カルビー人事に聞く、越境学習・副業導入から事業に与えた好影響とは
リレーインタビュー企画の第11弾は、前回記事の宮武 宣之さんよりご紹介いただいた前田 宏美さんの登場です。
新卒で入社したIT企業でエンジニアとして活躍された後、人事に異動して新卒・中途採用、グローバル採用、人材育成、制度企画などを幅広く経験されてきた前田さん。2020年12月よりカルビー株式会社に移り、人事総務本部 人財・組織開発部にて、人材育成、社員のエンゲージメント向上、キャリア自律などに取り組んでこられました。2021年よりスタートした副業人財「カルビっとワーカー」の制度導入の際には中心メンバーとして活躍されました。
今回は、そんな前田さんに「越境学習で得られる効果と導入時の注意点」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
前田 宏美(まえだ ひろみ)/カルビー株式会社 人事総務本部 人財・組織開発部
2001年に新卒でIT企業に入社。約5年にわたりエンジニアとして活躍した後、人事に異動。新卒採用、中途採用、人材育成、メンバーやリーダーのマネジメント教育、グローバル採用、評価制度改定など幅広く経験してきた。約100名近い大規模採用プロジェクトを立ち上げ、採用や育成に携わった経験も持つ。2020年12月にカルビー株式会社に転職。社員の育成、エンゲージメント向上、キャリア自律に関する各種制度の導入に携わってきたほか、副業人財「カルビっとワーカー」の制度導入の際は中心メンバーとして活躍する。また、自身もNPO法人「二枚目の名刺」の活動に参加し、プロジェクトデザイナー兼事業推進としてさまざまな団体のサポートを行っている。
目次
「副業人財」を導入する前の仕込みが重要だった
──前田さんは2020年12月にカルビー株式会社に入社し、2021年2月から募集を開始した副業人財「カルビっとワーカー」の制度構築に携わられたそうですね。まずは、副業人財を受け入れることにした背景から教えてください。
きっかけは、Eコマース事業を推進しているマーケティング部門からの相談でした。中途採用の市況も厳しくなっている中で、高い専門性を持つ優秀な人材と接点を取っていくのが難しくなっていたんですね。加えて、カルビーグループでは「全員活躍」を目指しており、ダイバーシティ&インクルージョンを推進し、イノベーションを起こしていく人材を育成していきたいと考えていました。そんな未来を実現していくには、外部からの刺激をもっと取り込んでいくことが必要だろうと。そこで「カルビーで副業する」というカタチで高い専門性を持つ人材を受け入れることで、既存社員にも刺激があり、今までできなかったような成果を生み出せるんじゃないかと考えたんです。
──「副業人財」を受け入れるうえで注意したことは何でしょうか?
「副業人財」は複数の場(会社、チーム)に関わる方といかによい形で繋がり、動いてもらえるか、がポイントの一つ。本人の今までの経験・スキルや特性を理解した上で受け入れ部署で活かしてもらうことが重要ですよね。
そのため、当たり前ですが誰でもOKというのではなく、一人ひとりとしっかりマッチングすることが重要だと考えました。
しかし、他社事例を調べていくと応募が殺到するケースもあると分かり、マスに対して広く募集するのではなく、求める条件やニーズを明確にしたうえで、本当にフィットする方をピンポイントで迎えようとなったんです。また、「副業人財」には限られた時間で自ら高いパフォーマンスを発揮することを期待しているため、オファーを待っている方ではなく、興味を持った方が自発的に応募してくれることを目指しました。
結果的に約70名の応募があり、候補者の方としっかりお話したうえで選考ができました。カルビーの製品が好き、カルビーがこうなったらいいなという想いのある方が集まってくれたので、この取り組みを通じて双方にメリットがあり、良い関係性を築けそうな方たちと出会えました。
──新しい取り組みを始めるにあたり、「中途採用やアウトソーシングではダメなのか?」「どう接すればいいの?」といった不安の声もあったかと思います。受け入れ準備を進めるうえではどんなことに注意したのでしょう。
受け入れ準備を進める過程では、該当部署とこまめにコミュニケーションを取ることを大切にしました。受け入れ側としても初めての取り組みだったので、そもそも副業とはどういう意味を持つことなのか、何を目的として受け入れるのか、こうした点には注意してほしい、他社ではこんな事例があって…など、一つひとつ丁寧に説明していったんです。
人事側から一方的にお願いする感じではなく、同じ方向を向いて頑張りましょうというメッセージを発信していきました。そうやってマインドセットができていたことで、例えば「どんな新しいことをやっていこうか」「お互いに良いところを引き出し合いたいね」など、マネージャーを中心に受け入れ部門を前向きな気持ちにできていたことが大きかったと思います。
ちなみに、マーケティング部門での受け入れを決めたのは、相談が起点になったものの、「ECという専門スキル軸のマッチングがしやすかったこと」「外部の知見を活かし壁打ちになってもらいながら、ミッション達成に向けて動けること」という点が、副業人財の方にとっても適している環境だと考えたからです。
「副業人財」を受け入れたことで、現場が変わった
──目的にそって準備を進めていったことが、スムーズな制度の導入につながったのですね。では、実際に「副業人財」の受け入れをスタートしてからは、どういった反響があったのでしょうか。
「副業人財」を受け入れたことで、さまざまな反響がありました。まず最初に受け入れたマーケティング部門では、一緒に働いた社員に多くの刺激があったようです。
「副業人財」の業務内容は、カルビーの公式オンラインショップ『カルビーマルシェ』に関する戦略立案~分析・運用だったのですが、例えば「今までカルビーになかった数字管理の方法を学べた」「今までのカルビーでは考えられないスピードで企画が決まっていく」など多くの変化があったことが分かりました。カルビっとワーカーの中にはメルカリで勤務されていた方もおり、一緒にコラボして新商品が生まれたりもしました。
こういった成果は徐々に社員の耳にも入り、「自部署でも『副業人財』を受け入れたい」「うちの部署でこんなことをしたいんですが…」といった相談が寄せられるようになっていきました。
結果、DXで営業戦略を実践していくリテールサイエンスの部門でこの分野に強い方を迎えたり、海外事業を推進する部門で海外戦略に詳しい方をお迎えしたりと、専門性の非常に高い人材を受け入れていくことにもつながりました。
また、より多くの社員に知ってもらい、会社として大きなムーブメントにしていきたいと考え、各部署の事例や学びを紹介するオンラインでの「ラーニングカフェ」という社内イベントなどに参加し、実際にどんな効果があったかを積極的に発信していきました。
「副業人財」による直接的な仕事の成果はもちろん、「こんな働き方があるんだ」「こんな成果の出し方があるんだ」と現場の社員に刺激を与えてくれたことも良かったですね。
──受け入れた部署で効果があっただけでなく、他の部門・部署にも波及していったのですね。そんな「副業人財」の制度導入を通じて、前田さん自身が感じたことはどういったことでしょうか。
単純にリソースやマンパワーの確保、自社にないスキルやノウハウを得られるだけでなく、「副業人財」を受け入れることで副次的な変化が生まれていくことが非常に良いと感じました。今まで知らなかった仕事の進め方や成果の出し方を知ることで、アウトプットや周りとの関わり方も変わってくるということです。
またこの時期は、「副業人財」の受け入れに続き、カルビー社員が外で仕事することでの越境学習効果を期待できる「副業制度」の導入も実施されました。
さらに「副業」の取り組みと並行して、社員が異業種交流や他流試合を経験し、気付きや成長、変化を得ていくという「越境施策」にも取り組みました。
一連の制度を現場に浸透させていく際に感じたのが、制度の導入過程で起こる変化をしっかり見届けつつ、会社全体としてどう加速させていくかという伴走の姿勢が大事だということです。
越境学習は、成果が見えやすいスキル学習とは異なり、「導入したら必ずこんな結果が出ます」というものではありません。社員一人ひとりに起こる変化も違いますし、その社員が自部署に戻って起こす影響も変わってくるんです。必ずしも即効性のあるとは限らない施策だからこそ、経営陣や人事部門が覚悟を持ち、目指すゴールにコミットすることが大事だと感じました。
また個別のケースで見ると、越境学習を通じて社員が「外の世界」に触れ、あらためて自分自身の強みや特性に気付くことや、価値観をアップデートしてくること、新しいスキルや知識を得て、それをカルビーに還元してくれることにも大きな可能性を感じました。人事としてはそういった挑戦をする社員に寄り添い、「どんな学びを得たのか」を一緒に言語化していき、その上司も巻き込みながら適切にフォローしていくことを重視しました。そういったこまめなサポートによって越境学習の効果を高められるからです。
前田さん自身が「越境学習」から学んだこと
──前田さんは、自身も「二枚目の名刺」というNPO法人の活動に参加し、社外での学びを得ているそうですね。この活動に参加したきっかけはなんだったのでしょうか。
前職の人事時代からさまざまな社外活動には参加していたのですが、そこで知り合った方が「二枚目の名刺」に参加していて、「前田さんは絶対好きだから」と誘ってもらったのがきっかけです。そこで社外の方々と一緒に、数ヶ月にわたって社会課題を解決するプロジェクトに参加したことで、自分の中にすごく良い気付きや変化があったんです。それをもっと多くの方に経験してほしいと思い、「二枚目の名刺」を運営する側に回りたいと希望しました。
──「二枚目の名刺」の活動が、自身の仕事に活きていると感じるのはどんなところでしょうか。
全部で3点あります。
1点目は、「越境施策を導入するとこんな変化が起こるんですよ」というメリットを理屈と感覚値で語れるということ。外部でやっているから良い、ではなく、「なぜそう言えるのか」と「こんな経験からこんな学びを得ました」という話を具体的にできる点は大きいですね。
続いて2点目が、サービスを提供している側の目線や気持ちが分かるので、制度などを導入する際に何が起こるのかを予測し、一緒に導入策を考えていけるということ。
そして3点目が、自分自身も、多様な特性を持った人が集まり、同じゴールに向かって行動すると、今までに出なかったような成果を仕事でも生み出せると分かったことです。
仕事の進み方は、時間の有無だけではなく、多様な人がどう関わるかで変えられる。こうした気づきから、例えば前職では周りの巻き込み方を工夫しながら「戦略人事のチームをつくりましょう」という提案をしたところ、新しい仕事が立ち上がりました。これは、「二枚目の名刺」の活動を経験したことも大きな要因だったと感じています。
「越境学習」を検討している経営者や人事部門に向けて
──自社でも越境学習を取り入れたいと考えつつ、「何をすればいいか分からない」という悩みもあると思います。越境学習のアイデアなどは、どう見つければいいでしょうか。
ひとつは経営陣や人事部門自身も意識的に実践し、主導していくことだと思います。自分たち自身も外の世界に触れ、いろんな人に会い、具体的な事例をインプットしていくことが重要です。
越境施策にもいろいろなフェーズがあり、まずは外の世界を知ることが目的のものもあれば、実際に企業や人とコラボして成果を生むことを目的としているものもあります。フェーズごとにさまざまな施策があるので、会社や社員の状況に応じて適切な施策を選択できるようにするのが良いのではないでしょうか。新しい取り組みに積極的な部門や協力的な社員を見つけ、スモールスタートで始め、よい変化を実感してもらうことも有効だと思います。
──外の世界で得られる刺激がある一方で、「社員が辞めてしまうのではないか」と不安をいただく経営者もいるかと思います。その点に関してはいかがでしょうか。
社員が外の世界に触れ、何を経験し、何を学んでいるのか、それが見えないことの不安はあるかもしれません。ただ忘れてはいけないのが、大事なのは社内しか見せないことではなく、社員の成長とエンゲージメントを高めることであり、それによって自社でより活躍する社員になってもらうということです。越境で気付いた自身の強みや特性、価値観が、会社の目指す方向とどう繋がるかの魅力付けしていくこと。会社が目指している方向と、越境施策を通じて実現したいことがズレていないことをしっかりストーリー立てて、関係者に説明していくことが大切だと思います。
編集後記
「越境学習は必ずこんな結果が出るとは言えない。だからこそ経営陣や人事部門が、目指すゴールに向かって覚悟を持って取り組んでいくことが大事」前田さんにお話を伺って印象に残った言葉です。制度を導入して終わりではなく、中長期的な視点で会社の変化を見届けつつ、社員一人ひとりの変化など特別事象に対応していく。そういった繰り返しが、組織の成長にもつながっていくのだと感じました。複業・副業制度をはじめ越境施策の導入を検討する際、とても役に立つ情報ではないでしょうか。