組織開発・人事の本質とは?ヤフー・ノバルティス・メルカリ──性質が異なる企業に合わせた取り組み
リレーインタビュー企画の第4弾は、前回記事の小金 蔵人さんよりご紹介いただいた大山 あつみさんの登場です。
これまでヤフーやノバルティスで組織開発に携わり、2022年1月からはメルカリでさらなるカルチャー浸透・発展に取り組まれている大山さん。業界・規模・フェーズ……あらゆるものが異なる多様な組織に関わってきた中で、組織開発や人事の「あるべき」を今どのように捉えていらっしゃるのかについてお話を伺いました。
<プロフィール>
大山 あつみ(おおやま あつみ)/株式会社メルカリ People & Culture(人事部) HR Policy Managementチーム OD Specialist
大手メーカー企業 L&D(Learning & Development/人材育成)→ヤフー株式会社 組織開発→ノバルティスファーマ株式会社 TM & OD(Talent Management & Organization Development)→株式会社メルカリ 組織開発(現在)。事業フェーズや組織特性に合わせた組織開発や、グローバル本社の日本向けインプリメンテーションなどを数多く手がける。
目次
視点は「人」から「人を活かす組織」へ
──大山さんが組織開発に携わる “きっかけ”は何だったのでしょうか。
元々のきっかけは、最初に勤務した大手メーカー企業で、採用した人材が組織に馴染めず、その力を発揮できないまま退職してしまうシーンを目の当たりにしたことです。
当時私はこれからの会社をリードする人材の育成をミッションとするチームに所属していました。多くの優秀な方が会社に大きな期待を抱いてジョインし、私たちチームとしても多くの費用を投じて研修ラインナップを整え、育成をサポートしていました。一方で、その後「うまくポテンシャルが発揮できない」「入社前から想像していた方向性と違った」などの理由で会社を離れる方が一定数出てしまう状態でした。
採用時にはいろんな角度から情報をお渡しして、研修も提供しているのになぜ? と、当時は率直な疑問を抱いていました。しかし、結局どれだけ優秀な人材・タレントであっても、受け入れ先である上司・同僚との関係性や組織カルチャーとのフィットが、パフォーマンス発揮には大きく影響します。1人ひとりに投資して育成するだけでは解決できない──そんな「人と組織を両軸で見なければ解決できない課題」があることに気づき、そこから私の視点も「人」から「人を活かす組織」へと移っていきました。
──そこから「組織へのアプローチ方法を知りたい」と思われるようになったのですね。
本格的に、組織開発への挑戦へ乗り出そうと志したときに、ヤフーを転職先として選んだ理由を象徴しているのが、当時のヤフーの社長の言葉です。
『ヤフーの規模がまだ今より小さかったころは、全員が尖った人材の組織だった。だが会社が大きくなるにつれて、より多様な人が集まってくれるようになった。「崖を飛び越えるには一握りのヒーローだけが必要だ」という人もいるが、それでも私は「崖をみんなで飛び越えたい」。』
社員1人ひとりの力だけでなく、組織の力も重視する──そんな戦略に共感したことが、次の転職先をヤフーに定める最終的な決め手になりました。
ビジネスの拡大とともに、組織を成長させてきたヤフー。大きくなった組織を、経営だけの力ではなく、現場のチームが支えていく。その武器をマネージャーやメンバーに渡すための組織開発、と聞いて、すごくワクワクしました。
組織開発の経験もない私に、そんな重要かつ新しい分野への挑戦をさせてくれたヤフーは、人の持つ想いやポテンシャルを信じる懐の深い会社だなと感じたことを覚えています。
企業の特性とフェーズに合わせた組織開発
──ヤフーではどのような組織開発に取り組まれたのですか?
ヤフーで初めて任されたのは、「社内にあるさまざまな組織開発のナレッジ・Tipsをどう現場リーダー層へ伝えていくか」というミッションでした。私が入社した当時は、経営層の交替を経て、組織をボトムアップ型に変化させている時期。そこで、それぞれのチームが自走できるようになるために、人事としてどう関与するかが大きなテーマでした。
そこで私は当時の組織開発チームメンバーと共に、各チームのマネージャーが参照できる「組織開発の社内wiki」のようなものをつくることに取り組みました。もともとの原型はあったものの、いかに情報を充実させ、かつ見やすく、使ってもらいやすくするか、多くの工数と時間を費やしてアップデートを行いました。結果、とても良いものが完成したのですが、いざオープンしても思うようにview数が伸びない日々が続きました。
社内wikiに掲載したナレッジやTipsは、実際に現場とともに実践して効果があったものばかり。「こんな時どうすればいいのだろう」と困ったときに見返せば解決に導いてくれるような、実際に使えるノウハウが多く、内容の良さには自信がありました。そのため「一度見てもらえさえすれば必ず浸透する」と考え、以下2つの取り組みを行っていきました。
(1) 社内インフルエンサーの存在を活用する
改めて社内と向き合い、周囲に影響を及ぼしてくれる、いわゆる社内インフルエンサーは誰かを意識しました。社内Awardを受賞し注目を浴びているチームのマネージャーにインタビューをして、「その取り組みはまさに組織開発ですね」といったポイントを抜き出した記事をwiki内に掲載しました。誰しも似たような取り組みを行っている人の事例や考え方は気になるもの。こうした取り組みにより、これまでwikiを認知していなかったより幅広い層に興味を持ってもらうことができ、地道だが着実な社内普及へつなげることができました。
(2) 情報を出す「タイミング」を掴む
どれだけ良い情報であっても、その注目度や理解度は「今必要かどうか」によって大きく異なります。そこで、「リーダーが知りたいと思うタイミングで、該当する情報のwikiリンクを送り情報を届ける」ことを始めました。期末期初のタイミングで目標設定や振り返りのノウハウ情報を展開する、などがイメージしてもらいやすいと思います。
この2つの取り組みを通じて、当初目標としていた社内ナレッジの共有が大きく進みました。「美しい制度や仕組みを作ったものの、現場に浸透しない・使われない」というのは人事あるあるかもしれません。しかし、一度リリースしてからがむしろ本番。現場からのフィードバックを踏まえて、「どうすればもっとうまく行くだろうか」と考え続けることが大事なのだと、この事例からも学びました。
──そこから、また異なる企業特性を持つ会社へ移られたのですね。
はい。これまでは日本に本社がある企業での人事を担当していましたが、今度はグローバルな組織開発を学びたいと考えたのです。そこで、次の転職先であるノバルティスでは、海外本社から降りてくるミッションを日本向けにインプリメンテーション(実行・実装)することに取り組みました。
海外と日本では組織構成、文化や社員の価値観なども異なります。そのため海外本社から来る情報を違和感が出ないようにアレンジしたり、必要に応じて独自のコミュニケーション手法を考えたりする必要がありました。
当時のノバルティスも前述したヤフーと同じく、ボトムアップ型への組織変革を進めていたのですが、戸惑う国内メンバーが多く見られました。海外本社から発信されるメッセージの多くは英語というアウェイ感、新しいものに対する警戒心の高さなどもあり、「言われたことをきちんとやる」が基本だったこれまでとはまったく違う方針がなかなか浸透しなかったのです。その影響から、方針こそ変更されたものの実態はトップダウンのまま……といった状態が組織の中に散見されていました。
そんな現状を打破するべく、「いかに自分の頭で考え、ボトムアップ型組織へ変革していくことが重要か」ということをストーリー立てて伝えていこうと考えました。たとえば、ちょうどこの頃のノバルティスは評価制度が代わるタイミングだったため、制度そのものに組織開発の要素を取り入れていました。
たとえばOKRのように、期初にチームで集まって対話をしながら、チームの長期目標・短期目標、それに紐づいた個人の短期目標をメンバーが上司と対話しながら考えるという制度。もちろん、制度は基本の考え方なので、活用する人によってアレンジもOKです。あとは各マネージャーにこの新制度をなぞってもらえば、自然と全員が組織開発に取り組んでもらえる体制になります。これが結果として功を奏し、徐々に日本の組織もボトムアップ型組織へ移行する重要性が浸透し、現場のアクションにも変化が見られるようになりました。
「ボトムアップ型組織へ移行しよう」とただストレートに発信するだけでは、現場は人事が狙ったような感想やイメージを持ってくれません。その意図が最大限伝わるように、受け手である国内メンバーの価値観や過去のコミュニケーションなど背景を理解した上で表現方法を変え、ストーリー立てて伝えていくことはとても大事なことなのだとこの事例を通じて感じました。
メルカリを人事の取り組みにより「日本発のグローバルTech企業」へ
──2022年1月に入社されたメルカリでは、どのような組織開発に取り組まれているのでしょうか。
現在は、組織成長に合わせた「採用」と「入社後活躍」や「定着」をテーマに据えて取り組んでいます。
メルカリは、これまで私が関わってきた企業群とは事業のフェーズが大きく異なります。フリマアプリ運営に関する事業はすでに大企業の組織開発が当てはまるくらい成熟してきていますが、一方でメルペイやメルコインなど他の事業会社や新規事業、オフライン事業を考える新組織などではゼロスタートに近いフェーズのものもあります。それぞれに求められる組織開発が違うため、日々模索しながら勉強を重ねている段階です。
そんなメルカリでは採用数の増加に伴い、社内の多様性もこれまで以上に増しています。そこから生まれる入社後ギャップの軽減に大きく寄与しているのが「Culture Doc(カルチャー・ドック)」の存在です。これは「メルカリ(会社)とメンバー(社員)が大事にする共通の価値観」をまとめたもので、社内だけでなく社外にも発信を行っています。
──それだけ多様な組織・人をまとめて活かしているメルカリですが、その成功要因は、やはり言語化されたカルチャーにあるのでしょうか?
はい、特に、以下3つの「バリュー」は評価制度やAwardの基準にも組み込まれており、社員が日々意識できるようになっています。これが組織全体に浸透しているからこそ、新しく入社してくれた方も違和感なく繋がっていけるのだと感じています。
・Go Bold(大胆にやろう)
・All for One(全ては成功のために)
・Be a Pro(プロフェッショナルであれ)
Mercari USに加え、さらなるグローバル展開を目指すメルカリでは、現在エンジニアの約1/3が多様性に富んだ国籍を持つ方です。私自身もこれまで内資企業・外資企業とどちらも経験してきましたが、大規模な通訳・翻訳チームがあり、完全な日英バイリンガルでの仕事体制を支えてくれている、綺麗ごとだけではないダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion)にここまで真正面から取り組もうとしている組織は貴重だと感じています。
さまざまなバックグラウンドを持つ社員が、カルチャーという1点でつながり、成果が出せる国内発のグローバルTech組織──メルカリが今後さらにそんな存在になっていくことが私の夢です。
そして、その人事のノウハウが他の企業にも「私たちにもできるかも」と思って真似してもらえれば、社会全体でより多くの人がより自由にパフォーマンスを発揮できるようになるはず。そのために、今後も発信を続けていきたいという想いが強くあります。
「組織開発」や「人事」のあるべき姿・役割とは
──改めて今、大山さんは「組織開発」をどのように捉えていますか?
組織開発は、組織がもつポテンシャルを発揮するために、効果があることを全部やることだと思います。
一般的に「組織開発って何するの?」といった分かりにくさがあるようですが、それは人と人の関係性や、組織のゴールやプロセスといった目に見えない「変数」を扱っていることが原因なのかなと。だからこそ、自社の事業フェーズや成長ビジョン、社風や人といったものを「しっかりと把握する」ことが組織開発において最も重要なことなのかもしれません。
──複数社の組織開発に関わってきたからこそ、大山さんから見えた変数とは?
それぞれの組織が持つ意思決定のスピード感や社員同士のコミュニケーション形態など、いわゆる「組織特性」は、各社まったく異なるものでした。
例えばメーカーでは、人事系の企画なども慎重に進めることが求められます。なぜなら製造という業界の特性上、「一度ロールアウトしたものは基本的に引き戻せない。だから設計段階においても間違うことはできない」という考え方が組織に浸透しているからです。そのため各企画も完璧に近くなるまで煮詰めてから出すので、1つひとつの取り組みにもかなり時間が掛かります。
一方、ヤフーではIT企業らしく「まずやってみてフィードバックを得て改善する」という考え方が浸透していました。そのため完璧ではなくても「まずはローンチする」というトライ&エラーができる環境で、KPIを見ながらその取り組みの実行・撤退を決めるといったPDCAを回すことができました。
これはどの業界が良い悪いという話ではありません。組織開発に取り組む上で「組織特性は各社違う」という大前提を理解し、それを踏まえて動くことが必要だということです。
もちろん、これまで組織に浸透しているやり方を変えていく、という変革が求められる場合にも、この前提を知ったうえで取り組めるかが成功の鍵です。
──他に、組織開発を進める上で気を付けるべきことを教えてください。
始めた取り組みが表面上で終わってしまわないようにすることは常に注意しています。「綺麗なワードだけが外に出て、実際は何も変わっていない」ということも十分に起こり得るからです。そのためにも言っていることとやっていることを常に一貫させる必要があります。そういう意味でも「自分の会社は今どうなっているのか」を見て把握し続けることは欠かせません。「組織開発」といいますが、人だけでも組織だけでもダメ。そのすべてを把握し、世間のトレンドやバズワードに振り回されず、自分たちなりに問いを立てて検証し、アクションを起こす。それが組織開発の本質なのではないでしょうか。
──「人事」としては、どのようなことを大切にされていますか?
人事は、社員や組織が持っている力を最大限に発揮させることが役割であり、それが事業に資するものかどうかを常に考えていくことが必要です。その中で、私がずっと大切にしている2つの考え方があります。
① コヒージョン(Cohesion)
これはすべての施策が同じ戦略や文脈に基づいて行われており、システムとしてお互いに有機的に連携しあっている状態を指しています。すぐに「How:手段」に飛びつくことをやめ、組織のミッションと人事のやっていることがつながっているのか、という視点を持ち続けるようにしています。また私は、すべての人事施策が社員へのコミュニケーションメッセージだと思って取り組んでいます。
例えばわかりやすいところでは、「採用を増やす」ということは「会社を拡大するぞ」というメッセージでもある。自分たちの施策やアプローチが社内外にどう受け止められるか、インパクトを与えるかに敏感である必要があります。
ちなみに過去、とある老舗の日本企業がグローバル採用を掲げ、面接でも海外勤務をうたっていたものの、実際に採用された方の多くは国内の地方勤務になってしまった……という事例がありました。結果採用された社員の多くは希望が叶わずに早期退職。これは採用と配属・育成が一貫していなかったことにより起きています。
いかに人事の中で社員に対するメッセージの一貫性を作っていくか、それによりどう社員のがっかり体験やアンマッチをなくせるかを常に考えていかなければなりません。「Employee Experience(従業員体験)」というととっつきにくいですが、そういうことを言っているのかなと思います。
② ポラリティ(Polarity)
ポラリティは「A or B」ではなく「AもBも」という考え方です。例えば、「短期的or長期的」という二元論ではなく、「短期も長期も大切」と捉えてどうバランスを取るべきかを考えることを意識しています。
たとえば採用というのは、短期でのKPIが達成しやすい、目に見えやすい施策ですが、その後の「定着」に投資しなければ意味がなくなってしまいます。入社後の体験をデザインするためには、中長期の視点が必要です。極端な二元論はわかりやすいので関心を集めやすいのですが、使う場面には気を付ける必要があります。
極端な話、経営層からのオーダーであってもコヒージョンやポラリティを踏まえて断るべきものがあれば、断らなくてはいけない場面もあります。人事のプロとして自信をもち、嫌われることを恐れてはいけません。人事や組織開発担当者は、半分当事者で半分第三者のような存在。だからこそ主観と客観両方の視点で正しく現状を理解し、課題を見極め、組織とバランスさせながら取るべきアクションを選択していく。世間のトレンドや施策に踊らされることなく、本質を見つめ向き合い続ける。そんな力が、これからの時代の人事には特に求められているように感じます。
編集後記
「自社のことをしっかりと把握することが、組織開発において最も重要」という大山さんの言葉は、リレーインタビュー第4弾で登場いただいたZOZO 小金さんの意見とも共通しており、その重要性の高さを再認識しました。
ただ、それを言葉にするのは簡単ですが、日々いろんな業務が溢れる中でもその意識と行動を継続することは容易ではありません。その可否が組織開発・人事としての成果を決める──それくらいの気概を持ってこの領域に取り組んでいくことが必要なのかもしれません。
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