「社内公募制度」で目指す、社員のキャリア自律

社内から異動希望者を募り人員募集を行う「社内公募制度」。社員のキャリアに関する希望を叶えられるなどメリットの大きい取り組みです。
今回は、エージェント・人事の両方の経験を持つ佐藤 鉄平さんに、「社内公募制度」の概要からメリット・デメリット、設計・導入時のポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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佐藤 鉄平(さとう てっぺい)/法人代表
2000年、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。法人営業に従事。コンサルティング会社を経て、リクルートエグゼクティブエージェントにて経営層向けの人材紹介に従事。2014年以降は人事へ転身。KPMGコンサルティング採用統括、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ採用部長、ACALL株式会社取締役を経て、2022年11月より法人を設立。
目次
「社内公募制度」とは
──「社内公募制度」とはどのようなものでしょうか。
「社内公募制度」とは、上司に相談することなくいつでも自分の意志で募集ポジションに応募できる人事制度のことです。
ただし、企業規模やフェーズによってもその捉え方や前提条件は異なります。実施するタイミングや機会の数、募集案件もオープンポジション(特定の職種や業務内容を決めない求人)なのか特定の部署・職種の募集なのか、それらによっても「社内公募制度」は設計・運用方法が大きく変わってきます。
従来の日本企業(特に大企業)では異動希望を上司や周りのメンバーにオープンにしない風潮がありましたが、近年(特にベンチャー企業やエンジニア組織など)は『異動希望を出すことをなぜ周りに言ってはいけないのか』という風潮もあります。こうした時代変化も踏まえて、「社内公募制度」のルールやレギュレーションもこれまでよりオープンに考える必要が出てきているように感じます。
──ちなみに、『外部採用』と『社内公募』はどのように使い分ければいいのでしょうか。
私は、この2つはそれぞれ目的が異なるものだと認識しています。
『社内公募』は原理原則として、“社員のため”として制度が作られます。そのため、企業は、求人としての需要の有無に関わらず、ポジションが充足していようがいまいが、常にオープンにしておくことが望ましいといえます。逆に企業側のエゴや優秀な社員の引き留め手段になってしまった瞬間に、社員からの信頼は失われ、「社内公募制度」は機能しなくなってしまいます。常にオープンで平等な機会を社員に提供する覚悟が必要となります。
『外部採用』で埋まらない枠を満たすために「社内公募制度」を活用するのであれば、エージェントに出している求人票を社内にも掲示する形も取れるでしょう。ただし、即戦力人材を求める傾向がある『外部採用』と違い、『社内公募』ではまだ即戦力とは言えないポテンシャル人材からの応募が多くなります。そう考えると、『外部採用』で満たされないものを『社内公募』で満たすことは非常に難易度が高くなります。
即戦力ではなくとも、その社員の希望を叶えるべく『あとは該当部署で育成します!』と受け入れられるのが「社内公募制度」の理想的な姿です。
「社内公募制度」のメリット・デメリット
──「社内公募制度」によるメリット・デメリットにはどのようなものがありますか?
それぞれ2つずつご紹介します。
メリット
(1)社員が“自発的に”異動希望を出せるようになる
通常であれば会社側が人事異動の辞令を出しますが、「社内公募制度」を導入することで、社員が本人の意志のもと好きなタイミングで手を挙げられる点は、大きなメリットになります。
(2)人材流出防止策の1つになる
社員のキャリア希望に応じることができるため、大切な社員の流出抑制につながります。ただ、人材流出防止のためだけに「社内公募制度」を活用するのは適切ではありません。なぜなら、働き方が多様化し副業なども一般化してきた現代においては、社員も転職以外にさまざまなカードを選ぶことができるようになっているからです。こうして企業と社員がより“対等な関係”になりつつある現代では、「社内公募制度」があるからどうという話ではなく、その制度を導入・運用する会社側の“スタンス”や“価値観”を見て意思決定されることが多い印象です。
デメリット
(1)安直な制度導入は形骸化の原因となる
これは「社内公募制度」に限った話ではありませんが、狙いが不確かなまま制度を導入してしまえば、目的を果たすことはできません。むしろ、制度を活用した後に退職やモチベーションダウンしてしまう方が出た場合には『制度を入れたからこうなったんだ』と批判も出るでしょう。そんな時でも明確な目標や狙い・KPIなどが用意されていれば、『結果的に離職やモチベーションダウンは起きたが、この部分では狙い通りだから問題ない』などの現在位置の確認ができるようになります。仮に「社内公募制度」を導入する理由が3つあるとしたら、その3つすべてに対して、あらかじめKPIを設定しておくといいでしょう。
(2)在籍部署との関係悪化
貴重な人材を手放す部署側からすれば、『うちのエース人材を持っていかれたら部署の数字が落ちるじゃないか』と感じてしまうのは無理もありません。ですが、先ほどもお伝えした通り「社内公募制度」は会社のためではなく社員のためにあるものです。この大前提を各部門の部門長にもしっかり理解をいただき、『部門長のあなた方もこの制度を使える対象者である』ことを伝えながらコンセンサスを取っていく必要があります。
「社内公募制度」の設計ポイント

──「社内公募制度」を設計する上で押さえておくべきポイントについて教えてください。
まずは『何を実現するための社内公募か』を明確にしておきましょう。会社の何を変えたいのか、どの数字をどう変えたいのか、などを具体的に決めておかなければ、取り組み内容を的確に考えることはもちろん、その後を効果を測ることもできなくなるからです。
例えば、『エース社員の排出・抜擢』を目的に置いたとしましょう。その目標人数や目指したい姿を明確にしないまま取り組みを進めてしまうと、『この公募希望者を落としてしまうと退職されてしまう可能性もあるから、温情で通しておこう』といったことにもなりかねません。「社内公募制度」は意外とセンシティブなものなので、目標や目的なしに進めてしまうと逆効果になりがちなものです。「社内公募制度」でなくてもその目的を達成できるのであれば、無理に制度を導入する必要はないのです。
次に、どういうセレクション(選考方法)にするのかを決めていきます。検討する項目としては主に以下のような内容が考えられます。
・異動希望情報の取り扱い(オープン or クローズ)
・異動希望受付のタイミング(通期いつでも or 半期に一度などの定期)
・対象要件(社歴、役職、対象部署など)
・異動後の給与や待遇(これまでの水準を維持する or 異動先の基準に合わせる) など
上記のような検討項目は、社内公募を行う目的・目標に応じて変わります。オープンな社風やカルチャーを重んじるのであれば、「異動希望情報はオープンに」、「通期いつでも」、「誰でも応募できる」ようにしておくと、社員からの納得感も上がるでしょう。
異動希望情報を公表するかしないかについては、企業カルチャー・MVV・人材マネジメントポリシーなどと照らし合わせながら考えると良いでしょう。人事からすれば、これらは憲法のようなものです。こうした組織の根本的な取り決めや概念から判断していくと、より社員からも受け入れられやすい運用を行えるようになります。
ちなみに、大企業では社内公募の立候補や選考は秘密裏に行われて人事異動のお知らせで初めて周囲が知るのが一般的です。しかし、ベンチャーになればなるほどこうした情報もオープンにして欲しいという要望が増える印象があります。とある会社での一例を聞いたところでは、立候補制の「社内公募制度」を導入しており、選考スタイルも『全員で選ぶ』形式を採用しています。
どう「社内公募制度」を設計するか、という姿勢には会社のメッセージが色濃く出ます。経営側のエゴを押し通すことも、人材発掘のために用いることも可能です。本気で社員のキャリア自律を促すことを目的にキャリアカウンセリングの一環として行うのであれば、そこを常に念頭に置いて上記のようなポイントを検討していく必要があります。経営者側につくのか、メンバー側につくのか──人事として制度設計に関わる上では、ここがブレないようにすることがもっとも重要です。

「社内公募制度」を導入する上で注意すべきポイント・対策
──「社内公募制度」を導入・運用する上で注意すべき点と、その対策についても併せて教えてください。
最も重要なのは、導入後に定期的なサーベイを行いながら運用方法などを見直していくことです。繰り返しになりますが、「社内公募制度」を行う上で社員は“お客様”的な立ち位置。そんな社員が『使い勝手が悪い』『制度があるだけで形骸化している』と感じていれば、どれだけ良い内容であったとしてもワークすることはありません。組織にいる社員のことを正しく理解し、その社員が現状この制度をどう捉え・感じているかが運用上では何よりも肝になってきます。
ただし、いくらこの制度の“お客様”が社員だからと言って、すべて社員の顔色を伺って制度設計や運用を進めていくのが正しいというわけではありません。前項でもお伝えした通り、『何を実現するための社内公募か』の大目的に沿うことが第一優先。どれだけ社員から反対されたとしても、その目的を達成するためであれば『この制度の背骨はここ。変えずに進めます』とメッセージを明確に伝えることも必要です。
もう1つ注意したい点が『不採用時のケア』です。外部採用と違い、社内公募では不採用となった後も引き続き社員としての関係性が続くわけですから、本人が今回の結果を前向きに捉えられるような関わり方が人事には求められます。
私の場合、不合格になった方にはいつもその理由と” as is / to be “のギャップを伝えるようにしています。5点満点の選考で3点だったのであれば、残りの2点が何であったのかを言語化するイメージです。あとはそこに加え、不合格=人格・スキル否定ではないことを改めて念押しし、今後も再チャレンジの余地があることをお伝えします。これにより不用意・不本意な退職を防ぐ効果も期待できます。
今回ご紹介したこと以外にも、「社内公募制度」を導入・運用する上ではさまざまな問題が発生すると思います。社内公募をきっかけとした人事異動により退職が引き起こされてしまったり、エース社員が一部の部署に固まり社内バランスが崩れてしまったりすることもあるでしょう。でも、組織に失敗はつきものであり、そこから学び活かしていくことが大事なのではないでしょうか。『エース人材が抜けて厳しい』という声に対しては、代わりにその部門に採用権を渡して動けるようにしてもらうなどの対処を行うことも、人事の役目なのだと考えています。
「社内公募制度」の失敗事例
──佐藤さんがこれまでに取り組まれた「社内公募制度」に関する事例について教えてください。
これまでも多くの「社内公募制度」導入・運用に関わってきましたが、過去とある企業で制度導入を行った際には、これまでの常識を大きく覆されました。
もともとこの制度を導入しようと思ったきっかけは、社員のキャリア自律を大事にしたいと考えたことでした。当時は社員数が20名→60名へと一気に増えて中間管理職層がまったくいないこともあり、『抜擢ではなくやりたい人にやってもらおう』と考えたこともその背景にはありました。
そこで、第1回目の社内公募を“完全クローズ”な体制で実施したのですが、結果的には大失敗。『隠れて手を挙げるなんて部署の仲間に申し訳ない』という気持ちから周囲へ自主的に応募したことをオープンにする方、人事や同僚のカレンダー内にある非公表スケジュールをチェックして勘ぐったりする方……私が当初まったく想定していなかったアクションがたくさん見られたのです。
そこで初めて「社内公募制度」を導入する前に、その会社が実現したいMVVについての議論が甘かったことに気づきました。だからいくら人事が『みんなのやりたいに応えられる制度にしよう』と考えていても、情報をクローズにしたことによって社員からは『結局は社長や人事が決めているんじゃないか?』と疑念を持たれてしまったのだと思います。もし最初から『みんなで決めよう』的なスタイルで運用することができていたら、社員に受け入れられていたはず──ここに気づけたことで、その後の制度運用をより良い方向に導けたと考えています。
もう1つの失敗は『自社マネージャーのジョブディスクリプションを明確にできてなかった』点です。社員からもそこが不明瞭だったから応募しにくかったと意見をもらい、非常に的確な指摘だなと感じました。こうした点も最初からカバーできるに越したことはありありませんが、最初から100%うまくいく制度を設計・導入することはほぼほぼ不可能です。常に『目的』と『現状(社員へのサーベイ結果など)』を見て、失敗も活かしながら改善していくこと──こうした愚直な取り組みを続けていくことが「社内公募制度」に置いても重要なのだと実感した事例となりました。
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編集後記
社員のキャリア自律を支援することは、働き方が多様化し続ける昨今において避けては通れないテーマです。「社内公募制度」を組織の最適化や外部採用で補えない部分の補填などの経営的な視点で捉える方もまだまだ多いかもしれませんが、佐藤さんがおっしゃるように『社員のための制度』だと捉え直してみると、また違った発見があるかもしれません。