「時差出勤」ならではの強みを活かすためには

リモートワークやフレックスなど、昨今は柔軟な働き方も多く認められるようになってきました。勤務時間帯を通常のものからして設定する「時差出勤」もその中の1つです。
今回は、「時差出勤」に関する知見をお持ちの都内ITコンサル会社人事部マネジャー 安保 巨樹さんに、「時差出勤」のメリット・デメリット、効果的な運用方法などについて伺いました。
<プロフィール>
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安保 巨樹(あんぼ なおき)/都内ITコンサル会社 人事部マネジャー
人事制度の設計や労務対応に強みを持ち、人事労務領域で15年以上の実績を持つ。現在は都内ITコンサル会社で採用、労務、組織開発等の業務を行う。労務分野では勤怠管理に関する人事制度の策定や社内規定の作成などを担当している。
目次
「時差出勤」のこれまで・これから
──まず「時差出勤」の定義について教えてください。
「時差出勤」とは、従業員自身が就業時間を選べる制度のことです。始業・終業時刻の変更ができるため、従業員のニーズに合わせて勤務時間をずらすことができます。一日の勤務時間は変わらないため、従業員の出勤時間および退勤時間に時差をつけることができます。
──国内企業における「時差出勤」の実施状況について、過去~現在までの流れを教えてください。
「時差出勤」は、元々以下のような目的の中で対象者をやや限定して運用されてきました。
・消費電力の分散(節電目的)
・満員電車ゼロ政策の推進(東京都政策)
・企業による従業員の子育て支援の一環 など
その対象者が一気に拡大するきっかけとなったのが、2020年から始まった新型コロナウイルスの影響です。

2020年に東京都産業労働局が実施した『中小企業労働条件等実態調査』によると、「時差出勤」を導入している事業所割合は6割を超えていました。しかし、その後はコロナ情勢の推移に伴いテレワーク・時差出勤ともに少しずつ縮小傾向にあるといわれています。
上記の補足として、これは少し視点の違うデータですが、2022年3月に国土交通省が発表した『テレワーク人口実態調査』では、2022年11月時点で「時差出勤」を実施している割合は16.5%にまで減少しています。

──今後、「時差出勤」の実施状況はどうなっていくとお考えでしょうか。
2023年5月8日付けで新型コロナが5類に移行されたことを受け、コロナ対策としての「時差出勤」はさらに縮小していくことが見込まれます。「時差出勤」は今後、従業員の働き方の多様化に適応するなどのライフワークバランスの向上などに目的・定義を変えて存続していくことになりそうです。
「時差出勤」のメリット・デメリット
──他の働き方と比較して、「時差出勤」ならではのメリット・デメリットを教えてください。
「時差出勤」の最大メリットは、『従業員のニーズに応じた勤務ができること』です。育児やその他ライフスタイルに合わせた働き方を実現することで、従業員が継続的に働けるようになるだけでなく、エンゲージメントを高める効果も見込めます。さらに、人材募集においてフレキシブルな働き方を求める層へのアピールポイントにもなります。
一方、デメリットは『従業員の勤務時間管理が煩雑になること』です。就業時間はもちろん、誰がいつ「時差出勤」するかの情報共有、シフトの調整など、変動要素に対する対応が必須になります。
なお、「時差出勤」を取り入れている多くの企業では他制度(テレワーク・フレックスタイム・短時間勤務など)と併用して運用しています。前述した『テレワーク人口実態調査(国土交通省)』によると、テレワーカーの約42%がフレックスタイム制を、約34%が「時差出勤」を、約22%が短時間勤務制度を併せて利用しながら働いていることがわかりました。
ちなみに、「時差出勤」とフレックスタイム制はいずれも就業時間を選べる点で共通していますが、『従業員自身の自己管理が求められるかどうか』という観点では大きく性質が異なります。
時差出勤
始業・終業時刻は変更できるものの、就業規則等で定められた一日の勤務時間は変わりません。従業員目線では、その日の働く時間帯が前後にずれるものの、時差出勤の影響が翌日以降に持ち越されることはなく、従業員自身の自己管理の面からいってもハードルはあまり高くないといえます。
フレックスタイム制
一定期間(最長で3か月間)内であれば、予め定めた総労働時間の範囲内で⽇々の始業・終業時刻(労働時間)を労働者⾃らが決めることができます。従業員にとって勤務の自由度が高くなる分、期間内の総労働時間の管理や周囲・取引先との時間調整が発生するなど、自己管理が求められる制度でもあります。
いずれも、労使双方が勤務時間を正確に把握するために勤怠ツールを導入することが望ましいです。加えて、勤務スケジュールの社内共有、運用上の社内ルール制定なども必要になってきます。
「時差出勤」は今後どう活用されていくか
──これまでの話を踏まえた上で、「時差出勤」は今後どのようになっていくとお考えでしょうか。
コロナ状況の落ち着きにより「時差出勤」が縮小されているのは前述の通りです。コロナが5類になった今となっては、何のために時差出勤をするのかについて再定義する必要があるでしょう。そもそも、会社の制度は何らかの意図があって導入するものです。「時差出勤」を取り入れる目的としては、従業員の働き方の多様化・ライフワークバランスへの対応などが挙げられますが、それ以前にまずは会社の考えや何を目指していくのかを明示することが第一歩と考えます。
なお、制度があるのにも関わらず活用されないこともあります。その原因には大きく以下3つがあります。
(1)周知されていない
(2)従業員のニーズがない
(3)活用するにあたり社内で支障となるものがある
(1)周知されていない
人事労務担当者が陥り勝ちなのが『一度広報したから、社員にも伝わっているはずだ』という考え方ですが、実際には、一度伝えただけでは気づいていない従業員も少なからず居ます。そのため、従業員に活用してほしい制度に関しては、一覧をつくって見やすいようにしたり、定期的に何度でも広報したりするべきです。その方法はいろいろありますが、主には掲示板やグループウェア、社内SNS等での周知が考えられます。
(2)従業員のニーズがない
経営陣や人事が一生懸命考えて作った制度でも、従業員がその必要性を感じていないといったケースは多々あります。これらは経営陣と現場の間にあるギャップが要因となりやすいため、広範囲の従業員を対象にヒアリングを行って実状理解を進めた上で制度を検討・導入することでミスマッチを防ぐことができるはずです。
(3)活用するにあたり社内で支障となるものがある
こちらは原因が多岐に渡るため、把握しにくい傾向にあります。例えば、以下のような要因がその代表例です。
・申請方法が分かりにくい
・上長が制度の趣旨を理解していない
・同僚間で申請しにくい雰囲気がある など
原因の答えは、それぞれの職場や従業員の中に存在するものですので、こちらも上記(2)同様に従業員ヒアリングを行って解決に向けたヒントを得ることになります。

「時差出勤」を効果的に導入・運用するための4ステップ
──「時差出勤」を効果的に導入・運用するための方法をステップ毎に教えてください。
「時差出勤」を効果的に導入・運用するためには、大きく以下4つのステップを踏まえる必要があります。
(1)導入目的を社内に明示する
(2)具体的な制度設計を行う
(3)申請フロー&対応する勤怠システムの整備
(4)業務への影響把握・調整など運用に向けた仕組みづくり
(1)導入目的を社内に明示する
企業が従業員の勤務に関する制度を導入する目的としては、下記のような理由があると思われます。
①従業員の働きやすさを向上させ、社員のニーズに応えるため
②それぞれの勤務部署が持つ事情に対応するため、それ応えた勤務形態を可能にするため
③多様な人材を採用できるよう、求職者が魅力的に捉える働き方ができるようにするため
そこで、まずは「制度を導入することで何を実現したいか」といった組織方針を周知すると共に、従業員にとってどんなメリットや影響があるかを丁寧に説明します。これから制度を作る上で、運用後に利用されなければ、それらはただの規則条文になってしまいます。また、導入目的や従業員のメリットを考える上では各職場の実状・課題がポイントとなります。前述した通り、各職場・従業員に対するヒアリングがここでも重要になるため、必ず実施しましょう。
(2)具体的な制度設計を行う
例えば、上記(1)の①を実現しようとした場合、時差出勤のみの導入だけでは難しいかもしれません。例を挙げると、有給休暇の時間単位取得や、または育児や介護に掛かる制度の拡充などが該当するかもしれませんが、複数の制度によって従業員が望む働きやすさを実現できるようになります。
制度設計する上で最も重要なのは、『導入により何を達成したいか』のゴール設定です。制度を取り入れて従業員にとってどんな労働環境を整え、どのような企業を目指していきたいかという考えが最も大切だと考えます。企業ごとに自社の理念やカルチャーがありますので、それを意識した制度設計を行うことが働きやすさと組織文化の醸成にもつながります。
なお、制度内容に関しては『変更できる就業時間帯を社内規則等で明記する(選択肢をある程度限定する)』ものや『各現場の上長判断に委ねる(選択の幅を部署に委ねる)』ものが考えられますが、それぞれの組織規模や事情に応じて、管理しやすいものを選択するのがよいでしょう。
(3)申請フロー&対応する勤怠システムの整備
就業時間は本来会社が指示するものであることを踏まえ、従業員が申請し上長が決裁して時差出勤を認める、というフローを設けておく必要があります。勤務時間管理の煩雑化を防ぐための勤怠ツールの導入も必要となるでしょう。
(4)業務への影響把握・調整など運用に向けた仕組みづくり
制度を導入した場合に実際に運用していくためには、各職場における調整が必要です。業種によっては、お客様対応や電話応対で業務に穴を空けないよう勤務を求められるため、職場内におけるスケジュールの連携や、特定の従業員ばかりに偏って負担を掛けない配慮などが重要になると思います。各職場においてこれらを調整役を担うのは、所属長の方になることが多いため、人事労務担当から制度の趣旨をよく説明し、また各職場からの質問があれば直ぐに確認し対応できるよう、連絡先(グループウェアやメール、SNSなど)を広報した方がよいでしょう。
上記(1)~(4)はいずれも地道で大変な作業なのですが、制度の浸透で大切なのは『従業員への丁寧な対応』です。ひとつひとつのプロセスをきちんと踏むことで、従業員に利用される会社制度となり、そもそもの導入目的の達成につながると考えます。
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編集後記
「時差出勤」制度も、時代に合わせてそのあり方が変化していることが安保さんのお話からも理解できました。これからの時代、「時差出勤」制度も単体で導入・運用するのではなく、他制度などとうまく組み合わせて働き方の多様化に応えていく形になるのだと思います。現場へのヒアリングを通じて、より良い形で「時差出勤」を活用・併用してみてはいかがでしょうか。