「キャリア自律」が求められる時代背景と、具体的な推進方法
終身雇用や年功序列制度が崩壊し、定年退職まで同一企業で働き続けることが珍しくなり始めた昨今では、各自が自律的にキャリアを形成していく重要性が高まっています。ただ、個人として「キャリア自律」の重要性を理解していても、人事として組織内でどう推進するべきかを考えあぐねている方も少なくないかもしれません。
そこで今回は、「キャリア自律」の概要からメリット・デメリット、組織内における推進方法に至るまでを、キャリア開発支援の領域で活躍している植島 彩乃さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
植島 彩乃(うえしまあやの)/株式会社レオパレス21 人事総務部企画課
人材サービス業界での営業経験を生かし、ITベンチャー企業にて人事職に転換。およそ3年間にわたり中途領域をメインに採用業務に従事し、年間で中途採用決定者数100名以上の実績を出す。2017年に現職の株式会社レオパレス21に入社。現在はキャリア開発支援、タレントマネジメントを手掛けるほか、新入社員研修、チームビルディングなどの教育分野でも実績多数。
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目次
「キャリア自律」とは
──今日よく耳にする「キャリア自律」の概要と、注目されている背景について教えてください。
「キャリア自律」とは、働く個人が自身のキャリアに責任を持ち、主体的にキャリア開発に取り組むこと(またはその状態)を指します。日本ではこれまで年功序列・終身雇用制度がメインであり、『企業に就職すれば定年まで安定した雇用が保障される』と考える方が多い時代もありました。しかし、1990年のバブル崩壊を皮切りに、近年のコロナ禍によるVUCA時代の到来などを受け、企業存続の難易度は年々上がり続けています。そうなれば当然、雇用も不安定になります。
その結果、欧米の雇用制度に倣った成果主義の導入が日本でも進み、近年ではジョブ型雇用も注目されるようになってきました。これは『就職すれば会社がキャリアのレールを敷いてくれ、タイミングが来ればエスカレーター式に昇格・昇給し、定年まで働ける』といった30年前とはまったく異なる世界観です。こうした経済状況の変化から、キャリアを企業任せにするのではなく、働く個人ひとりひとりが自分でキャリア開発をしていく必要がある、といった機運が高まっているのです。
この「キャリア自律」の風潮はゆっくりと時間をかけて徐々に浸透してきたもの。そのため、まだそれに気づいていないビジネスパーソンも多くいるように感じます。もしくは、なんとなく時代の変化に気づいてはいるものの、どうしたら良いのかわからず具体的なアクションに踏み出せていない方も多いのかもしれません。
ですが、リンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏が著した『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』でも危惧されているように、雇用が不安定な状況でも長く働くことが求められる時代はすぐそこまできています。コロナ禍で多くの業種・業界が影響を受けたことで、一生安泰な仕事などないと私たちもよく理解できたはずです。だからこそ、年齢や現在の勤務先の状況などに関わらず、いつ自分の働く環境が変わっても、どこでも活躍できるように自身のキャリア開発を進めていかなくてはなりません。
経済産業省もDXの観点から『リスキリング』を推奨し始めました。これからのビジネスパーソンには『働きながら学び、仕事に活かす』ことが当たり前に求められるようになっていくでしょう。
「キャリア自律」のメリット・デメリット
──「キャリア自律」の概念や考え方を自社に導入すると、どういったメリットとデメリットがありますか?
従業員の「キャリア自律」を目的としたキャリア開発支援には、一般的に以下のようなメリット・デメリットがあります。
メリット | デメリット |
・従業員の業務モチベーション、企業エンゲージメント向上 ・管理職のマネジメント負担軽減 ・リスキリングや副業による本業でのイノベーション促進 ・強みや志向性を考慮した人材の最適配置実現 ・企業の採用ブランディングにおけるイメージアップ | ・即自的、直接的な効果としては表出しづらい ・緊急度が低いにもかかわらず一定の運用工数がかかる ・抽象度が高いため経営層の理解を得づらい |
ご覧の通り、得られるメリットは複数あるものの、業績に直結するようなインパクトが短期的には見えにくいことがデメリットとして挙げられます。「キャリア自律」は従業員ひとりひとりの意識変化やその状態を指すため、何か施策を講じれば即時効果が見られるわけではないことがその要因です。
しかし、前述した「キャリア自律」の必要性はもちろん、上記のようなメリットがあることから、既に多くの企業がキャリア開発支援に取り組んでいます。しかも、従来の年功序列・終身雇用制度の影響を強く受けている歴史ある大手日系企業が先陣を切っている状態です。
一方で、中小企業はその意義や必要性は理解しているものの、なかなかリソースを割けないことから取り組みが遅れているように感じます。逆に言うと、中小企業がキャリア開発に注力できれば採用面で同規模企業との差別化に繋がります。特に中小・ベンチャー志向の強い求職者は、大手志向の求職者に比べて「キャリア自律」マインドをある程度持ち合わせていることが多いもの。その意味でも意思決定につながるアピールポイントの1つになるでしょう。
キャリア開発支援のための施策は色々あります。キャリアプランの作成や上長やコンサルタントなどとのキャリア面談、教育研修の受講、資格取得支援制度などがイメージしやすいかと思いますが、こういった自分のキャリア開発に役立つサポートをしてくれる会社とそうでない会社から転職先を選ぶなら、前者を選ぶ方が多くなるのは自然なことではないでしょうか。
「キャリア自律」を推進すると、離職者が増える?
──「キャリア自律」が推進されると、組織の流動性が上がって離職者が増えるのでは?と、心配される方も多い気がします。その点についてはどうお考えでしょうか?
企業で「キャリア自律」を導入・推進しようとすると、必ずと言っていいほどこうした声や不安は出てきます。ただ、実際にキャリア開発支援施策を推進してみて私個人が感じるのは、キャリア開発支援そのものが離職に与える影響は大きくないということです。
とはいえ、離職には雇用環境やキャリアアップのしやすさなどあらゆる条件が複雑に関係するため、どの企業においても絶対的に離職を促進しないとは断言できません。それでも多くの企業が既にキャリア開発支援に踏み切っているのは、施策実施によるメリットが離職促進の懸念を上回ると判断しているからではないでしょうか。
また、離職を促進するか否かは施策内容にもよると考えています。例えば、資格取得支援などの金銭的援助やスキルアップに注力した施策がメインであれば、離職に繋がる可能性も否定できないでしょう。
しかし、キャリア開発支援はそうしたものばかりではありません。どのような目的で、従業員に何を期待して会社がキャリア開発支援を行っているか正しく伝えつつ、バランスの良い施策展開をすれば、離職リスクをそれほど懸念する必要はないと思います。
たとえば自己申告制度やそれを生かした人事配置の実行とそれを裏付けるようなトップメッセージ(CEOやCHRO(最高人事責任者)からの目的を正しく伝えるための社内向け情報発信)など、単発ではなく掛け合わせでの施策実施が望ましいでしょう。
人事ができる「キャリア自律」のサポート方法
──「キャリア自律」の考えや概念を組織内に浸透させるために、人事ができる施策にはどういったものがあるのでしょうか。
「キャリア自律」促進のためには、制度などのハード面と、マインド醸成に重きを置いたソフト面の両面から施策を並行させるのがセオリーです。ハード面(仕組み)だけを整えても従業員のマインドがついてきませんし、ソフト面だけでは従業員から『所詮はきれいごと』『実態が伴っていない』と言われてしまいます。
まずは「キャリア自律」に向けた自社の課題整理をした上で、以下2つの観点でそれぞれ考えや取り組みを進めて行きましょう。
①従業員個人の課題
マインドセットを目的とした教育(研修・e-ラーニングなど)の実施や、自身のキャリア棚卸を行う機会、人事基幹システムやタレントマネジメントシステムに付随する自己申告機能などの導入を検討してみると良いでしょう。もちろんそういったシステムがなくとも、紙ベースでの質問シートやフォーマットを使ってもいいですね。教育はその企業の人員構成にあわせて対象を年齢・階層・職種などで区分し、伝えるメッセージを分けて実施すると効果的です。
ここで注意したいのは『教育もキャリアプランニングも可能な限り全従業員を対象とする』こと。対象が一部に限定された施策では、会社として「キャリア自律」を促進しているとは言えません。段階的に対象を拡大する場合でも、できるだけ早いタイミングで代表や経営層から『当社は従業員のキャリア開発を応援します』といったトップメッセージを示せることが望ましいです。
ハード面の施策は他にも社内公募制度や社内FA制度の運用も考えられますが、これらは運用コストがかかる上に受入れ側と輩出側の双方の組織に対する働きかけも重要になるものなので、綿密に時間をかけて制度と運用を検討するとよいでしょう。
ポイントとしては、制度と運用の策定時に、実際の運用開始後に起こり得る事象のリスクヘッジをしておくことです。私がこれまで頻繁に目にしたのは、社内公募制度を導入しても、受け入れる部門としては社外から人材を募集する採用と同様に、欠員補充という目的のみを認識してしまうことです。そうした認識の齟齬があると、社員の受入後のフォローアップも不十分になってしまったり、応募者のキャリア志向との一致度合を考慮しないまま社内異動となり、ギャップが生じてしまい、場合によっては離職に繋がってしまうことも考えられます。この様な事を避けるためにも、「キャリア自律」のサポートという目的について正しく認識をしてもらう様に働きかけることが重要です。
②組織上の課題
各組織のリーダーとの「キャリア自律」に対する意識のすり合わせが最重要です。前述の社内公募や社内FA制度も、『「キャリア自律」とはなにか』『何のためにこの制度があるか』といった概念的な理解を組織のリーダーができていることが前提となります。地道ではありますが、対話を繰り返しながら要となる人物にしっかりと理解してもらいましょう。ハード面の整備と並行できればベストですね。
対個人・対組織ともにある程度の施策浸透が図れたら、社外向けに「キャリア自律」のための取り組みを実施しているとアピールすることも施策の一部です。社外への発信によって、従業員が『うちの会社はキャリア開発に力を入れているんだ』と実感を持つきっかけにもなります。
「キャリア自律」の導入企業事例
──「キャリア自律」を実際に導入されている企業事例について教えてください。
個人的に注目しているのは、カゴメ社の取り組みです。
カゴメ社では「キャリア自律」を『自主キャリアプランの実現』と表現しており、自己申告制度、社内公募制度、カフェテリア型教育、キャリアカウンセリングなど幅広い施策を実施しています。直近ではプラチナキャリア・アワード(※1)の優秀賞も受賞されていますし、CHRO(最高人事責任者)の有沢氏は『人的資本経営』や『従業員の働きやすさ』といったキーワードで数年前から数多くの講演に登壇されています。さらにはジョブ型人事制度の導入も実現されるなど、グローバル経営かつ大手日系企業の中でも人事施策において非常に前進的な企業です。
(※1)プラチナキャリア・アワードとは、人生100年時代を迎える日本の就業者が目指すべきキャリアのために、社員のキャリア形成や活躍機会の提供を志向している企業を表彰するために創設されたアワードです。
参考: 株式会社三菱総合研究所 プラチナキャリア・アワード
なお、私が在籍している企業では「キャリア自律」に向けた取り組みは2017年頃にスタートしました。冒頭にお伝えしたような従来型雇用制度の限界を踏まえ、自律型人材の育成をキャリアという観点からも推進することにしたのです。
具体的な施策としては、以下のようなものを導入しました。
・年に一度のキャリアプランニングによる自身のキャリアの棚卸
・上司とのキャリア面談
・年齢別のキャリア研修
・全社員向けe-ラーニング
・社内公募制度の運用
など
こうした施策の結果、2022年時点では75%以上の従業員が「キャリア自律」の必要性を理解するまでに至りました。また、経年で従業員の「キャリア自律」に対する意識の変化を確認しており、毎年社内で実施している従業員向けにキャリアに関するアンケートでは、目的に沿った運用であることを確認できるというコメントもいただくなど、成果を感じているところです。
もちろんまだまだ道半ば。意識変化だけでなく従業員の具体的なアクションに繋げることも視野に入れて、今後も取り組みを続けていく必要があると考えています。
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編集後記
文中にもあったように、『キャリア開発支援を行うと、社員の離職を促してしまうのではないか』と懸念する方は多いのではないでしょうか。しかしながら、大手企業がこぞって取り組みをスタートさせている点や、社員の成長・モチベーション向上の点などから考えても、メリットの方が多い取り組みだと言えるでしょう。懸念や先入観を取り払い、まずは他社の事例を見るところからスタートしてみるのも良いかもしれません。