「マネジメント研修」を事業・組織に合わせて設計するには
企業規模を拡大する際に必要となる管理者の育成や、組織活性化をもたらす「マネジメント研修」。事業や組織によって求められるコンピテンシーは異なるため、それぞれに合わせた設計が必要です。
今回は、人材開発やチームビルディングに強みを持つ人事パラレルワーカーの安野 友博さんに、自社に合わせた「マネジメント研修」を設計する方法や、知っておくべきポイントについて伺いました。
<プロフィール>
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安野 友博(やすの ともひろ)/人事パラレルワーカー
大阪大学経済学部卒業後、ベンチャー/スタートアップにて、15年余りHR(採用・労務・制度)に従事。プライム上場企業をはじめ、大手クライアントを中心に外部人事として複数企業に貢献。Human Relationsを強みとしたOKR導入支援などを担当。
目次
「マネジメント研修」が人材開発にもたらす意義
──近年、マネジメントの重要性や難易度はどのように変化してきているでしょうか。その背景と合わせて教えてください。
近年、マネジメントの重要性や難易度は以下4つの背景によって変化してきています。
(1)テクノロジーの進化
(2)多様性とインクルージョン
(3)人材の獲得競争
(4)組織の柔軟性
(1)テクノロジーの進化
DXやリスキリングなどのワードが話題になっているように、テクノロジーの急速な発展によって組織やチームが働く方法が変化し、マネジメントにも新たなスキルや柔軟性が求められるようになりました。例えば、リモートワークやデジタルツールの活用が浸透したことを受け、遠隔でのコミュニケーションやチームビルディングスキルが近年ではより重要になっています。
(2)多様性とインクルージョン
多様なバックグラウンドや経験を持つメンバーが増えることで、異なるニーズや価値観に対応できるマネジメントの必要性がこれまで以上に高まっています。全ての従業員が公平に扱われ、チームでの意思決定に参加できる環境をマネジャーが中心となって整えなければなりません。近年はダイバーシティ&インクルージョンのポリシーを公開する企業も増えており、避けては通れないテーマとなっています。
(3)人材の獲得競争
エンジニアを代表とする特定職種の人材獲得競争が激化し、リテンションの重要性もさらに増してきています。優秀な人材を確保・維持するためには、従業員エンゲージメントや満足度を高めるマネジメントが欠かせません。長期的な展望に立ってキャリア開発や成長機会を提供し、働きがいのある職場を実現することが必要です。
(4)組織の柔軟性
市場や業界の変化に素早く対応するためには、組織の柔軟性がモノを言います。その中でもマネジャーは、変化に適応しつつチームの協力を促す役割を担っています。
このように、マネジメントが担うべき役割や重要性は時代の変化とともに拡大し続けています。そこに対して「マネジメント研修」などの形で人材開発を行うことは、事業や組織にとってもより大きな意味を持つようになってきているのです。
自社に合った「マネジメント研修」を作る方法
──自社に合わせた「マネジメント研修」を設計するために必要なステップとポイントを教えてください。
組織の目的・課題に合わせた「マネジメント研修」を設計するためには、大きく以下9つのステップがあります。それぞれポイントと合わせて解説します。
(1)自社事業におけるマネジメントのあり方の定義決め
(2)ニーズ分析
(3)目標設定
(4)研修内容の作成・カスタマイズ
(5)継続的な学習のサポート
(6)評価とフィードバック
(7)研修方法とフォーマット
(8)社内での情報共有
(9)研修の継続的な改善
(1)自社事業におけるマネジメントのあり方の定義決め
事業内容やフェーズによって、その組織のマネジャーに必要とされるコンピテンシーは変わってきます。その前提を踏まえて定義を決めておかなければ、そもそもどんな研修を企画・実施すれば良いかも考えることができません。
例えば、急成長企業ではメンバーから意見を吸い上げる力よりも率先垂範してチームを引っ張る力がマネジャーには求められます。そこから組織が拡大したフェーズにおいては、他部門とのリソース調整や優先順位決定のための交渉術のようなスキルが必要になります。さらに組織が成熟すると、メンバーを成長に導くためのコーチングのようなスキルがマネジャーに求められるようになってきます。
(2)ニーズ分析
次に、組織の現状を理解します。従業員のニーズや組織課題を把握するために、さまざまなインプットを行います。例えば、過去の自社マネジメント向上のための取り組みや、他社事例・学術文献、外部機関の統計情報、利害関係者へのアンケートやインタビューなどがこれに該当します。こうしたデータを分析することで、マネジメント上のどのような問題を解決すべきか、問題の程度が大きいものは何か、最も困っているグループはどこか(≒受講対象者)などを整理していきます。
(3)目標設定
ニーズ分析により解決するべきポイントを明確にできたら、それを踏まえて目標設定を行います。マネジメント層の「あるべき姿」を見据えた上で、現状との差分をもとに課題を設定します。この目標は、研修受講者にどのように変化をして欲しいかまで具体的に表現するようにしてください。目標が抽象的・曖昧になってしまう要因は、解決すべきニーズや課題が明確ではないことが大半です。必要に応じてニーズ分析に戻ることも検討しましょう。
また、ここまでの結果を基にして、実際にマネジメント研修を受けるグループを交えてディスカッションを行うのも効果的です。それによりニーズや目標をより現実に即したものにアップデートすることができます。
(4)研修内容の作成・カスタマイズ
目標に基づいたカリキュラムを構築します。自社で研修プログラムを作成するリソースがない場合は外部研修会社を頼ることになります。しかし、その際であっても(1)〜(3)を参考に研修内容をカスタマイズしていくことには変わりありません。作成したプログラムの中で教えられることが目標実現に貢献しているかどうかを必ずチェックしましょう。また、後述する『(9)研修の継続的な改善』のために、プログラムと目標の関係性について仮説を持っておくことも重要です。
(5)研修方法とフォーマット
オンライン・対面・集合・個別など、組織のニーズや状況に応じた研修形態やフォーマットを検討・選択します。
(6)継続的な学習のサポート
研修が終わった後も、マネジャー自身が学習を継続できる仕組みを整えると良いでしょう。フォローアップ研修やメンタリングプログラムなどを通じて、プログラム内容の定着をサポートしていくなどの方法が一般的です。フォローアップのためのリソースが確保しづらい場合、研修受講者主導で運営することも選択肢になりえます。人材育成や成長プロセスに現場マネジャーがしっかりと関与してくれることは、個人・組織の双方にとって大きな資産となるからです。
(7)評価とフィードバック
研修の効果を測定するために、参加者からのフィードバックを収集して研修プログラムの改善に活かせるような仕組みを設けます。研修で学んだことが現場で実行されているか、研修の目標通りに受講者が変化をしているか、その変化は本当に研修によってもたらされているかなど、定量・定性両方の手法を活用して評価するための取り組みを推進していきます。
評価方法としては大きく2つあります。1つは、狙った効果が出ているかをアンケートやサーベイから把握する方法です。もう1つは、研修内容が実際に業務の中で活かされているかをアンケートなどから把握する方法です。この2つのデータを元に、研修の効果を相関分析にかける形で検証していきます。研修内容が現場で実行されているにも関わらず効果が出ていない場合は、研修内容が間違っている可能性があります。また、そもそも研修内容が実行されていないのであれば、受講者に追加ヒアリングを行うなどでその原因を突き止める必要があります。
(8)社内での情報共有
研修の成果を組織全体で共有することはとても重要です。会社からは研修の評価についてのデータ、受講者本人からは研修後のアクションプランや学んだことの共有を促すことで学習が奨励・賞賛され、学ぶ人がサポートを受けられる雰囲気を作っていくことができます。
(9)研修の継続的な改善
「マネジメント研修」は、組織の成長や変化に応じて改善・更新されるべきものです。定期的に研修の効果や内容を見直し、組織のニーズに合わせて改善・最適化していくことを当初から組みこんでおきましょう。
これら9つのステップ・ポイントを考慮しながら自社に合わせた「マネジメント研修」を設計することができれば、組織の課題に対処できることはもちろん、マネジャーやリーダーのスキルアップをも実現できることでしょう。
「マネジメント研修」を設計する上で陥りやすいポイント
──「マネジメント研修」を設計する中で、企業が失敗しやすいポイントや注意点などはありますでしょうか。
企業の戦略や目標は、組織ごとに異なります。そのため、絶対的な正解というものはありません。常に自社にとっての「あるべきマネジメント層の姿」を具体的に思い描きながら、その目標に至るために何が必要かを考え、改善・最適化していくことが必要です。
また前述した通り、「マネジメント研修」は一度作れば終わりというものではありません。その時々に応じた組織のフェーズや、企業戦略の変化などに合わせて、随時ブラッシュアップしていく必要があります。そのためには、定期的な「あるべき姿」という定義そのものの見直しや、従業員からのフィードバックの収集が重要です。
また、マネジメント研修を企画・実施する中で『他の研修内容とダブってしまう』と懸念されるケースも多々あります。この点に関して言うと、内容がダブってしまうこと自体は問題ありません。むしろ、それだけ会社にとって重要な知識・スキルであることがメッセージとしても伝わりやすいので、ダブりは良い機会と捉えて活かしましょう。加えて、同じファシリテーションがテーマであってもその活用場面に応じて学ぶ内容は大きく異なります。いくつかの目的や観点に沿って特定スキルを学ぶことで、より多角的に理解が深まる効果も期待できます。
なお、研修がやりっぱなしにならないようにすることにも注意が必要です。そうならないための方法はいくつもありますが、主なポイントとしては以下3つがあります。
(1)トップマネジメントがマネジメントの重要性について事あるごとに伝え続ける
(2)上司が対象マネジャーの変化に気づき肯定的なフィードバックを継続的にする
(3)研修の振り返りに受講者を巻き込む
よく研修結果が受講者に知らされずに上司や人事のみに共有されているケースを見聞きしますが、こうしたクローズドな運営方法では対象者であるマネジャーにオーナーシップが生まれず、研修内容が十分に活かされない状況となることにも留意しましょう。
組織の現状に合わせた「マネジメント研修」を設計した例
──安野さんがこれまでに経験された「マネジメント研修」の設計・導入・運用事例について、可能な限り具体的に教えてください。
今回は、ニーズや求められるコンピテンシーが異なる例を2つご紹介します。
事例1:150名規模のITソフトウェア開発会社/シリーズBフェーズ
現状は年1回「マネジメント研修を行うのみで、他社も参加する外部集合研修に新任マネジャーのみが参加している形でした。その中で現場インタビューなどの調査を行ったところ、大きく以下3つの課題が明らかになりました。
・マネジメントスキルにばらつきがある
・社員のモチベーション低下
・人事評価制度への不満
これらの結果を踏まえて、従業員エンゲージメントの低下が課題と認識。中でもマネージャーの目標設定に原因があるとわかったため、納得感のある目標設定のあり方とフィードバックでエンゲージメント向上を目指すことにしました。
そこで、まずは対象者を新任マネジャーのみではなく全員参加へと変更。さらには研修を外部から内製プログラムに変更した上で、以下プログラム構成で研修を実施しました。
・自社におけるマネジメントの役割と具体的業務など
・エンゲージメントを向上させるための目標設定プロセス
・評価の納得感を高めるための目標進捗管理とフィードバック方法
なお、継続的な学習をサポートするために、研修参加者でチームを作って定期的な振り返りを実施。マネジャー間の横のつながりを作りつつ、その中で相互にサポートできる関係性を構築したことで、メンバーの目標設定の標準化に成功しました。
さらに、定期的な振り返りの場を活用して研修内容の活用状況やその効果についてのアンケート回答を推進。研修効果について定点観測ができるようになり、次回以降の研修改善やプランニングにも活かせるようになりました。
事例2:200名規模のメーカー/シリーズCフェーズ
新規プロジェクトの進捗が遅れがちだった同社。現場調査(対象部門のサーベイ結果を元にしたインタビュー)によると、従業員の責任感や自主性が低く、部門間の協力が不足していることが分かりました。
上記の結果を踏まえて、目標を『部門間連携の強化』『ファシリテーション能力の向上』の2つに設定。部門責任者を対象に、外部講師による研修を企画・実施しました。内容は以下の通りです。
・プロジェクトマネジメント&チームファシリテーションの基礎
これらの座学的な研修に加え、各部門のミーティングに外部講師が定期的に同席してフィードバックをする実務的な研修機会も設けました。
・実践による学習(部門横断で共通の事業目標設定)
そもそも各部門は直属の上司であるCEOと設定した各々の目標を追いかけており、他部門をサポートするインセンティブが存在していませんでした。そこで部門を横断した共通目標を設定することで相互協力を促す形へ変更。さらには、部門責任者が集まる週次の会議で相互協力を促すための議題を積極的に挙げるよう依頼するなどして、部門間連携を強化してきました。
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編集後記
『時代変化に対応する上でのキーマンはミドルマネジメント』と言われることもあるほど、近年あらゆる期待や役割を担うようになっているマネジメントメンバー。そこへの人材開発投資は、組織に大きな影響をもたらすはずです。安野さんのお話から全体像をうまくつかみ、自社らしい「マネジメント研修」の設計にぜひ取り組んでみてください。