キャリアを個人が切り拓いていく組織に。ライオンが副業制度導入で実現したかったこと
リレーインタビュー企画の第14弾は、前回記事のパナソニック コネクト株式会社 黒川 彩乃さんよりご紹介いただいた青木 陽奈さんの登場です。
新卒でライオン株式会社に入社し、自身も営業として活躍された他、営業の提案活動の支援、若手営業の育成、育休取得後に営業として復職した社員の支援などを行ってきました。その後人事部(現・人材開発センター)へと異動し、キャリア開発、人材開発をメイン領域としながら、自社内のキャリアオーナーシップを推進しようと取り組まれています。
今回は、そんな青木さんに同社の事例を踏まえながら、「副業制度の導入によるキャリアオーナーシップの醸成」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
青木 陽奈(あおき あきな)/ライオン株式会社 人材開発センター キャリア開発グループ
2005年にライオン株式会社に新卒入社。営業として勤務した後に人事に異動して採用業務を担当。その後、再び営業に戻り、提案活動の支援、若手の育成、育休取得後に営業として復職した社員の支援などを行ってきた。2021年より人材開発センターへ異動し、全社横断的にキャリア開発、人材開発などの業務に携わっている。2023年8月より、採用と育成を取りまとめるキャリア開発グループのマネジャーに就任。
目次
導入目的は、従業員のキャリアオーナーシップの醸成
──まずは、副業制度を導入した経緯と目的から伺っていきます。副業制度の導入は、どういったきっかけから検討されたのでしょうか。
ライオンでは、2019年より「働きがい改革」を始動したのですが、社員一人ひとりが持つ多彩な能力の発揮を最大化するというワークマネジメントの一施策として副業制度を導入しました。制度導入により「自分を試す、外とつながる」ということを目的としており、副業を通じて従業員のキャリアオーナーシップを醸成することを目指していました。そして社員一人ひとりのキャリア自律を実現することを最終的なゴールとしています。
──キャリアオーナーシップの醸成による一人ひとりのキャリア自律が目指していたゴールだったのですね。その施策として、なぜ副業制度の導入を考えたのでしょうか。
ライオンは新卒入社が大多数で、ライオン1社の経験が長い社員が多いんですね。それは良いことでもあるのですが、どうしても画一性が高くなってしまうと捉えていました。社会の変化が激しくなる中でも価値を生み出し続けるには、今後は企業自身も変わっていかねばならないという危機感を持っていました。そんな状況を打破する一つの施策として、副業によって外とのつながりを持つことで、社内に多様性を生み出せるのではないかというのが経営からの課題感でした。こうした背景から、現場や人事からの提案というより、経営陣の声から副業制度の導入が検討されました。
当時の経営の言葉としても、「自社に10年いても得られないような経験や知見が、副業という体験を通じて一気に得られる可能性がある」というものがありました。副業制度の導入によって得られるものへの期待が大きかったのだと思います。
──経営主導で副業制度の導入が検討されたというのは大きなポイントですね。実際に導入した副業制度にはどういった特徴があったのでしょうか。
一番の特徴は、あくまで主眼を「人材育成」に置いていることです。社員が副業を通じて外とつながることで、「こんな強みがあったんだ」と自分自身の新たな可能性を知ったり、仕事の進め方やスピード感、判断の手順など社外から良い影響を受けたりできる。その積み重ねによって、自社の業務にポジティブな効果を生み出してくれることもあるでしょうし、将来やりたいことを見つけられることもあると思います。副業への挑戦によって各自が主体性や積極性を獲得し、キャリアオーナーシップを醸成することを目指したことです。
「自分のキャリアは自分で考えなさい」といきなり会社から言われても、なかなか意識の転換は進みません。そこで副業というカタチで自分自身を試し、外とつながることで、自身の強みを認識したり、将来やりたいことを発見したりしてほしいと考えました。そこで、より多くの社員が副業に挑戦し、変化を起こしてほしいという想いから、副業を会社が許可するのではなく、会社に申告すれば始められる「申告制」にしたのも大きな特徴です。
「最初の一歩」のハードルをいかに下げるか
──ここからは、副業制度の構築や推進をしていく際のお話を伺っていきます。まず初めに、制度構築で重視したポイントを教えていただけますか。
社員一人ひとりのキャリアオーナーシップの醸成を目的としていたため、会社として副業を積極的に活用していくことをコンセプトとしました。具体的には、会社に承認してもらうのではなく、申告するという形で副業を解禁したことです。また、副業におけるルール上の規制はできるだけハードルを低く設定し、「最初の一歩」を踏み出しやすいようにしました。
一方で、健康管理上のルールは会社としても注意しました。働き方としては業務委託でも雇用契約でもOKですが、ライオンでの労働時間も含めてどのように設計していくか、それをどのように社員に伝えていくかには時間をかけて検討しました。どのような副業に挑戦し、どう学びを得るかは人それぞれですが、健康管理上の最低限守らなければならないルールはしっかり押さえていったという感じです。
──副業をする上でのルールを制定していく際はどのように進めていったのでしょうか。また、その過程で苦労したことなどはあるでしょうか。
労働時間管理などのルール制定は、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」に準じて決めていきました。その際も、健康管理上で守らなければいけないルールを決めるだけで、副業先での労働時間の実績を厳格に管理するルールにはしていません。あくまでガイドラインに沿って最低限のルールを決めていきました。
他社では経営の理解を得るため、副業制度の導入に相当な苦労をしているという声も聞きます。特に情報漏洩を懸念し、多くの企業がルールを厳しくするがゆえに副業の活用が進んでいないという声もあります。特に情報漏洩の課題が一番多いと聞いています。しかし当社の場合、「副業の解禁は社員が外とつながるための重要な施策である」と当初から経営が考えていたため、大きな問題はありませんでした。従業員を信じ、より多くの社員が副業に挑戦したほうがメリットが大きいと考えたからです。経営と人事が想いを一つにし、制度導入を進められたことが大きかったと思います。
──現場に周知していくためにはどういった点を工夫されたのでしょうか。
できるだけ多くの社員に副業にチャレンジしてほしいと考えていましたが、強制はせず、あくまで自主的に、各自ができるタイミングで始めてほしいと考えました。そんな動きを促進するため、「最初の一歩」を踏み出すところのサポートに力を入れています。
その一つが、副業を始めるためのサポートをすること。初めて副業をするとき、副業の働き方はどんなものか、自身のスキルでどんな副業ができるか、エントリーや契約方法はどうなのか?…など分からないことも多いですよね。そこで現場に周知していく際には、制度説明会だけでなく、社員からの疑問に答える座談会を開催するなど、不安を解消して最初の一歩を踏み出しやすくするようにしました。
また、内閣府の「プロフェッショナル人材事業」のパートナー企業にも参画し、地方の副業を紹介するという取り組みも実施しています。国が進めている事業で、信頼感のあるお墨付きの企業での副業なら、初めてチャレンジする社員も安心だと考えたからです。
もう一つ、副業に挑戦する社員が増えてきてから、副業経験者の活躍ぶりを紹介する取り組みも始めました。具体的には、社内説明会で副業を始めた社員に登場してもらったり、プロフェッショナル人材事業のつながりから鳥取県と副業人材を受け入れた企業、自社の副業人材が登壇するセミナーを開催したりしています。こうした取り組みを継続することで、社員が副業に興味を持ったタイミングで主体的に始められるようにしたいと考えています。
副業で外とつながることで、社員の意識も変化し始めた
──ここからは、副業制度を導入してからの変化について伺っていきます。副業制度を解禁したことで、現場からはどのような声が上がったのでしょうか。
2020年1月に副業制度を導入し、半年ちょっと経過した9月頃にアンケートを実施しました。まず副業を経験した社員の声ですが、「自分自身の成長を感じられた」「今後もぜひ副業を継続したい」「他の人にも勧めたい」などポジティブな意見が多かったです。「人材育成」という当初の目的にも合致していると考えています。
また、副業をしていない社員からも「ライオンがかなり先進的な取り組みを行った」「自分がやりたいことを副業で先に経験できるから選択肢が増えた」「変化しようとする会社の姿勢を評価する」といった意見がありました。副業制度は働きがい制度の一環で導入しましたが、そういった会社の意図も社員に伝わっている実感を得られています。
副業は個人の取り組みですから、当初の設計では、個人の体験談などはあまり出さないようにしていたんです。しかし、副業経験者がポジティブな反応を見せていること、また自身の経験を共有することに前向きなことから、副業経験者の活躍ぶりはより積極的に発信していきたいと考えています。誰でも知らないことには不安な気持ちになりますが、実情を知ることで興味を持ち、やってみようと考える人も増えると思いますから。
──副業に挑戦する社員が増えてきたことで気づいたことは何かありますでしょうか?
副業経験者の個別の声ではありますが、さまざまな声をもらえています。「中小企業の経営者とミーティングをしながら進めるので、意思決定のスピードの速さを感じた」「これまで当たり前にやってきたことが、意外と他の会社では価値になると気づいた」など反応はさまざまです。副業先のほうが優れていることもあれば、自社のほうがルールや仕組みが整っていることもあります。こうした良さや難しさを肌で体感し、社員の口から生で聞けたことはとても嬉しく、副業制度導入の意義があったと感じています。
──当初の目的だった、キャリアオーナーシップの醸成の観点ではいかがでしょうか。
副業を経験した社員から、次のような声をもらったんです。
「副業を通じて自身のスキルに自信を持てたことで、会社の中でも自分の道を切り拓いていこうと思えるようになりました。会社におんぶにだっこではなく、同じ目的に進む相手として貢献したい。“ベストパートナー”という感覚です」
会社と個人の関係性は対等である。会社で働く意義は自ら見出していくもの。そんなキャリアオーナーシップの考え方が、会社からのメッセージではなく、社員の生の声として上がったことに大きな手応えを感じました。キャリアオーナーシップ、キャリア自律といってもまだピンと来ていない社員も多いですが、こうした気づきを得る社員を増やしていくことが今後の目標だと感じています。
社員の“Can”を増やすことが、独自の専門性をつくっていく。
──「人材育成」の施策にはさまざまなものがありますが、実際に副業制度を導入したからこそ感じた、副業のメリット・デメリットとは何でしょうか。
例えば会社主導の必須研修と比較すると、会社から与えられたものではなく、自らの内発的な動機からチャレンジするところが大きな特徴だと考えます。また、知識を勉強するインプット中心ではなく、成果を出すアウトプット中心であることも特徴であり得られるメリットでしょう。実務経験を積むことで自身の成長を実感でき、視野を広げられることもメリットだと思います。
一方で、副業先のニーズとマッチしないとチャレンジできない、副業先に選ばれる人材でないと始められないことになります。誰でもできるわけではない、すぐ始められるわけではないという点はデメリットかもしれません。しかし、1社経験が長い社員が多い当社においては、「どうしたら選ばれるか」を考えるのは入社試験以来久しぶりに考えるきっかけにもなると考えており、メリットにもなるのではないでしょうか。
──最後に、青木さん自身が長く人材開発に携わってきた中で、副業制度は人材開発やキャリア自律にどのような影響があると感じているか教えてください。
人材開発に携わってきた中で、自身のキャリアに対して主体性を持って取り組むキャリアオーナーシップを持つことが大切だと伝えてきました。では自分らしいキャリアを築いていく上で何が重要かというと、これがやりたいという“Will”だけでなく、これができるという“Can”を増やしていくことだと思っています。というのも、自分ができることの“Can”の掛け算が、その人独自の専門性をつくっていくと考えるからです。
そう考えたとき、副業はできることを増やす良い手段になります。実務経験を積むことでスキルや知識が身につき、できることも増えていきます。外とつながり、多様な人と働くことで、自分では気づいていなかった強みや可能性にも気づけるはずです。自らの軸づくりをしていくためにも、副業は良いチャレンジの場になるのではないでしょうか。
さらに今後は、人材開発において副業から得られる効果を数値化していくことも検討しています。当社では360度評価の一環でコンピテンシー測定をしているのですが、例えば研修ごとに伸ばしたいコンピテンシー項目を設定し、狙い通りの成果があったか数値化できないかと考えているんです。同じように副業についても、キャリア自律を構成するコンピテンシー項目が何かを特定し、副業を経験することでその項目がどう変化していくかを計測できないかと。まだまだ検討段階ですが、そうやって副業の効果を可視化することで、より効果的な活用をしていきたいと考えています。
編集後記
副業によって社外とつながるとなると、情報漏洩を心配するがあまりルールが厳格になってしまったり、本業への影響を気にするあまり対象者が少なくなってしまったりすることもあると思います。しかし同社の場合、申告制の導入や副業先の紹介など、興味を持った社員がすぐ始められるようできるだけハードルを下げるよう意識していることが伝わってきました。またその取り組みが、社員の方のポジティブな反応にもつながっているようです。副業制度の導入を検討されている方々にとって興味深い内容だと感じました。