コンサル会社出身の人事が考える制度構築。プロジェクトマネジメントと本質的なゴール設定
従来の人事制度の主流であった終身雇用や年功序列に代わり、「ジョブ型雇用」を導入する企業が増えています。こうした動きや、新型コロナウイルスの影響などによる社会の大きな変化もあり、現在の人事制度に課題感を持つ企業も増えています。
こうした状況に対して、「制度の構築だけでなく運用についても、外部の知見のある人を活用するカルチャーが広まってほしい」と話すのが、貝印株式会社の人事部でマネージャーとして活躍されている山木 のぞみさんです。
山木さんは、人事コンサルティングファームでの経験を経て、事業会社の人事へと転職。自社の人事制度の刷新プロジェクト、制度全般の運用に携わってきたほか、これまでの経験を活かし人事制度設計・運用に困っている企業の力になりたいとお考えです。今回は、山木さん自身の経験をもとに、人事制度導入プロジェクトにおいて大事にしたいことを伺ってきました。
<プロフィール>
山木 のぞみ(やまき のぞみ)/貝印株式会社 グループ経営統括本部 国内グループ 人事部 マネージャー
高校時代に心理学を勉強する中で人事コンサルティングに興味を持ち、大学進学後は産業組織心理学を専攻。2012年に新卒でアーンスト・アンド・ヤング・アドバイザリー株式会社(現:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社)に入社。2013年にクレイア・コンサルティング株式会社に転職し、新人事制度の構築および運用支援を中心に幅広い業務に携わる。その後、日産自動車株式会社での勤務を経て、2018年に貝印株式会社に入社。人事制度の企画・運用、人事制度刷新プロジェクト、人事制度全般の運用などを担当している。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
人事制度導入プロジェクトの全体像を把握したかった
──山木さんは、人事コンサルティングファームでの経験を経て事業会社の人事となりましたが、まずは人事コンサルティングファームへの入社経緯から教えてください。
大学卒業後、新卒で入社したのがIT、人事、会計などを幅広く手掛けている総合コンサルティングファームで、私自身が強く希望していた人事コンサルティングに携われるのではないかと入社を決めました。入社後すぐに配属されたのは、基幹システムの刷新プロジェクト。要件定義などの業務に1年半ほど携わったのですが、やはり人事コンサルティングに携わりたいという想いからクレイア・コンサルティング株式会社に転職しました。
転職後は、まさに人事コンサルの仕事といった、評価・報酬・等級まわりの人事制度の刷新、設計などに携わりました。特に、大きな組織再編に伴う人事制度の刷新に関わる機会が多かったです。例えば、総合商社が関連会社を経営統合する際、各社の人事制度を含む組織再編や人事制度構築を支援する役割を担っていました。
──人事コンサルティングの仕事は、学生時代からの目標だったわけですね。そこから、事業会社の人事へのキャリアチェンジを考えたのはなぜでしょうか?
理由は、人事制度の運用も含めた全体像を把握したいと考えたからです。
人事コンサルティングファームの一員となって企業を支援していく中で、企業の人事担当者からさまざまな質問を寄せられました。例えば「こんなケースではどう評価をつければいいですか?」「運用開始後に評価者から質問があったのですがどう対応すればよいですか?」といった内容ですが、やりとりの中で感じたことがありました。
それは、人事制度の設計や導入をしたものの、企業の社員がどんな反応を示しているかをリアルに知らないということ。導入後の運用過程では、コンサルティングファームの我々が提案していないことでも、人事担当者が見えないところでいろいろ工夫をしていることを知りました。
人事コンサルティングをしているだけでは、人事制度の運用も含めた全体像を把握できない。人事制度を導入する側の事業会社で働き、運用も経験することで、全体像をリアルに把握できるのではないか。こうした理由から事業会社の人事になることを決めました。
グローバル刃物メーカーの人事制度刷新プロジェクトを担う人事担当者に
──事業会社の人事として、人事制度導入プロジェクトの全体像を把握したいと入社したのが貝印だったのですね。入社時、会社はどのような状況でしたか?
私が貝印に入社したのは、未来に向けた基盤づくりを進めている段階でした。中期経営計画を策定し、IT領域でも大規模なシステムの入れ替えを行い、その流れで人事制度も刷新しましょうというタイミングでした。すでにコンサルティングファームによる最初のヒアリングが終わり、今後の大まかな方向性が決まっていた状態でした。
──人事制度の刷新によって何を実現したいと考えていたのでしょうか?
貝印は、カミソリに代表される刃物を中心とし、調理用品や化粧道具、衛生用品を販売するメーカーです。創業から115年以上の歴史を持つ会社ですが、これまで「社員は家族」という人事理念のもと社員に寄り添い続けていたため、社員から会社に対する信頼が厚く、社員も評価に強い関心を持っていませんでした。人事部を持たず総務部が人事や経理の機能も兼任でやってきたほどです。
この状況では今は良くても、今後の厳しい時代を生き残っていけない。多少の痛みを伴ってでも、優秀な社員、成果をあげた社員はしっかり評価をすることで、会社の強みを伸ばしていこう。年功序列だけでなく、成果主義も取り入れながら会社をより良くしていこう。これらが、人事制度の刷新によって実現したいことでした。
──そんな中で、山木さんはどのような役割を担ったのでしょうか。
人事コンサルティングファームと自社のつなぎ役を担っていました。自然とその役割を担うようになったのですが、コンサルティングファームからの提案の意図を深く理解しておくことが、実際に制度を運用する際に重要になってくると感じたからです。
導入前には、コンサルタントが作成した資料を加味して、「この施策を実行すると、うちの会社ではこういうことが起きますがどうしますか?」と問いかけたり。自社で出た意見を集約し、コンサルタントに伝えたり。運用開始後は、上司や役員から「評価制度のここを変えたい」と提案があれば、「この制度はこういったことを目的に設計しているので、そこを変更するとこんな影響があるけどいいですか?」と回答したり。一つひとつの施策にどんな狙いがあり、組織にどんな影響があるのかに立ち戻ってもらうことを重視していました。
また、制度自体の設計はコンサルティングファームが行いましたが、制度運用は自社でやることになったため、評価の運用設計などは私が担当しました。評価ミーティングなど運用サイクルづくり、社員向けの説明会資料の作成、実際の運用など幅広く担当しましたね。
全体像を把握して気づいた、人事制度の導入プロジェクトのゴール
──長い歴史の中で初めての制度変更、また痛みを伴う変更ということでしたが、導入時に社員の方々からの反発はなかったのでしょうか?
実は、導入当初に大きな反発はなかったんです。劇的な制度変更ではなかったので受け入れられやすかったのもありますし、家族のように社員を大切にしてきた会社だったので、社員にも「会社が自分たちに悪い変更をするはずがない」と考えていたと思います。
ただ、優秀な社員、成果をあげた社員に報いていく制度変更ですから、導入開始から1年、2年と経過していくと、昇給や昇格に差が出る可能性が出始めました。すると「入社3年目のあの人はたしかに優秀だけど、本当に5年目の人より上にするべきか」とより真剣に議論されるようになりました。反発の声があがるというより、年功的な運用をしてきたがゆえに判断に迷う場面が現実として出てきたんです。成果をあげた社員がいても、評価者があまり差をつけずに評価するといったようなケースもありました。これではそもそもの目的を達成できないと、打ち手を講じていくことにしました。
人事制度を回していく上では、評価者や管理職が制度が目指すところを理解し運用することが何より重要です。彼らも差をつけたくないわけではなく、優秀な社員や成果をあげた社員にはしっかり報いたいと考えていました。ただ、彼ら自身も古い制度のもとで働いてきたので、どう評価すべきかが分からないし、他の評価者や管理職がどうしているのかも分からない。だから、自分が受けてきたような評価をしてしまっていたんです。
こうした問題を解決するために、各本部ごとに「目線合わせ会議」というものを実施し、情報をオープンにすることにしました。この会議では、評価者や管理職が自身のメンバーの評価を持ち寄り、「なぜこの評価をつけたのか」をお互いに共有するのが狙いです。そうやって「こんな成果をあげた人にはこういう評価をしてもいいんだ」「こうしたフィードバックをすれば、こんな評価をしても効果的なんだ」と学べるようにしました。
評価者や管理職はみな、自分がつけた評価に対する説明責任があり、きちんと説明できないと組織状態も悪くなってしまいます。そのリスクを恐れるあまり、社員ごとに差をつけず無難な評価をしてしまうと、そもそも制度を刷新した意味がなくなってしまう。そうならないよう目線合わせ会議を繰り返し開催することで、評価者や管理職も徐々に社員の実力や実績に合わせた評価ができるようになっていきました。
──人事コンサルティングファームと、事業会社の人事の双方の立場から、人事制度の刷新プロジェクトを経験して気づいたことはありますか?
人事制度の導入プロジェクトというと、制度を導入し、社員向けに説明会をして制度が動き出したら終わり…と考える方もいるかと思います。しかし、人事コンサルティングファームを経て事業会社の人事になったことで、人事制度の導入=プロジェクト終了ではないと考えるようになりました。
より大切なのが、運用のフェーズ。さらに言えば、運用サイクルを回していればOKではなく、会社として実現したかったゴールに向かい続けているかを常にウォッチすることが重要です。その視点で考えると、人事制度の導入プロジェクトにおけるゴールとは、制度導入により達成したかったことを実現したときと言えるのではないでしょうか。
ITシステムの導入プロジェクトの場合、システム導入時点でやりたかったことがほぼ達成できてしまうことも多いんです。
一方で人事制度の場合、導入した瞬間に何かが変わることはなく、目的が達成されるわけでもありません。だから、導入すればプロジェクトが終わりというのはちょっと違うと考えています。3年、5年、長ければ10年と会社の変化を見守り続けていくプロジェクトだと捉えるほうが正しいのではないかと考えるようになりました。
人事コンサルティングファームと事業会社を経験したからこその気づき
──人事コンサルティングファームでの経験があったからこそ、事業会社の人事として働くうえで役立ったことは何でしょうか?
コンサルタントは、お客様が実現したいゴールは何なのかを理解し、そこに向けてどうソリューションを提供していくかを考える仕事です。例えばITシステムを入れ替え、これまでのやり方を変えなければいけない場合、「みなさんが最終的に実現したいことはこれですよね」「システムを変えてやり方が変わっても、この機能があれば最終的にやりたいことは実現できます」と提案をしていきます。最終的にお客様がどうしたいのか、何を実現したいのかを常に見据えて行動していくのがコンサルタントの仕事です。
こうした仕事の進め方を身につけたことは、事業会社の人事として働くうえでも大いに役立ちました。この制度や施策が目指すところは何なのか?評価を運用することで実現したいことは何なのか?常に目的に立ち返る習慣ができたことで、今すべきことに集中できるようになりました。
──特に人事制度を刷新する場合、事業会社の人事だけで進めていくのは難しいのでしょうか?
そうだと思います。制度構築は人事コンサルティングファームに依頼する場合でも、運用が回り始めた時点で支援が終わることも多いです。運用こそが重要なのに、自分たちで実施しなければいけません。
また、事業会社の状況を考えると、人事担当者の多くは採用業務からキャリアをスタートし、しばらくして制度関係に携わることになります。すると、人事制度の仕組みをしっかり勉強する機会は限られてしまいます。人事制度のプロが不在の状態で、制度を刷新し、運用していくのはかなり難しい。だからこそ、制度の構築だけでなく運用についても、外部の知見のある人を活用するカルチャーが広まってほしい。大切なのは自社で完結することではなく、会社として目指すゴールを達成することですから。
──人事コンサルティングファームでの経験から、その他に気づいたことはありますか。
コンサルタントの方はよく言われていることだと思うのですが、クライアントに資料を提示する際は必ず推奨案を出すようにと言われていました。そのほうがクライアントも決定しやすいというのが理由ですが、私自身もその通りだと実践していました。
しかし事業会社の人事になり、必ずしもこれは正しくないんじゃないかと思ったんです。人事担当者の中には、初めて人事制度の刷新に携わるという方もたくさんいます。そんな方々が、コンサルタントから推奨プランを提案されたら、ついつい推奨プランを選びます。しかし、人事担当者がなぜそのプランにすべきかを自分事として理解できずに意思決定をしてしまうと、運用フェーズで問題が発生しやすいと気づきました。
推奨されたプランで制度運用を始めたものの、運用しにくいと感じたら、運用者が変更を安易にすることも往々にして起こっています。そうやってちょっとずつ運用しやすい方向に流れていくことで、その制度が目指すゴールが達成できなくなったことに気づかないまま、改悪された制度だけが回っているケースも多いと感じます。だからこそ、コンサルタントとしては、事業会社の人事力などを把握したうえで、どこからどこまで説明や支援をすべきか判断する必要があると感じました。
事業会社の人事としては、制度や施策を導入することをゴールとするのではなく、導入によって社員がどんな感情を抱く可能性があるのか、1年後、3年後、5年後に会社や社員にどんな影響があるのかまでを細かく想像したうえで、一つひとつの判断をしていくことが重要です。
編集後記
「時代も変われば、人も変わる。それに合わせて制度を変えていくこと自体は良いけれど、目的と違う方向に変わらないよう注意するのが人事の役割です」山木さんにお話を伺って印象に残った言葉です。たとえ小さな変更でも、全体にどのような影響があるかを考えること。日々の制度運用を通じて、会社が目指すゴールに向かっているかをウォッチし続けること。そういった全体視点を持つことが人事に求められると感じました。人事制度の刷新を進める上で非常に役立つ情報ではないでしょうか。