「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進することにより、企業・社員の双方に良い影響を及ぼす方法

企業内で生まれた新規事業を子会社化したり、事業部門として独立させたりする「社内起業 / 社内ベンチャー」。社員に経営視点で仕事に取り組む機会を創出できることなどから、アントレプレナー(社内起業家)を育成するための機会としても活用されています。
今回は、スタートアップ支援や地方中小企業の新規事業開発支援などを長年手掛けている宇都宮 竜司さんに、「社内起業 / 社内ベンチャー」の事例や、創出を後押しするために必要な人事制度・カルチャーなどについてお話を伺いました。
<プロフィール>
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宇都宮 竜司(うつのみや りゅうじ)/株式会社アルファドライブ 地域共創事業部長、株式会社アルファドライブ高知 代表取締役社長
株式会社リクルート住まいカンパニー(現リクルート)で営業と新卒採用を担当後、株式会社リクルートホールディングスに出向しスタートアップ支援プログラムのコミュニティマネジャーとして総計300チーム以上を支援。2017年に高知県へ移住し、IT関連企業の事業開発部長兼経営企画室として新規事業開発部門の立ち上げ、複数の新規事業企画・推進、全社経営戦略の策定等を行う。その後、地方中小企業の新規事業開発を活性化して地域経済の成長に貢献したいという思いから株式会社アルファドライブに参画。2019年、株式会社アルファドライブ高知の代表取締役に就任。高知県における新規事業開発、オープンイノベーション推進、人材育成、創業支援から、大手電鉄会社や生命保険会社向けの支援まで幅広く活動中。NewsPicks Re:gionアドバイザー、KOCHI STARTUP PARKメンター、愛媛県企業誘致アドバイザー、株式会社Left hand代表取締役を兼任。
目次
「社内起業 / 社内ベンチャー」とは
──「社内起業 / 社内ベンチャー」の概要と、一般的な新規事業立ち上げとの違いについて教えてください。
「社内起業 / 社内ベンチャー」は言葉の使われ方にやや幅があります。本記事では、実際に企業内に子会社を作ったり、同等の捉え方で事業や組織のマネジメントを起案者に任せたりするケースを指すものとして解説を進めていきます。
「社内起業 / 社内ベンチャー」創出に至るまでのよくある形としては、新規事業アイデアを公募した上で段階的に審査通過案件を絞り、最終審査を通過したプロジェクトに一定の事業実証期間を経たうえで、子会社設立などを行って起案者にマネジメント権限を与えるものです。新規事業開発部などの専門部署による活動と比較した際、事業開発の手法自体に違いはありません。あくまで組織の作り方や権限の与え方が違うものだと捉えていただくと良いでしょう。子会社などの独立した事業部門を立ち上げることのインパクトは強く、起案者から経営視点レベルのコミットメントを引き出せたり、社内外に対するブランディングに寄与したりする効果も見込めます。
「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進する理由

──企業が「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進する理由にはどういったものがあるのでしょうか。
「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進する理由としては大きく3点あります。
(1)経営チームの高いコミットメントを引き出せる
イチ新規事業プロジェクトではなく、子会社または同等の組織として定義することで、起案者の視座が現場レベルから経営・マネジメント層レベルにまで引き上がり、事業成功に対する高いコミットメントを引き出せます。また、公募制度で「子会社経営の経験が積める」ことをアピールすれば、社員からの応募意欲向上にもつなげられます。
(2)事業マネジメント上のスムーズさ
子会社または同等の組織として既存事業と切り離すことで、中長期的な視点を持って事業をマネジメントすることができます。「本業の業績が厳しく、新規事業の予算が削られた」などはよく聞く話ですが、子会社として別予算の枠組みでマネジメントすることで、既存事業の影響を受けづらい構造にすることも可能です。
(3)社内外のブランディング
「子会社の経営ができる」というメッセージは、特に社内の新規事業意欲が高いメンバーにとって非常に魅力的です。また、社外からはイノベーティブな風土がある会社として映るため、採用活動に効果があると言われています。
「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進した大手企業の事例
──多くの大企業が「社内起業 / 社内ベンチャー」の創出を推進しています。その具体例についていくつか教えてください。
代表例として皆さんも良く知るソフトバンクグループの「社内起業 / 社内ベンチャー」創出のための新規事業提言制度「ソフトバンクイノベンチャー」という取り組みをご紹介します。
そもそもの発端は「ソフトバンク 新30年ビジョン」でした。ソフトバンクグループの創業31年から60年目までに何が起こるかを考えるなかで、創業者でありカリスマ性を持つ経営者でもある孫正義さんがいなくなったとしても成長し続ける仕組みを考える必要性があるという課題意識から、「社内企業 / 社内ベンチャー」が必要だと考えられたそうです。
この「ソフトバンクイノベンチャー」では、社員が応募する前段階からスキル・マインド獲得、アイデア創出、仮説検証などを学べるインキュベーションプログラム「イノベンチャーラボ」という施策も実施されています。また、最終審査通過後には、案件ごとに業務検証予算が割り振られ、実際に事業開発に取り組むステージに進むフローになっています。ソフトバンクイノベンチャーでは、これまでにいくつもの子会社や独立した事業部門が生まれています。
※参考記事:【SBイノベンチャー】社内起業家を増やす”仕掛け”への挑戦/社内起業家応援メディア『incubation inside』
「社内起業 / 社内ベンチャー」に必要な人事制度・カルチャー
──「社内起業 / 社内ベンチャー」が創出されるために必要な人事制度やカルチャーについて、人事の観点から教えてください。
「社内起業 / 社内ベンチャー」を生み出すためには、企業の中から新規事業が生まれやすい風土づくりや人事制度が重要です。
制度
既存事業で活躍している方が新規事業を起案して、「社内起業 / 社内ベンチャー」が立ち上がることになった際、既存事業側の都合により人事異動にストップがかかってしまうことがあります。それを防止するためにも、新規事業がある程度のフェーズにまで育ったら人事異動がほぼ確約されるような制度を用意しておくこともあります。同時に「社内起業 / 社内ベンチャー」に取り組む方を会社としてどう評価するのかを定めておく必要もあります。万が一、事業がうまく行かなかった場合にその方をどのように既存事業に戻すのかの制度設計も欠かせません。
風土
新規事業に取り組むことが「かっこいい」と思われる風土の醸成が求められます。取り組んだ結果、社内での評判が落ちてしまうようなことがあれば誰も手をあげなくなってしまいかねません。取り組む方を適切に賞賛し、会社内のヒーローとして紹介していくことで挑戦を応援する風土が醸成され、新たな挑戦者が出てくるようになります。そのために、例えば「新規事業提言制度」の事務局が広報部門などと連携し、制度に応募する魅力や審査を通過したチームを社内広報などで取り上げたりするといいかもしれません。

新規事業提言制度の事例紹介

──「社内企業 / 社内ベンチャー」を実現するための新規事業提言制度の導入に携わった事例について具体的に教えてください。
「社内企業 / 社内ベンチャー」の立ち上げは、全社のリソースにおける新規事業プロジェクトの割合に比較的大きな予算と裁量を与えるものなので、慎重に検討することが重要です。その意味で、「社内企業 / 社内ベンチャー」の前段として、従業員から新規事業アイデアを公募して、段階的な審査を経て、自社として取り組む新規事業プロジェクトを選抜する新規事業提言制度を導入している企業が多いです。
私が関わらせていただいた新規事業提言制度の事例で言えば、住友生命様の新規事業提案制度「スミセイInnovation Challenge」があります。制度の設計から運用支援、起案者支援まで、住友生命様の事務局の方が主体となって進められるところを、弊社が伴走支援させていただいた形です。
制度導入の目的
大きく以下3つが目的でした。
(1)新規事業分野の開発(全国の従業員からアイデアを募り、これまでリーチできてなかった顧客やマーケットへ価値提供できるようにする)
(2)人材育成(事業の自分ゴト化と各自の成長を促す)
(3)風土醸成(組織全体で挑戦する気持ちや姿勢を後押しする)
2019年に住友生命様にて、新たなビジネスを創出することをミッションにした新規ビジネス企画部が発足しました。その活動の中で「新規ビジネス企画部のメンバーだけではなく、全国の従業員ひとりひとりからアイデアを収集してブラッシュアップする制度を作ろう」という考えが生まれ、制度を導入することになりました。
企画・導入の過程
もともと社員が業務改善のために提言できる制度が存在しており、その制度をベースにしつつ新規事業が生まれ続ける風土と仕組みを作るための制度へと大きくリニューアルすることにしました。その上で、プロジェクトチームにて経営メンバーと共に論点や変更点を洗い出し、ひとつひとつ議論し、変更と調整を重ねていく形式で導入を進めていきました。
制度概要
リニューアルした「スミセイInnovation Challenge」制度では、住友生命様の従業員が一人でも多く自分ゴトとして捉えていただけるように、大幅に参加対象者を広げました。また、コンテストに応募した後も応募者と議論を重ねていけるように計3回の審査を行う方式を取りました。これらの審査を経て最終審査通過と判断されたものは、次年度に事業検証予算をつけて、基本的には起案者が事業担当者として新規事業部門に異動します。
また、応募を募っている期間、当社から新規事業の立ち上げに関するインプット研修を実施したところ、100人以上の方々にご参加いただくことができました。普段、新規事業を本気で考えたり意識することは少ない社員の方がほとんどだとは思いますが、外部研修やインプット機会の提供、経営陣からのメッセージにより、経営陣の本気度合いが伝わり刺激を受けていただけたのではと思います。
結果
リニューアル初年度には想定を大きく上回る200件を超える応募がありました。応募者は入社数年目の若手社員から部長クラスまでと非常に幅広く、多くの社員のモチベーション喚起ができたと感じています。応募の中から審査を重ね、最終審査員には住友生命様の経営陣、当社のコンサルタント以外に、外部からベンチャーキャピタリストなど事業立ち上げに精通している方も参加し、最終的に6件の事業案が最終審査を通過しました。継続検討していく新規事業プロジェクトが生まれたことに加え、制度に応募した従業員の多くが「顧客の声を聞きにいくことの大事さを痛感した」と話すなど、制度を通じた人材育成効果も感じられました。
※参考記事:住友生命が新規事業プログラムを新設、大手保険会社のイノベーション創出のリアルと「本気度」 / AlphaDrive 支援実績
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編集後記
革新的な商品・サービス・ビジネスモデルを生み出す新規事業は、企業の未来をつくる上で欠かせないものであることは周知の事実です。一方、ビジネスとしての成果だけでなく、社員の成長やブランディング、組織風土醸成などにも大きく寄与できることを明確に認知して、新規事業を活用している企業はそこまで多くないかもしれません。企業・社員、双方に良い影響を及ぼすものとして「新規事業提言制度」や「社内起業 / 社内ベンチャー」を捉えると、新しい発見があるのではないでしょうか。