次世代のプロ人事に欠かせない「プロジェクトマネジメント力」とは

「プロジェクトマネジメント」と聞くと、コンサルタントやエンジニアを連想する方も多いでしょう。しかし、最近では人事領域においても「プロジェクトマネジメント力」がキーワードになることが増えたように感じます。
なぜ今、人事にプロジェクトマネジメント力が求められるのか。そしてプロジェクトマネジメント力が身につくとどんなメリットがあるのか。今回は22年以上にも渡って組織人事コンサルタントとして活躍し、あらゆる組織のプロジェクトマネ―ジャーとして組織人事改革を進めてきた方に、その背景やプロジェクト立ち上げステップ、学習方法に至るまでをお聞きしました。
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目次
プロジェクトマネジメント力が人事に必要になった理由
──近年の人事にも、「プロジェクトマネジメント力」が求められるようになっている、その背景について教えてください。
プロジェクトマネジメント力とは、「成果に向かってQCD(品質・コスト・納期)をコントロールする力」です。そもそも、これらはコンサルタントやエンジニアだけに必要なスキルではありません。一般的なビジネスパーソンに求められる要件としても共通項が多いものです。あらゆる領域でプロ化が進み、ますます高い成果が求められる現代ビジネスパーソンにとっても、プロジェクトマネジメント力は必須のスキルになってきました。
その中でも特に人事領域でプロジェクトマネジメント力が求められるようになった背景には、以下3つがあります。
① 非定型業務が増えている
② 変革に対するプレッシャーが高まっている
③ 人事部門が多忙を極めている
非定型業務が増えている
今の時代の人事は、非定型業務の割合が大きく増加し、多くの要素が求められています。例えば戦略人事もその1つ。コロナ禍によるニューノーマルの時代が到来し、「今こそ次世代に向けた組織や人を作っていこう!」と人事制度改革などのプロジェクトも増えているはずです。
また、2017年頃から急増しているRPAやHRテックなどによるDX化の流れも大きく影響しています。ミシガン大学のD・ウルリッチ教授が提唱したHRBP(HRビジネスパートナー/戦略人事)、CoE(センターオブエクセレンス/中央人事機能)、OPs(オペレーションズ/給与労務などの運用機能)を人事部門で実現し、戦略パートナー、変革エージェントとしての機能を強化していく必要性がますます高まっているからです。
変革に対するプレッシャーが高まっている
プロジェクトは大なり小なり特別な予算・時間を割いて行うため、その分経営層から高い期待を受けます。また中期経営計画などで宣言されるレベルのプロジェクトも多く、上場会社であれば株主との約束も果たす必要も出てきます。
さらに、人事部門が手掛ける施策や改革の類は社員のキャリアや人生に大きな影響を及ぼすものばかり。あまり強調したくはありませんが、プロジェクトは通常業務とは異なり、失敗が許されない、非常にプレッシャーがかかるものなのです。
人事部門が多忙を極めている
前述の通り、人事が担う領域は近年特に広がりを見せているため、人事は常に多忙です。特に中間管理職やエース級の人財ともなれば、株主や経営、社員などステークホルダーから相応の期待とプレッシャーを受けるプロジェクトのプロジェクトマネージャーと実務を兼務することを求められるでしょう。働き方改革のお膝元である人事部門がおいそれと残業するわけにもいきません。限られた時間で高い要求レベルをこなす必要があります。
主にこの3つの背景から、難易度が高い”プロジェクト”のQCDを効果的にマネジメントし成功に導くスキルとして、プロジェクトマネジメント力が人事パーソンにとってより重要になってきた──というのが全体背景です。
ただし、システム開発エンジニアやコンサルタントのようにPMBOK(※1)の取得を目指す必要はありません。なぜなら、PMBOKの学習範囲はとても広く(10の知識エリアと5つのプロセス)、加えて36か月ものプロジェクト管理経験と4,500時間以上のプロジェクト指揮経験の両方を満たすのは至難の業だからです。
人事パーソンはそのエッセンスを学ぶだけで十分。PMBOK取得にかける時間があるならば、今注目されているエンゲージメントや心理的安全性などの組織開発、ピープルアナリティクスなどの勉強に費やしたほうがリターンは大きいでしょう。
※1:PMBOKは「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド」の略語であり、プロジェクトマネジメント協会 が発行しているもの。
人事に求められるプロジェクトマネジメント力とは
──人事のプロジェクトマネジメント力を具体化すると、どういった要素があるのでしょうか。
PMBOKで体系化された「10の知識エリア」を使ってご説明します。

上図のうち、「QCD(品質・コスト・納期(=タイム))」の3つはどんなビジネスパーソンにも共通するスキルのため割愛します。残り7つはどれも人事に必要なスキルではあるのですが、今回はその中でも特に重要な以下3つをご紹介します。
① スコープマネジメント力
② コミュニケーションマネジメント力
③ 資源マネジメント力
スコープマネジメント力
プロジェクトの目的やプロジェクトオーナーなどから要求される事項を的確にとらえ、活動範囲を定め、成果物とそれを生み出すためのタスクなどを設計するスキルを指します。
人事制度は等級・評価・報酬の基幹制度に限らず、採用・退職、配置、教育、給与・社保、労務など広範囲に及びます。また、それらの機能は相互に関係しあい、目的達成に向かって有機的に結びつける必要があるため、適切な改革範囲を見極めることはとても大切です。
改革内容を検討するべくステークホルダーへの要件聴取や現状分析を行うと、ついアレもコレもと手を出したくなりがちです。特にずっと組織や人のことを考えて「会社を良くしたい!」と利他的に取り組む人は要注意。「ホットなマインド」と「クールな頭脳」をバランスよく持ち、重要度や緊急度から優先順位を見極め、適切な課題設定を行い、それをスコープに反映する必要があります。
「適切なスコープ」はプロジェクトの成功率に直結します。なぜなら、このスコープを基準としてコスト・リソース・スケジュールなどが決まるためです。私がお客様にプロジェクトの提案をする時も、必ず提案書の冒頭で「本プロジェクトのスコープ」をお伝えし、念入りな確認を行っています。
ちなみにこのスキルは、「プロジェクトに外部コンサルタントを起用する場合」にも有効です。よくある悪い例としては、「上から人事制度改革をするよう言われたけど、急ぎだしよく分からないからとりあえずコンサル呼んで相談しよう」というパターン。目的もスコープも定まっていない状態では、どれだけ優秀なコンサルでもその本領を発揮することはできません。
また、スコープマネジメントで大切なことは適切にスコープを設定することだけではありません。目標達成に必要な成果物と、その成果物を生み出すためのタスク設計も欠かせないものです。これができなければ、必要な工数・人員を見積もることができず、スケジュールや体制すら計画できません。また、成果物やタスク設計はタスク遂行上の”キモ”を把握することにつながり、効果的な品質管理やスケジュール管理などにもつながっていきます。
人事業務にはオペレーションも多く、自らタスク設計するような機会は少ないもの。デジタル化によってビジネスプロセス・リエンジニアリング力も求められる昨今の人事パーソンにとって、このタスク設計スキルは業務プロセス設計にも役立つスキルになるはずです。
コミュニケーションマネジメント力
組織や人を対象にしてコミュニケーションの活性化を促すことが人事の本分の1つですから、コミュニケーションが大切なのは自明の理です。その上でお伝えしたいのは、「人事のプロジェクトはステークホルダーがとても多いため、彼らのプロジェクト関与度や利害を適切に調整・管理するコミュニケーションマネジメント力が必要である(※2)」ということです。
※2:PMBOKでは2012年にこのスキルからステークフォルダーマネジメントのスキルが独立していますが、ここでは含むことにします。
<ステークホルダー例>
・改革対象の社員
・制度運用の担い手になるミドルマネージャー
・制度の方向性に強い影響力を及ぼす社長やCHROなどの経営陣
・敵対しがちなビジネスサイドの役員陣や部長などのトップマネジメント
・人事部内の関係者
・最近増えているHRテックのベンダーや人事コンサルタント
・研修講師
・人財サービス会社
・弁護士や社労士などの外部パートナー
・監督官庁の担当者 など
これら多数の関係者を1つの目標に向かってリードしていくことは至難の業です。とても「勘、経験、気合」の3Kで乗り切ることはできません。
資源マネジメント力
人事はコストセンターとして捉われることも多く、元々人員体制に余裕がありません。その通常業務の上にさらにプロジェクト業務が加わるわけですから、炎上するのも当然のこと。人事制度改革プロジェクトをリードする人事マネージャーが疲弊していた……なんて笑えない話にもなりがちです。
プロジェクトを本気で成功させたいと願うならば、必要人員を自然体で見積もり、適切な人員を確保する必要があります。そもそもステークホルダーや検討範囲の広い人事制度改革などのプロジェクトを、少数かつ兼務状態でやりきるのは品質面から考えても健全ではありません。
その点、最近は働き方改革やハラスメント対策も浸透しつつあるため、人員体制の見直しもしやすいはずです。また、フリーランスの人事スペシャリストを活用できるサービスなどもあり、比較的少額&短期間から外部の力を借りることもできるようになりました。予算に限りがある企業であっても、大手コンサル会社出身の経験豊富なコンサルタントをマーケットの半値程度で雇えてしまう時代です。知見やノウハウ面を考慮しても使わない手はないでしょう。

プロジェクト立ち上げ時の「5ステップ」
──人事制度改定などのプロジェクトを立ち上げる際には、どのような順序で進めたら良いでしょうか。
通常、まずプロジェクト計画書を作成するところからスタートします。計画書と言っても、システム開発会社やコンサルティング会社ほど緻密なものを作る必要はありません。計画書に盛り込む要素としては、下記のような項目が含まれていれば十分です。
■プロジェクト計画書に盛り込む項目
① 目的
② スコープや成果物の定義(取り組む範囲)
③ タスク(工数、役割分担)
④ スケジュール
⑤ リソース
・体制:推進体制、必要人員(質、量)、会議体(レポートライン、意思決定の仕組みなどを含む)
・予算
・作業場所
・運営方法:品質管理に関する方針、それを実現する環境や手段
・リスクとその対応策

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基本的には上から順番に考えていきます。時には前後のステップを行ったり来たりしながら固めていく必要もあるでしょう。またプロジェクト計画書を作っておけば、いざ外部コンサルタントなどを活用する際の提案依頼書として流用することもできます。
──上記5ステップの中でも、特に重要になってくる点などはありますか?
特に抑えるべきは以下2つのステップです。
① 目的
⑤ リソース(必要人員)
目的
これは何もプロジェクトに限ったことではないですが、「目的」と「ゴール(達成基準・状態)」を明らかにすることはとても大切です。当たり前だと思われるでしょうが、意外とできていないことが多いものです。
例えば「ジョブ型雇用を取り入れ、それに合った人事制度を再構築する」「タレントマネジメントシステムを導入する」など、一見すると“目的”のようでも実は“手段”だった、なんてことは人事領域で多々あります。また場合によっては法律が絡むことも。「同一労働同一賃金への対応」などと言われると、そのもっともらしい背景から思考停止してしまいがちです。
特に経営トップから、「我が社も他社に負けじと〇〇制度を導入したらどうだ」の“鶴の一声”で始まるようなケースは手段が目的化しやすく要注意です。残念ながら、経営トップがそうした制度の良し悪しや導入効果をよく理解しないまま指示を出していることは往々にしてあります。そんな時はすぐに反論するのは難しいでしょうから、一度持ち帰り検討し、理論武装した上で報告・説明し理解を求めましょう。
私がそんなケースに出くわした際は、必ず「そもそも、このプロジェクトは何のために実施するのですか?」と問いかけするようにしています。さらにそこで明確にした目的について、意思決定者にも「この目的でいいですか?」と確認を求めます。なぜなら、意思決定者と現場担当者で十分な意思疎通ができていないことも少なくないからです。
目的が不明確なままプロジェクトをスタートさせると「手段」について議論し続けることになり、検討の幅が狭まってしまいます。すると途中で問題が起きた際、「時期尚早だったのではないか」などと暗礁に乗り上げてしまうこともしばしば。手段が違うと思えば止めるのは当たり前なのに、です。そういう意味でも目的がきちんと言語化されていることと、プロジェクトの発足・計画時はもちろん、推進時にも寄与してきます。
リソース(必要人員)
もう一つ強調しておきたいことは「人選」です。前項の「資源マネジメント力」でもお伝えした通り、少ない人員で通常業務+αのプロジェクト業務を推進するのは限界があります。しかも人事制度改革ともなれば、相応の経験や知識・スキルが必要になるのは言うまでもありません。
プロジェクトというものは、その過程で必ずと言っていいほど何らかのトラブルを抱えることになります。そうした時にギリギリの戦力では到底乗り越えられません。計画時に体制に不足があると感じたら、臆することなくプロジェクトを成功させるために必要な人財のレベルや人員数を交渉しましょう。そのように相談を持ち掛けることで、プロジェクト難易度の理解が促され、上層部のコミットメントを引き出す効果も期待できます。
往々にして上の方は、プロジェクトマネージャーに指名した優秀な社員に任せたら後はうまく進むものと考えがちです。そんな上層部に良い意味で緊張感を持ってもらうためにも、遠慮する必要はないのです。
プロジェクトマネジメント力を高めるための学習方法

──プロジェクトマネジメント力はどうやって高めましたか?
10数年以上所属していたコンサルティング会社で学んだことが、今の私の基礎になっています。
入社時やクラスアップのタイミングなど、数回に渡る研修を通じて体系的な知識を身につけ、あとは現場のプロジェクトで実践し上長などからOJTで指導を受ける形でした。今思えば貴重な学習をさせてもらったと思います。
実践の中で経験を積むのであれば、比較的短期間で難易度も程よい「人事制度改革プロジェクト」が良いでしょう。通常2~3人で体制を組むことが多く、期間も数カ月から長くて1年程度なので、プロジェクト管理も比較的しやすいです。
一方で、「業務改革プロジェクト」などは人員体制も数名から数十名に及び、期間も長い場合には数年に及ぶことがあるなど、難易度はグッと高まります。
私の場合、人事制度改革プロジェクトのみならず、人事部門を変革するようなBPRプロジェクトなどのプロジェクトマネジメントも経験することができたため、ストレッチされたところは多分にあると思います。
実践以外だと、現在はプロジェクトマネジメント研修を提供している会社もたくさんあるので、そうした研修を受けてしまうのも1つの手です。PMBOK相当のものから、準拠はしているけれども入門者向けに必要最小限の知識エリアに絞ったものまで、レベル感はさまざま。費用もピンキリですから、ご自身の課題やニーズに合ったものを選ぶことができるでしょう。
オススメ本(2冊)
──プロジェクトマネジメントについて学びたいと考えているHRパーソンにオススメの本を教えてください。
プロジェクトマネジメントに関する書籍は豊富に出版されています。執筆者も大手コンサル会社やシステム開発会社、シンクタンクの方々が多いので、どれを読まれても大外しはありませんが、そんな中でも特に導入時にオススメな2冊をご紹介します。
プロジェクトマネジメント -実践的技法とリーダー育成-/福沢 恒(著)
プロジェクトマネジメントの基礎を体系的に学びたい方にオススメの1冊。20年前に出版されたこともあり、中古本でしか手に入らないと思いますが、非常にわかりやすくまとめられています。
外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント/山口 周(著)
プロジェクトを立ち上げる時に気を付けるべきこととして、この記事では「目的」と「リソース(人員)」の2点をご紹介しましたが、実は他にもたくさんあります。そうしたことに興味がある方は、ぜひこの本を読んでみてください。前出の本とは異なり、こちらではプロマネの「キモ」を学ぶことができます。
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編集後記
「プロジェクト」と聞くと大層なものをイメージしがちですが、よくよく考えれば身の回りのあらゆる仕事がプロジェクトだと言えます。大小の違いなどはあれど、進め方のポイントなどは共通するものが多いはずです。今回のお話は人事担当者だけではなく、それ以外のビジネスパーソンにとっても有益なものだと感じました。
また近年の人事には経営側・現場側の両面からあらゆる要求やアクションが求められています。これらをチャンスと捉え、従来のルーティン業務から抜け出し、非定型でスリリングなプロジェクトを多くマネジメントしていくこと。これこそが次世代のプロ人事へのファーストステップになるのではないでしょうか。
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