社員のセルフリーダーシップを高め、答えのない時代を生き抜く組織をつくるためにできること

セルフリーダーシップとは、その文字通り「自分自身を導く力」のことを指します。昨今の働き方の変化や、「個」の力が求められるようになった時代の流れを受け、このセルフリーダーシップはビジネスパーソンにとって欠かせない力となりつつあります。
そこで今回は、社員のセルフリーダーシップを高めるために行うべき取り組みや、前提として必要な気づきについて、人事パラレルワーカーの木村 芳章さんにその方法論と実例を伺いました。
<プロフィール>
木村 芳章(きむら よしあき)/ひとじく経営
トヨタ系サプライヤーで技術者として生産ラインの構築・改善業務に従事。労働組合役員も勤める間にリーマンショック・東日本大震災を経験。2011年からは技術者専門の人材紹介会社でキャリアアドバイザー→技術者派遣会社での中途採用、法人営業、キャリアサポート。その後独立し、中小企業の採用力向上支援、採用担当者育成。個人向けにキャリア支援や転職活動支援も実施。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
セルフリーダーシップとは
──「セルフリーダーシップ」とはなんでしょうか。
「セルフリーダーシップ」は、業務上で与えられた課題を自分ゴトとして、自らが望む方向へ進めるように主体的に判断・行動する力のことを指します。
──「セルフマネジメント」と近しい意味に感じますが、違いはどこにあるのでしょうか。
「セルフマネジメント」は、業務を遂行する中でどうすれば課題解決ができるのかを考え、自身の状態やモチベーションを管理する力のことを指します。
概要 | 業務上で与えられた課題を自分ゴトとして、自らが望む方向へ進めるように主体的に判断する・行動する力 | 業務を遂行する中で、どうすれば課題解決ができるのかを考え、自身の状態やモチベーションを管理する力 |
言葉のニュアンス | 自己成長を目指す上での姿勢や、物事の捉え方を指す | 自分自身を“管理する” ※セルフリーダーシップを発揮するための1要素 |
セルフリーダーシップとセルフマネジメントの違いは「物事に対する捉え方・取り組み姿勢」にあります。セルフリーダーシップによって課題が自分ゴト化されると、その取り組みは会社のためだけではなく自身の成長のためにも行われます。その課題への取り組みが目指す自身の姿にどう近づくのか、どう繋がっていくのかを考えることが、セルフリーダーシップにおいては非常に重要です。
一方、セルフマネジメントは自分自身を管理するというニュアンスが強い言葉となります。「セルフリーダーシップを発揮するために必要な1つの要素」という位置づけで捉えると理解しやすいかもしれません。
──近年、セルフリーダーシップに対する考え方や受け止め方に変化はありましたでしょうか?
労働生産性を向上(業務効率化・スピードアップ・売上アップ)させることを目的に、現場での判断や行動を自ら行うことができる、いわゆるプレイングマネージャー等の「セルフリーダーシップ」を発揮できる人材が求められるようになりました。
また、これまでは「上司に聞けば答えが返ってくる」といった経験や経歴がモノを言う時代でしたが、昨今の変化が激しく予測すらできない今の時代では、現場経験の長い上司ですら答えを持ち合わせていないケースも増えてきています。
会社も新規事業など新しい領域への取り組みを加速しなければ生き残れません。となると、これまでにノウハウのない分野に進出する際は、走りながら考えなければなりません。こうした環境下で業務を前進させるために「セルフリーダーシップ」を発揮できる人材がより求められるようになったということが、近年この力が現在注目を集めている背景にあるのではないかと考えています。
セルフリーダーシップに必要な「気づき」とは
──セルフリーダーシップを高める上で、必要な前提や気づきにはどんなものがありますでしょうか。
セルフリーダーシップを高める上で、まず必要なのは「自分はどう在りたいか」という問いです。こうした目指すべきもの、実現したいものがそもそもなければ、目の前の業務や出来事を自分ゴト化することができません。目標を明確に持ち、そこに向けて成長・行動できているという実感があるからこそ、自らの責任で判断を下すことができるようになるからです。
以前、ある技術者に対してセルフリーダーシップを高めるためにこんな問いかけを続けました。
何がやりたいか。
嫌なことは何か。
なぜこの会社に入ったのか。
なぜソフトの技術者となったのか。
今の業務は何のためになっているのか。
今の仕事をする上でどんな経験が役に立っているか。
今の仕事からどんな経験をしてどう成長したか。
今後どんな仕事がしたいか。
職場にどんな影響を与えていると思うか。
なぜ今の仕事を続けているのか。
するとその技術者は、以下のようなことを自発的に考えるようになりました。
なぜ今自分がここにいるのか。
今の仕事からどんな経験を積むことができたのか。
それが自身のキャリア形成にどの程度役に立つものなのか。
そもそもなぜ自分は技術者になったのか。
なぜ技術者を続けているのか。
技術者を続けていきたいのか。
その結果、「技術者としてスキルを高め続け、より良いモノづくりに貢献し続けたい」という彼自身の目的意識が明確になり、それ以降の発言や行動に大きな変化が見られました。さらに驚くことに、業務内だけでなく業務外においても自らの考えが表現される場面がおのずと増えていったのです。
まずは自分自身に問いを投げかけることによって、目標を明確化していく。その上で、自らが実現したい夢や希望に向かっている、向かうことができていると信じることができるからこそ、自らの責任で判断を下すことができるようになるのです。これが、セルフリーダーシップの向上に必要となる前提です。
また、自分だけでなく、第三者から問いを投げかけてもらうという行為も効果的です。これは「ナラティブアプローチ」といい、受け取った問いかけの数や、客観的フィードバックの数により、自己認識を高めていくプロセスです。このナラティブアプローチについては、上司やキャリアアドバイザー、仕事仲間などに実施してもらうことで、より効果が高まるという説があります(※)。
※パーソル総合研究所「転職動機の「前向きさ」はどこから生まれるか~ナラティブ・アプローチというヒント~」

社員のセルフリーダーシップを高める「環境づくり」
──社員のセルフリーダーシップを高めるために、企業や人事担当者はどんな環境をつくるべきでしょうか。
肝心なのは「社員・メンバーと日々の声掛けを重ね、本音を話せる環境をつくること」です。
自分以外のメンバーがどのような局面で、何を想い、何を考え、どんな判断を下しているのか。その結果どうなったのか。こうした情報共通が常に図られ、自分のことを上司やみんなが信頼してくれる職場環境があって初めて、人は本音(やりたいこと)を話すことができるようになります。本音を話せる環境なしに、セルフリーダーシップを高めることはできません。いくら個人面談や1on1の場が用意されていたとしても、その効果を実感することはできないでしょう。
しかし、「何かあればいつでも声かけて」という受け身体制でいては、人は動いてくれません。面談の時にだけ「何でも気軽に話して」と言われてもその通りにできないように、ベースとなる関係性ができていない相手に、人はいきなり心を開くことはないからです。日頃から本音のやりとりができる環境に身を置いてこそ、人は最前線の現場においてセルフリーダーシップを発揮した判断・行動をとることができるようになります。
──セルフリーダーシップが高まってきたかどうかは、どこで判断すれば良いでしょうか。
セルフリーダーシップが高まってきた兆候は、「メンバー間で仕事について話す機会が増えたかどうか」で見ることができます。例えば、他のチームや現場で起こっていることが気になったり、自身の参考にしようと聞き回ったり、業務に対する相談や改善策の提案などもより頻繁に行われるようになったりします。
人は、人から信頼されたり、任されたりすると、おのずと自分の頭で考えるようになるものです。そして自ら考えるようになると、疑問や改善案も自然と生まれ、そのタイミングも早まります。また業務が自分ゴト化されて責任感が芽生えると、できるだけ上手くやってやろうという向上心も芽生え、そうした想いがさらに考えを加速させるのです。
セルフリーダーシップを高めるためのステップ
──本音を話せる環境をつくった上で、組織はどのようなステップで社員のセルフリーダーシップを高めていくと良いでしょうか。
まずは組織として「社員のセルフリーダーシップ向上を目指す」という考えを社内へ宣言・展開するところから始めましょう。その際、「なぜそうするのか」「この組織が考える・期待するセルフリーダーシップとはどのような状態を指すのか」なども合わせて明確にする必要があります。
なぜ宣言するのか。それは、人も組織も基本的には変化を嫌うものだからです。理由もなしに新しいことをやろうとしても反発を生んでしまう可能性があります。
また、少しでも上手くいかないことがあれば「やっぱりダメだ」と諦められてしまいかねません。この行動の理由や背景を丁寧に説明した上で、初めから上手くいくことばかりではないこと、少しずつ変わっていくことが大事なことなど、全体の雰囲気をつくり上げて組織に浸透させていきます。
次に「メンバー個人のやりたいことを明確にする」ステップに移ります。1on1などの場を用いて、これまでにやってきたことや、経験・スキルについての話を聴くところからスタートします。
①できるし、やりたいこと
②できるけど、やりたくないこと
③今はできないが、できるようになりたいと思っていること
④今もできないし、今後も特にできるようになりたいと思わないこと
こうした形で本人の考えを整理していき、なぜそう考えるのか、どんな自分になりたいと思っているのかなどの問いを通じて、本人が潜在的に希望するキャリアイメージを具体化していきます。
最後に、「組織がその個人に対して期待していること」を伝えます。その際のポイントは以下の4つです。
①これまでの経験の中で特に素晴らしいポイント、もっと伸ばして欲しいと考えているスキルは何か
②どのような業務に携わり、どのような経験を積んでもらった上で、どう成長して欲しいと考えているのか
③その人がこの組織にいることで、職場にどのような良い影響があるのか
④どのような成果を上げることを期待しているのか
こうして「自身のやりたいこと」と「組織からの期待」が交わるポイントを自ら探すようになることで、結果的に社員のセルフリーダーシップが高まるというわけです。
ただし、組織である以上、すべての社員がやりたいと言うことすべてを実現できるわけではありません。時には「できるけどやりたくないこと」であっても、何かしらの形で協力してもらう必要が出てくる場面もあるでしょう。上記のステップに則って、本人の「やりたいこと」が明確化された後でありながら、それを実現させるためのストーリーが描けないとなった場合、フォローがなければ組織に対する失望感の発現にも繋がりかねません。そんな時は、上司や管理職などの組織側が対話を用いながら本人が納得できる領域へと導き、今すぐには実現できない内容だとしても、将来に向けて本人のキャリアイメージに則りながら少しずつ挑戦できる環境をつくれるよう働きかける必要があります。
2人のセルフリーダーシップを高めた事例
──これまでのお話を踏まえて、木村さんが実際にセルフリーダーシップ向上に取り組まれた実例について教えてください。
私が過去に取り組んだ事例の中から、ここでは2つほどご紹介します。
(1) ある技術者(メンバークラス)のセルフリーダーシップを高めた事例
<取り組み前の状態>
基本的な取り組み姿勢としてはいわゆる「受け身」の状態。言われたことはそつなくこなすため周囲からの評価も悪くはないものの、それ以上の成果が見込めない状態だった。
<取り組み内容>
まず1週間~2週間に1度のペースで面談を実施。当初はとにかく本人の話を聴くことに集中しました。内容としては、自身がこれまで経験してきたこと・今経験していることを「経歴書」としてまとめてもらいながら、話を聞く中で経歴書に書かないともったいないこと・良い経験が多くあることを伝えて追記してもらう形に。最終的にその経歴書を改めて見てもらい、それらの経験を今後どのように活かしていきたいかをヒアリング。同時に会社として期待しているキャリアイメージもお伝えし、やりたいことと組織からの期待の交わるポイントを考えてもらいました。
<結果>
まずは目に見えて業務に対する取り組み姿勢が変わりました。具体的には事前準備が大きく変わり、「次回はもっとこうしよう」という今後に向けた課題まで意識するようになりました。
(2) あるオーナー企業におけるNo.2の方のセルフリーダーシップを高めた事例
<取り組み前の状態>
オーナー社長を中心とした企業だったこともあり、自分からの発信はほとんどなく、基本的には社長の指示に沿ったメンバー管理を実施していた。
<取り組み内容>
「なぜあなたはこの組織にいるのか」「本当にやりたいことは何なのか」について突っ込んだヒアリングを実施。とにかく傾聴に徹することで、本音ベースで話をしてもらえるようにしました。その上で社長が彼に期待することもヒアリングし、社長に変わってご本人に伝えました。
<結果>
「こんな職場環境を実現したいという具体的なイメージを持つことができた」「そのイメージに向けて自身の行うべきことが明確になった」とフィードバックをいただきました。また以前の対社長への受身姿勢から、メンバーと社長の間に入って意思を持った取り組みができる状態にまで変化しました。
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編集後記
昨今の「答えがない時代」では、組織がビジョンや目的地を掲げ、個人である社員と力を合わせて答えをつくり進んでいくしかありません。当然、経営陣や人事だけが息巻いていても意味がありません。変化の最前線にいる現場メンバーが1つひとつの業務の意義を理解し自分ゴト化できている、会社の目標と個人の目標をリンクさせて考えられている──こうした組織が活力高く、さまざまなことを成し遂げて行くのではないでしょうか。