プロフェッショナル人事を経営の味方に

hiring-how-to人事のノウハウ
人事のノウハウ ,

VUCA時代の組織進化を支える「アジャイル人事」の実践方法

人事のノウハウ ,

短い反復期間を設定し、小さな機能ごとにPDCAサイクルを回していく「アジャイル開発」という手法。近年は人事領域でもこの「アジャイル」という言葉が使われ、「アジャイル人事」という言葉も広く知られるようになりました。

しかし「アジャイル人事」とは何を目的にしたものなのか、そして実際にどのような活動を行うのか、具体的なイメージが持てていない方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、エンジニア・開発畑からキャリアをスタートして人事に転身され、人事領域でアジャイルを複数企業にて実践してきた木元豪さんに、その定義と実践方法・事例についてお聞きしました。

<プロフィール>
木元 豪/株式会社NALU 代表取締役
Web受託開発会社の経営に携わった後、リクルート社にて開発/制作部隊のマネジメント⇒人事部門へ異動。その後独立し、不動産TechスタートアップのCHROを担う。自身の会社で人生の選択肢を広げるプラットフォーム「KIZKI」を開発しバイアウト。現在は企業の内発的動機に伴走するHRパートナー事業を中心に、OKRコーチや、CI・VI構築のクリエイティブ事業なども行っている。

このパラレルワーカーへのご相談はこちら

アジャイル人事とは

──まず「アジャイル人事」の定義について教えてください。

アジャイル人事とは、「俊敏性のある人事もしくは組織」のことを指します。

この語源となった「アジャイル開発」はソフトウェア開発の手法の1つです。ある17人のエンジニアが従来の重厚な開発プロセス(ウォーターフォール型)の問題点を解決するために試行錯誤や議論を繰り返した結果、その根底には多くの共通点があることに合意し、「アジャイルソフトウェア開発宣言」を示したのが始まりです。

アジャイル開発には「事前にすべてを正確に予測し計画することはできない」という考えが前提にあります。従来の開発手法では、最初の要件定義段階ですべての要求を集めて、それを作るための期間や人数・コストなどを見積もって開発に入ります。しかし、アジャイル開発ではそのサイクルを小さく何回も回していく形をとります。

アジャイル開発宣言に従うと、アジャイル開発の原則には以下4つが存在します。

① プロセスやツールよりも個人との対話
② 包括的なドキュメンテーションよりも動くシステムや成果
③ 契約や交渉よりも顧客との協調
④ 計画に従うよりも変化への対応

この開発スタイルが柔軟性やスピード感が求められるシステム開発領域のデファクトスタンダードになり、その考え方が昨今のVUCAと呼ばれる時代背景も手伝って他領域に波及され、人事部門にも取り入れられてきたものが「アジャイル人事」という概念です。

アジャイル人事とは、従来の組織のように部門毎・レイヤー毎での意思決定機関に対して起案と決議を繰り返して施策を行っていく人事ではなく、対話をベースに部門メンバーと協働しながら、激しい変化に柔軟に対応していく人事機能や組織施策を指します。

その際、各部署からメンバーを選抜し人事のアジャイルチームを作る事になります。そのチームが有機的に意思決定をしながら俊敏に動きつつ、質の高いアウトプットを生み出していく形です。

まとめると、

・余計なドキュメントは作成せず
・現場を巻き込んだチーム内での対話をベースに意思決定し
・アウトプットの速度を上げ
・リアルタイムで顧客(社員)のフィードバックや意見を取り入れながら
・ニーズや時代の変化に俊敏に対応していく

これがアジャイル人事の定義になると考えています。

アジャイル人事を導入するメリット

──企業人事が「アジャイル人事」を取り入れるメリットはどのようなものがありますか?

最たるメリットは以下2つです。

・俊敏な意思決定による仮説検証の数の増加
・自律型組織の構築

従来の一般的な組織は、専門性/事業毎に分かれた複数組織が連携して役割分担をしているため、その影響範囲の大きさから意思決定は上へ上と起案されていくのが常です。

すると起案用のネゴシエーションやドキュメント作成などに多大なコストが発生し、施策実装までに時間が掛かってしまいます。また施策効果の洗い出しも徹底的に行う必要があり、そこでも多くの時間を取られてしまいます。

特に人事施策は定量化できないものも少なくないため、施策実装までに莫大なコミュニケーションコストが掛かることが大半です。そのため人事を経験した方の中には「正直、起案を通すまでが大変そうだから今はやめておこう・・」といった判断をしたことがある方もいるのではないでしょうか。

しかし、アジャイル人事の実践により、俊敏な意思決定で物事を進めることが可能になります。

具体的な方法としては、まず各事業部側の部門やチームから選抜メンバーを5〜8人ほど集めてアジャイルチームを構成します。ここがポイントで、人事部の中ではなく事業部側を巻き込んでチームを人事やHRプロジェクトチームを組成します。
チームメンバーには意思決定を担うことができるような優秀層をアサインします。それにより、アジャイルチーム独自で意思決定をしつつ物事を前に進めることができるようになるのです。

アジャイルチームにアサインする事業部側の社員(=非人事)は、人事から見るとある意味「顧客」です。その顧客を巻き込んだチーム作りができれば、フィードバックと仮説検証を素早く繰り返せるのはもちろん、柔軟かつ効率的に施策を回していけることはイメージしやすいのではないでしょうか。

また昨今はエンジニア採用など、人事にも専門知識が求められる業務が増えてきています。その面でも現場メンバーを巻き込んでアジャイルチームとして共通採用目標を追いかけることで現場理解が深まり、人事として事業を前に進める為の芯を食った活動ができるようになり、これまで“バックオフィス”と言われることも多かった人事の変革にも大きく寄与すると考えています。

さらに、人事がこの動き方を組織内に浸透させていくことができれば、それが「自立型組織」の構築にも貢献できるはずです。なぜなら、有機的に意思決定ができる組織・チームが増えることで自律分散型のチーム構築に繋がり、組織を変革するポイントとなるからです。

一方で、アジャイル化に合わせて変化させなければいけないことも多くあります。

例えばアジャイルチームの評価や人事考課。前述した通り、アジャイルチームは対話をベースに迅速な意思決定を行いつつ、目的に対して短いスプリント(設計・実施・評価・改善)を回してアウトプットをしていきます。

すると、従来までの半年〜1年スパンでの人事考課では、期中の変動が大きく、目標設定もできずに正確な評価を行うことが難しくなります。またアジャイルチームは半年〜1年に1度ではなくリアルタイムのフィードバックによって成長していくため、これらの制度は変更しなくてはなりません。

その点、四半期の目標管理やOKR・CFR(※)といった手法はこのアジャイル人事とも相性の良いものだと考えています。

▶︎OKRについて詳しい解説は「OKR最大の効果は、対話型組織の開発にある!?」実践者に聞いた、OKR導入・運用の心構えと実例

※CFRとは・・・
「Conversation(対話)」、「Feedback(フィードバック)」、「Recognition(承認)」の頭文字をとったもので、OKRと組み合わせて行うことでさらにパフォーマンス向上を期待できるとされている。

アジャイルチーム的に動いた2つの実践事例

──木元さんがこれまでにアジャイル的に動かれた施策について、その事例を教えてください。

以下2つのプロジェクトでアジャイルチーム的に動いた事例をご紹介しましょう。

スタートアップでのエンジニア採用

現場メンバーをハイヤリングマネージャーにアサインし、スクラム開発(※)の体制を参考に採用体制を構築して採用を推進しました。

※スクラム開発とは・・・
アジャイル開発手法の一つで、「プロダクトオーナー」「スクラムマスター」「開発メンバー」という3つの役割を置くなどのルールに従ったもの。

事前に分からないことが多い複雑な問題を扱うのに適しており、現れた課題・要求へ素早く対応するためにチームの能力を最大化することに集中するというアプローチ方法。

この時の具体的な体制・役割としては以下です。

・プロダクトオーナー(PO)…現場のハイヤリングマネージャー
・スクラムマスター(SM)…人事(私)
・他スクラムチームメンバー…リクルーターと現場エンジニア

それまでは「人事部が採用を請け負う」といったよくある形でしたが、スタートアップ組織で柔軟かつ迅速な採用が求められること、エンジニア採用市場が激化していることなどから、候補者体験なども鑑みて上記体制へ切り替えました。普段アジャイル(スクラム)をしているエンジニアチームと協働したこともあり、大きな課題もなく導入することができました。

この時には共通のバックログ(今後やることリスト)をカンバン形式(※)で管理。日時・週次でのチェックインミーティングをベースに、2週間を1つのスプリントとしてやるべきタスクをプロダクトオーナーと一緒に整理しながら進めていました。これが早い改善活動に繋がり、結果としてエンジニア採用を成功させることができました。

※カンバンとは・・・
一般的には視覚的なプロジェクト管理戦略を指し、仕事をボードのような形で段階を列で表したもの。

人事が採用を請け負う形になると、どうしても依頼元(エンジニア組織)にお伺いを立てる形となり、現場を上手く巻き込むことができません。しかしアジャイル化したことで共通目標を追いかけるチームとなり、スムーズな連携ができるようになりました。

人事考課の再構築

事業を成長させていくフェーズに入ったある企業で、人材育成やエンゲージメントなどの課題を解決するべく人事考課の再構築プロジェクトを担当しました。

当時私は「人事制度はある程度完成度が高くないと従業員に失礼だし、生活にも影響してしまう。」と考えていて、ちょっと進んでは戻りまた進んで、の繰り返しで悩んでいました。

その時に「人事制度こそ最短で顧客(社員)に提供して早いサイクルで仮説検証を繰り返すべき」というアドバイスをもらい、そこからヒントを得て現場メンバーを巻き込んでアジャイル的にミニマムでリリース(仮説検証)できる環境を整えました。

この時は、最速で顧客(社員)に考えたものを当てて、ブラッシュアップし、また当てる、のサイクルを最短でできるように各部門の長と協働しながら遂行していきました。

結果、自分では気づけなかった発想が出ることも多く、最終的にはその会社らしい人事考課を策定することに成功。その後の運用もアジャイルチームにて継続しています。

人事業務のアジャイル化に向けた実践ステップとポイント

──企業人事が「アジャイル人事」を実践するには、どのようなことから始めると良いでしょうか。

やり方はたくさんあるので一概には言いづらい部分はありますが、まずは「アジャイルについて理解する」ところから始めるのが良いと思います。

それらを理解したら「変わること」を決意しましょう。前述した通り、アジャイル化するとあらゆるものを変える必要が出てきます。この「変わる」覚悟ができずに物事を進めてしまうと、高い確率で上手くいかず頓挫してしまうはずです。

ここまでの下準備が整ったら、まず1つのプロジェクトからパイロットチームを組成して小さく始めてみます。

その際注意するのは「領域」ではなく「課題」から入ること。人事企画や採用など、領域で区切ってプロジェクトを組もうとすると課題が小さくなってしまい、アジャイルチームが作りづらいです。「人事全体としての課題はなにか」といった視点から考えると、自然と横断チームのアサインがしやすくなります。

アジャイルチームを作る際にはいくつかの重要な判断軸があります。ハーバード・ビジネス・レビューのアジャイル人事には以下のように記載されています。

① トライアンドエラーを許容することができるか
② 短期間で成果を可視化する仕組みはあるか
③ アジャイルチームを担えるリーダーはいるか
④ 自律したメンバーをアサインすることができるか

上記4つの中で特に私が重要だと考えているのが、①トライアンドエラーを許容することができるか、という点です。アジャイルチームは細かくアウトプットを出していくため、その質は常に100点ではなく30点・40点のものを提供していくことになります。

そもそも人事のアウトプットは、候補者や社員の根幹になる重要なものです。それを段階的にトライアンドエラーを繰り返してブラッシュアップしていく──失敗を学びと捉え次に活かすためのフィードバックをする──これらを企業カルチャー的に許容することができるかどうかは成否を分ける大きなポイントと言えます。

またアジャイルの考え方はエンジニア経験のない人事担当者には分かりづらい部分も多いもの。だからこそ、これらの知見に明るく、アジャイルチームの組成を率いる優秀なリーダーをアサインすることはとても大きな意味を持ちます。

そのリーダーアサインに成功したら、経営陣を巻き込んで組織全体のアジャイル化を考えることをオススメします。組織のアジャイル化には仕組みや評価設計などの根幹の考え方を変える必要があるため、最終的には経営陣のコミットが重要になるからです。

オススメ本

──「アジャイル人事」についてついて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、オススメ書籍がもしあれば教えてください。

私自身がエンジニア時代に参考にしていた本ばかりなので、人事の方にとっては参考になりづらいかもしれませんが、アジャイルやスクラムなどについて理解を深めていただける本を3つほどご紹介します。

SCRUM BOOT CAMP/西村 直人 (著)

アジャイル開発の中の「スクラム開発」の手法について書かれた一冊。エンジニア向けではあるものの、人事がアジャイル化する上で役割の定義など、この本を読めば理解できると思います。

アジャイルサムライ−達人開発者への道−/Jonathan Rasmusson (著)

アジャイルについて分かりやすく書かれており、アジャイル開発の基本書籍とも言える一冊。こちらもエンジニア向けの内容であるものの、アジャイルの概念についてエンジニア以外の方でも理解しやすい内容になっています。

アジャイル化する人事DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文/ピーター・カッペリ (著)、アナ・テイビス (著)

まさにアジャイル人事について書かれている文献。スクラム等の解説もあるため、人事の方はこれを見るとアジャイル人事についてある程度理解できると思います。

編集後記

顧客ニーズや競合の変化スピードが早い時代において、前線である現場と密接に関わり変化に対応していくことが人事にも求められています。その中で「人事がアジャイルの概念を取り入れる」には、完璧ではない状態で最短で施策を実行していくことになるため、前提として経営や現場の理解が欠かせないということが理解できました。

アジャイル人事という言葉は2015年頃から世界ではトレンドワードに採択されていますが、これを本当に実践できている企業は、変化や失敗を許容する姿勢を持った組織だけではないでしょうか。

まずは経営と現場を巻き込んだ小さなアジャイルチームを作り、実践しながら社内理解を得ることから始めてみると良いかもしれません。

Category : 人事のノウハウ
                  トップへ戻る