最適な「HRIS(人事情報システム)」を選定・構築する方法

従業員情報管理や給与計算など、コア人事プロセスの管理や自動化を支援する「HRIS(人事情報システム)」。さまざまな種類があったり類似したものも多いため、比較・選定が難しい印象があります。
今回は、フリーランスで人事企画やシステム構築支援を行っている嶋崎 憲佑さんに、「HRIS」の概要からその選び方・活用方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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嶋崎 憲佑(しまざき けんすけ)/フリーランス人事企画
慶應義塾大学商学部を卒業。新卒で日本生命に入社し、人事企画としてのキャリアをスタート。その後freeeに転職し、労務・コーポレートPdM(プロダクトマネージャー)を経て、人事企画チームを立ち上げ。マネジャーとして人事戦略や制度設計、M&A後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)などを推進。現在は独立し、複数スタートアップを組織面から支援。
目次
「HRIS」とは
──「HRIS」の概要について教えてください。
「HRIS」は Human Resource Information System の略称で、日本語では人事情報システムと訳します。そのまま解釈すると、従業員情報の管理や、入力・出力などプロセスの効率化をイメージする方が多いと思います。従来はそのような定義で使われてきましたが、既に「HRIS」が担う役割は情報の『活用』にまで拡大しています。

では具体的に何ができるのか、以下5つの領域に分けて紹介します。システムによって一つに特化したものから複数カバーしたものまであります。
(1)基本情報管理系
従業員の基本情報を管理します。代表的なものは、生年月日や性別をはじめとする個人情報、労働条件、入社日、役職・役割、所属部署などが含まれます。現場ではこれらをベースに、従業員名簿や組織図を社内共有したり、要員計画を策定したりします。また全ての人事プロセスの基盤になるため、正しくリアルタイムに情報管理されている必要があります。
(2)労務系
雇用契約、勤怠、休暇、社会保険、給与計算などの労務関連業務を効率化するとともに、法令に従い適切に情報管理します。労務関連もベースとなるのは正しい従業員情報であるため、必然的に上記(1)の機能も兼ね備えたシステムが多くなります。
一方、勤怠や給与計算といった現場オペレーションに特化している場合、必ずしも活用しやすいデータの持ち方であるとは限りません。下記(3)で補足説明します。
(3)タレントマネジメント系
組織パフォーマンス向上のために情報を活用します。具体的には、人事評価や異動・登用、報酬査定などのオペレーション効率化に加え、意思決定の質を高めます。その手段として、人と組織の数値化・可視化を強みとするシステムが増えています。上記(1)(2)で蓄積した情報が基盤となりますが、タレントマネジメント系の特徴は『活用』を前提としたデータの持ち方になっていることです。
(4)組織健全性系
組織パフォーマンスの源泉となる従業員エンゲージメントを高めるために情報を活用します。代表的なものは従業員サーベイで、組織に対するフィードバックを収集し、改善に役立てます。サーベイには標準化された設問もありますが、個社の課題に合わせてカスタマイズするのが理想です。フィードバックの対象は上司やチームという小さな単位から、経営や全社という大きな単位まで検討されます。サーベイの結果は、上記(1)〜(3)で蓄積した関連データと組み合わせることで、より意思決定の質を高めます。
また、最終的な実行者は現場のマネジメントになるケースが多いため、情報の共有権限が複雑になりがちですが、システム活用はそれらのメンテナンスコストを抑えられるメリットもあります。
(5)採用系
求人広告の掲載、候補者のトラック、選考プロセスの管理などの採用活動を支援します。企業は人材の獲得からスタートするため採用システムを先行導入しているケースが多いです。そのような背景もあり(3)(4)と切り分けて考えがちですが、入社前後の情報はシステム内でシームレスに管理されているのが理想です。なぜなら、今後より人材の流動性が高まっていくと、その情報の隔たりは人材活用の障壁となりますし、採用活動の成否を真に評価するには入社以降のパフォーマンスもトラックしておく必要があるためです。

「HRIS」の特徴と類似システムとの違い
──「HRIS」の特徴について、HRMSやHCMなど類似したものとの違いも含めて教えてください。
人・組織にまつわる多様なデータを集約し、有機的に結びつけ、経営の意思決定に繋がるように可視化する──これが「HRIS」の本質的な価値です。そして、その価値を生み出す特徴的な機能が『自動化』と『一元化』です。この2つが効率的で質の高い業務プロセスを実現することにより、まず経営や人事担当者に余白時間を創り出し、企画立案などのクリエイティブ業務にフォーカスできるようになります。やがて時間の経過とともにデータが蓄積され、それらが縦横に結合し、可視化され、人的資本の最大化に向けた意思決定をサポートしてくれるようになります。
また類似するものでHRMSやHCMという言葉も耳にします。前提として、現代のシステムは多機能で単一のカテゴリに収まらないため、あえて3つを分けて考える意味合いは薄いと感じます。特に、「HRIS」は幅広く人事領域をカバーするものとして、より広義で扱われます。
ちなみにシステムベンダーであるORACLE社では、以下のように定義されています。
「HRIS」(Human Resource Information System/人事情報システム)
福利厚生、人材管理、給与計算、コア人事など、さまざまな人事プロセスの連携されたデータ管理と同義です。人事チームが、人材獲得、採用などの業務を担う際に、詳細な従業員情報や人事関連のポリシーと手続きを管理・処理することができます。また、業務とプロセスを標準化するだけではなく、正確な記録管理と報告を簡素化することもできます。
HRMS(Human Resources Management System/人事管理システム)
社内の人事機能を管理するための包括的なソフトウェアで、「HRIS」を拡張したものと言えます。人事担当者は、従業員データ管理から給与計算、採用、福利厚生、研修、タレント・マネジメント、従業員エンゲージメント、および勤怠まで、このHRMSによって、最新の従業員を管理し、企業の最も貴重な資産に関する情報を必要な時に必要な人に提供できます。HRMSおよびHCMという用語は、類似した意味で使用されているのが現状です。
HCM(Human Capital Management/人的資本管理)
従業員エクスペリエンスを向上するために設計されたクラウドソフトウェアのことを指します。現在のHCMソリューションは、ユーザーが、チーム間でコラボレーションし、情報を共有できるデジタル・アシスタント、AIなどのツールを実装していることがよくあります。また、業績管理、学習、後継者育成、報酬計画など、高度なタレント・マネジメント業務や、戦略的な人材計画、人材モデリングなど、事業計画機能も含まれています。
※引用・参考:ORACLE社Webサイト『HRIS、HRMS、HCMの違いとは』
3つの違いをご紹介しましたが、基本的には上記のカテゴリで考えるよりも、各システムが具体的にどのような機能を提供し、自社の人事課題にマッチするかという視点が重要だと考えています。

「HRIS」の適切な選び方
──人事担当者はどのように「HRIS」を選んでいけば良いでしょうか。
「HRIS」は課題解決の手段です。従って「HRIS」の導入を検討するなら、まずは人事担当者が『解決すべき課題』を特定することです。今回は、私がおすすめする検討ステップをご紹介します。従業員数が30名ほどを超える見込みがあれば、ぜひチェックしてみてください。
第一に、「HRIS」の導入要否を判断します。以下3つの質問のうち1つでもNOがあれば「HRIS」を導入すべきでしょう。
1. 従業員情報を正しく管理できているか?(従業員番号、名前、雇用形態、入社日、退職日、役職、所属部署は必須)
2. 上記1.に変更があった際、リアルタイムに情報更新できているか?(目安としては少なくとも当日中)
3. 上記1.2.を前提に、要員/採用計画の策定とモニタリングができているか?(あるいは事業計画に反映できているか?)
「HRIS」を導入すれば、従業員単位で情報を一元管理し、入退社や部署異動が発生したら情報を随時反映できるようになります。裏を返せば「HRIS」を導入するならこれらの機能は最低要件とも言えます。誰が・いつ・どこに在籍しているかという情報が正しくリアルタイムで管理できていない限り、人事業務のさまざまなシーンでミスや非効率が発生します。また、新たにチャレンジしたいことがあっても、これらがボトルネックで実現しないリスクもあります。(但し、従業員数が30名未満と少ない場合や人材の流動性が低い場合は例外です)
次は、課題に当たりをつけるための質問です。
1. 「HRIS」で解決したい課題感は、現場(人事)寄りのものか?それとも経営寄りのものか?
2. その課題感について、具体的に何がどうなったら解決したと言えるか?
3. 「HRIS」を導入して、それをやり切る人的リソースはあるか?

漠然とした課題感で個別製品について調べ始めると、機能がありすぎて「あれもやりたい、これもやりたい」と迷ってしまうでしょう。上記の質問を通じて事前に解くべき課題の輪郭をハッキリさせることで、製品やプランを絞り込むことができます。もし現場寄りの課題感が強くて『とにかくオペレーションが回っていないので何とかしたい!』という場合は、人事チーム内で議論しながら理想状態をイメージアップし、それを実現する機能を備えたシステムを素直に選ぶことをおすすめします。
最後は、絞り込んだ中から製品・プランを選定するための質問です。
1. 自社は組織としてどのような特徴を持っているか?
2 その特徴はオペレーションにどのような影響を及ぼしているか?
例えば『とにかく変化が激しくスピード重視』という組織であれば、体制変更や人事評価のサイクルも早いはずです。その場合、高頻度でレポートライン(上長とメンバーの紐づけ)変更が発生するため、現場から人事への変更申請機能などがあると便利でしょう。また、情報がどんどん更新されていくので、時系列で蓄積できるかどうかもポイントですね。他にも『多様な職種・雇用形態が混在している』組織の場合は、契約や適用制度が異なるため、区別して管理できるのが望ましいです。ビジネス職とエンジニア職、ゼネラリスト職とスペシャリスト職といった制度の複線化も、システムでどこまで対応できるのか調査しておきましょう。
「HRIS」導入後、何かしら問題は発生するものですが、自社の特徴を踏まえて選定すればリスクは抑えられますし、迷った際にも『自社に合うのはこれだね』と決めることができます。
目的に合わせた「HRIS」の構築方法
──人事担当者が自社の課題や目的に合わせて「HRIS」を構築するには、どのようなステップで進めるべきでしょうか。
「HRIS」構築に向けてまず行うべきはゴール設定です。但し、前項の検討ステップを踏んで課題特定できていれば半分以上は終わっているので安心ください。ここでは導入するシステムが決まったので改めて状態目標を掲げ、プロジェクトに関わるメンバーで共通認識を持つことに意味があります。例えば、課題が現場寄りであれば『どのようなオペレーションを構築したいか』『どれくらい時間を削減したいか』、経営寄りであれば『いつどのような意思決定をしたいか』『どのようにKPIの振り返り・改善サイクルを回したいか』などが挙げられます。その上で現状把握を行い、ゴールとのギャップ(=課題)を明らかにします。
注意したいのは、近い未来(向こう2~3年)の変化も織り込んでおくことです。特に成長フェーズでは、インパクトの大きい潜在課題に目を向けることで再構築リスクを回避できます。『こういう意思決定をしたいけど、それに必要なデータを取得する仕組みがないよね』『評定会議を部署ごとに分ける予定だけど、こんなに細かく権限設定できないよね』『3年後には従業員数は倍になっているから、このオペレーションを手動でやり続けるのは無理だよね』などがギャップ(=課題)に該当します。前項の検討ステップから、「HRIS」の活用方法がより具体化されたかと思います。
いよいよ実際に「HRIS」を構築するフェーズです。ゴールに照らして今後必要となるデータを定義し、従業員・組織マスタに項目を作成します。情報の格納先となるハコを設置するイメージです。既製品であれば基本項目は用意されているはずなので、職種や等級など自社制度にあわせたリスト値を設定したり、追加項目があれば新設します。ハコが整ったら、これまで社内に蓄積された人・組織にまつわる情報を可能な限りシステムにインポートします。そして今後新しい情報を蓄積していけるよう、システム内に自社制度に沿ったオペレーションを組み立てます。また人事情報なので、閲覧・編集権限の設定もあわせて行います。
ハード面の構築が終わったら、同じくらい大切なのが従業員への理解浸透です。説明会の開催、マニュアルの配布、質問窓口の設置、機動的な個別フォローなどに取り組みます。特に現場でリードしてもらうマネジメント層には、協力を得られるように目的から丁寧に説明しましょう。また、システムに対するフィードバックサーベイも有効です。現場で狙い通りに利用されているかを評価し、継続的に改善しながらゴール達成を目指します。
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編集後記
似たワードがいくつもあるため自分で調べただけでは要点が掴みづらいテーマでしたが、嶋崎さんの解説で要所・要素を掴むことができました。人事として実現したいビジョン・課題・優先順位を明確にして、経営陣など関係者と共通認識を持ちながら導入を進める──これはどんな取り組みにも共通することです。改めて、人事としての目的意識や意志をハッキリさせておきたいとも感じた記事でした。