「高度プロフェッショナル制度」を組織合意のもと導入するためには
高度な専門知識を持ち、一定以上の年収水準を満たす労働者を労働基準法に定める労働時間規制の対象から除外する「高度プロフェッショナル制度」。2019年4月から始まった働き方改革法の1つですが、令和4年7月27日時点で厚生労働省が発表したデータによれば、日本国内における同制度の導入社数はわずか21社と、まだ一般的に普及されているとは言い難い状況です。
※参考:厚生労働省「高度プロフェッショナル制度に関する報告の状況等について」
今回は、高度プロフェッショナル人材向け人事制度の設計・導入の経験を持つ横井 一喜さんに、「高度プロフェッショナル制度」に関する注意点や、実際の導入フローについて伺いました。
<プロフィール>
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横井 一喜(よこい かずき)/人事パラレルワーカー
リクルート系の求人広告代理店で営業を経て、人事にキャリアチェンジ。採用・人材開発・人事企画・HRBPを経験した後、AI系ベンチャーにて人事部門のVice Presidentを担う。その後、FinTech系企業の人事責任者として組織戦略・組織再編・人事制度・採用戦略・カルチャーなど、組織基盤づくりを多面的に牽引。
また、プロコーチとして、企業の組織開発・人材開発やウェルビーイングの促進に従事。コーチング・カウンセリングを行い、対話と内省を通じて成長支援も行う。
目次
「高度プロフェッショナル制度」とは
──「高度プロフェッショナル制度」の概要について教えてください。
「⾼度プロフェッショナル制度」とは、高度の専門知識等を有しつつ一定の年収要件(年収1,075万円)を満たす労働者を対象に、労働基準法に定められた労働時間・休憩・休⽇及び深夜の割増賃⾦に関する規定を適⽤しない制度のことです。欧米の就業形態であるホワイトカラーエグゼンプション(労働賃金を量・時間ではなく質・成果で評価して決める制度)を参考に、日本流にアレンジしてつくられました。
欧米におけるホワイトカラーエグゼンプションは、ホワイトカラーと呼ばれる仕事について、本質的には労働時間と成果が比例しないという考え方に基づいています。そのため、給与は生み出した成果に対して支払われる『成果主義』に基づく制度として位置付けられています。アメリカの企業では『ジョブ型雇用』と呼ばれる職務を明確にした人事管理が浸透しており、労働者が自分のペースで業務がしやすいため、ホワイトカラーエグゼンプション制度の利点が生かされやすいと言われています。
しかし、日本ではジョブディスクリプション(job description:職務記述書)によって担当業務が明確化されておらず、チームワークで業務にあたることを基本とする企業が多い傾向があります。そのため、「⾼度プロフェッショナル制度」を導入すると長時間労働を強いられるなどの懸念もあったことから、長時間労働を防止する健康確保措置(年間104日の休日確保の義務化など)を前提として2019年4月から順次施行された『働き方改革関連法』の1つとして導入されました。
「高度プロフェッショナル制度」のメリットと注意点
──「高度プロフェッショナル制度」の導入により期待できるメリットはなんでしょうか。
期待できるメリットとしては、大きく以下3つがあります。
(1) 労働生産性の向上
時間ではなく成果による報酬体系となるため、社員はダラダラ働くのではなく効率よく成果を出そうします。その結果、労働生産性の向上につながります。
(2) 働き方の多様化によるワークライフバランスの実現
基本的に社員の裁量で出社・退社の時間や休暇のタイミングを決定できるため、通勤時間をずらしたり、早く成果を出して残りの時間を自由に使ったりと柔軟に働くことが可能になります。さらに、在宅勤務などと組み合わせると育児や介護との両立もしやすくなり、自分に適したライフスタイルを実現できるようになります。
(3) ハイパフォーマーのエンゲージメント向上
従来型の給与制度では成果・業績に関係なく実労働時間に応じた給与が発生するため、効率が良く仕事ができるパフォーマンスの高い社員が不公平感を感じる恐れがありました。一方「高度プロフェッショナル制度」では、時間ではなく成果・業績で正当に評価されるため、ハイパフォーマーのリテンションも期待できます。
このように多くのメリットが期待できる「高度プロフェッショナル制度」ですが、制度導入の際には『業務内容や責任範囲の明確化』がマストとなることには注意が必要です。業務内容が不明瞭である場合や、定型的で単純な作業内容である場合は、そもそも制度を適用することができません。
また、労使委員会の決議及び労働者本⼈の同意を前提として、年間104⽇以上の休⽇確保や年次有給休暇の毎年最低5日消化の義務化、健康管理時間(対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間の合計時間のこと)の状況に応じた健康・福祉確保など、長時間労働を防止する措置を講ずることが義務付けられています。
「高度プロフェッショナル制度」と裁量労働制の違い
──「高度プロフェッショナル制度」と似たものに裁量労働制がありますが、違いはどのような点にあるのでしょうか。
裁量労働制とは、1日の勤務時間がまちまちになりがちな仕事をしている人に対して、労働時間を労働者の裁量に委ねる労働契約のことです。労働時間を実労働時間で算出せず、事前に『みなし時間』を設定して労働時間を計算します。これにより出退勤時間の制限がなくなり、残業代も発生しません。
労働時間の長さではなく質・評価や業績に対して報酬を払う点においては「高度プロフェッショナル制度」と同様ですが、違いは大きく以下3つあります。
(1) 休憩や一部の残業の取り扱い
裁量労働制では、法定外の労働時間が発生した場合や、22時以降~翌朝5時までの労働は割増賃金(深夜手当)が発生します。また、労働基準法の休憩時間の定めも適用されます。
<労働基準法の休憩時間の定め>
みなし労働時間が6時間を超え8時間までの場合は45分以上、
みなし労働時間が8時間を超える場合は1時間以上の休憩時間が必須。
なお、上記は「高度プロフェッショナル制度」では適用外となります。
(2) 対象職種・業務範囲
「高度プロフェッショナル制度」では、金融商品の開発業務、有価証券等の売買その他の取引業務、アナリスト、コンサルタント、研究開発業に限定されます。
一方、裁量労働制は専門業務型裁量労働制で定められた19項目及び、調査及び分析を行い企画・計画を策定する業務(企画型裁量労働制の適用範囲)に適用されます。
<専門業務型裁量労働制の対象業務>
(1)新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
(2)情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。(7)において同じ。)の分析又は設計の業務
(3)新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第3号に規定する放送番組若しくは有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号)第2条に規定する有線ラジオ放送若しくは有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号)第2条第1項に規定する有線テレビジョン放送の放送番組(以下「放送番組」と総称する。)の制作のための取材若しくは編集の業務
(4)衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
(5)放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
(6)広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
(7)事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
(8)建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
(9)ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
(10)有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
(11)金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
(12)学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
(13)公認会計士の業務
(14)弁護士の業務
(15)建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
(16)不動産鑑定士の業務
(17)弁理士の業務
(18)税理士の業務
(19)中小企業診断士の業務
このように、双方の適用範囲は対象となる業務に大きな差があります。
(3) 年収要件
「高度プロフェッショナル制度」では⼀定の年収要件(年収1,075万円)を満たす労働者が対象となります。一方で、裁量労働制にはこのような縛りはありません。
「高度プロフェッショナル制度」の導入フロー
──「高度プロフェッショナル制度」を導入する上では、どのようなステップを踏む必要があるのでしょうか。留意するべきポイントなどがあれば合わせて教えてください。
基本的なものとして以下5つのステップがあります。
STEP1:労使委員会の設置
STEP2:労使委員会の決議
STEP3:決議を労働基準監督署長に届け出
STEP4:書面による対象社員の同意
STEP5:定期報告
STEP1:労使委員会の設置
労使委員会とは、賃⾦・労働時間その他の労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し意⾒を述べる委員会で、使⽤者及び労働者を代表する者が構成員となっているものです。そこで以下2つの要件を満たす必要があります。
・労働者側の代表委員が半数を占めている
・委員会の議事録の作成・保存、社員への周知
STEP2:労使委員会の決議
決議すべき項目は主に以下です。5分の4以上の多数による決議となります。
・対象業務
・対象労働者の範囲
・対象労働者の健康管理時間の把握、その把握方法
・対象労働者に年間104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を付与
・対象労働者の選択的措置
・対象労働者の健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置
・対象労働者の同意の撤回に関する手続
・対象労働者の苦情処理の実施及びその具体的内容
・同意をしなかった労働者への不利益な取扱い禁止
・決議の有効期間 など
それぞれの項目における詳細な事項は、厚生労働省による下記資料をご参照ください。
参考:「「高度プロフェッショナル制度」の導入フロー」P.3~10(厚生労働省)
STEP3:決議を労働基準監督署長に届け出
労使委員会の決議は、所定の様式により所轄の労働基準監督署⻑に届け出る必要があります。使⽤者が決議を届け出なければ「⾼度プロフェッショナル制度」を導⼊することはできません。
STEP4:書面による対象社員の同意
同意書面には必ず以下の内容を盛り込まなければなりません。
・労働基準法第4章(労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金)の規定が適用されないこと
・対象期間
・対象期間中に支払いが見込まれる賃金の額
STEP5:定期報告
労使委員会の決議後、6カ月以内ごとに以下の事項の実施状況を労働基準監督署長に報告する必要があります。
・対象労働者の健康管理時間の把握
・対象労働者に休日を与えること
・対象労働者の選択的措置及び、健康・福祉確保措置を実施
前述の通り「高度プロフェッショナル制度」は長時間労働を助長して健康を害するリスクが伴うため、長時間労働を抑制するための選択的措置と健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置が義務付けられています。長時間労働を抑制するための選択的措置として、次の4つのいずれかを実施しなければなりません。
・勤務間インターバル※の確保(11時間以上)と深夜業の回数制限(1カ月に4回以内)
・法定時間外労働について、1カ月に100時間以内または3カ月について240時間以内
・1年に1回以上の連続2週間の休日を与える
・臨時の健康診断
※参考記事:「勤務間インターバル制度」努力義務化の概要および導入・運用方法とは
また、健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置として、次の6つのうちいずれかを実施しなければなりません。
・選択的措置のいずれかの追加措置(すでに定めているもの以外)
・医師による面接指導
・代償休日または特別な休暇の付与
・心とからだの健康問題についての相談窓口の設置
・適切な部署への配置転換
・産業医等による助言指導または保健指導
その他、細かい素案の内容や要件、定義されている言葉の意味などについては、厚⽣労働省・都道府県労働局・労働基準監督署が発表している「高度プロフェッショナル制度 わかりやすい解説」をご参照ください。
社員の納得感を得るために
──「高度プロフェッショナル制度」を導入したものの、社員が納得していない状態(半ば強制された形)で合意したケースもあると聞いています。社員から納得感を得るために必要な関わり方や、適用を希望しない社員とのコミュニケーションなどについてお聞かせください。
社員の納得感を得るためには、双方向のコミュニケーションが欠かせません。例えば、一方通行的な通知にしない、制度の詳細を説明・理解してもらい疑問や不安を払拭してもらう、などの方法です。
私が実際に高度プロフェッショナル人材向け人事制度の設計・導入を行なった際には、そもそも制度を適用することを前提として採用を行っていたため、制度の内容を事前にお伝えした上でご理解をいただいていました。事前準備として、まずは全社的に勤務時間や勤務場所などの条件を柔軟に担保する制度を導入。また、制度を利用する上で申請手続きが煩雑にならないような準備や、柔軟な就業環境が特定の社員のみの特権と思われないよう配慮する…といったように、各所との調整を行っておきました。
特に、『なぜやるのか・何をもたらすためのものか』というWHYやWHATを丁寧に伝えることが重要です。それでも希望しない場合のための代案(別のポジション及び労働条件)も検討しておくと良いでしょう。また、長時間労働を抑制するための選択的措置についても、対象社員の意見を取り入れて選択することで自己選択感を高めることができます。
「高度プロフェッショナル制度」の主旨が単なる建前になってしまわないよう、柔軟で多様な働き方が十分にできる環境であるかどうかの確認も合わせて行ってください。実態とのギャップを把握した上で、場合によっては周辺制度や規定の見直しを同時に行うことが望ましいです。
制度の導入だけでも諸々の手続きがあるため、どうしてもそこばかりに目が行きがちですが、導入後にモニタリングする仕組みやプロセス設計も忘れてはいけません。モニタリングの結果、対象社員の健康管理時間が長時間になり健康状態の悪化を招くようであれば適用を見直す必要があります。見直す場合の判断基準や決定プロセスを予め設けておくことをおすすめします。たとえば規定を見直す場合の判断基準であれば、該当社員の体調不良が断続的に続く場合や、医師が健康不調と判断した場合、健康管理時間があらかじめ規定しておいた時間を超えた場合に行うなどが挙げられます。決定プロセスは、会社ごとの決裁権限や意思決定プロセスにならって行なわれるものであるため、衛生委員会を経て然るべきプロセスにのせて決定されると良いでしょう。
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編集後記
これまで『メンバーシップ型雇用』で進めてきた日本企業の中には、現状「高度プロフェッショナル制度」の対象者がほぼいない企業もあるでしょう。しかし、今後日本でも『ジョブ型雇用』が広がりを見せることにより、「高度プロフェッショナル制度」の要件の1つになっている“明確な職務内容の提示”が求められる可能性はあります。この制度をきっかけに、自社の人事制度を見直してみるのも良い方法かもしれません。