【対談インタビュー】長期ビジョン実現に向け、「外部人材の活用」を推進する小野薬品工業の組織づくりとは
コーナーへのご依頼やお問い合わせはこちら。
パラレルワーカーを社外から受け入れ、事業推進を行った企業にインタビューをする「対談インタビュー企画」。今回ご紹介するのは、「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」という企業理念のもと、独創的・革新的な医薬品の開発を行っている小野薬品工業株式会社の事例です。
1717年に創業した同社は、創業300年という大きな節目を迎えた2017年、15年後の2031年をゴールとする長期ビジョンを策定しました。目指すのは、革新的な新薬を世界中に提供し続ける「グローバルスペシャリティファーマ」です。その実現に向け、15年間の中期経営計画がスタートしたのですが、その過程において外部人材を活用しながら事業を推進しています。その経緯やプロセスについて、取締役専務執行役員/経営戦略本部長辻󠄀中 聡浩さん、デジタル・IT戦略推進本部長、兼 株式会社michiteku代表取締役社長 三戸 仁さんにインタビューしました。
■この事例のポイント
・既存の医薬品事業を強化していくのと同時に、次なる収益の柱となる新規事業の立ち上げを目指していた
・新規事業の立ち上げを加速させるため、外部人材を活用して中途採用のスピードと精度を高めた
・外部人材活用により、マーケットの情報や他社の最先端の取り組みに触れ、既存社員の意識や行動に変化が生まれ始めた。
<プロフィール>
■辻󠄀中 聡浩(つじなか としひろ)/取締役専務執行役員/経営戦略本部長
1998年4月 小野薬品工業株式会社に入社。甲信越や仙台の支店長、オンコロジー企画推進部長、オンコロジー統括部長などを担当した後、2016年6月に執行役員に就任。2018年10月 経営戦略本部長(現任)。2019年6月 常務執行役員。2020年6月 取締役常務執行役員。2021年6月 取締役専務執行役員(現任)。
■三戸 仁(みと ひとし)/デジタル・IT戦略推進本部長/株式会社michiteku 代表取締役社長
SIer、アパレルSPA、化学メーカーを経て2017年に小野薬品工業株式会社に入社。経営企画部にてDXを推進した後、新規事業を担当。イノベーション風土、イノベーション人財育成プロググラム「Ono Innovation Platform(OIP)」を企画。2021年10月 BX推進部長。2022年11月 株式会社michiteku 代表取締役社長(現任)。2024年1月 デジタル・IT戦略推進本部長(現任)。
目次
既存の医薬品事業の拡大と並行し、事業ドメインの拡大に取り組む
──2017年からスタートした中期経営計画は、2022年度から2期目に入っています。まずは、中期経営計画の立案背景や進捗状況から教えていただけますでしょうか。
辻󠄀中さん:2017年度に、15年後の2031年度をゴールとする長期ビジョンを策定しました。その背景には、主力製品のがん治療薬「オプジーボ」が、2031年に日本国内でのパテントクリフ(特許切れ)を迎えることにあります。その後も、持続的な成長を遂げていくために長期ビジョンを掲げたのです。
私たちが目指すのが、国内製薬大手と同程度の年間2,000億円を研究開発に投資し、革新的な新薬を世界中に提供し続ける「グローバルスペシャリティファーマ」。その実現に向けて、15年間を三つに分け、各5年の中期経営計画をスタートしました。具体的には、三つ以上の革新的な医薬品を創製し、グローバルで販売していく体制を実現していこうと取り組んでいます。
2017年度からの1期目では、オプジーボをはじめとする既存製品の「製品価値最大化」に取り組み、その先10年間の研究開発投資にメドを立てられるかが大きなテーマでした。結果、2022年度の売上収益は4,472億円、営業利益は1,420億円となり、ともに過去最高を更新。研究開発費は953億円となり、2031年度の目標として掲げる「2,000億円」の半分近くまで到達したことになり、一定の手応えを感じています。
2022年度からの2期目、3期目では、アメリカを中心とした「欧米自販の実現」、そして「パイプライン強化とグローバル開発の加速」に取り組んでいきます。また、長期的な成長を遂げていくには、医療用医薬品だけでなく新たな事業にも挑戦していく必要があると考え、「事業ドメインの拡大」にも注力をしています。
──オプジーボなどの医療医薬品の価値最大化という既存事業の強化をしながら、事業ドメインの拡大も目指しているのですね。具体的には、どういった取り組みを進めているのでしょうか。
辻󠄀中さん:事業ドメイン拡大を掲げた背景には、社長の相良の強い意志がありました。医薬品の特許切れによる収益減は、あまりにも大きな衝撃です。その衝撃を弱められるような収益の柱をつくれたら、というのが出発点でした。そこから試行錯誤を続けてきた中で、ここでは二つの取り組みをご紹介します。
ひとつが、当社の長年にわたる脂質の研究を活かした睡眠サプリ「レムウェル」の発売です。他にも、医療用医薬品の研究開発や営業、資産などを通じて長年蓄積してきた研究資産やノウハウがありますから、これらを活かした展開を拡大していきます。そしてもうひとつが、三戸が取り組んでいるデジタルサービスの事業開発です。
三戸さん:大前提として、デジタルサービスの開発は、事業ドメインの拡大という文脈から生み出されたものではないんです。私は2017年に小野薬品工業に入社しましたが、当初は経営企画部でDXを推進する仕事に携わっていました。その中で「どういった方向性でDXを推進するのか」といった議論になった際、従業員の業務効率化、高度化といった業務プロセスのDXもあるけれど、当社の顧客である患者さんやそのご家族、医療従事者が使用するプロダクトを生み出すのもDXではないかという意見が出たんです。
「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」という企業理念からも、患者さんを救うDXがあってもいいんじゃないかと。そこから社長を交えて議論を重ねていった結果、患者さん向けのデジタルサービスを開発することになりました。
──そこから、がん患者さん向けのデジタルサービスを開発することになった経緯も教えてください。
三戸さん:課題ドリブンの事業開発を進めていくにあたり、「患者さんの一番のお困りごとを解決してこそ意味がある」という話がありました。すごく良い事業やサービスを生み出しても、すでに世の中に出回っているものならお金を払おうとはなりません。だからこそ、より包括的で、かつ強いニーズを特定し、それを解決できるサービスを生み出そうとなりました。
最終的に行きついたのが、がん患者さん向けのサービスを開発しようという結論です。がん患者さんは、例えば「治療方法が分からない」「病院はどこに行けば」「このドクターは信用できるのか」「治療費用は」「治療法は」「副作用は」など、告知されたタイミングから長期にわたり多様かつ深い悩みを抱えています。
多様かつ深い悩みを抱えるがん患者さんを解決することは、当社にとっても適した領域だと思ったんです。また、主業である医療用医薬品でもがん患者さん向けの治療薬を販売していることから、新規事業が拡大したときに既存事業との相乗効果も生まれやすいだろうと。こうした経緯から、この領域でのデジタルサービスを開発していくことになったのです。
事業開発のスピードを加速させるため、適材適所で外部人材を活用した
──新規事業開発を進めていくにあたり、どんな課題がありましたでしょうか?特に、組織まわりで生じた課題について教えてください。
三戸さん:一番の課題は、当時の組織に、新規事業に向いている人材がいなかったことです。DXを推進していこうと経営企画部の中に組織が立ち上がった際、中途入社は私だけで、それ以外は各部署のメンバーが兼任で取り組んでいる状態。業務プロセスのDXをやる分には、どのメンバーも業務をよく知っているので問題はありませんでした。しかし、顧客に直接価値を提供するDXとなると、新規事業をやったことがないメンバーばかりで大きな課題が生じたのです。
新薬の開発には10年以上もの年月と多額の費用が必要とされるからこそ、完璧なものを世に出そうという意識が強く、「不完全なまま進める、動かしながら改善していく」という新規事業では当たり前の進め方がなかなか受け入れられませんでした。
もちろんこの状況は悪いことではなく、既存事業に最適化するよう人材育成を行っているので、既存事業とは別の新しいことを任せても合わないのは当たり前のことでした。
とはいえ、リーンにやっていける人材を確保しないことには、いつまでたっても目指すゴールにはたどり着けません。そこで、中途採用や外部人材の活用を進めていくことにしました。
──既存事業で活躍する人材が大半という状況の中で、外部から人材を受け入れていくというのはスムーズに進んだのでしょうか。
辻󠄀中さん:私は2018年10月から経営戦略本部の本部長を務めていますが、それ以前にオンコロジー統括部長を務めていた際、自社内のMRだけでは販売推進が難しいことからMRのキャリア採用を実施していました。その際、外資系企業のMRでもうちの文化を気に入ってくれて、働きがいを感じてくれる人が多いことに気づきました。既存社員とも切磋琢磨することで社内に良い刺激を与えてくれることも分かりました。このときの体験から、未知の領域に踏み入れるときに全て自分たちで進めようとしても時間がかかってしまう、外部から人材を受け入れて時間を短縮しよう、という意識が広まっていったように思います。
それに加えて、コロナ禍をきっかけにテレワークが広まるなど、働き方が多様化したことで、例えば本社のある大阪周辺に住んでいない人でも採用できるなど、採用の選択肢が広がったことも大きいですね。小野薬品工業として大切にすべきことはミッションステートメントや人事制度に落とし込みつつも、それ以外のところは柔軟に対応できるようになったことが今につながっていると思います。
──外部人材の活用については、どういった経緯だったのでしょうか?
三戸さん:当初、私たちの新規事業の取り組みは社外にオープンにできる状況ではありませんでした。ですので、社外の方々は小野薬品が何をしようとしているのかを知ることができないわけです。だから、人材紹介会社に依頼をしても、当然のように求めている人材を紹介してもらえませんでした。「待ちの姿勢ではいつまでも採用できない。自分で探すしかない」と考え、ダイレクトリクルーティングへと手法を切り替えました。
データベースを検索して候補人材を探し、スカウト文面をカスタマイズして送る。それを繰り返すことで、一人、また一人と採用ができるようになっていきました。新しい人材が加わることで、すごいスピードで事業開発が進むことも実感しました。だからこそ人材採用のペースを加速させたかったのですが、私一人で空いた時間を見つけてやっていたこともあり、徐々に限界を感じ始めたんです。
私自身、採用のプロではありません。例えばスカウトの返信率が低かった場合、求人情報を見直すべきか、スカウト文面を見直すべきかの正確な判断が難しかったんですね。常に採用マーケットを見ている人材採用のプロに相談すれば、求人票やスカウト文面がどうなのか、他社と比較して採用条件がどうなのかなど、客観的にアドバイスをもらえると考えました。こうした経緯から、人材採用のスピードと精度を高めていくため、プロの外部人材の力を借りることにしました。
──事業ドメインの拡大に取り組む流れで、機能子会社(株式会社OPhrs)を設立されています。この会社を設立した背景や具体的な取り組みを教えてください。
三戸さん:外部人材の活用によって採用ペースは上がったのですが、一方で苦しんでいた部分がありました。今でもよく覚えているのですが、辻󠄀中と私で面接をして採用したい人材がいたのですが、最終的に条件面で折り合わずに辞退されてしまったことがあって。新規事業を立ち上げるにあたり、私たちが採用したいイノベーターというのは、飛び抜けた経験と説得力を持つ言葉を持っている人材です。こうした人材を採用するには、条件面もかなり高いものを提示する必要がありました。
しかし、小野薬品工業は長い歴史のある企業ということもあり、年齢に比例して給与が上がっていく部分が多い制度でした。欲しい人材に合わせて給与制度を変更してしまうと、これまで保ってきた公平性が失われてしまうことになります。そこでたどり着いた解決策が、「特殊な人材は特殊な制度のもとで採用できるようにする」というスキームでした。
辻󠄀中さん:機能子会社(株式会社OPhrs)の設立だけでなく、小野薬品工業本体としても給与制度の見直しを進めています。「イノベーション人財」の採用はもちろん、中期経営計画にもあるグローバル化を推進していくには、若くても優秀な人材を積極的に登用し、チャンスを与えていくことが重要ですから。こうした変更を通じて、より優秀な人材の採用につなげていく考えです。
外部人材の活用によって、既存社員の意識や行動が変わり始めている。
──事業開発を進めていくうえでは、採用活動のみならずさまざまな領域で外部人材を活用されています。そのプロセスの中で気づいた外部人材活用のポイントを教えてください。
三戸さん:現時点で感じているのは、新規事業を立ち上げていく過程は、何かに取り組んでは失敗し、学びを次に活かしての繰り返し。そこで蓄積された知識やノウハウというのは、組織と個人に残ります。それゆえに、例えば最初からプロジェクトマネージャーが短期的思考な人材だと、その人材が抜けたときのロスがものすごく大きくなってしまうんです。だからこそ、人材は自社人材もしくは外部人材としても人間関係として持続的に繋がり、信頼できる人材でおさえるべきだと考えています。そうした中でコーナーさんもその考えで、社員のような関係性が構築できていると考えています。
──最後に、外部人材の活用によって得られた成果、組織の変化があれば教えていただけますでしょうか。
辻󠄀中さん:中期経営計画の進捗を話し合う会議で、新規事業のメンバーが発表することもあるんです。そこで感じるのが、小野薬品工業でもこんな人材を採用しているんだ、こんな事業をやろうとしているんだ、という新鮮な驚きがあったり、「彼らの発表を聞いていると、絶対に成功させたい」という本気度が伝わったりして、社内への良い影響も感じています。
2021年度からスタートした社内ビジネスコンテスト「HOPE」でも、興味を持つ社員が増えてきています。事業案をプレゼンする様子はオンラインで配信していますが、毎回500名に上る社員が視聴しているほどです。エントリーした社員の表情を見ていても、例えば調査のために患者さんにヒアリングをする中でだんだん使命感を持ち、目の色が変わっていくのを目の当たりにしています。
三戸さん:中途採用のみならず、コーナーさんをはじめ外部人材を活用することで、社内にも大きな変化が生まれていると感じています。
中途入社の社員や外部人材が一人でもプロジェクトに入るだけで、どんどんプロジェクトが動くようになるし、成果のクオリティが格段に上がるようになりましたし、一緒にプロジェクトに取り組むことで、今まで触れてこなかった外の情報を学ぶ機会が圧倒的に増えたんです。「社外ってこうなっているんだ」「最先端の企業でこんな取り組みをしているんだ」こうした情報に触れることで、「自分も挑戦してみよう」「この取り組みを、小野薬品工業でやったらどうなるかな」と考え、行動に移す社員が増えてきています。
外部人材に入ってもらうことで、社外のさまざまな知識や経験、情報やノウハウが入ってくる。それがプロジェクトの成果にも良い影響を与えていますし、社員の意識や行動の変化にもつながっています。こうした取り組みがさらに普及していけば、何か難しい課題に取り組む際も、まずは外部のプロを探してみよう、頼ってみようと考えるようになるでしょう。そうすることで、成長スピードもさらに速くなっていくのではないでしょうか。
編集後記
取材で印象に残ったのが、外部人材を活用することに対する同社の意識の変化です。昔は新卒一括採用しか行っていなかった同社ですが、10年前、経験のないがん領域に踏み出す際、MR領域からキャリア採用をスタートしました。そこから経験のない領域にチャレンジするとき、経験のある方に参加してもらう重要性を学んだことで、今ではあらゆる部署で躊躇なく外部人材を活用することが当たり前になったのだとか。辻󠄀中さんも「以前と比較すると、小野薬品工業は別会社のように生まれ変わりました」と仰っていました。中途採用や外部人材の活用により、事業推進に大きなインパクトがあっただけでなく、部署の垣根を越えて既存社員の意識や行動に変化があったとも仰っていました。既存事業の維持・拡大をしながら、新規事業を開発していく。長期ビジョン実現を目指す中では、それぞれの事業で活躍する人材や求められる行動が異なるからこそ、外部の力をうまく活かしていくことが重要だと感じました。