「評価者研修」で‟人が育つ公平な組織”を目指すには
評価基準の理解とスキル向上を目的に行われる「評価者研修」。公平な評価により社員の納得度を高め、組織と人の成長を促すためには、評価者自身の成長と制度理解が欠かせません。
今回は、人財育成コンサルタントとして数多くの人財育成に携わってきた坂爪 美奈子さんに、評価者研修を行う上で起こりうる問題点や、期待できる効果などについてお話を伺いました。
<プロフィール>
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坂爪 美奈子(さかづめ みなこ)/alcourage(アルクラージュ)代表 国家資格キャリアコンサルタント・一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所認定トレーナー・DiSC®認定講師証券会社での営業を経て、1996年ジュエリー企業へ転職。人事課長として人材採用と社員教育を担当する。その後、インテリア雑貨を扱う企業にて人事制度構築を経験、2010年に総合アパレル企業の販売スタッフ教育責任者に着任。教育制度の構築と運用、インストラクター養成を担当。2019年に人財育成コンサルタントとして独立。業種業界を問わず、リーダー研修や接遇・マナー研修、チームビルディングなど、研修を中心に育成に関するコンサルティングを行う傍ら、個人向けライフコーチとしても活動している。人事系業務に携わった期間において、採用面接は3万人以上、研修受講者のべ2万人以上。
目次
「評価者研修」により期待できる効果とは
──「評価者研修」の概要と、そこから得られる効果について教えてください。
「評価者研修」とは、評価者がその目的を理解し、適切な評価を実現できるマインドとスキルを習得するための研修のことです。
産労総合研究所の「2016年 評価制度の運用に関する調査」によると、7割以上の企業が「評価者研修」を実施しており、多くの企業がその重要性を認識している様子が伺えます。
しかし、多くの企業が評価者研修を導入しているにもかかわらず、被評価者の評価に対する満足度は高いとは言えません。カオナビHRテクノロジー総研の「人事評価に関する調査結果」によると、会社の人事評価結果について「満足している」と答えた人は2割以下だったという結果が出ています。
そして同調査では、人事評価に満足している社員ほど職場満足度が高いという結果もあります。
※参照:カオナビHRテクノロジー総研調査レポート「人事評価に関する調査結果」
では、評価結果に不満な理由はなんでしょうか。同レポートによるとその半数以上もの人が『評価結果に納得感が無い』ことを挙げています。
※参照:カオナビHRテクノロジー総研調査レポート『人事評価に関する調査結果』
このレポートを見ると、被評価者は「評価への納得感」や「評価者に対する信頼」を求めていると言えますが、実際には、多くの評価者が「納得感」よりも「正しい評価」を目指しているのではないでしょうか。「評価者研修」は、こうしたギャップをなくし、意味ある評価を実現するために行うものであり、以下3点が大きなポイントです。
評価に対する理解
・評価の目的を正しく理解し、評価によって何を実現したいのか(自社が何を大切にしていて、社員に何を求めているのか)を認識する
・評価は正確さより、社員の納得感が重要であることを理解する
自分自身に対する理解
・自身のものの見方の傾向(評価エラーや無意識の思い込みに気づくなど)を知り、それが評価にどのように影響するかを認識する
部下に対する理解
・納得感を高めるためには、部下との信頼関係を構築する必要があることを理解する
・信頼関係を築くための、部下との日頃の関わり方を見直す
「評価者研修」を実施する上での問題点と対策
──「評価者研修」をしているのに、うまくいっていない企業があると聞きます。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。その対策と合わせて教えてください。
「評価者研修」が機能しない理由には、大きく3つあると考えます。それぞれ対策と合わせてご紹介します。
(1)評価を行う目的が正しく伝えられていない
(2)評価をイベントとして捉えている
(3)被評価者の納得感に着目していない
(1)評価を行う目的や内容が正しく伝えられていない
評価者・被評価者の双方に対して、評価の目的やその内容がはっきり伝えられていない、またはそれぞれの理解が浅いという問題があります。また、評価の重要性が伝わっていないため、研修に時間を割こうとしない、スキルばかりを重視した研修を行ってしまうなどの問題も起こり得ます。
<対策>
人事評価制度について詳しく理解する機会を設けます。ただ、一方的な説明だけではなかなか理解が進まないことも事実です。理解促進のための意見交換などができるワークショップや研修等を実施することが望ましいでしょう。目的を評価者・被評価者の双双方に伝えることはもちろん、評価する側・される側それぞれのメリットも正しく理解してもらうことで、評価の場そのものに対して前向きに捉えられるようになります。
(2)評価をイベントとして捉えている
評価は半年や1年に1度のイベントではなく、日々の業務の積み重ねで行われるものです。しかし実際には、評価時期にまとめて慌てて行うなど、イベント化してしまっていることが多いのではないでしょうか。ですから、評価を行う直前に研修を実施しても十分な成果は得られないのです。それどころか、研修内容が“その場しのぎ”的に伝わってしまう恐れもあります。
<対策>
評価期間を通して評価者と被評価者のコミュニケーションをどのようにとっていくか、評価そのものだけでなく、1on1ミーティングなどプロセスマネジメントの仕組みを構築し運用していくことで、“通年”で被評価者の成長を支援できるようになります。
(3)被評価者が評価項目を理解しきれていない
評価する側の研修は行われていても、被評価者に対する研修や、評価項目に対する説明・理解促進がおざなりになっていることも少なくありません。被評価者側の理解がなければ、いくら「評価者研修」を行ったとしても納得度の高い評価を行うことはできません。
<対策>
被評価者に対し、「何を評価するのか(≒会社は何を求めているのか)」について説明する機会を用意することです。そして、日頃から評価者とすり合わせを行うことで、期待役割を発揮できます。
「評価者研修」のコンテンツの考え方
──「評価者研修」のコンテンツを考える上で、どんなことに留意すればよいでしょうか。
「評価者研修」のコンテンツを考える上で重要なのは、『研修でどんな状態(ゴール)を目指すのか』という点です。
私は、人事評価制度の目的には次の3つの視点があると考えています。
(1)企業文化の醸成
ビジョン達成に向けてどんな文化を醸成し、どんな人々の集団にしたいか。
(2)人材育成
ビジョン達成と継続的利益創出のために、社員にどう成長してもらいたいか。
(3)公平な処遇
社員のどんな能力・成果を昇格昇給につなげるのか、給与や賞与をどのように分配するか。
適切な評価制度を構築するためには、企業のビジョン、そしてそのビジョンを実現する人材像を明確にする必要があります。それらを明文化すると「評価者研修」のゴールが設定しやすくなるはずです。
例えば、評価項目が業績(数値)のみだったとしましょう。そこから伝わるメッセージは『業績さえ上げればよい』と同義となり、どんな人材になって欲しいかなどの要素はありません。極端に言えば『業績を上げられるなら誰でもよい』と捉えられてもおかしくないのです。
『不足・不便・不安・不満』の解消というニーズで経済が回っていた成長社会であれば、業績のみの評価でも違和感は少なかったかもしれません。しかし、現在は『欲しいものは大体持っていて不自由していない』成熟社会です。
コトラーのマーケティング4.0でも提唱されているように、『自己実現欲求』を叶える時代と言い換えることもできます。企業においても、社員がただ会社に尽くすのだけではなく、そのビジョンに共感し、自分の能力や強みを活かしながら仕事をする形(ロイヤリティからエンゲージメント)に変わってきています。
成長社会と成熟社会の比較
成長社会 | 成熟社会 | |
社会環境 | ・人口が増加し、労働力も増加する。そのため、資本の増加や技術の進歩も起こりやすい ・大量生産→大量消費→大量廃棄 ・「需要>供給」の関係が成り立ち、作れば売れる | ・人口が減少していくため、労働力が増加しない。そのため、資本の増加や技術の進歩も起こりにくい ・少量生産→少量消費→少量廃棄 ・「需要<供給」の関係となり、作っただけでは売れない |
生活 | ・モノが不足している ・不足、不満、不便が多い・欲しいものが認識できる | ・必要なものは大概ある ・特に困ったことはない ・欲しいものが認識できない |
人の思考 | ・「モノの豊かさ=幸せ」 ・‟幸せの定義”が分かりやすい ・「みんな一緒」が安心 | ・「〇〇〇=幸せ」の方程式がなく、幸せの形が多様化している ・‟幸せの定義”がわかりづらい ・「みんな別々」が心地よい |
売り方 | ・消費者にいかに売るかという「セールス」が中心 | ・消費者に買いたいと思わせる「マーケティング」が中心 |
企業と顧客の結びつき | ・マニュアル的対応・顧客の言うことは絶対 ・顧客ロイヤルティは企業に結び付く ・企業→顧客という縦の繋がり(一方的なメッセージでいい) | ・幸せな社員による個別対応・顧客が正しいとは限らない ・顧客ロイヤルティは社員に結び付く ・企業⇔顧客という横の繋がり(双方向のやりとりが必要) |
人材 | ・企業は社員へ終身雇用や年功序列といった安定を与える ・社員は会社に忠誠心を捧げる | ・企業は社員が自己実現でき、イキイキと働ける仕事を与える ・社員は働きたいという感情で働く |
人材マネジメント | ・給与や出世などの動機付けが有効 ・方向性を示せばよい ・進捗管理が鍵 | ・給与や出世などでは、動機付けにならない。やりがいが動機 ・一人ひとりの価値観に寄り添わなければならない ・感情の管理が鍵 |
私は、評価は単に会社が個人に点数をつけ、報酬や役職を決めるだけの行為ではないと考えています。何をどう評価するかによって企業の文化が浸透するといったこともあれば、従業員がどういった方向で成長していくのかというベクトルを決めることもあると思います。
そのような中での人事制度及び評価者のあり方は、誰に何点をつけるかということよりも、『成長を支援する』方向に重点を置いた方が良いのではないでしょうか。
「評価者研修」の具体例と得られた成果
──坂爪さんがこれまでに実施した『評価者研修』の内容と、実際にどのような効果・成果が得られたのかについて教えてください。
企業によって多少異なりますが、基本的な取り組みとして以下のような内容が多いです。
(1)人事評価制度の目的理解
特に『企業文化の醸成』と『人材育成』にポイントを置いた説明によって理解促進を行う。
(2)評価者の役割理解とマインドセット
『評価とは単に点数を付けることではなく、部下の成長を支援することである』という前提を理解し、そのために必要なあり方やマインドセット(どんな環境下で人は成長するのか、どのような関係性が成長を促進するのか)を行う。
(3)評価項目の理解
企業として何を大切にしているのか、社員にどう成長してもらいたいのか、評価者が被評価者に自分の言葉で伝えられるよう、理解を深める。
(4)評価目線の確認
実際に評価を行ってみることで、他者との目線の違いを認識する。DiSC®(※2)などのツールを用いて、自分とは異なるものの見方・捉え方・コミュニケーションを知る。また、よくある評価エラー(※3)やアンコンシャスバイアスがあることを理解する。
※2:短時間で自身の行動パターンを分析して理解するためのツール。人は、それぞれ異なる動機や欲求、行動様式を持っている。その違いをD・i・S・C の4つの基本スタイルで測定し、その価値を活かして適切なコミュニケーション方法を導いていく。
※3:起こりやすい評価エラーとして、主に次のようなものがある。
・中心化傾向/・極端化傾向(当たり障りのない無難な評価、反対に極端な評価をする)
・寛大化傾向/・厳格化傾向(甘い評価、もしくは厳しい評価をする)
・逆算化傾向(先に昇給・昇格・賞与などを決めてしまい、後付けで評価を帳尻合わせする)
・ハロー効果(目立つ一面的な印象を引きずって他の面まで評価する)
・論理誤差(似たような事柄を関連付けて考えてしまい、事実ではなく推論にもとづいて判断してしまう)
・対比誤差(絶対基準ではなく自分自身あるいは誰かを基準として評価する)
・期末誤差/最近化傾向(評価期間後半の印象で評価する)
(5)日頃の関わり方や目標設定面談、1on1ミーティングのポイントと実習
コーチングマインドをベースとした関わり方や、目標設定面談、被評価者の成長を促進する1on1ミーティングのポイントを、実習を通して理解する。1on1ミーティングは上司と部下が定期的に一定時間を対話に費やす形で行う。
(6)フィードバック訓練
ただ評価結果を伝えるだけではなく、次回に向けてどのような期待をしているのか、どんな注意点があるかなど、成長を支援する視点でのフィードバック方法を訓練する。
特に、『評価者に対する成長支援』をテーマとした研修を定期的に導入した企業では、以下のような成果を得ることができました。
・評価者、被評価者の関係性が良くなり、風通しの良い風土が生まれた。
・評価者に対する信頼が高まり、フィードバックが受け入れやすくなった。
・仲間意識が高まり、協力体制がとりやすくなった
・職場の空気がよくなったことで意識が外に向き、顧客意識が高まった
・評価者(上司)の姿が被評価者にとって「目指す姿」となり、成長を支援しやすくなった
なお、この企業では評価者研修に加え、被評価者を対象とした『年次・階層別研修』も実施しました。その中で、企業ビジョンとその実現に向けて求められる人材像の理解はもちろん、被評価者自身の「目指す姿」を確認しました。一人ひとりの「目指す姿」を尊重する姿勢に、エンゲージメントが高まり、さらに、組織全体の人事評価制度に対する理解を深めるこの取り組みは『将来の評価者』の素地づくりにもつながっています。
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編集後記
評価の重要性は認識していても、まだまだ年に数回のイベント的なもの、昇給・昇格などを決めるためだけのものになってしまっている企業も多いかもしれません。しかし、やり方次第では社員の成長を加速させ、よりエンゲージメントを高められる可能性があるものです。評価をイベントで終わらせず、日々の行動変容に繋がるものとして取り組んでみてはいかがでしょうか。