「CoE(センターオブエクセレンス)」を導入し、人事業務の専門性・サービス品質を高めるためには
人事や管理部門の組織構成において耳にする機会が多い「センターオブエクセレンス(以下CoE)」。DX(デジタルトランスフォーメーション)推進にも貢献することから、昨今注目を集めているワードです。
今回は、外資系企業でのHRBPなどのご経験を持つ人事パラレルワーカーの田中 登希子さんに、「CoE」の概要から導入方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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田中 登希子(たなか ときこ)/大手SaaS系外資系企業 人事本部長
20年以上に渡り外資系企業を中心に人事業務全般に従事。リクルーティングから人事オペレーション、ジェネラリストなど幅広く経験し、直近10年は事業会社での社長を含むシニアマネジメントのHRビジネスパートナーとして組織全体の人事課題、採用、リテンション、パフォーマンス管理や組織開発に関して人事戦略の立案、実行を担当。国際転勤にて海外オフィスへ転籍し、ヨーロッパ向けの人事業務も担当し、多国籍な職場環境での経験も豊富。
目次
「CoE」とは
──「CoE」の概要について、HRBP(HRビジネスパートナー)やOPE(オペレーショナルエクセレンス)などとの違いも含めて教えてください。
「CoE」を直訳すると『中核的研究拠点』となります。その言葉通り、目標・目的の達成に向けて組織内にいる優秀な人材・設備・ノウハウなどの経営リソースを1カ所に集めた組織やグループのことを指す言葉です。
もとを正すと、2000年前後から欧米企業を中心に導入が進んできた『3ピラー・モデル(Three-pillar model)』というものがあります。これは米経営学者のデイビッド・ウルリッチ氏により提唱されたモデルで、『これからの人事は管理業務だけでなく、経営に貢献することが重要である』と説いたもので、多くのグローバル企業の人事で採用されています。このモデルは、以下3つの柱から成り立っています。
(1)各事業部門に対する戦略的なビジネス変革を推進するBP(Business Partner)
(2)給与計算・支給や勤怠管理といった定型業務を担うOPE(Operational Excellence)
(3)人事制度や人材育成の専門家集団である「CoE」(Center of Excellence)
このデイビッド・ウルリッチ氏が提唱したモデルは、HRBP(※)が経営層の人事パートナーとして組織全体のデザイン・組織開発・カルチャー変革などの戦略を描き、戦略に則って「CoE」と呼ばれる専門家集団が実際の採用活動(ターゲット人材が住む国・地域・役職などから競争力のある給与体系を調査するなど)を推進し、給与レンジの設定や福利厚生制度を整備、人材育成プランの策定・実行などを通じて、より良い人事サービスの提供を目指すものです。
(※)HRBPとは、Human Resource Business Partnerの略称で、人事や人材開発面における事業部門の経営者や責任者のパートナーのこと。経営者と同じ目線で人・組織面から事業成長の問題解決をサポートしていく立場。
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HR部門内における「CoE」は、大きく以下の5つに分類されることが多いです。
(1)採用
(2)人材開発・人材育成
(3)報酬・福利厚生
(4)労務
(5)人事オペレーション
また、これらを大分類として小分類などにさらに分けられるケースもあります。例えば、『大分類/採用、小分類/候補者を見つけ出すソーシングチーム、面接を担当するリクルーター』などです。
なお、元々のデイビッド・ウルリッチ氏のモデルではHRBPや人事オペレーションの役割は「CoE」には含まれていませんでした。ですが昨今ではHRBPは戦略人事の専門化として、人事オペレーションはデータ分析などの役割を含めて、「CoE」に含める捉え方も増えてきています。
「CoE」導入によるメリット
──この「CoE」を導入するメリットにはどのようなものがありますか?
一般的にHRBPは、特定地域もしくは事業部門を専門に担当し、担当部門においては市場環境を含め社内外のビジネス環境や所属する人員のプロファイル(また必要に応じて外部タレント情報を含む)に関する知識が求められます。一方、「CoE」は特定の担当部門を持たず、「CoE」が担当する専門性を組織横断的にサービス提供することが可能となります。
こうした「CoE」をはじめとする人事オペレーティングフレームを取り入れるメリットには、大きく以下3つがあると考えています。
(1)最適なリソース配分
HRBPと異なり、「CoE」はその専門性を対象者に対して同一レベルで担保することができます。具体的には、労務スペシャリストによるパフォーマンスマネジメント・各種ハラスメントに関しての調査・改善処置など労務管理に関するアドバイスが分かりやすい例です。対象者が営業部門であれ技術部門であれ、労務管理については日本の労働基準法および関連する法律に基づいた知識と対応力が求められます。そのため、会社としてのパフォーマンスマネジメント方針を踏まえた一貫性のあるアプローチと標準化されたプロセスを通じた『ブレない』対応を取ることが可能になります。ジェネラリストとしてHR人員を配置したり、部門ごとに担当者を配置したりすると、担当者によって得手不得手や属人的なブレが発生する可能性があります。この点も「CoE」導入により最小化することができます。
(2)役割明確化によるHRBP活用
「CoE」が機能すると、HRBPが現場の手続き・相談対応などの事務的な作業やルーティンワークに時間を取られることがなくなり、人事戦略の立案・実行・経営幹部との議論などに時間を割くことができるようになります。こうして経営者にとって有益な人事アドバイザーとしての役割遂行に集中できるため、会社全体はもちろん人事組織にとっても大きなメリットがあります。
(3)人事内でのキャリア形成
「CoE」を取り入れることにより、人事メンバーのキャリア形成(キャリアパスの明示・必要なスキル習得など)も促進されます。多岐に渡る人事業務の中でそれぞれが何を専門職として極めたいのかを考えるきっかけとなることはもちろん、他の「CoE」に異動する場合もそこでの業務内容や求められるスキルが示しやすいため質の高いキャリア開発が可能になります。
企業の状況に合わせた「CoE」の導入ステップ
──「CoE」を導入するためには、どのようなステップで進めると良いのでしょうか。
大きく以下8つのステップで導入を進めて行けるとスムーズです。
(1)対象組織の規模と人事組織へのニーズの洗い出し
一般的に従業員規模がそこまで大きくないと「CoE」のメリットも得づらくなります。また、組織構成や各部署の状況・ニーズによってそもそも「CoE」モデルの導入が必要ないケースもあるため、最初の段階でその必要性を吟味することが重要です。
ちなみに、ある外資系企業では『従業員70名程度に対してHR人員1名(ヘッドカウントで1枠)』という目安がありました。成長著しいスタートアップ企業でも従業員数が70名程に迫ってくると、社内で人事担当者を専任で設ける必要性が高まってくることを考えると妥当な規模感だと思います。ただし、このような新設される人事機能として期待される役割は、一般的にはHRジェネラリストの位置付けの場合が多く、人事領域の役割を全方位でカバーすることを期待されることが多い印象です。HRBP(戦略人事)を専任として設置する場合には150〜200名程度の従業員規模があって、ベースにHRジェネラリストが確保できている状態の時に導入を検討するという方法が良いと考えていますし、その上でさらに余裕があれば「CoE」の導入を検討するという方法が良いと考えています。
一方、成熟した企業で十分にHR人員が確保できている場合は、事業部単位で1人、もしくは2つ程度の事業部を兼任するHRBPを設置するのが望ましいです。個人的な感覚では1,000名規模の大事業部なら専任で1名、400名規模の事業部単位であれば2事業部を兼任担当するイメージで良いのではと考えています。
このような従業員規模に対しての人事組織のデザイン以外にも、導入を検討する企業がビジネス戦略を進めていく上で、人事機能に対してHRBPを起点とした「CoE」モデルを採用するニーズがあるのかどうか、という点の分析も合わせて進めることが必要不可欠です。ビジネスを進めていく上で人材獲得や人材育成など、具体的にテコ入れが必要な状況が存在したり、より戦略的なアプローチで競合との差別化を図る必要があるなど、企業が解決すべき人事・組織課題が明確であることが第一の確認ポイントであると考えます。
(2)人事業務の洗い出しと「CoE」化させる分野の選定
年間の人事カレンダーを見てイベントなどを列挙し、「CoE」モデルを導入する場合にどのようなリソース配分にするかを検討・分析します。
(3)人事組織内のリソース分析およびリソース確保
「CoE」を導入するにあたり、HRBPや「CoE」としての適性・専門性を持った人材が社内にいるのか、またその方々を配置することが現実的に可能かどうかを検討します。
適性・専門性の具体的な内容は以下です。
■HRBP
・人事戦略を策定&実行したことがある
・企業のビジネスへの理解がある(市場・顧客・競合など)
・人事的なライフサイクルへの理解がある(採用・育成・引き留めから退職まで)
■HRBP以外で「CoE」化されやすい役割の専門性
(リクルーター/採用担当者を例にした場合)
・新卒、中途など採用業務に関する経験(他社でのリクルーター経験・人材紹介業など)
・採用媒体や採用トレンドに関する知見・経験
・ダイレクトソーシング経験
なお、労務系の「CoE」は従来の労務管理から派生している人事機能となるため、社内にも経験者が多く、社内登用が比較的容易であると考えられます。採用や戦略人事に関しては社内に知見・経験がある方がいないケースも多いため、その場合は中長期的に社内育成を目指し、短期的に外部登用の道を模索する可能性が高いです。例えば、採用業務に関しては人材業界関係者などの外部リソースを活用しつつ、その知見・ノウハウを社内に吸収して徐々に内製化していくことが有効です。戦略人事に関しては採用業務ほど短期的には内製化が難しいため、長期的に社内で人材育成を図りつつ、短期的な解決策として外部専門家との提携などを通じてノウハウを貯める選択肢を提案したいところです。
(4)「CoE」モデル適用のBefore/Afterの想定、Pros/Cons(※)の精査
上記(1)〜(3)を鑑みた上で導入前後ではどんな違いが出そうか、メリット・デメリットの両面を踏まえた上で導入に踏み切るべきかどうかを議論していきます。
(※)Pros/Cons(プロコン)とは、賛成ポジション・反対ポジションに分かれて、ロジカルに議論を戦わせること。ディベート用語。
(5)経営陣への説明・承認
人事部門において「CoE」導入の決議ができたら、社長・役員・事業部長など経営陣への理解を得るために説明を行います。
(6)人事内での配置・説明・パイロットラン
対象組織・担当者・役割責任などをデザインした上で、本格的な運用の前に新しいモデルで実際にテスト運用を行います。期間に関しては目的にもよりますが、一般的には1~2か月程度です。
(7)社内通知・正式ローンチ
パイロットランを無事終えることができたら、いよいよ正式ローンチに向けた社内通知です。管理職のみならず一般社員も含めて、その目的・狙い、実際に何が変わるのかなどをアナウンスした上で、ローンチ日を迎えます。
(8)定期的なモニタリング・改善
正式ローンチ後は、当初想定していた通りの成果が出ているかどうか、改善できる点がないかを定期的にモニタリングしていきます。当初はローンチから1週間・1か月・3か月でモニタリングポイントを設けておくと良いでしょう「CoE」で可視化しやすいモニタリングポイントとしては、社員や管理職からの問い合わせに対する人事としてのサービスレベルがあります。通常「CoE」モデルを導入する場合、CRMシステムを一緒に導入するケースが多いものです。そのシステム上で社員や管理職からの問い合わせを起点に、1次対応としての回答スピードや従業員満足度の観点でモニタリングを行います。
「CoE」導入上の課題・注意点
──「CoE」導入時にありがちな課題や、特に注意するべきポイントがあればその対策も含めて教えてください。
「CoE」導入により人事内の最適化は進みますが、一方でビジネスサイドからの評判が悪くなりやすいという側面があることを理解しておく必要があります。一般的な現場サイド(マネジメントや社員)には、『人にまつわることは日常的に接している人事担当者とやりとりしたい』といった心情があります。これまでは部門担当人事に採用からリテンション・労務管理まで多岐にわたって相談していたにも関わらず、突然『これからは労務に関しては〇〇さんが担当されるので、そちらと会話してください』と言われてしまえば当然不安になるはずです。また、社内プロセス・手続きなどにおいても効率化のためにシェアードサービスと呼ばれるチームが担当することになり、自身の依頼が誰に処理されているかすらわからない状況に陥ってしまい、満足度が下がる傾向があります。
正直なところ、これらをすべて解消するためには実際に運用してみて慣れてもらうということに越したことはありません。採用や労務などそれまで担当者によってサービス提供にばらつきがあったものが標準化され、より洗練された専門的な人事アドバイスを含むコンサルテーション・サービス提供を受けることを通じてこそ「CoE」モデルが本当の意味で浸透し理解が深まるからです。だからといって何も対策せずにただ現場に慣れてもらうことを待っていてはいけません。少なくとも、事前に経営陣への理解・協力を求めること、特にトップマネジメントメンバーに『簡単に旧モデルには戻さない』ことの覚悟を決めてもらい、運用における後ろ盾になってもらうことは何よりも重要です。
当然ではありますが、「CoE」モデルは専門性を追求していくため、各自の専門分野におけるプロフェッショナリズム・継続学習が欠かせません。しかしながら、組織が縦割りになることによりこうした全体的な視点が失われがちな点には注意が必要です。HRBPを起点として「CoE」同士が近視眼的にならず広く社内の状況を把握し、人事全体でどう従業員を支えていくか。こうした広い視点を持てるかどうかが、「CoE」導入の最大のキーと言えるのではないでしょうか。
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編集後記
全社的・抜本的な改革が求められることも多い昨今では、「CoE」にも大きな期待が集まっていると感じることが多くあります。しかし、その導入において必要不可欠な専門性・知見を持つ人材が組織にいないケースや、いても配置できないケースも多々あるはずです。そんな時は外部企業・人材にも目を向けて協力体制を組むことも視野に入れて検討してみてはいかがでしょうか。