ジョブ型人材マネジメントを浸透させるための、キャリアに対する意識改革の重要性
リレーインタビュー企画の第13弾は、前回記事の三井情報株式会社 山田 美夏さんよりご紹介いただいた黒川 彩乃さんの登場です。
新卒でパナソニックグループに入社しSEとして数年にわたり活躍した後に人事部へと異動。採用、人材育成を経験し、2022年8月より社員の自律的なキャリア形成を支援する施策の企画・運営に携わったほか、2023年4月からスタートしたジョブ型人材マネジメントの推進にも携わり、自社内でキャリアオーナーシップを推進しようと取り組まれています。
今回は、そんな黒川さんに同社の事例を踏まえながら、「ジョブ型人材マネジメントを浸透させるための、キャリアに対する意識改革の重要性」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
黒川 彩乃(くろかわ あやの)/パナソニック コネクト株式会社 人事総務本部 キャリアデザイン部 キャリアコンサルティング課 マネージャー
2010年にパナソニックグループに新卒入社。SEとしてBtoBのビジネス分野でシステムソリューションの提案・システム構築を担当。その後、人事へ異動し、約4年にわたり採用業務に携わった後に産休・育休を取得。復帰後は人材開発に携わるようになり、2022年8月より社員の自律的なキャリア形成を支援する施策の企画・運営にも携わっている。
目次
自身の体験から「キャリアオーナーシップ」の重要性に気づく
──黒川さんは、SEとしてキャリアをスタートしながら、人事へキャリアチェンジされました。まずは、その経緯から教えていただけますか?
きっかけは、労働組合の活動に参加したことです。パナソニックグループに新卒入社して4年目を迎えた頃、仕事ではPL(プロジェクトリーダー)を任せてもらうようになるなど、順調に経験を積んでいました。一方、20代後半に差し掛かる中で「このままずっとSEとして仕事を続けていけるのかな」と漠然とした不安を抱くようになっていました。
そこで、ロールモデルを探して女性の先輩エンジニアに相談したり、役職者や先輩のPL・PM(プロジェクトマネージャー)の方に話をお聞かせいただく機会を増やしていきました。そうすることで私自身の不安は解消されていったのですが、同じような不安を抱いている女性社員は多く、また、相談できる相手がなく不安を抱き続ける社員の方もいるかもしれない。会社に届けるべき現場の声はまだまだ多いのではと感じるようになりました。そこで、自分自身が、現場の声や思いを会社に届けられる立場になり、会社を変えられるようになりたいと思い、労働組合の活動に参加することにしました。
組合の活動では、全国各地で働くさまざまな職種の女性社員と意見交換をすることができました。また、そこで聞いた声を経営陣に提言し、共感してもらい、会社の制度やルールが変わっていくのを当事者として体験できました。社員の声で会社も変わるという実感を持ちましたし、もっと違う角度で人事制度の変更などに携わり、自分と同じような女性社員、若手社員の不安を解消していける仕事がしたいと考えるようになりました。そんな想いを持っていたところ、人事部門への異動が叶いました。
──自身のキャリアをじっくり考えるようになったことが、人事へのキャリアチェンジにつながったわけですね。人事部への異動後はどういったことを感じましたか?
異動してからは約4年ほど採用業務を担当した後、産休・育休を取得しました。復帰してから人材開発に携わることになりましたが、その経験が働き方にも影響を与えました。
人材開発で私が担当したのは、入社4年目以降の若手社員を対象とした研修やキャリアセミナー、30・40・50歳の節目を迎えた社員向けの研修を企画する業務でした。こうした業務を担当する中で、自分が20代のときにお世話になった先輩方がこの先もずっとイキイキ働けるのだろうかと感じる機会がありました。人生100年時代とも言われ、例えば70歳まで働くとなったとき、どんなキャリアを歩んでいけるのだろうかと。従来の階層別の研修では、社員一人ひとりのキャリアを充実させていくには不充分だと感じました。
これまでは研修を企画する立場でしたが、キャリアという軸において、若手女性社員、ミドル・シニア層の社員のキャリア形成を支援していきたいと考えるようになりました。ただ、何をどう進めていけばいいか分からない。そう感じていたとき、『プロティアン・キャリア』という考え方と出会いました。ギリシャ神話の神プロテウスのように、社会の変化に応じて、自分の意思で自由に姿を変え、形成していくキャリアのことを指します。
変幻自在に自分のキャリアをつくりあげていくという考え方は、自分の会社にもフィットするのではないか―そう考えたものの、いきなり提案してもなかなか理解されないだろう、と。そこでまずは、自分自身が「プロティアン・キャリア戦略塾」というものに参加し、しっかりと考え方を学んだ上で自社に浸透させていこうと考えました。
──黒川さんは人事部への異動後に産休・育休を取得されていますが、その経験によってキャリアに対する考え方に変化はありましたか?
産休・育休の期間も大きかったです。育休に入る前は、キャリアが遅れてしまう、止まってしまうと少しネガティブな捉え方をしていました。しかし子どもと向き合う毎日は、実際には自分自身を見つめ直し、強みを再認識できる、大変貴重な時間になりました。また、育休コミュニティに参加し、さまざまな企業の育休取得者の方とやりとりしたことで、「立ち止まってキャリアを考える時間も大切なんだ」と考えるきっかけにもなりました。
ジョブ型人材マネジメントを導入した背景
──続いて、ジョブ型人材マネジメント(新人材マネジメント)導入のお話を伺っていきます。2023年4月よりジョブ型人材マネジメントをスタートしていますが、まずは変更の背景から教えてください。
もともとはパナソニック内のカンパニー制だったため、パナソニックの人事制度が基本でした。しかし2022年4月にパナソニックがホールディングス化したタイミングで、人事制度も刷新したほうがいいだろうとなりました。ジョブ型人材マネジメントの導入を決めたのは、次のような背景からです。
2017年4月に樋口 泰行が代表に就任して以降、企業文化を変えていこうと、カルチャー&マインド改革をはじめ、様々な会社の改革を進めてきました。ハードウェアの売り切りビジネスから、ソフトウェア、ソリューション、リカーリングビジネスへの展開を進めるなどビジネス改革も行い、サプライチェーンマネジメントソフトウェアの世界トップ企業であるBlue Yonderも買収しました。
ソフトウェアビジネスに注力していくことで、必然的に人材に求められる要件も変わってきます。Blue Yonderの買収により、海外人材も増えていく。また将来的にグローバルで戦っていくためにも、グローバル企業の働き方、給与体系に合った人材マネジメントを導入する必要性が出てきました。
会社が大きく変化するということは、社員も変化していく必要性が出てきます。「会社に言われたことは何でもします」という働き方ではなく、一人ひとりが自分のキャリアを考え、強みを把握し、自発的に学習して挑戦していく。そういった自律的な社員を増やしていくには、制度を変え、社員の意識を変えていく必要があると考えました。ジョブ型人材マネジメントの導入そのものが目的ではなく、社員全員が市場価値の高いプロフェッショナルとなることで、生産性を高め、個人も会社も発展していける状態をつくりたいと考えたのです。
──ジョブ型人材マネジメントの導入にあたり、黒川さんはどういった役割を担ったのでしょうか?
ジョブ型人材マネジメントの導入にむけては、2022年4月の事業会社への移行と同じタイミングで、社内でいくつものプロジェクトが立ちあがり、スタートしました。制度の大枠をつくる、報酬制度を組み立てる、ジョブディスクリプション(JD)をつくる…いくつものプロジェクトが並行して進む中で、私もあるプロジェクトを推進していくことになりました。
私が担当したのは、ジョブ型人材マネジメントを導入する中で、どういった人材育成を行い、人的資本の最大化という点で価値発揮をしていくかという領域でした。従来の制度は、ある社員が成長していく中で、その社員に何をさせるかを考えるというもの。しかしジョブ型人材マネジメントでは、事業戦略に応じてさまざまなポジションが設定され、そのポジションに当てはまる社員をアサインしていきます。
そのポジションに就くために必要な能力やスキルは何か。その能力やスキルを身につける、磨くためにはどういった研修や仕組みがあればいいのか。全部で22の職種があったのですが、各ポジションのジョブディスクリプションに合わせて研修を作り上げていくのが主な役割でした。
また、社員が目指すキャリアプランに向けて自発的に学習するのを支援できるよう自社のパーパスやコアバリューと連動した『CONNECTers’ Academy』というラーニング機関の立ち上げにも関わりました。
具体的には、コアバリュー、リテラシー、スキルと3つの領域に分類し、それぞれの領域で必要な研修の企画や組み立てを進めていきました。特にスキル面は、専門職を含めて22職種があり、各職種の専門スキルを高めていくためにどんな研修が必要かを考えていくのが難しかったですね。職種ごとのオーナーである役員や取締役とやり取りしながら専門スキルの磨き方を検討していきました。
ジョブ型人材マネジメントは、各ジョブを定義して終わりではありません。ジョブごとにどんなスキルが必要で、そのスキルをどう身につけるかを提示することが重要です。特に専門職の場合、人事だけで進めるのは難しい部分もあるので、各職種の責任者などと連携することが必要です。
──さまざまなプロジェクトを同時並行で動かしながらジョブ型人材マネジメントの準備を進めていったかと思いますが、導入時の現場社員の反応はいかがでしたか?
現場社員の反応としては、「今までと何が変わるのか?」「自分にどんな影響があるのか?」というものが多かったです。今までは会社から異動や配置転換を指示されていたけど、今後はすべて自分で決めていくことになります。言葉としては理解しているものの、あまり実感がないのが正直な反応です。ここを多くの社員に早く実感してもらい、一人ひとりが自分のキャリアを考え、実現していくことが会社の成長につながっていくんだと感じてもらうことが課題だと感じています。
制度の浸透に向けた、カルチャー&マインド改革の重要性
──全社員に影響のある制度変更でありながら、意外と現場社員の反応は大きくなかったのですね。こうした中で、制度浸透に向けてどういった取り組みをしていったのでしょうか。
制度が変わっただけだと、実感として少ないのは当然として、ここからどれだけスピードアップをして全従業員が自律したキャリア形成の重要性を認識していただけるかだと思っています。
そのために、まずはトップから制度変更の実施背景や目指すゴールを発表してもらいました。さらに全社員受講必須で、法政大学教授でキャリア論を専門とされる田中研之輔先生とCHROの新家の対談動画を配信したり、eラーニングを実施したりするなど、会社の考えをさまざまな方法で発信しました。なお、メッセージがブレないよう、「キャリア自律」などさまざまな用語を使うことはせず、「キャリアオーナーシップ」という言葉に統一することも大事にしました。
──トップからメッセージを発信する、社内の共通言語をつくる、などさまざまな工夫をされてきたんですね。その他、現場への浸透に向けて取り組んだことはありますか?
他社事例を参考にしながら、キャリアやラーニングについて意識的に考える「キャリア月間(CONNECTers’ Success Month)」という場をつくりました。平日のランチタイム30~45分ほどを利用し、オンライン上で各種イベントを実施します。例えば、アカデミーでの研修の選び方を紹介する、副業制度を利用した社員に語ってもらう、といった内容です。
いろいろな制度や仕組みがあっても、日々の仕事に追われているとなかなか調べる時間を持てません。意欲はあるものの「分からないから最初の一歩を踏み出せない」という社員に参加してもらい、制度の利用方法や利用者の声を紹介していくことで、目標設定時の一助にしたり、その後のアクションにつなげていくことを目指しています。もちろん、参加は強制ではありません。一方でイベントの動画はアーカイブにして残していくなど、継続的に情報を発信し続けることで、社員が知りたいと思ったときに手が届く場所に情報がある状況を整えていこうと考えています。
誰もが気軽にキャリアについて話せるように
──制度の浸透に向けてさまざまな取り組みを実施していることが伝わってきました。実際に制度変更を経験してみて大変だと感じたことはありますか?
私が感じたのは、トップが言い続けることの重要性です。松下幸之助の言葉に「物をつくる前に人をつくる」という言葉があるのですが、この言葉だけを見ると、社員を育てるために会社がいろいろやってくれると考えてしまいがちです。しかし、松下幸之助の言葉を詳しく見ていくと、「自ら育てていく覚悟を持つのは社員である」といった言葉もあります。これこそ、キャリアオーナーシップの考え方ではないでしょうか。
自分がこの会社で何をしたいのか。これからどう人生を生きていきたいのか。キャリアは本来自分が持っているはずのものですが、本人が持っていることを自覚してもらう支援をしていくことが人事として重要だと考えています。
──黒川さん自身が今後目指していきたい状態はどんなものでしょうか。
すべての社員が、キャリアについて「自分はこうしたいんだ」とフランクに話せる環境をつくっていきたいですね。私自身もまだまだできていませんが、「自分はこういう人生を送りたい、だから会社ではこんなことを実現したい」といったことを一人ひとりが話せる会社にしていきたいです。
ジョブ型人材マネジメントは2023年4月に始まったばかりですが、1年、2年が経った頃に自身の評価が変わったことを感じ、キャリアについて真剣に考える社員が増えてくるでしょう。そんなとき、すぐに情報を得られる環境、すぐに相談できる体制を整えていきたいです。社内外を含めての1on1の場を用意するなど、キャリアコンサルティングしてもらえる仕組みも整えていこうと考えています。
──キャリアオーナーシップの意識を社内に浸透させていくために、今後やっていくべきことは何でしょうか?
この点は非常に難しいですが、一番はマインドの醸成だと思います。キャリアに対する考え方は、一人ひとりそれぞれ異なるもの。だからこそ、まずはみんなが見ている景色を合わせるところから始めていきます。その上でキャリアについて言語化し、それを共有する場をつくっていく。そのサイクルを回していくことで、キャリアについてフランクに話せる場もできていくはずです。時間はかかると思いますが、その各プロセスについて、私たちができる支援を進めていきます。
編集後記
「どれだけ制度をつくり、研修の機会をつくったりすることより、ラーニングカルチャーを醸成することが何より大事」黒川さんが取材中に話していて印象に残った言葉です。制度導入すれば終わりではなく、自ら学びたいと思える環境をいかにつくるか。学びたいと思った社員にすぐ学ぶ場を提供できるか。こうした場づくりが、カルチャー醸成に重要になるのではないでしょうか。