「タフアサインメント」を経営人材候補の成長に活かすために知っておきたいこと

マネジメント手法の1つである「タフアサインメント」。あえて能力以上の困難(タフ)な仕事を任せる(アサインメント)ことにより、対象者のスキルアップを図る取り組みのことです。
今回は、日本を代表する大手企業の組織・人材開発コンサルティングに従事している北野さんに、「タフアサインメント」の概要から効果的な活用方法・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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北野 正典(きたの まさのり)/法人代表
大阪大学工学部卒業後、独立系のコンサルティングファームに参画。住宅・外食・小売など幅広い企業に対し、マーケティング、M&A後の統合支援、経営品質改善支援やコンサルティングサービスを提供。その後、不動産投資会社に参画し経営企画と不動産投資を担当。新規事業の立案に携わる中で人材育成の重要性を再認識しキャリアチェンジ。大手人材開発コンサルティングファームのマネジャーコンサルタントとして、大手企業(製薬、電機、インフラ、重工など)を対象に組織開発・人材開発のコンサルティングに従事。部長クラスへのタレントディベロップメント・コーチングを行い、対話と内省を通じて成長を支援する。
目次
「タフアサインメント」とは
──「タフアサインメント」の概要について教えてください。
「タフアサインメント」とは、対象者の育成を目的として通常のアサインメント(業務の割り当て・配属)とはレベル感の違う業務を付与することです。特に経営人材の育成を目的として実施されることが多い印象です。通常は、同じ事業・職種の範囲内で当該業務の習熟度を高めるアサインメントや、より大きな組織のマネジメント職へのアサインメントがなされます。一方、「タフアサインメント」ではポテンシャルの高い経営人材候補を育成するために、事業・職種を越えた計画的で良質な経験が付与されます。
なお、良質な業務の切り口としては大きく以下の5つがあります。
(1)異動
<概要>
これまで経験してきた業務とは大きく異なる、あるいは以前よりも広範囲の任務を付与する。
<具体例>
・専門領域以外のプロジェクトやチームに加わる
・よく知らない集団や専門領域をマネジメントする
・ライン部門から全社スタッフへの異動する
(2)変化を生み出す
<概要>
組織再編や新しい取り組みを始める、急速な経営環境への対処や戦略的変化を起こすなどの役割を付与し、新しい方向へ展開させる。前任者が起こした問題や問題がある従業員を継承する役割を付与し、解決する。事業中止や人員削減などの縮小に関する決断に迫られる役割を担う。
<具体例>
・新製品、プロジェクト、システムの立上げ
・ビジネスの危機への対処をする
・人員整理の取り組み
(3)高レベルでの責任
<概要>
経営層からのプレッシャーと高い注目度の中で成否を分ける重要な決定を行う役割を与え高度な責任を付与する。複数の機能を含める多様な業務・ビジネスを付与し、組織・製品・顧客・マーケットに対する数字責任を追う。外的プレッシャー要因(労働組合や政府機関との交渉、異文化との業務、深刻な地域社会問題の処理など)への対処を求められる役割を付与する。
<具体例>
・厳しい締切りを持つ全社レベルの任務に従事する
・マスコミや影響力のある外部者に対して組織を代表する
・複数地域にまたがるマネジメントをする
(4)権限外での影響力
<概要>
同僚や自分自身より地位の高い関係者や外部団体、重要人物などに直接的な権限がおよばない人々に影響をおよぼす必要があるような業務を担う。
<具体例>
・最高経営層に提案を行う
・クロスファンクショナルチーム(職務機能横断チーム)の一員として働く
・コミュニティや社会的団体とのプロジェクトに取り組む
(5)障害物
<概要>
財務上厳しい状況に置かれている事業や製品・サービスの立て直しを担う。重要なネットワークから疎外され他者からの支援がほとんど得られない状況下に置く。意見やマネジメントスタイルがこれまでの経験と異なったり求められる水準が厳しい上司の下で働く。
<具体例>
・難しい上司の下で働く
・非常に競争的なマーケットに直面している事業や製品ラインの職責を担う
・新規プロジェクトを乏しい資源でスタートさせる

「タフアサインメント」を検討する上では与えようとしている業務が本人にとって『コンフォートゾーン/ストレッチゾーン/パニックゾーン』のどこに該当するのかを見定める必要があり、それぞれの関係性は上図のようになっています。
『コンフォートゾーン』とは、これまで本人が慣れ親しんだことがあり、何が正解なのかが分かっている(もしくは比較的簡単に正解を見出すことができる)領域を指します。現状のままでも安心して取り組める業務がここに該当します。
『ストレッチゾーン』とは、これまでに経験がなく、正解が分からず悶々と苦しみ試行錯誤することが予想される領域を指します。本人の殻を破るような、覚悟をもって真剣に取り組まないと対応できない業務がここに該当します。「タフアサインメント」をする対象者は将来の経営層への成長を期待される人材になることが多いため、ここでいわゆる”修羅場を経験させる”目的も含まれることがあります。その修羅場経験を通して、レジリエンスやタフさ、臨機応変さなどを身に着けることを見込むこともあります。
『パニックゾーン』とは、本人の許容量や処理能力を超えてしまい、どう動けば良いかすら分からず思考停止してしまう領域を指します。「タフアサインメント」を行う際に注意すべきことは、付与する業務が本人にとって『パニックゾーン』にならないようにすることです。本人の保有するスキル・経験・レジリエンスなどと比べてあまりにもハードルが高いアサインメントを行ってしまうと、精神的・肉体的に過度な負担が掛かり思考停止してしまい、最悪の場合心身に異常をきたしてしまう恐れもあります。

「タフアサインメント」が機能する状況やポジション
──「タフアサインメント」は、組織やチームがどういった状況・フェーズの時に機能するものなのでしょうか。また、「タフアサインメント」が特に有効なポジションなどがあれば合わせて教えてください。
「タフアサインメント」を正しく機能させる上では、いくつかの前提条件があります。まず、実施する際には本人の後継者が当該組織にいる(もしくは異動させることができる)必要があります。なぜなら、経営人材の候補者に選ばれるほど優秀な人材の場合、本人がいないと当該組織が機能不全に陥る可能性があるからです。加えて、組織状態が安定しているか、業績目標を達成するためにチームとして機能している状態か、なども重要なポイントになってきます。そもそも離職者が多い・チームとして機能していない状態では、後任への負担がかなり強くなってしまうためです。
また、「タフアサインメント」が特に有効なのは部長クラス以上の人材です。事業や職種を超えたアサインメントがなされる場合も多いことを考えると、テクニカルスキル(各事業や職種の専門スキル)よりもヒューマンスキル(対人・組織スキル)やコンセプチュアルスキル(思考力・概念化能力)が対象者には求められます。
「タフアサインメント」を行う際の注意点
──「タフアサインメント」を導入・実行する際、どういった点に注意すれば良いでしょうか。
大きく以下2つの点を押さえておくことができれば、「タフアサインメント」をスムーズに進めやすくなると考えています。
(1)目的の明確化
何のための「タフアサインメント」なのか、その目的を明確にすることからすべては始まります。例えば、『全社的な経営人材の育成』を目的とした場合、人事委員会と連携してサクセッションプランニングに基づいた経営人材候補選定や育成計画の作成を行う必要があります。
具体的には以下の様なポイントを明確にすると良いでしょう。
・いつまでに、どのポジションを、誰に担ってもらいたいのか
・どのような経営人材として成長してもらう必要があるか(=あるべき姿はどの様なものか)
・本人にとっての成長課題は何か
・上記を踏まえ、どんな「タフアサインメント」を行えば良いのか
(2)経営陣のコミットメント
対象者に対して経営人材として必要なスキル・知識を付与する研修を実施するだけでは「タフアサインメント」はうまく進んでいきません。現経営陣が育成責任者として継続的に対象者とコミュニケーションを取り、経営者としての薫陶(くんとう/すぐれた人格で感化し、立派な人間をつくること)や本人に対するフィードバックを与えることができて初めて、本人の視座が引き上がっていくものです。
その中で人事の果たすべき役割は、経営陣・経営人材候補者などの多くのステークホルダーを巻き込むこと。経営陣の中には「タフアサインメント」に対するコミットメントが低い方も出てくることを想定し、全社の重要課題であると覚悟を持って経営陣へ説得し続ける必要があります。
「タフアサインメント」がうまく機能した事例紹介
──北野さんが実際に経験された「タフアサインメント」の成功事例について教えてください。
従業員数が1万人を超える製造メーカー(以降A社)にて、経営人材候補の育成を目的に「タフアサインメント」を行った事例をご紹介します。
案件概要
A社の経営人材候補として選ばれた部長メンバーの育成計画を各事業の担当役員と議論した上で「タフアサインメント」を実施。「タフアサインメント」により対象者が得られた学びをコーチングにより深めることで、経営人材としての軸(信念・価値観)の確立と成長課題を克服する支援を行った。
実施背景
A社は複数の事業本部があるものの、各事業本部間での人事異動が少なく、部長クラスの人材においても『経験の幅の狭さ』が課題になっていた。さらに、自社に必要な経営人材の要件が定まっていないことから、計画的な経営人材の育成ができてない状況があった。
施策
(1)経営人材の要件設定
経営人材の要件を策定するために、経営陣に『これからのA社に求められる経営人材像』をインタビューし、経営人材としてのコンピテンシーを策定。事業創造する力・やり抜く力・信念などの要件と、具体的な行動項目を設定した。
(2)アセスメント
設定された経営人材像をもとに、外部アセッサーによるアセスメントや職場上司・部下・同僚による360度評価を踏まえ、対象者の成長課題を設定。なお、360度評価は年に1回実施し、対象者の成長度合いについて定点観測を行った。
(3)経営陣の関与
各事業の担当役員が育成責任者として関わる体制を構築。対象者ごとに3カ年の育成計画書を作成し、将来的に期待する役割・3年後に期待する目標・成長課題・具体的なタフアサインメント案などを作成。その後、育成責任者・対象者とコーチが2on1面談で育成計画書の内容をすり合せた上で、人事委員会で最終承認を得た。育成責任者は月に1度の頻度で対象者と1on1面談を行い、経営者としての薫陶や対象者に対するアドバイスを実施。
(4)タフアサインメント
未経験かつハードなネゴシエーションが求められる領域への「タフアサインメント」を実施。具体例としては以下のような内容のもの。
・事業部から経営企画部への異動
・海外の買収子会社のPMI(M&A後の統合効果を最大化するための統合プロセス)の責任者としてアサイン
・赤字事業の立て直しを担う責任者としてのアサイン
(5)評価
結果的に対象メンバーの多くが大きな成長を遂げ、実際に複数のメンバーが事業部長へと昇進した。現在は第3期生を対象にプログラムを実施中。第3期生からは『このプログラムに選ばれることが光栄である』といったブランディングができあがっている。
このような「タフアサインメント」は、その名の通りタフなアサインメントなため、一筋縄ではいかないことが多くあります。上記の事例でも、大寒波により工場に社員が出勤できず工場ラインが止まってしまったり、コロナの影響で必要な部品が調達できず製造できない、といった大きな問題が発生した時に、対象者がうまく対応できなかったり、新しい役割やポジションにやりがいを感じられない、という意見が発生したりと、本当に様々な問題が発生しました。
対象者本人にとって何が起こるか分からない環境下で、リーダーとしてその対象者が困難とどのように向き合うか、対象者自身の大切にしたい価値観や信条とは何か、どのような経営者になりたいと考えているのか、どのようなチームを作りたいと考えているのか、そのためにはどのようなリーダーシップを発揮するべきなのか。こういったことをコーチングによる精神的な支援も合わせながら考えを深めるサポートをしていき、持論を形成していただくようにした結果、上述の様に良い結果に繋がったと考えています。
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編集後記
『可愛い子には旅をさせよ』という言葉もあるように、あえて厳しい経験を積ませることで飛躍的な成長を期待する「タフアサインメント」。得られるものが大きい分、うまく運用できなかった際には大切な人材や組織状況にも大きな影響を及ぼすことになります。北野さんの話も参考にしながら着実にその目的から考えていくことができれば、「タフアサインメント」をうまく活用できるのではないでしょうか。