企業に求められ続ける人事のキャリア形成のポイントとは

昨今、ジョブ型雇用への転換や副業解禁のニュースが増えているように、企業と個人の関係性が大きく変わってきています。それに伴い、これまで新卒一括採用や年次ごとの階層研修の運用を求められていた企業人事の役割も大きく変化しています。
また、ひとくちに「人事」といっても、外部の人事プロフェッショナルを活用したり、現場の事業担当者を人事にコンバートしたりと、そのキャリアの作り方は多様化しています。
そのような状況下で、今後も世の中から必要とされ続ける人事像とはどのような人材なのでしょうか。
大手ナショナルクライアントからスタートアップまでの人事コンサルタントを経て、現在は企業のCOOとして活躍する中川裕貴さんに、人事のキャリア形成のポイントを伺いました。
<プロフィール>
中川裕貴
デロイトトーマツコンサルティングで人事コンサルタントとして人事制度設計や組織再編時の人事課題解決を主として経験。その後、RIZAPグループを経てコンサルタントとして独立し、電力会社の人事制度設計支援、大手ビール会社の人事戦略立案支援、などの実績を持つ。現在はSuprieveConsulting株式会社の取締役として人事コンサルティングサービスを上場企業・上場前ベンチャー企業に提供。また、親会社であるSuprieve株式会社のCOOとして全社戦略立案、新規事業・新規プロジェクトの推進を担当。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
人事業務の目的・内容とは
──人事のキャリアについてお聞きする前に、改めて人事業務とはどのような内容なのか教えていただけますか?
まず人事業務の目的を定義付けしておくと「人の力の最大化・最大活用」と言えます。その目的を果たすためにざっくりと下記5つの役割が存在します。
①人を採用する
②人を配置する
③人を育てる
④組織全体をつくる
⑤組織全体を回す
※個々の組織をつくる・回すことは管理職の役割
つまり人事業務は、上記5つの役割のいずれかにつながるものになるはずです。
具体的には以下のような内容に整理ができます。
①人を採用する(採用・入社業務)
採用戦略の立案・チャネル選定・採用イベント企画・面接実施・入社手続き など
②人を配置する(異動・配置業務)
各部署へのニーズヒアリング・対象者選別・異動の条件調整・異動手続き など
③人を育てる(能力を最大化する)
教育研修プログラムの企画・評価制度の構築・求める行動/能力定義 など
④組織をつくる(組織設計業務)
組織体制の構築・それぞれの組織の役割定義・ガバナンス体制の構築・ダイバーシティの推進 など
⑤組織を回す
人事システムの企画〜導入・勤怠管理・給与計算 など
また、これらの5つの役割を人事組織として連動して実現するために人事戦略を立案することも重要な業務です。これは具体的には、人材マネジメント方針の構築、人材ポートフォリオの構築、要員計画策定などがあります。

人事のキャリアをつくるには
──人事としてのキャリアを歩んでいくにはどのような素養が重要でしょうか。
人事は様々な職種の中でも最も多様なキャリアからのジョインが考えられる職種だと思っています。つまり、ビジネスパーソンはみんな、人事のスペシャリストになる可能性を秘めているということです。
なぜならば、営業・マーケティング・エンジニア・・・などどんな職種に就いていたとしても「どうすればチームの一人当たり売上を最大化できるか」「どうすれば部下が思うように動いてくれるか」「どうすれば部下が成長してくれるか」など「人」について日々考えているためです。要するに、各組織で誰しもが「人事の目的」である「人の力の最大化・最大活用」を成し遂げるための手法をチーム内で考えているはずなのです。
もちろん人事業務にも専門知識やフレームは存在するものの、マーケターやエンジニアのように専門スキル(Web広告運用スキルやPython、Rubyなどの技術)をゼロベースで学ぶのではなく、普段から思考している「人」を主にした業務であるため、比較的抵抗なくキャッチアップが可能です。
実際にこれまでコンサルティング支援してきたベンチャー企業では、CHROや人事部長などの人事プロフェッショナルが不在で、COOや経営管理本部長と話を進めることが多かったのですが、ディスカッションが進まない、専門用語が伝わらずに内容が分からないということは起きていません。
普段から組織内でのコミュニケーションが多く、マネジメント意識が高い人は、人事スペシャリストへの道は既に開かれていると思います。
──では、人事を経験したのちのキャリアはどういったものが考えられるでしょうか。
上述したようなマネジメント意識が高い人は、人事のキャリアを積んだのち、そのまま人事プロフェッショナルとして活躍していく、経営メンバーに参画する、経営者になる、などさまざまな選択肢があります。なぜなら人事は、経営陣の次に人を動かすことを求められる職種だからです。
ビジネスパーソンは以下の4つに大別されます。
①動けない人
②(他燃的に)動ける人
③(自燃的に)動ける人
④動かせる人
②③は指示された仕事はそつなくこなしプレイヤーとしては優秀ですが、ただ自分が動けるだけで人を動かせないとレバレッジを効かせることはできません。人事は④である必要があり、目の前の人材を動かすことはもちろん、業務上直接的に関わっていない人も含めて、従業員全員を動かしていく必要があります。
人事施策が社内に浸透して、求める人材が求める行動を発揮すると企業の成長は格段に加速します。人事はその手綱を握っており、優秀な人事がいる組織は本当に強いです。
また、経営に近づくにつれて、動かすべき人の数、ステークホルダーも多くなる傾向にあり、人事を経験したことによって身についた「人の動かし方」を活かしていくことができます。
現在、人事の範疇を越えてスプリーブ株式会社のCOOとして全社戦略の立案・推進、事業横断プロジェクトの組成と指揮といった役割を担ってます。従業員約1000人で15事業を展開する当社において、どの部署・プロジェクトに誰をアサインするか、現在のビジネスフェーズで必要な機能は何か、事業を担う幹部人材はどう育てていくか、外部パートナーをどう巻込んでいくのか、常に人や組織にまつわる課題があり、人事コンサルティングの経験、事業会社での人事経験は非常に役に立っています。
「求められる人事」になるには

──今後求められる人事とはどんな人材でしょうか。その背景もあわせて教えてください。
さまざまな企業の人事コンサルティングを行う中で、以前と比較して収益の話が出る機会が多くなっており、「人事はコストセンターではなくプロフィットセンター」という意識をもった人材が求められていると感じます。
例えば以前は、「どうやったら社員のモチベーションが上がるか」「成果を出した人材に報いた報酬制度にしたい」「優秀な人材を採用したい」など、人事の表面的な課題に基づいた相談が多かったのですが、最近は「社員の生産性を向上させるための人事施策を考えたい」「原資コントロールを実現して、業績に関わらず一定の収益が確保できるような仕組みにしたい」「採用数の精緻化、採用単価の削減など採用をもう少し科学的に実施したい」などといった、収益確保を念頭に置いた相談を受けることが多くなりました。
これは人事のキャリアが複線化しており、元々収益を追いかけていた職種からキャリアチェンジをしてきた人事担当が増えたことや、昨年からはコロナの影響もあり収益確保の重要性がこれまで以上に高まっているからかもしれません。
「人材開発を通じて一人当たりの生産性を向上させた」、「必要な人材を採用し、その人材が収益を上げた」なども立派な収益貢献なのですが、ここでお話したいのはもっと直接的な収益貢献です。
例えば年間1000人採用している会社の一人当たり採用単価が50万円だとします。すると年間の採用コストは5億円です。この採用単価をチャネルの最適化、採用フローの見直しなどにより40万円まで下げることができれば年間のコストは1億円(10万円×1000人)下がります。
これは、1億円の「営業利益」(売上ではなく)を確保することと同等の貢献です。仮にこの会社の営業利益率が10%であれば、10億円の売上を上げたことと同等なのです。
それ以外にも、
・要員人件費の最適化、業務効率化により組織のダブつきを見直してスリムな組織を実現した
・報酬制度の見直しにより賞与原資をコントロールできるようになり、業績に見合った賞与を支給できるようになった(その結果として、会社は利益を確保できるようになった)
こういったことも立派な直接的な収益貢献です。
最初に述べた人事の目的である「人の力の最大化・最大活用」の達成はもちろんですが、人事の目的の先には企業の目的があります。営利企業である以上、利益を追求することは直接部門であろうが間接部門であろうが全従業員に求められます。
カルビーの松本元会長がよく口にしていたという「One Dollar-OUT」。「会社のカネをたとえ100円でも私用に使ったらクビだよ」という意味なのですが、意味合いは違えど本質的に言っていることは同じだと思います。全員がコストに対する意識、強いては収益に対する意識を持ちなさい、ということだと捉えています。
フロントで売上・利益を追求してきた経験がある人材は、そうではない人材と比較して収益貢献意識が強い傾向があります。そのため、人事以外にも複数キャリアを持ち、これまでにフロントで売上・利益を追求してきた人材かつマネジメント経験のある人材が人事として活躍していくと思います。
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編集後記
「人事はプロフィットセンター」という中川さんのお話に、これまでイメージしていた間接部門としての人事ではなく、「事業を成長させて利益を生み出す」という企業の目的を認識することが人事にも必要なのだと感じました。その目的を達成するためには、人事は社員全員を動かす存在である、と自覚し続けることも重要でしょう。
また、直接的な収益への貢献意欲も重要だと中川さんはおっしゃっています。
これまで複数キャリアを経験していない場合でも、現場メンバーとのコミュニケーションや、コストを可視化して削減目標を持つなどの取り組みによって、人事としてスキルアップをすることができるのではないでしょうか。