エンゲージメントサーベイの活用に学ぶ、社員が学び合う場の仕掛け方
リレーインタビュー企画の第12弾は、前回記事のカルビー株式会社 前田 宏美さんよりご紹介いただいた山田 美夏さんの登場です。
三井情報株式会社で新卒・中途採用、雇用管理、人材開発、教育研修業務などを幅広く担当。2019年の人材基本方針策定の際には、全社向け教育プログラムの再構築並びにキャリア開発プログラムの設計に携わっています。自身でも産業カウンセラー、2級キャリア・コンサルティング技能士の資格を取得し、個人の活動を社内に広げながら、自社内にキャリアオーナーシップの考え方を広めようとしています。
今回は、そんな山田さんに同社の実例も踏まえながら、「社員が学び合う場の仕掛け方」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
山田 美夏(やまだ みか)/三井情報株式会社 人事総務統括本部 グループ人材開発部 キャリア推進室 室長
2008年に三井情報株式会社(MKI)中途入社。人事部門にて採用(新卒~中途)、雇用管理(異動・出向・再雇用)、人材開発、教育研修業務等を担当。2019年の人材基本方針策定に伴い、全社向け教育プログラムの再構築並びにキャリア開発プログラムの設計に携わる。2021年4月から経営企画と人事を兼務し、経営企画部門でサステナビリティ経営推進、DE&I推進、従業員エンゲージメント向上に従事。2023年4月からは、グループ人材開発部 キャリア推進室にてMKIグループ人材基本方針策定、全社教育プログラムの設計、キャリアオーナーシッププログラム推進に従事。産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士、英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー、「SDGsアウトサイド・イン」公式ワークショップ認定ファシリテーター
目次
個人のキャリアコンサルタントの活動を、社内に広げていく
──山田さんは、2020年度から「キャリア開発セミナー(現:MKIキャリアフォーラム)」という取り組みを行っていますが、まずは実施の背景から教えていただけますか?
現在はMKIキャリアフォーラムという名称に変わりましたが、始めたのは、2020年、新型コロナウイルスによる急激な環境変化があったのがきっかけです。リモートワークは以前から導入し、働き方の多様化は進んでいましたが、コロナ禍でコミュニケーションの絶対量が減ってしまいました。そこで「この仕事を続けることにどんな意味があるのか」「このままの働き方でよいのか」など、多くの社員が今までにないストレスを感じるようになっていたんです。
また、予測不可能な時代に突入する中で、人事としても社員一人ひとりが自律的にキャリアと向き合えるようになる必要性を感じていました。そんなとき、「社員が集まってコミュニケーションを取りつつ、個人のキャリアを内省しながら考えていける場をつくれないか」と上司から相談があり、企画をスタートしました。
私自身キャリアコンサルタントの資格を取得し、個人の活動としてのキャリア形成支援は行っていました。しかし、社員と私、つまり面談上の1対1の関係でやり取りするもので、個別支援の取り組みだけに陥りがちと感じていたんです。継続的に自己研鑽をして身につけたスキルや知識を、会社が置かれている課題への打ち手としてどう活かしていくべきか。個人視点から全社視点へのスケールへの転換を考えていたことも、MKIキャリアフォーラムの企画に役立ちました。
──「MKIキャリアフォーラム」はどのような取り組みだったのでしょうか?
2020年6月頃から企画を始め、9月から開催しました。従来型の研修は、階層別や職種別、世代別での実施が多いですが、このセミナーでは世代や職種を問わず全ての人が対象で、全国どこからでも参加できるオンライン形式で開催しました。
セミナーは1回90分で、数ヶ月ほどの期間で毎月開催。例えば「キャリア×ウェルビーイング」「キャリア×アンラーニング」「キャリア×ダイバーシティ」などと毎月テーマを変え、その分野のさまざまな外部有識者の方にご登壇いただきました。毎月テーマを変え自由参加形式にしたことで、例えば「健康管理や幸福度に興味があるから、ウェルビーイングの回に参加しよう」など、参加のハードルも下がったように思います。こうしたセミナー構成の工夫に加え、社内PRも促進した結果、毎回200~300名近くの社員が参加してくれました。
キャリアを定期的に考える、学び合う仕組みづくりへ
──「MKIキャリアフォーラム」は、公募制のイベントながらかなり参加者が多かったのですね。セミナー開催の反響などはいかがだったでしょうか?
参加した方からは、当初想定していた以上の反響がありました。20代から60代まで幅広い年代の社員が参加してくれたほか、複数回参加してくれた社員もたくさんいます。
キャリアフォーラム当日も、登壇者の話を一方的に聞くだけでなく、Zoom上のチャットで活発に意見や感想が寄せられたんです。これは日頃からテキストでの会話に抵抗がない、業界特性もあったかもしれません。参加者からも「スキル習得や資格取得のための研修と違い、キャリアど真ん中のセミナーで、今後の生き方や人生を考えるきっかけになった」など前向きな声が多く寄せられました。
継続的に参加している社員は、キャリアに対する意識も変わってきています。例えば「自身のキャリアについてオープンに話せるようになった」「上司との会話でも、やりたいことや得意なことを言語化できるようになった」といった声が上がっています。
このようにセミナー開催を続けている中で、現場から「もっとキャリアについて考える、学べる機会を定期的に持ちたい」という声も上がってきました。
「MKIキャリアフォーラムで学んだことを、インプットに留めず自分事として考える機会を設け、横連携で実践するコミュニティ」の立ち上げに向けて希望を募ったところ、全国から16名程の社員が「企画から参加したい」と希望してくれました。そのメンバーで集まり、何をやりたいのか、どういう仕組みがいいのかなどを話し合っていきました。
メンバーは営業やエンジニアなど職種もさまざま、年代もバラバラ。ファシリテーションが得意な人、議事録作成が得意な人、グラレコができる人、すぐスケジュールを組める人、可視化に強みを持つ人…など各メンバーが強みを持っていたこともあり、複数回の作戦会議を重ねて、最初の呼びかけから3ヶ月ほどで「MKI Career Lab」という形ができていきました。
──「MKI Career Lab」は、社員のみなさんの主体的な行動から生まれたのですね。具体的にはどういったものなのでしょうか?
「MKI Career Lab」は、キャリアを主体的に考え、学ぶ、繋がる、実践するための実験的なコミュニティで、約170名の社員が自分の意思で参加しています。このコミュニティでは、自業務以外のことで何かを試してみたい、誰かと繋がってみたい、主体的に挑戦してみたいということについて自由に試すことができます。
例えば社外の副業で1on1のメンターとして活動している社員が、自分の傾聴力を活かしたい、質の高い1on1をもっと伝播させたいということで、「イケてる1on1」という試みをやってみるといったようなことをしています。他にも「みんなで学ぶ!Schoo」という集いや、「ランチ同窓会」といった特定のテーマでゆるっと集う場も開催されています。お役立ち情報の提供や雑談もコミュニティの中で行われていて、皆さん直接業務では関わりが無かったり、会ったことがない社員同士でも、カジュアルに会話できるのは、安心・安全な場が形成できているからかもしれません。企画メンバーの発案で、コミュニティルール「出会いや繋がりを楽しむ!共に学ぶ精神を大切にする!相手を尊重したコミュニケーションを心がける」を設けたことも功を奏しました。
日々の自分の仕事、所属部門に関係ないことには、積極的に組織の中では挑戦しにくい部分もありますよね。しかし、このコミュニティでは自由にチャレンジできます。その中でうまくいったものがあれば、社内の公式イベントとして発展させたり、各事業部に展開したりと全社にも広がっていきます。実際に、「MKI Career Lab」の中で試験的に行われていた自分の価値観を発見するワークショップが、人事が展開する研修や各部門からの要請で取り入れられたり、2023年2月に行われたDE&Iの全社イベントでは、「みんなで学ぶ!Schoo」の企画メンバーとコラボした、アンコンシャスバイアスについて学ぶ勉強会も開催され、300名近くが参加し大きな反響を呼びました。
さらに今では、私自身がほとんど運営に関わらずとも、メンバーが自律的に動き、コミュニティが運営されるようになってきています。
2023年4月から始まる中期経営計画では、本格的にキャリアオーナーシップの推進が始まります。こうした動きの前に、社員主導で自ら主体的に動く、学ぶ、繋がる考え方が広まっていったことは意味があることだと考えています。
人事の施策と経営企画の施策をいかに連動させるか?
──人事として幅広い業務を経験された後、山田さんは、2021年4月から経営企画と人事を兼務されています。まずは、兼務に至った背景から教えていただけますか?
2021年4月以降、経営企画統括本部において、企業価値向上を目的とした広報活動とCSV戦略、風土醸成をさらに推進していくことになりました。そのタイミングでエンゲージメント推進室が新設されることになり、室長として声がかかったというのが経緯です。
その際、「経営企画と人事を兼務させてほしい」と上司に相談しました。人事の施策と経営企画の施策、両部門の情報をしっかりと繋いでいくことが大事であると共に、いずれ人事に戻ったときに経営企画側の視点を活かせるようにしたかったと考えていました。
この室で何をやっていくのか模索する中、経営企画でも人事でもカバーできていない領域を探していく中で、エンゲージメント推進やサステナビリティ経営推進に取り組んでいくことになりました。
──そういった経緯で立ち上げられたエンゲージメント推進室では、どのような取り組みをされたのでしょうか?
主に従業員エンゲージメント向上、サステナビリティ経営推進、DE&I推進 です。
従業員エンゲージメントに関しては、エンゲージメントサーベイを用いて毎年調査をしていますが、これまでは結果の開示のみに留まっていましたので、結果の分析と可視化から始めました。そのときも、ただ結果を開示するだけでは「この部は良い、悪い」と各組織の成績表になってしまうので、各組織の前年との差異(伸び幅、下がり幅)、各組織の強み、改善課題に注目するようにしました。
さらに取り組みの1年目には、全ての本部に対して1本部ずつ丁寧に、ライン長とのフィードバックと対話を行いました。その際は調査結果の見方を伝えるのはもちろん、結果をもとにメンバーと対話すること、見えた課題や兆しに対するアクションプランを立てること、をお願いしました。
エンゲージメントサーベイはただ調査しているだけではない。スコアの数値を上げることが目的でもない、会社や各組織がどのような未来像を描いているか、その未来像に向けて現状はどのような状態かを把握するために、数値を用いて可視化する必要があることを意識的に発信しました。
初年度にかなり丁寧なフィードバックや発信を心がけたことで、2年目からの運用はかなりスムーズになりました。また、エンゲージメントサーベイを実施する時期を意識しつつ、エンゲージメント向上、組織力向上に向けた取り組みを主体的に行ってくれる部署も出てきました。先ほど伝えた「MKI Career Lab」内で行われていた、メンバ―の価値観を知るワークショップを、組織力向上のために取り入れたいというライン長からの依頼も増えました。
一人の力では取り組む領域が広すぎて途方もなくなりますが、賛同してくれる仲間や運営するメンバー、上司の支援や応援があったからこそ、推進できたと思っています。
──サステナビリティ経営推進については、どのような取り組みをされたのでしょうか?
サステナビリティ経営推進については知識ゼロからのスタートだったので、様々なセミナーに参加して学びを深めると共に、「英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー」講座に通いながら、グローバルのトレンドについても学びました。
資格取得時点でまだ自社のサステナビリティ戦略が途中段階だったため、数十ページにわたる事後課題を作成し、上司や当時の副社長にプレゼンをした上で提出しました。この作成したレポートが自社のマテリアリティ策定や、サステナビリティ戦略のベースとなりました。同じ講座に通った他社の仲間とは、資格取得した2021年から継続して月1回、サステナビリティレポート輪読会を開催し、研鑽を積んでいます。
2023年4月に人事に戻りました。人事総務統括本部の中にグループ人材開発部が新設され、次はキャリア推進室を率いる立場に。異動と兼務を経験できたお陰で、以前よりも広い視野や視点で考えられるようになったと思います。この経験を人事視点でのサステナビリティ経営推進、人的資本経営の推進も含め、活かしていきたいと考えています。その為にも、私自身が日々成長を楽しみ、キャリアオーナーシップを体現し続けたいと思います。
編集後記
「キャリア自律を推進すると、会社を辞める社員が増えるんじゃないか。そんな不安を感じる方もいるかもしれませんが、自律的な社員が増えたほうが組織の生産性向上、業績向上につながることを立証していけると私は思っている」山田さんが取材中に話していて印象に残った言葉です。個人としての学びや気づき、経験を、いかに組織の成果へとつなげるか。山田さんの仕事ぶりから、そのヒントを多く得られるのではないでしょうか。