、何をしなければならないのかも見えてくると感じています。私自身まだまだ不十分な面も多いですが、そこにたどり着きたいと日々考えながら仕事をしております。
編集後記
「人事は事業戦略をしっかりと理解し、上位者からの指示で納得できない点があれば、意見を出してディスカッションをすべき。そうすることで自分に何が足りないのかも見えてくる」高林さんにお話を伺って印象に残った言葉です。人事は向き合うべき課題も多く、つい着手しやすい課題から取り組みがちですが、自社について深く理解することで取り組むべき課題も見えてくるとのことです。営業現場・HR・経営企画と幅広く経験された高林さんならではのお考えだと感じました。