「労働組合」を理解し、人事としての役割と進め方を学ぶ

労働者が団結してストライキを起こし企業に抗議を行う──「労働組合」と聞くとその様な光景を思い浮かべる方も多いと思います。ニュースなどでも良く聞く言葉ですが、その活動内容や詳細をご存じな方は少ないのではないでしょうか。
今回は、人事領域において労務管理から採用、組織開発領域まで幅広く活躍する人事フリーランスの小熊 遼介さんに、「労働組合」の概要から人事としての対応方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
小熊 遼介(おぐま りょうすけ)/人事領域において労務管理から採用、組織開発などを中心とした人事フリーランス
物流・独立系SIer・生命保険会社と異なる3業界で採用・研修・労務管理・組織開発・人事制度設計に関するキャリアを構築。現在は独立し、上記経験をベースに複数企業にて採用・組織開発などの支援を実施。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/賢誠総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より賢誠総合法律事務所に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「労働組合」とは
──「労働組合」の概要について教えてください。
「労働組合」とは、『労働者が主体となって自主的に労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を目的として組織する団体』と労働組合法上で定義されています。この「労働組合」に加入している労働者は組合員と呼ばれます。そして、労働組合は、組合員を代理して会社側との各種交渉にあたります。また、組合員の不満や苦情を会社側に届けるだけでなく、不当な解雇や労働条件の切り下げを防ぐなど、雇用の安定を図ることも目的の1つです。
この「労働組合」の要件として、まず検討する必要があるのが、以下の2点です。
(1)労働者性
労働組合法上の労働組合は、労働者が主体となって組織されるものである必要があります。ただ、労働組合法と労働基準法上では、労働者の定義(範囲)が異なります。そして、一般的に労働基準法に定める労働者よりも労働組合法上の定義の方が範囲は広いとされています。
・労働組合法(第3条):職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者
・労働基準法(第9条):事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者
過去には(雇用契約ではなく)業務委託契約を結んだ労働者を、労働組合法上の労働者として認定した判例もあります。
(※)参考:厚生労働省「労働者」について
(2)自主性
次に、労働組合法上の労働組合の要件として、労働者が自主的に組織される団体であること(自主性)が求められています。これは、労働組合が使用者から組織・機構上独立していることを要求するものです。また、自主性に関して労働組合法2条但書1号と2号により、以下の要件が定められています。
・役員等の除外:
自主性を確保するために、役員や異動・評価などの人事権を持つ管理者などが「労働組合」に加入することは禁止されています。
・経費援助を受けないこと:
労働組合の運営のため使用者から経費や経理上の援助を受ける組織も「労働組合」として認められません(ただし最小限の広さの事務所の提供などは例外的に認められています)。使用者の援助により成り立つ組織だと、使用者の意向が反映されやすくなり自主性が保てないという観点からです。
なお、「労働組合」には、同じ会社で働く労働者によって組織される『企業内労働組合』以外にも、企業に関わりなく組織される『合同労組』などがあります。そのため、企業内に「労働組合」がないからといって、従業員が労働組合に加入することがないとは限りません。
もし「労働組合」が新設されたら
──自社内で「労働組合」が新設された場合、人事としてはどのような対応が必要なのでしょうか。
スタートアップ企業で働かれている方も多く、現状は自組織内で「労働組合」がない企業が大半だと思います。労働組合員の組織率は日本全体で15.8%程度とされており、一般的に従業員数が多いほど組織率は上がり、従業員数が少ないほど組織率は低くなります。具体的には、労働組合員全体のうち100~299人及び300~999人規模の企業の組織率は約10.5%程度、100人未満の規模の企業の組織率は0.8%程度です。

このようにして見ると自組織内で「労働組合」が新設される可能性はそう高くないと感じるかもしれません。しかし、前述の通り企業内労働組合以外にも、合同労組などの労働組合があるため、企業の外部の労働組合から交渉を迫られるケースは十分に考えられます。また、従業員数が少ないベンチャーなどの中小企業は一般的に組織率が低いものの、急に「労働組合」が結成されるケースもあります。
「労働組合」が、労働組合法上の正式な労働組合(法適合組合)として認められるためには、労働組合法2条の要件以外にも労働組合法5条に基づき、組合規約に必要記載事項を記載して労働委員会に提出し、資格審査を受ける必要があります(必要事項については以下参照)。そして当該資格審査に通った場合に、正式に法適合組合として認められます。
<労働組合規約に定める必要がある事項>
・労働組合の名称
・組合事務所の所在地
・組合員の全員が差別の取り扱いを受けないこと
・組合員は誰も、どんな場合も、人種や宗教、性別、身分などの違いで、組合員としての資格を奪われないこと
・役員の選挙は、組合員(または代議員)の直接無記名投票で行うこと
・総会は、少なくとも毎年1回開くこと
・組合費の経理状況を少なくとも毎年1回組合員に公表すること(公認会計士などの監査人の証明が必要)
・ストライキは、組合員(または代議員)の直接無記名投票により過半数の同意がなければ行わないこと
・規約改正をするときは、組合員の直接無記名投票により過半数の支持がなければできないこと
(※)引用:労働組合対策相談室/日本労使関係マネジメント協会JIRMS『労働組合の条件』
法適合組合と認められた労働組合は、労働組合法7条に基づく不当労働行為の申立を行ったり、同条に基づく救済を受けることが可能となります。企業側からすると、法適合組合との対応において不当労働行為を行った場合には、労働組合側から労働委員会に訴えられる可能性が生じるため、特に注意が必要です。ここで言う不当労働行為は、労働組合法(7条)で以下の通り定められています。
(1)組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い
例)
・労働組合への加入、労働組合の結成又は労働組合の正当な行為を理由とする解雇、賃金・昇格の差別等
・労働組合に加入せず、又は労働組合から脱退することを雇用条件とすること
(2)正当な理由のない団体交渉の拒否
例)
・当該企業で働く労働者以外の者が労働組合に加入していることを理由とする団体交渉の拒否
・形式的に団体交渉に応じても、実質的に誠実な交渉を行わないこと(不誠実団交)
(3)労働組合の運営等に対する支配介入及び経費援助
例)
・労働組合結成に対する阻止・妨害行為、労働組合の日常の運営や争議行為に対する干渉を行うこと
・労働組合の運営経費に経理上の援助を与えること
(4)労働委員会への申立て等を理由とする不利益取扱い
例)
・労働委員会への申立てや、調査・審問等において、労働者が証拠を提出したり、発言したことを理由とする不利益取扱い
なお、法適合労働組合への各対応が不当労働行為に該当するか否かについては裁判例も多数あり、法的に注意するポイントが多々あるため、実際に対応する際は労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。

「労働組合」との団体交渉の進め方
──「労働組合」とのやり取りの中で最も大きいものが団体交渉だと思います。その具体的な進め方について教えてください。
まず、企業側の基本スタンスとして『正当な理由のない団体交渉の拒否が禁止されている(労働組合法7条2号)』ことを理解する必要があります。これには単純に団体交渉の場につくだけではなく、その交渉自体にも誠実対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務(誠実交渉義務)が課せられているということです。
その上で、大きく以下3つのステップで団体交渉を進めて行くことになります。
(1)各種書面の受け取り・内容精査
(2)交渉準備
(3)交渉時の進行方法
(1)各種書面の受け取り・内容精査
一般的に、団体交渉は団体交渉申入書が届くことから始まります。その際、団体交渉申入書の受け取り自体を拒否することは、正当な理由のない団体交渉の拒否に該当する可能性が高く、また、内容を確認していても回答を不当に遅らせるなどすると、誠実交渉義務違反と指摘される可能性があります。団体交渉申入書には、団体交渉の希望日時・場所・要求事項・連絡先などが記載されていますので、その内容を確認した上で、組合側に対して交渉開始の旨を返信する必要があります。その際、交渉に向けた資料準備に向けて不明点などがあれば組合側に確認することも可能です。
また、後述する交渉に向けた準備にあたり時間が必要な場合は、日程・場所について会社側の希望を伝えることもできます。ただし、正当な理由なく組合側が希望する日程と大幅に乖離するような日程を指定することは、誠実交渉義務違反となる可能性があり注意が必要です。また、他にも過去の判例では文書の回答のみで終わらせて交渉に臨まないなどの姿勢も誠実交渉義務違反となっています。

(2)交渉準備
団体交渉は、会社と組合が納得する結論になるか、議論を尽くした上で行き詰まり(デッドロック)するまで行われます。その過程においても会社側には誠実交渉義務が課せられるため、事実関係を確認するデータや会社側の対案の根拠データがあれば、団体交渉を進めるにあたり必要な範囲において組合側に提示する必要があります。そのため、団体交渉日までにはそれらの資料を事前に用意することが求められます(ただし、組合からの資料開示要求はすべて認められるわけではなく、団体交渉の目的や交渉内容との関連性からくる制限があります)。例えば、賃上げ交渉に応じられない場合は、経営者がそう判断するに至った経営状況に関するデータなどの提示が求められます。
また、こうした資料の準備以外にも、会社としての対応方針の明確化や、交渉に対応する担当者の決定、組合からの質問や付随要望が来る可能性も想定したシミュレーションを事前に行っておくことが重要です。
(3)交渉時の進行方法
団体交渉時に、想定外の質問や要求が新たに発生した際は、その場ですべて回答する必要はありません。正しい事実を伝えたり、熟慮した上で方針を回答するためにも、後日改めて資料を用意し回答する形にしましょう。なお、労使紛争にはさまざまな法律が絡む可能性があるため、日頃から付き合いのある労働問題に詳しい弁護士の方がいれば同席してもらうと良いでしょう。団体交渉を適法に進行させやすくなるだけでなく、法的な問題点について議論になった際などに、適切な意見をもらうことも可能になります。
その後、団体交渉を重ねる中で、組合側との妥協点見出すことができれば、合意内容を詰めた上で、協定書などの書面を交わして、団体交渉を終結することになります。他方、団体交渉を重ねても、妥協点を見出すことができない場合は、団体交渉を打ち切ることになります。誠実交渉義務は、必ずしも会社側に譲歩することまで求めるものではなく、議論を尽くした上で合意に至らない場合は、交渉を打ち切っても問題はありません。ただ、議論を尽くしたかどうかの評価は容易ではないため、会社側から交渉を打ち切ることは避けた方が無難です。
■合わせて読みたい「労務・総務」に関する記事
>>>知らないと損?人事担当者なら知っておきたい「人事・採用に関する助成金について」
>>>戦略総務とは?能動的に生産性を上げるバックオフィスのあり方
>>>2023年4月に施行の「法定割増賃金率」の引上げとは?中小企業が準備すべきポイント
>>>「賃上げ促進税制」の控除率が2022年4月より引き上げ。変更内容をわかりやすく解説
>>>「時差出勤」ならではの強みを活かすためには
>>>「デジタル給与」が解禁。メリット・デメリットから国内動向まで解説。
>>>「企業防災」に取り組むべき理由と対応方法について
>>>「社会保険適用拡大」の現状と今後の動向から人事の準備すべきこと
>>>「BCP(事業継続計画)」の設計・運用について
>>>「休業補償」の申請や従業員サポート方法について勤務社労士が解説
編集後記
『当社は社員数も少ないから、これからも新設されることはなさそうだ』と考えていた方も、小熊さんの話を通じて他人事ではないと感じたのではないでしょうか。突然知らない「労働組合(合同労組)」から団体交渉申入書が届いて慌ててしまう前に、本記事も参考にしながら「労働組合」への理解促進と対応準備を進めておきましょう。