「サクセッションプラン」は後継者育成だけに留めないポイントとは?

後継者育成計画を意味する「サクセッションプラン」。従来の人材育成・後任登用とは違う観点から重視する企業が増えてきており、“後継者”の言葉の捉え方も時代と共に変化してきているようです。
そこで今回は、「サクセッションプラン」を策定・運用する上で知っておきたい基礎知識や事例について、株式会社HRビズの青木裕和さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
青木 裕和(あおき ひろかず)/株式会社HRビズ ファウンダー兼組織・人事コンサルタント
組織・人事コンサルティング会社数社にて、人事制度改革を中心に、サクセッションプラン、シニア向け人事施策全般、アセスメント、エンゲージメントサーベイなど幅広くプロジェクトを経験。
加え、外資系大手企業や国内大手企業などで、サクセッションプランやタレントマネジメントを中心に、人事制度改革、MVV設計などの人事企画業務や、人事部長として人事全般のマネジメントを経験。
現在は株式会社HRビズを設立し、ファウンダー兼組織・人事コンサルタントとして、組織・人事に関わるコンサルティング業務に幅広く従事している。
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目次
「サクセッションプラン」とは
──「サクセッションプラン」(後継者育成計画)の概要と、近年注目度が高まっている背景について教えてください。
「サクセッションプラン」はこれまで後継者育成計画の意味合いが強く、グローバルのエクセレントカンパニーを中心に、CEOなどエグゼクティブ層の後継者の選定や育成を指す言葉として使われていました。さらには同族経営企業の後継に関する遺言項目を示す用語でもあったようです。しかし、最近では「サクセッションプラン」の対象範囲はエグゼクティブ層のポジションだけに留まらず、管理職や上級専門職など、その会社にとって必要不可欠なポジションの後任となるリーダーの育成・確保にまで対象者が広がってきているケースも多くなりました。
そのためサクセッションプランは、(より多くの優秀な人材を育成・確保する)タレントマネジメント施策の中で、中心的な位置づけとなっています。自組織におけるリーダー候補者やキー人材を認識し、育成し、機会があった際に、そのポジションに座ってもらうことができるように準備しておく育成プログラムが現在の「サクセッションプラン」の定義にあてはまると考えます。
一般的な「サクセッションプラン」を導入する際の基本ステップは以下7つがあげられます。
(1)会社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や経営計画の策定
(2)経営計画に応じた組織体制の構築
(3)主要ポジションの設定
(4)主要ポジションの要件(役割、目標、責任・権限、必要知識・スキル・能力・行動など)の設定
(5)候補者の特定&評価
(6)候補者の育成計画の作成
(7)計画の測定・報告・改善など
単に、優秀な人材を育てるのではなく、ポジションの要件を明確にし、それを満たせる候補者を選定・育成していくという意味ではジョブ型の考え方も少なからず含んでいると思います。
また、近年「サクセッションプラン」が注目されている背景には、2015年に東京証券取引所が策定したコーポレート・ガバナンスコードもあります。この中に取締役会の役目として「CEOなどの後継者計画の監督」に関連する項目が設けられたことにより、「サクセッションプラン」の重要性が再認識された形です。また2018年に国際標準化機構(ISO)が公開した人的資本の情報開示についてのガイドライン(ISO 30414)に「Succession planning」の項目も設けられたことも、サステナビリティレポートなどで「サクセッションプラン」の状況を開示する企業の増加の要因となっています。
※参考:株式会社東京証券取引所 コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~ p17
▶コーポレートガバナンス・コードについての記事はこちら
企業フェーズや状況により多様化する「サクセッションプラン」
──「サクセッションプラン」のあり方や進め方は、企業によって異なり、多様化していると聞きます。また、似た言葉に人材育成もありますが、違いについても教えてください。
広義の意味合いでは「サクセッションプラン」も人材育成の一部に入るかもしれませんが、人材育成には一般的に、財務知識やPCスキル、マネジメントスキルなどの、全社または各部署・役職共通で求められる知識やスキルの習得もあり、その場合は、主幹部署も人事部であることも多いです。「サクセッションプラン」は、特定の主要ポジションが対象となるため、人事ではなく経営幹部が主幹で行い、人事部はあくまでサポートを務めるのが通例です。むしろ経営幹部がコミットしなければ、「サクセッションプラン」の達成・運用は難しいでしょう。また前述の人材育成施策は組織的に育成計画を立てますが、「サクセッションプラン」は個別に育成計画を策定することも大きな違いの1つです。
なお、多様化している背景には大きく2つあると考えています。
1つ目は、長期的な取り組みのため、柔軟に変化・運用していく必要があるためです。長期的かつ計画的に育成を行う中で、時間の経過と合わせて前提条件(必要なポジション・コンピテンシーなど)が変化してしまうことは往々にしてあります。そのため「サクセッションプラン」を作成するだけではなく、常にPDCAを回し続けることが欠かせません。それが多様性を生んでいる理由の1つです。
2つ目は、企業規模やフェーズによって事情が異なるためです。一般的に「サクセッションプラン」は内部登用を前提としているため、豊富な人材を有している上場企業や大企業などの方が進めやすい傾向があります。一方、日本の99.7%を占める中小企業では、後継者の有無が事業存続に関わるなど影響度が高く、大企業の「サクセッションプラン」とはそもそも性質の違うものだと言えます。
──後継者・後任準備以外にも、「サクセッションプラン」の効果はあるのでしょうか。
「サクセッションプラン」には採用やリテンションの効果もあります。実際にその効果を狙って策定する企業もあります。
採用
「サクセッションプラン」を行うことで、優秀な対象者には『皆さんのキャリアを一緒に考え、計画し、育成していきます』というメッセージになります。反対に「サクセッションプラン」がなければ、『大きな昇進機会はあまりなく、基本的には求められた業務を淡々とこなしてもらえれば良いです』といったメッセージにも捉えられかねません。そのような意味でも「サクセッションプラン」がある会社の方が、ハイポテンシャル人材にとってキャリアの希望が持ちやすく、結果として優秀人材の採用にも良い影響があります。
リテンション
上記採用の様に社員全体に対してのメッセ―ジではなく、向上心があり昇進を目指す特定の優秀な社員に対して『あなたはサクセッションプランの対象者です』と示すことで、期待値と経営幹部への成長のための道筋を示すことができます。それによりモチベーションやエンゲージメント向上が見込めます。人事評価が明確に定められていないために優秀な人材が流出してしまうことはよくありますが、それを防ぐこともできるでしょう。一方で、サクセッションプランの対象から漏れた人材をケアしていくことも忘れてはなりません。公平性の観点から要件や評価方法などをより明確にし、オープンなカルチャーを作っていくことも重要です。
また「サクセッションプラン」の対象要件や評価方法を検討するプロセスを通じて、一般社員の評価制度もより明確になります。すると昇進基準も明確化するため、一般社員への効果も期待できます。

国内大手5社の「サクセッションプラン」事例

──「サクセッションプラン」を実際に導入して成果を残している事例は、皆が気になるところです。代表的な事例をいくつか教えてください。
さまざまな企業が「サクセッションプラン」を導入していますが、ここでは国内大手5社の事例をご紹介します。
花王株式会社
<導入理由>
基幹人材の育成
<施策概要>
後継者候補を以下の3段階に分けて設定の上、名簿を作成します。
(1)Ready Now:今すぐに後任となれる人材
(2)Ready Soon:1~3年で後任として育成する人材
(3)Mid Term:3~5年で後任として育成する人材
対象者はサクセッション・プランフォームの作成を通じて基本使命・求められるスキル・求められる経験などを把握。それぞれの段階に合わせた個別の育成プランの達成度は360度評価やコーチングなどによってフィードバックされ気づきを促す仕組みを構築しました。
なお、(1)Ready Now:今すぐに後任となれる人材の1名は常に配置しておくことが決められているため、不測の事態が発生してもスムーズに後継者を立てることが可能になります。
株式会社りそな銀行
<導入理由>
次世代リーダー候補(役員)の選抜・育成を目的に、2007年から「サクセッションプラン」を導入
<施策概要>
子会社の社長も含めた役員候補者を階層ごとに分類し、『組織を動かす力』『変革志向』など役員に求める7つのコンピテンシーを念頭に置いた上で育成プログラムを実施。外部コンサルタントからの助言や、プログラムに関する評価をすべて指名委員会(代表執行役の監督や選定に関わる機関)に報告するなど、客観的・中立的な育成・選抜を重視しています。
また2002年に大和銀行とあさひ銀行が統合してりそなグループとなりましたが、この「サクセッションプラン」の取り組みによって派閥による『たすき掛け人事』の抑制にも繋げています。
日産自動車株式会社
<導入理由>
グローバルな主要ポストの発掘・育成
<施策概要>
CEOを含む役員で構成する人事委員会(NAC=Nomination Advisory Council)を立ち上げました。そして全社で任命されたキャリアコーチ5名が、世界各地で行われるすべての会議に自由に参加。グローバルに活躍する次世代リーダー候補を発掘して人事委員会に提案する形式をとっています。これにより海外の優秀な人材の登用や、高度なオペレーションを学んだ人材の排出により人材の底上げが可能になりました。
帝人株式会社
<導入理由>
役員候補者の選抜・育成
<施策概要>
経営者育成制度『ストレッチ』という制度を確立しました。具体的には経営層(役員)に自分の後継者を推薦してもらい、人事委員会でメンバーを選定していく形です。
なお、メンバーは以下3つの観点で選定され、海外のビジネス経験や商談の成功成績など、過去の経歴を評価されます。
・ストレッチⅠ 50代前後(40人程度)
・ストレッチⅡ 40代(75名前後)
・ストレッチⅢ 30代(100名程度)
※ストレッチⅠとⅡに属する人材は1年ごとに毎年審議が行われ、場合によっては入れ替えも実施されます。
また課長以上の人事選抜においては以下3つのオリジナルツールが用いられ、特別な人事委員会で検討が進められます。
・プロフィールシート:これまでの個人プロフィール(職務経験・社内業績・海外経験など)を管理するもの
・ファイブボックス:潜在能力とリーダー能力の半分が先天的なものという仮説に加え、現場でのパフォーマンスが追加された育成方針の仕組み。その社員がどの位置に属しているのかを判断し、どう伸ばしていくのかを判断するための基準として活用
・キャリパー・ポテンシャル・レポート:リーダーシップや問題解決能力、意思決定など、組織を引っ張る上で必要になるスキルをグラフ化して個々の特性を引き出していくもの
日本IBM
<導入理由>
経営幹部・スペシャリスト・ハイパフォーマー候補者の選抜・育成
<施策概要>
以下3つの独自区分で社員を分け、それぞれデータベース化して管理しています。
・TT(トップ・タレント):営業として国内外で非常に優れた成績を残した社員。個々の能力を最大限伸ばすために、あらゆるバックアップを行っている
・TR(テクニカル・リソース):特定の分野においてスペシャリストになることが期待された社員。TT同様にさらに特定分野で会社への貢献を高めるべく、必要な資格の取得や、外部機関への出向などがある
・ER(エグゼクティブ・リソース):全社員の1割がこの区分に該当する。将来会社を引っ張っていくリーダーとなることが期待されている層で、年齢に関係なく20代後半や30代などの若手も属している。そして彼らの企業外部流出を抑えるため、この区分に入っている候補者には自社のストックオプションが与えられています。
なお、後継者はERの区分にいる社員であり、後継者を決定する際は現任者である各役員が長期的な計画のもとで行います。
変化に対応できる「サクセッションプラン」のポイント
──企業のフェーズや状況によって適切な「サクセッションプラン」は変わってくると聞きました。そうした変化に対応する上で重要なポイントなどがあれば教えてください。
企業構造が複雑でなく、抱える事業や職種・機能などが限られている場合、主要ポジションや必要な人材の種類も(暗黙的に)企業内に認識されており、育成計画を立てていくことはそう難しくないかもしれません。
一方で、経営統合や新規事業への進出などで、様々な種類のリーダーが必要とされるようになると、外部採用を含め、社内の人材ポートフォリオを明確にする必要があり、その第一歩として新規リーダーの配置、後継者の育成などがよりが重要になり、経営陣で共通認識を持っておくことが必要です。このような環境変化は、VUCAの時代にあって、どの企業においてもありうることかと思います。
どのような状況下にあっても、実りのあるサクセッションプランを実行していくために、普段から経営や人事が如何に人材情報を可視化できているかが重要です。そのために例えば、
①パフォーマンス・スキル・キャリア希望を含めた人材情報をタレントマネジメントシステムで可視化できるようにしておく
②そのために普段のパフォーマンスマネジメントを現場がしっかりと回せるようにしておく
③HRBPを各組織に設置し、組織長や組織の状況を人事部も把握しておく
④人材開発会議を設置し、1年に数回は優秀人材の状況を経営で確認する場を設ける
等が考えられ、私のクライアント様でも実行していました。
これらを実現していくために、人事部が果たす役割はより一層大きくなっていくのではないでしょうか。
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編集後記
「サクセッションプラン」といえば後継者の育成・準備のイメージが強くありましたが、お伺いしたお話から後継者のみならず、企業の将来を担う要的な人材の育成・準備にまで意味合いが広がってきており、どんな企業においても取り組む必要があるものだと理解できました。昨今の潮流である人的資本開示の流れにもつながる取り組みのため、ぜひ本記事の内容も踏まえて取り組みをスタートさせてみてはいかがでしょうか。