「対話」で組織を変える。最大の理解者としての人事のあり方
リレーインタビュー企画の第9弾は、前回記事の竹内 富貴さんよりご紹介いただいた森 麻子さんの登場です。
百貨店における若年層の育成、楽天株式会社におけるマネジメント層向けのグローバルリーダーシッププログラムなど、これまで多くの育成経験を持つ森さん。2020年からは住友重機械工業株式会社に移り、組織開発活動を立ち上げて精力的に活躍されています。
今回はそんな森さんに、「対話を通して組織開発を推進するためには」というテーマでお話を伺いました。
<プロフィール>
森 麻子(もり あさこ)/住友重機械工業株式会社 人事本部 人事戦略部 組織開発G
2003年に新卒で百貨店入社。2006年より新入社員研修を中心とした若年層の育成業務を担当した後、2010年に楽天に転職。国内外のマネジメント層向けのリーダーシッププログラムを企画・運営。2016年に機械メーカーに転職。人事企画グループ長としてタレントマネジメントや制度設計、労務管理などの幅広い人事業務に従事。2020年に住友重機械工業株式会社へ移り、組織開発活動を立ち上げて全社事務局を担当。30ユニットにもわたる広範囲の専任担当として組織開発を推進している。
目次
「対話」は国境を超える
──楽天時代に「国内外のマネジメント層向けリーダーシッププログラム」を企画・運営された森さん。異なる文化・カルチャーを持った複数組織を横断したプログラムを行った背景には何があったのでしょうか。
私が入社した2010年頃の楽天は、組織規模もすでに大きくなっていて、ちょうど社内公用語を英語にしてグローバルに展開していくタイミングでした。それに合わせて海外企業のM&Aも積極的に行っていたのですが、PMI(※1)に取り組む中で「楽天のカルチャーを各企業に浸透させる」部分は未着手な部分も多くあって。その解決策の1つとして始めたのが、国内外のミドルマネジメント層を対象にしたリーダーシッププログラムでした。
※1:PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)とは、M&Aによるシナジー効果を確実にするための統合プロセスとマネジメントのこと。
具体的な内容としては、年2回、それぞれ1週間ほど日本に集まってもらい、企業理念を理解してもらうというもの。15か国から50人以上が参加するプログラムで、時間もコストも掛けた取り組みでしたが、それでも理念を理解し体現できるようになるまでには相当苦労しましたね。
まず直面したのは、国による文化の違い。日本であれば「阿吽の呼吸」という言葉があるように、自身が腹落ちしていないことでも周囲に合わせて行動することができたりします。しかしグローバル環境では、「なぜやるのか」の意義を丁寧に伝え、その行動から得られる成果や事例を見せ、納得・腹落ちすることなしには行動につながりません。いわゆる「対話」が重要になってきます。
仮に「楽天のやり方でやってみたらうまくいった、業績が伸びた!」という部分を提示できたとしても、すぐ理念が浸透できるかというとそうもいきません。M&Aした会社にもカルチャーがあるので、そこも尊重しなければ社員から大きな反発が起こります。これまでのカルチャーを徐々に理解しつつ、そこにうまく理念をなじませていくくらい慎重に進めなければならないのですが、これは何もグローバル企業に限った話ではありません。国内企業でも十分ありえる話です。
役員や社員とインタラクティブに「対話」を繰り返しながら、理念浸透や相互理解を進めていく──こうした楽天時代の取り組みには、組織開発のエッセンスが多分に含まれていたなと今になって感じています。
──グローバルにおいても「対話」の重要性は変わらないのですね。ちなみに、楽天ではどのような形で「対話」を進めて来られたのでしょうか。
大きく以下3つのステップに分けて取り組みを考えていました。
(1)知ってもらう
(2)理解してもらう
(3)やってもらう
(1)知ってもらう
すべての前提となる工程であり、楽天でも相当力を入れていた部分です。例えば、先ほどご紹介した1週間のリーダーシッププログラムでは、楽天創業メンバーから「楽天の成り立ち・歴史」「大事にしてきたこと」などをセッションを通じて伝えたり、ワークショップ形式でディスカッションを通じて理解を深めてもらったりしました。また、楽天市場のイメージ元でもある東京上野のアメ横商店街に連れて行くことで、安さや効率性とは真逆の日本らしい商売のあり方について頭と肌で感じてもらうなどの取り組みも行いました。
(2)理解してもらう
理解フェーズでは、これまでのカルチャーや価値観とのすり合わせを地道に行いました。楽天のビジネスモデルをグローバルに展開する上で、仕事の進め方を理解してもらうことはとても重要です。KPIの設定1つとってもそう。楽天ほど細かくKPIを設定する企業はグローバルレベルでもあまりないため、なぜKPIが必要で、なぜレポートを細かく行うのかについても背景や理由の説明がマストでした。
(3)やってもらう
知って理解できたとしても、実践にまでつなげるのは簡単ではありません。現地に戻った時に理念を体現してもらえるようにプログラムの最後に「現地に戻ってからどう理念を実践するか」を社長へ直接プレゼンする機会を作り、帰国後のフォローを現地の上司にお願いしていました。
これらの取り組みが功を奏して、徐々に理念を理解・体現して他者へも伝播できるリーダーが増えていきました。今振り返れば現地に戻ってからのフォローをもっと充実できたのではと反省する点もありますが、私たちが関与していないところでも参加者同士がつながって理解を深める場が生まれるなど、予期せぬ広がりがあったことはとても嬉しいことでした。
大企業の組織開発においても「対話」は有効
──業界もカルチャーもまったく違う住友重機械工業を次として選んだのはどんな狙いからですか?
機械メーカーで人事企画グループ長として広く人事業務に携わっていたこともあり、「今後はもっと分野を絞って専門性を高めたい」という想いが日に日に強くなりまして。そんな時です、現職からお誘いを受けたのは。当時、住友重機械工業では組織開発チームを立ち上げようとしており、そんな環境下であれば試行錯誤しながら取り組めそうだと感じて入社を決意しました。
組織開発チームの立ち上げ背景には、従来のトップダウン的な風土から脱却し、社員の主体性や自律性を引き出したいというトップの想いがありました。「なぜ現状はそうなっていないのだろう」と対話を通して社員の話を聞いたところ、顧客の要望に応える形でモノづくりをしてきたこと、失敗が許されない環境があったことなどが浮かび上がってきて。新しいものを生み出す技術力がありながら、そうした環境下からやむなく“受け身”な文化が定着していたことが見えてきました。
なお、組織内には生え抜きの社員だけでなく、専門性を持った中途入社者も多く在籍していました。技術力はもちろん、真面目で行動力のある方が多いことから、そんな方々の主体性を引き出せればより大きな価値発揮ができるはず。そう考えているトップの想いのもと、各ビジネスユニット(数百名〜数千名規模)の組織長に人選をお願いして、推進リーダー1人を立ててもらうことにしたのです。
そうした体制にした理由は大きく2つ。1つは、「組織の事業やフェーズに合わせてありたい姿や施策を考えたかった」から。大企業だとセグメントが違えば別会社かと思うほどカラーが異なるのはよくあります。それぞれの状況や事情に合わせるためには、ユニットごとに組織開発を進める必要がありました。
もう1つは、「自分たちの組織を自分たちで良くしていく主体性を持ってもらいたかった」から。人事が中心になっていては、いつまでも当事者意識が芽生えることはありません。しかも、答えは各組織の中にしかない。だからこそ、人事はコーディネーターとして伴走するに留め、現場に主導権を持ってもらうのがベストだと考えたのです。
──住友重機械工業ほどの大きな組織でも、ユニットごとに活動すれば自分事化しやすいというわけですね。ちなみに、具体的な人事のサポート内容としてはどんなことを実施されたのでしょうか?
各組織の変化具合は社員意識調査で定点観測しています。ただ、これはあくまで健康診断的な物差しにすぎません。あくまで「対話」を起点として、組織コンディションや風土の変化を感じ取ることがなにより重要です。
なお、「対話」の範囲ややり方は関与する事業部やフェーズに合わせて変えています。現場のミーティングに人事が直接入ってコーディネーションする場合もあれば、間接的な関与に留める場合も。また対話相手も部長クラスから現場メンバーまでさまざまです。オンラインとオフラインも状況により使い分けています。
そうして「対話」を繰り返すと、その組織やメンバー1人ひとりの価値観や課題認識が徐々に理解できるようになってくるんですよね。例えば、ある上司はメンバーに対して「もっと意見を言ってほしい」「失敗を恐れずチャレンジしてほしい」と思っているものの、メンバーが期待通りの行動をしてくれないことを課題に感じていました。そこで原因を調べてみると、商品開発会議などでまずダメ出しから入る風土が影響していることが分かったんです。それではメンバーが萎縮するのも無理はありません。「よくこれだけの企画を考えたね」とプロセスを受け入れるだけでも、組織風土は大きく変わるはず。
こうした些細なすれ違いが組織の主体性を削いでいたりします。それらを「対話」で発見し解決していくことが組織開発の役割なのですが、目に見える効果が出しづらいシーンも多く、時には「他にやるべきことがあるのでは?」といった意見が出されることも。これらは理解不足から来る意見なので、「これも経営戦略を実現するための大事な取り組みなんだ」ということを経営陣やキーマンを中心に理解してもらえるよう促すしかありません。特にトップのコミットメントは必要不可欠。その点、住友重機械工業はトップが組織開発の重要性を理解してくれているので、これだけの大組織であっても比較的スムーズに推進できているのだと思います。
今は2年に1度のペースで社員意識調査を実施し、その結果を定量的に分析しながら組織開発のPDCAを回し続けています。ゆくゆくは各事業部の中で完結できるよう、これからも支援をしていくつもりです。
組織開発の「理想形」
──楽天、住友重機械工業と毛色の異なる組織を経験して、どのような組織開発が行えればベストだと感じていますか?
「経営戦略の中に自然と組織開発のエッセンスが入っている状態」が理想だなと。戦略や売上目標だけでなく、組織のありたい姿までを「対話」を通じて描き、その実現に向けてどう進めていくかを経営陣が自然と考えられる状態になるのがベスト。「仕事ど真ん中の組織開発」という言葉がありますが、まさにその通りだなと思いますね。
組織開発は経営戦略などとは別物として捉えられることもまだまだ多いのが現状です。よっぽど過去に組織開発や人材開発で成功経験があったり、トップ自身が身をもってその必要性を実感していたりしない限りは、その優先順位はなかなか上がっていかない気がしています。「人によって組織は変わるんだ」ということを人事が起点となって経営陣に伝えていく必要性は、今後さらに高まっていくでしょうね。
あと、もう1つ大切だなと感じていることがあって。それは「経営と社員をどうつなぐか」ということです。どれだけ充実した経営戦略や施策があっても、それを実際に行動に移すのは社員1人ひとり。向かうべき方向性や行動に腹落ち感がなければ、社員の才能や能力を最大限発揮してもらうことはできません。
経営陣が「こういうことがやりたい」と言っていても、その内容が社員にどう受け止められそうか、社員にとって必要なことか、実施するべきタイミング、などは人事が判断しなければなりません。そのためにも、組織の状態や考え方を誰よりも理解している必要があります。だからこそ「対話」が重要になるわけで。人事が自組織の最大の理解者になることが、組織開発の肝だと言っても過言ではないでしょう。
誰よりも組織を理解し、誰からも頼られる存在へ
──最後に、森さんが考える人事の役割について教えてください。
「人と組織で困ったときに、いつでも声をかけてもらえる存在」でいたいなと思っています。経営陣や現場から常に頼りにされて、意見も尊重してもらえる立ち位置とでも言いましょうか。
組織と人事がいい関係を築けていないと、人事は経営や現場の言われるがまま動くしかなくなってしまいます。それでは人事のプロフェッショナルとは言えませんよね。仕組みづくりはもちろん、運用についても人事が入り込み、現場と一緒に頭を悩ませながら進めていくくらいがちょうどいいのかもしれません。
住友重機械工業では、社員と「もっとこうしたいよね」という想いはもちろん、弱音も含めて話してもらえる関係性を築くことができつつあります。あとはもっと現場のみなさまからも頼ってもらえるように、現場理解もさらに深めていきたいなと思っていて。組織規模を言い訳にせず、やれる方法を考えてこれからも取り組んでいきたいですね。
編集後記
「人事は自組織の最大の理解者」という森さんの言葉が非常に印象的で、ここに組織開発の本質が詰まっていると感じました。国籍・規模など、組織の形態や特性がどれだけ異なったとしても、「対話」を通じた組織理解はすべての取り組みの土台になります。言うは易く行うは難しかもしれませんが、腰を据えて取り組むだけの価値が「対話」にはあるのではないでしょうか。